映画「この世界の片隅に」がヒットを続けている。
11月、ミニシアターを中心とした63館で小規模にスタートし、SNSの口コミで人気に火がついた。公開6週目で累計動員は52万人、興行収入は7億円を超え、上映館数も年末年始にかけて全国190館に広がる予定だ。
制作資金として、約3900万円をクラウドファンディングで集めたことも大きな話題を集めた。
映画のエンドロールでは、支援者の名前を一人一人クレジットしている。
このプロジェクトを展開したクラウドファンディングサイト「Makuake」では、その後もアニメ関連のプロジェクトがいくつも立ち上がっている。目的や規模はさまざまだが、ファンの「応援したい」気持ちを引き出す点では同じだ。
「アニメ×クラウドファンディング」の今後の可能性は? ファンと制作サイドが直接結びつくことでできることは?
BuzzFeed Newsは、中山亮太郎CEOに話を聞いた。
“成功の方程式”の外へ
「アニメの分野はかなり意識して切り拓いてきましたが、この1年でかなり大きな手応えがありました。まだまだ可能性は大きい、新しい“方程式”を生む一助になると思います」
中山さんは、今のアニメ制作プロセスの問題点として「既存の成功の方程式に即したものにしかお金が集まりにくいこと」をあげる。
その理由は、多くのアニメや映画が「製作委員会方式」を取っていること。
製作委員会方式とは、アニメ制作会社単独でなく、出版社、新聞社、レコード会社、おもちゃメーカー、広告代理店など、さまざまなジャンルから出資を募り、コンテンツの制作資金を集める方法を指す。一社ごとのリスクを減らしつつ、各種コンテンツビジネスにつなげやすいのがメリットだ。
この仕組みを生かすため、新規タイトルには、声優が出演するイベントやライブ、ゲーム、グッズ展開などの派生した展開ができる作品が好まれる傾向がある。
「既存の“成功の方程式”があるからこそ、そこに当てはめにくい、売り込みにくいという理由で、企画段階でお蔵入りになっている素晴らしい作品もたくさんあるはず」
「これまでのやり方を否定するのではなく、今ある仕組みにクラウドファンディングを組み合わせることで、本当にお客さんが見たいものを作れるんじゃないか? という発想です」
「この世界」を成功に導くまで
「この世界の片隅に」のプロジェクトが走り出したのは、2014年冬。中山さんからGENCOの真木太郎プロデューサーに、何かできないかと打診したのがきっかけだった。
原作は「夕凪の街 桜の国」などで知られるこうの史代さんによる漫画だ。舞台は、戦時中の広島・呉。派手なアクションや演出があるわけでもなく、戦時下を生きる「すずさん」に寄り添って当時の生活や日常を描いている。
ストーリーや描写力で勝負するこの作品こそ、まさに「既存のやり方では成功の方程式が描けない」タイプだった。
漫画作品としての評価は高く、熱心な原作ファン、そして片渕須直監督のファンはいるが、大ヒットする見通しがあるかというと難しい。考えられる派生展開の手段も少なく、製作委員会を組織するには、売り込める要素も少ない。
「まずは数分のパイロットフィルムを作る資金を集めたい」が真木さんの提案だった。実際に動くアニメーションがあれば魅力を伝えやすく、出資を受けられる可能性はぐっと高まる。
そのための目標額として提示された2000万円は、当時のMakuakeにとってはスケールの大きな額だった。「正直、相当かなり高いハードルでした。自信を持って『できます!』と言えていたかというと……」と中山さんは振り返る。
決め手になったのは、SNSでの熱いファンの声、そして、真木さんとMAPPAの丸山正雄さん、2人のプロデューサーの熱意だった。片渕監督は、制作のめどが立っていない段階から、数年間にわたる現地調査を丹念に実施し、ファン向けに成果を報告するトークイベントも開催していた。
「『動くすずさんを劇場で観たい!』『片渕監督、応援してます』――SNSにある声はきっと氷山の一角、と確信がありました。この人たちにうまく味方になってもらえれば勝機はある」
「これだけ魅力がある作品、そして真木さん、丸山さんの2人の名プロデューサーの布陣でこの額が集められなかったとしたら、きっとアニメのクラウドファンディング自体がダメなんだ、諦めよう、と覚悟を決めました」
2015年3月に募集を始め、初日だけで750万円を集めた。目標の2000万円に達したのは、わずか8日後。
「予想をはるかに上回るスピードでした。監督のファンから火がついて、口コミでどんどん広がっていった印象です」
