J-WAVE「SAUDE! SAUDADE...」と月刊ラティーナが共同主催、今年で21回目を迎えたブラジリアン・ミュージックの年間アルバム・ベスト10「2016年ブラジル・ディスク大賞」の結果が発表になりました。

月刊ラティーナ2017年1月号に、一般投票と関係者投票の結果が掲載されています。

12月25日(日)放送のJ-WAVE SAUDE! SAUDADE...で一般投票のベスト10を紹介しました。ベスト10作品のジャケット写真つきリストは番組HP内のこちら

12月29日(木)には、青山プラッサオンゼにて、私と月刊ラティーナ花田勝暁編集長がナヴィゲーターをつとめるトーク&映像イヴェント「2016年ブラジル・ディスク大賞/2016〜17ブラジル望年会」開催!詳細は当ブログ内のこちら

それでは、月刊ラティーナの関係者投票部門、中原仁が選んだ2016年のベスト10

★2016年ブラジル・ディスク大賞 関係者投票 
 中原仁:音楽・放送プロデューサー/選曲家


久々のフェルナンダ・アブレウをはじめゼリア・ドゥンカン、ジョアン・ドナートも良かったが、思いきって今世紀に入ってから台頭した歌手/音楽家やバンドに絞って選んでみた。順位はほとんど関係なく横並びで<1>〜<3>が女性、<4>〜<8>が男性、<9><10>がインスト。歌手について言えば、根がラジオ人間なのでサウンドよりも声質や発声を重視した。全体を見渡してあえてキーワードをあげるとすれば "アフロ・バイーアの通奏低音"。ラティーナに掲載の選考コメントを流用

1:アナ・クラウヂア・ロメリーノ/ マイアナ
  ANA CLAUDIA LOMELINO / MAEANA (Brasil : Joia Moderna)
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"順位はほとんど関係なく横並び" と書いたが "2016年の1枚" と言われたら迷わずこれをあげる。2015年10月、リオで本人から直々に発売直前のCDを頂戴して以来ずっと愛聴し、番組でオンエアしたときの反応も良かった。関係者投票に参加した24人のうち、僕の他にもう1人の方がベスト10に選んだ。

カエターノ・ヴェローゾもレコメンドしているリオのオルタナ・ポップバンド、TONO(アート・リンゼイがプロデュースした『Aquario』は2014年の4位に、その前作『TONO』2012年の8位に選んだ)のシンガー、アナ・クラウヂア・ロメリーノのファースト・ソロ。

7〜8年前、とある企画物CDのキャスティングを依頼され、ニーナ・ベッケル系列の声の綺麗な若い女性歌手を探していたとき、リオの友人から彼女を推薦されて歌を聴き、一発で気に入ったのだが結局、企画じたいが流れてしまい、一緒に仕事することは叶わなかった・・、なんて個人的な話はさておき、とにかく美声。ニーナ・ベッケルは都会的で洗練された美声の主だが、アナの声はドリーミーで妖精ぽくもある。

そんな彼女の魅力が全開で、タイトルの『MAEANA(母アナ)』、歌詞カードに記された「宇宙の全ての子供たちに捧ぐ」の言葉が示すとおり、母になった喜びと自覚から来るふくよかな母性愛を基盤に、家族愛や隣人愛、地球や宇宙への愛も内包するスケールの大きさを備え、同時に聴き手の心を胎内回帰へと導く、とてもヒューマンな作品だ。

プロデューサーは、TONOのギタリストでアナの旦那でもあるベン・ジル(ジルベルト・ジルの息子)を中心に、アナ自身、TONOのベーシストのブルーノ・ヂ・ルーロ、そして彼らの兄貴分にあたるドメニコ。演奏もこの3人を中心に、ステファン・サン・フアン(パーカッション)ベルナ・セッパス(シンセ他)ペドロ・サー(ギター)らの元 "+2" ファミリー、メストリーニョ(アコーディオン)など。空間と色彩感を生かしたサウンドはファンタジックだが、リズムの重心が低く(ここが礼賛のポイント)、ドメニコが叩くリズムなど随所に "バイーアの通奏低音" が流れている。

「Nao Sei Amar」はカエターノが、「Bem Feito」はアドリアーナ・カルカニョットが書き下ろした新曲。番組で最もよくかけた曲「Colo do Mundo」は "第5のトリバリスタス" ことセーザル・メンデス(作曲)とキト・ヒベイロ(作詞)のバイーア・コンビの作品。
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つい先日、『MAEANA』のライヴDVD『MAEANA NO MAM』(上の写真)が発売され日本にも入荷した。2016年2月、サンパウロのMAM(現代美術館)でのライヴ映像で、アナがディレクションした舞台装飾、そして衣装も凝りに凝った、シアトリカルでマルチアートでネオ・トロピカリアな逸品。これを見れば(聴けば)彼女が表現する世界が手に取るように分かります。バンドのメンバーはベン、メストリーニョ、ブルーノ、ドメニコ、ステファン。

