東京都内にある4階建ての小さなマンション。駅から徒歩2分程度の場所に立地している。――デブ猫・リクの自宅だ。彼は飼い主と弟猫と暮らす一匹の猫。我々は、この猫の一日を追うことにした。
※このインタビューはフィクションです。実際の団体・人物とは一切関係がありません。猫には少し関係があります。
デブ猫の朝は早い
デブ猫の朝はとても早い。午前5時半を回るとリクは寝床から起きだしてきた。
――毎朝こんなに早いんですか?
「ええ、朝日が昇る前の時間帯は家の中が静かなので、一人遊びがしやすいんですよ。寝ている飼い主にイタズラもしたいので」
――イタズラとは、どんな?
「例えばですが、パーカーの中にもぐって一緒に眠ったり、鼻の頭にチューしてみたり、飼い主のお腹の上に猫じゃらしを20本くらいくわえて運んで並べてみたり……。その日に思いついたことをやってますね(笑)」
――飼い主さんはどんな反応をしますか?
「イタズラの内容によりますが、起床して僕のイタズラに気がつくとなんかよく"よーしゃよしゃよしゃよしゃよしゃ"とか言いながら僕の頭を満面の笑みでなでてますね。でもさすがに、顔の目の前で"ミッ"と小さくオナラしちゃったときは軽く怒られましたよ。"か~わ~い~い~"って言われながら」
そう語るリクの目はどことなく楽しそうだ。毎日のイタズラにやりがいを感じているのだろう。
ご飯の時間
そうこうしているうちに、朝も7時を過ぎた。飼い主が2階から下りてきて、パンパンと手を二回たたく。
――飼い主さんのあの手拍子にはどんな意味が?
「ああ。あれは、"これからご飯だよー"という合図です。毎朝7時すぎに僕たち猫にご飯をくれます。飼い主というよりも、まぁ肉の塊でできた自動給餌器ですよね。でもまぁ、時間も確実に守ってくれますし、たまに手作りの猫用ご飯も作ってくれるし、よくできた下僕ですよ」
――どんなご飯を食べていますか?
「僕が食べているのは、"サイエンス・ダイエット ライト 肥満傾向の成猫用"ですね。生まれたときからヒルズさんのご飯を食べてます。めっちゃウマイ。肥満傾向っていうところが気に食わないですが、でもまぁおいしいので食べちゃいます。飼い主は、時々手で一粒一粒食べさせてくれるんですよ。彼女いわく、どうやら目的はゆっくり食べさせるためだそうですが、顔面が土砂崩れを起こしているところを見ると、やっぱり僕の食べる姿が可愛いから、みたいですね」
ご飯の後は出すものを出す
ご飯を食べ終わると、リクはそそくさと玄関のほうに小走りした。玄関近くには、猫用のトイレが4つ置いてある。
――失礼ですが、お通じが?
「ええ、毎朝のご飯の後、必ず僕にはお通じがきます。便秘なんか一度だってしたことがありません。これが、僕の自慢。猫という仕事は割りとハードなんですよ。飼い主と一緒に遊んでやったり、自分の毛づくろいをしたり……。健康管理は本当に重要なんです」
そういってリクは用を済ませ、トイレから出てきた。ふとトイレの中を見ると、出したものが猫砂の上に乗っている。猫は、出したものを砂に埋める習性があると聞いたが……。
――砂の中に埋めないのですか?
「僕は、埋めません。猫が出したものを埋めるのは、そのにおいから敵に居場所を悟られないようにするためです。でも、僕はこの家に君臨する国王だ。敵なんかどこにもいない。だから、埋める必要だってないんですよ」
そうリクが答えたすぐ横で、超高性能の空気洗浄器が音を立てながら自動的に起動した。どうやら、においを感知して作動するシステムのようだ。
――空気洗浄器まで買ってもらったんですか?
「昨年飼い主に買ってもらいました。まぁ、あって損はないですしね。うちの飼い主は、僕が健康的なう○ちをするのを見るのが大好きで、トイレをした後には必ず"リクちゃんの○んちの香りはまるでシャネルの5番ですね!"といいながら片付けてくれます。でもね、飼い主にとっては健康的ないい香りでも、僕にとってはヤなにおいなんです。それを察して、購入に至ったのでしょう」
リクがトイレから出てきたのを見て、飼い主が掃除をしに来た。なるべく早く片付けるようにしているみたいだ。
しっかりと猫関連の用具をキレイにする
その後、30分ほどかけて飼い主は猫用具の掃除をした。猫用の水入れを熱湯消毒し、汚れた猫砂をトイレに流して片付ける。それが終わると猫のめやに取り、ブラッシング、爪の手入れなど、かいがいしく世話を焼く。
――飼い主さんは本当によくお世話をしますね。猫様の健康のためには、もちろん当然のことなのかもしれませんが……
「飼い主は本当に猫に従順ですよ。僕の言うことなら何でも聞きます。飼い主が2階にいる時に1階の玄関で"にょーん"と鳴くと、あわてて駆けつけてきますよ。何なら、今やってみましょうか?」
するとリクは飼い主から離れ、玄関で大きく鳴いた。ものの5秒もしないうちに、飼い主が全力疾走して玄関まで来る。
「ほらね」と言わんばかりに、リクは我々にむかってドヤ顔をした。
お昼ご飯の時間
正午。人間にとってはお昼ご飯の時間だ。飼い主の昼食メニューは、刺し身、豆腐のみそ汁、ネギ入り納豆、キュウリのぬか漬け、だしまき卵、そして炊き立ての白米だ。
食事用のテーブルのすぐ横に、リクが座っている。
――今は何をしているのですか?