最終的には、3374人のサポーターから、3900万円を超える額を集めた。映画ジャンルのクラウドファンディングとしては、当時の国内最高額だ。
パイロットフィルムの制作を目的としていたが、クラウドファンディングの成功で事態はさらに動いた。「これだけ支持されている」と目に見える成果が生まれたことで製作委員会を組織することができ、正式に映画作りにゴーサインが出たのだ。
「漫画の世界でも、いきなり週刊連載なんてことはなくて、最初は読み切り漫画で読者の反応をうかがいますよね。アニメの世界でも『小さく始める』選択肢って、ありだな、できるな、と思いました」
制作段階で熱心なファンを“応援団”にできたことは、ヒットにも直接的につながった。思い入れを持っていち早く映画を観た支援者が、感想を次々にSNSに投稿したのだ。
「公開初期にポジティブな世論があることは、多くの人がネットで評判を調べる時代にとても重要だと思いました。『なんだか話題になってる』『結構よさそう』という空気があったことが、少なからず足を運んでもらうきっかけになったと思います」
「僕もそうですが、出資していると自分も作り手の1人だと思えるんですよね。あの映画観たよ! と言われたら『観てくれてありがとう』って答えちゃう。支援者が自ら広告塔になってくれるのも、あらためて感じたクラウドファンディングの利点でした」
ファンに喜んでもらうには?を考え抜く
「この世界の片隅に」が成功したことで、アニメ関連のプロジェクトの問い合わせは増えたという。
制作資金を募るだけでなく、プロモーションやファンサービスとしての活用も増えている。
前者でいうと、京都市営地下鉄のCMキャラクター、伊勢志摩のご当地キャラ・碧志摩メグのアニメ化プロジェクトなど。それぞれ1000万円超、520万円超(現在進行中)の額を集めた。地方発であることも共通点だ。
どちらも、すでにネットで話題になっており、一定のファンを掴んでいた。愛着や興味を「次は動いているところを見たい」に結びつけられたと言える。
後者の例はTVアニメ「迷家ーマヨイガー」の後援会の設立。支援者には、限定グッズやスペシャルイベントへの参加権などがリターンとして贈られた。
アニメ放映期間に並行して支援を募り、「このアニメ、面白い!」という気持ちをすぐにアクションにつなげられるようにした。最終的に335人から約1100万円を集めた。
3000人から6000万円を集めた作品
両者のハイブリットと言えるのが、男性アイドルアニメ「少年ハリウッド」の完全版制作プロジェクト。3140人から5900万円以上を集め、Makuakeの歴代最高額となった。
2015年に放送した同アニメは、DVD/Blu-rayの販売枚数は各巻あたり1000枚程度。決してヒット作とは言えないが、女性を中心に熱心なファンが多い。
支援者による「応援コメント」ページにも「微力ながら直接支援できてうれしいです」「奇跡の瞬間に立ち会えてファン冥利につきます」「このプロジェクトが達成することで、将来彼らに出会う人が増えることを祈っています」――と思いのこもった言葉が並ぶ。
中山さんは、これだけの大成功となった理由を「ファンの感情に寄り添って、どんなものが見たいのか、何に喜んでくれるのかを細かく設計したこと」と話す。
1500万円を最初の目標に設定し、その後、金額に応じて制作楽曲数が増えていくストレッチゴール式をとった。出資する側としては、集まった額に応じて内容が変わっていくのはうれしい。段階的に目標が見えやすく、口コミが生まれる力も大きかった。
「熱意あるファン、コアなファンが一定数いればこれだけインパクトがある額を集められることがわかったのは大きな収穫。いかに満足して、納得してお金を払ってもらえるかが大事」
クラウドファンディングはアニメの現場を変えるか?
コンテンツの成熟段階やファン層によって、向き合い方はまったく異なり、「活用法はまだまだ試行錯誤中」。日本のアニメのコアなファンは海外にも多い。今後、世界展開も視野に入れていければと話す。
「既存のアニメ業界を変えられるか……。そこまでは僕らの領域ではないですが、選択肢が増えるのは事実だと思います。制作サイドにも、ファンのみなさんにもプラスになるノウハウをさらに積み上げていければ」
クラウドファンディングは寄付と異なり、資金集めがゴールではない。定められたリターンを支援者に返すまでがプロジェクトであり、そこまで完結している「成功事例」はまだ多くないのが現実だ。
今後、定着していくかどうかは、調達を遂げた各プロジェクトのこれからにかかっている。