「飼い主の食事中、テーブルの横に座ると、たまにおこぼれをくれるんですよ。もちろん、猫が食べていいもの限定ですがね。今日のメニューはお刺し身でしょう?絶対にくれるはずです」
そう答えた瞬間、飼い主が箸で刺し身を細かくし始めた。猫が食べやすいよう、小さくちぎって与えるのだろう。
飼い主は人さし指で刺し身をつまみ、リクに与える。リクは目をつむって、実にうまそうに刺し身を食った。食べている間、飼い主の箸は止まっている。愛猫がおいしいものを食べる姿を、心から見て楽しんでいるのだろう。
刺し身を食べ終えたリクは、引き続きテーブルの横で待機。この日は一切れほど刺し身をもらえたようだ。
午後の業務
――午後のお仕事は?
「今日は土曜日。ということは、飼い主はこれからゲームをするはずです。何のゲームかは日によって異なりますが、僕の予想では今日はマリオカートですね、多分。午後の僕の仕事は、飼い主がゲームをプレイするのを邪魔すること。それも、全力で、です」
――邪魔、とは?
「つまり、画面に出てくるキャラクターに僕がタックルするんですよ。動くものをしとめるのが猫の性。この本能は、我々の誇りなんです」
そう答えるとリクはテレビ画面の前にスタンバイした。飼い主がゲームを開始する。彼の予想通り、今回プレイされるゲームはマリオカートのようだ。
飼い主が選択したプレーヤーはヨッシー。卵の形をしたカートに乗っている。コースを走るが、カーブするたびにリクがヨッシーに強烈な猫パンチをくらわせている。
――あの……猫パンチのせいでヨッシーが見えないからもうすでに順位が最下位になってますが
「飼い主がゲームをプレイする目的は、レースで一位を取ることではなく、ゲームのキャラクターで僕を遊ばせることなんです。ですから、順位が最下位であろうとトップであろうと関係ありません。僕さえ楽しければそれでいい。飼い主は、そう考えるんです」
……確かに、ゲームをプレイしている飼い主の顔はすがすがしいほどニヤけていた。
休憩時間に突入
午後14時。リクにとって一番幸福な時間が訪れた。昼寝の時間である。猫ベッドを前足でフミフミし、寝床の準備をする。
――やっと休憩ですか。本当にお疲れ様です
声をかけると、リクは少しはにかんだような顔を見せた。
「いやー、ありがとうございます。正直ね、土日はうちの飼い主が一日中在宅してるもんですから、彼女の相手で忙しいんですよ。僕がかまってあげないと落ち込んでしまうし。でも、これからやっと昼寝の時間です。この至福の時を存分に楽しもうと思います」
そう言うとリクは丸くなって眠り始めた。時折聞こえてくる「スピー」という鼻息が実にかわいらしい。飼い主もそばによって、長い時間愛猫の寝顔を見つめ続けていた。
眠ることも、猫の大切な仕事。幸せそうな猫の顔をみて、幸せそうな顔をする飼い主の姿がそこにあった。
日が暮れ始める
夕方18時。家の中には飼い主の姿がなかった。寝ぼけ眼で起床したリクに声をかける。
――飼い主さんはどこへ?
「ああ。飼い主なら夕飯の買い物にでかけたんだと思いますよ。ビールが大好きな人でね。週末はテーブルの上に6品以上おかずがないとイヤという人なんです。とはいっても、ぜーんぶツマミ。塩分過多なんじゃないかと心配ですけどね」
10分ほど待っていると、飼い主が帰ってきた。ガチャリというドアノブが回る音を聞きつけて、リクが玄関へと走っていく。
――リクさん、何をしてらっしゃるのですか?
「ああ、これですか?これは、"おかえりなさい"のクネクネダンスですよ。猫なら皆やります。お腹を見せて、体をくねらせるんです。これをやると、飼い主はひどく喜ぶんですよ。飼い猫の重要な業務なんです」
なるほど、見てみると床で体をくねらせているリクを見て、飼い主が涙目で喜んでいた。「おおおおおおただいまリクちゃああああああああん一人にさせてゴメンねええええええ」とリクのほっぺたにスリスリしている。リクの顔が少し曇る。
――ぶっちゃけ、迷惑だって思ってませんか?
「まぁ正直大迷惑ですよね(笑)。喜んでいる飼い主の顔の、穴という穴から分泌された涙やヨダレが、僕のこの美しいほっぺたにくっつくわけだし。でも、これも猫の仕事。じっと我慢です」
そう語るリクのまなざしは真剣そのもの。猫という仕事に誇りを持つプロの目だ。
入浴シーンをのぞく
午後20時。飼い主の入浴の時間だ。水の音がする浴室へとリクが向かう。
――リクさん、飼い主さんと一緒に入浴するのですか?
「まさか(笑)。猫には、飼い主の入浴シーンをのぞかなければいけないという仕事が課せられているんです。ほかのお宅の猫もやっている重要な仕事ですよ。これをすると、飼い主がえらい喜ぶんですよ。正直、水はあんまり好きではありませんが、仕事なのでしっかりと任務遂行します」
そう言ってリクは脱衣所へと入るドアをやすやすと開け、その後浴室のドアを両手で回して開けた。実に器用である。
――そんなに簡単にドアを開けられるだなんてすごいですね
「いや、猫ならわりと皆開けますよ。ありとあらゆるタイプのドアを開けることができます。昔の人は戸を開けただけで"化け猫だ"なんて言ってたみたいですけどね。猫を飼っている人からすれば、猫がドアを開けるなんて普通のことなんですよ。あ、でも"戸を開けるのは猫、戸を閉めたら化け猫"とは言いますね。実際僕も閉めることはしませんし」
浴室のドアを少しだけ開け、リクは中を見ていた。中からは「やだもー!リクちゃんやーめーて!何!?そんなに私のこと好きなの!?いやー!!私もリクちゃん大好きー!」という飼い主のめちゃめちゃうるさい声が聞こえてくる。リクはあきれた顔をしつつも、どことなく楽しそうだ。
イチャイチャタイム
もうすっかり夜もふけた。時刻は21時。この時間はどうやら猫と飼い主のイチャイチャタイムとして設けられているようである。
布団の上で、リクが飼い主になでられていた。耳の後ろ、ほっぺた、顎の下など、猫が好む場所ばかりをなでられている。うっとりとしたリクの表情に、飼い主は満足そうだ。
――休日の夜は飼い主とのコミュニケーションをとる時間が多いんですね
「そうですね。平日に比べれればすごく多いです。まぁ僕をなでることで、飼い主の充電にもなりますしね。僕のほうからイチャイチャタイムに誘うこともありますよ。そうすると喜んでくれますしね。"マーオ!"と鳴きながら布団まで飼い主を誘導したり、飼い主の足の周りをグルグルグルグル回って下のジャージを毛だらけにしたり。実際なでられるのも悪くはありませんしね」
そう答えたリクの発言は、責任感に満ちあふれていた。美しき猫という気高き職業。自身の仕事に誇りを持っているのだろう。
――……猫という仕事は辛くないのですか?
「まぁ正直……辛いときもありますよ。猫の仕事は"かわいいこと"と"眠ること"。人間から見てみたらそりゃーラクな仕事に見えるでしょう。でもね、24時間"かわいい"を営業し続けるのって、存外キツいんですよ。休暇でもとってベガスに逃亡したいくらい、ね。僕にだってしんどい時はあるし、しかめっ面で一日過ごしたい時もある。
それから眠る仕事だって結構辛い。正直遊びまくりたい時だってありますし。でも、僕は猫だ。"寝る子"が語源になっているくらい、眠り続ける生き物としてこの世に生を受けた。だから僕は眠る仕事をきちんとこなさないといけない。辛いだなんて言ってられませんよ」
深夜23時。オレンジ色の明かりがともる部屋の中で、リクは丸くなって眠る。そこには、猫という仕事に誇りを抱く、正真正銘のプロがいた。
気高き猫の隣で、飼い主が添い寝をする。小さな声で、「今日もリクのことが大好きでした」とつぶやき、彼女はすでに眠りについたリクのおでこを優しくなでる。
デブ猫・リク。彼の明日はまた早い。
<作者プロフィール>
うだま
猫好きの独身アラサー。猫の漫画や日常の漫画をよく書く。
猫ブログ「ツンギレ猫の日常-Number40」は毎朝7時30分に更新している。
ツイッターでは常に猫への愛を叫び続けている。下ネタツイートは最近控えるようにしている。