ところで『MAEANA』の共同プロデューサーをつとめたドメニコ(Domenico Lancellotti)はプロデューサー/当代随一のリズム・クリエイターとして、今年も大活躍だった。プロデュース作は、ミナス出身、リオ在住のシンガー/ソングライター、ミシェリ・レアルのソロ・デビュー作、ダニロ・カイミが父ドリヴァル・カイミの名曲を歌った『DON DON - CANTA DORIVAL』(アナ・クラウヂア・ロメリーノも1曲ゲスト参加)。

そしてつい先日、日本盤もリリースされた、バイーア出身、カナダのトロント在住のシンガー/ソングライター、ブルーノ・カピナンの新作『ヂヴィーナ・グラッサ』も、ドメニコとベン・ジルが共同プロデュース。これも静謐だが重心が低く、"バイーアの通奏低音" を感じられる逸品。ライナーノーツを執筆しました。
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Bruno Capinan / Divina Graca(P-Vine PCD-24574)

2015年10月、リオ滞在中に聴きに行ったブルーノ・カピナンのライヴ(アナ・クラウヂア・ロメリーノがゲスト出演)について、当ブログのこちらに書いてます。

2:ジョジ・ルッカ / ブリンケイ・ヂ・インヴェンタール・オ・ムンド
  JOZI LUCKA / BRINQUEI DE INVENTAR O MUNDO
(Brasil : 8)
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アナ・クラウヂア・ロメリーノとの姉妹作に位置づけてもいいかもしれない。どちらも録音場所はダニエル・カルヴァーリョとベルナ・セッパスが共同経営するMonoauralとMaravilha 8で、ダニエルがアナのマスタリングを、本作のミックスを手がけている。

そしてプロデューサーは、モレーノ・ヴェローゾ。プロデュースだけでなく、ペドロ・サーとベルナがそれぞれ1曲ずつ参加した他は全ての楽器(ギター、チェロ、パーカッション類、ドラムス、トランペットなど)をモレーノが演奏しているのだ。

ジョジ・ルッカは90年代、Josieの名で安手のボサノヴァもどき企画盤で歌っていたが、今世紀に入りシンガー/ソングライターのジョジ・ルッカとして再生。この『地球創造を遊んでみた』といった意味の新作はモレーノとがっぷり組んだ、実質的には2人の共同作品だ。

ジョジは、ニーナやアナには一歩及ばないものの、魅力的な歌声の主。全曲が自作で想像力を刺激する曲が多く、ジャケットどおりのオーガニックなサウンド(一部エレキもあり)で、半分バイアーノのモレーノが演奏しているので "バイーアの通奏低音" に根ざした曲もある。

アドリアーナ・カルカニョット的な表情も垣間見える、隙間を生かした内省的な音楽。関係者投票に参加した24人のうち、僕の他に3人の選者の方々がベスト10に選んだ。

3:セウ/トロピクス
  CEU / TROPIX

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サンパウロのオルナタ・ポップ・シーンから登場し、国内に先駆けて海外で注目を集めた、翳りを帯びたウィスパー気味の歌声が素敵な "空"ちゃん(セウ)の、これは今までの最高作だと思う。

勝因は、以前から共演してきたナサォン・ズンビのドラマー、プピーロと、General Elektriksと名乗るソロ・プロジェクトでも活動しているフランス人のキーボード奏者、Herve' Salters、この2人がプロデュースしていること。Herve'の80'sライクなエレクトロ・サウンドにプピーロのドライなリズム、リオから参加したペドロ・サーのギターなどが絡み、徹底してセウの歌声を生かしたサウンド・プロダクションが見事だ。ほぼ全曲がセウの自作。対照的な声キャラの主、トゥリッパ・ルイスが1曲ゲスト参加。僕の他、4人の選者の方々がベスト10に選んだ。

ここまでが女性シンガー編。次点はリオのシンガー/ソングライター、クララ・グルジャォンの『ELA』(カシン他がプロデュース)。また冒頭の選考コメントで書いたとおり、今年は今世紀に入って台頭した歌手/音楽家に絞って選んだので外したが、フェルナンダ・アブレウ、ゼリア・ドゥンカンも良かった。この3タイトルの写真、ラティーナに執筆したディスクガイドのリンクを載せておきます。
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CLARA GURJAO / ELA レビュー
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FERNANDA ABREU / AMOR GERAL レビュー
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ZELIA DUNCAN / ANTES DO MUNDO ACABAR レビュー

続いて男性シンガー編。

4:ト・ブランヂリオーニ&ゼー・ルイス・ナシメント / エウ・ソウ・オウトロ
  TO BRANDILEONE, ZE LUIS NASCIMENTO / EU SOU OUTRO

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21世紀のレニーニ&スザーノ。そう言っても誇大広告にはならないと思う。サンパウロのノヴォス・コンポジトーレス系シンガー/ソングライター5人のユニット、シンコ・ア・セコ(5 a Seco。初スタジオ盤『Policromo』を2014年の3位に選んだ)でも活動しているト・ブランヂリオーニのギターワークはレニーニ直系。本人もレニーニからの影響を公言している。

ト・ブランヂリーニとデュオを組んだのは、トの前作にも参加していたバイーア出身のパーカッション奏者、ゼー・ルイス・ナシメント。約20年間、パリで活動しており、マルシオ・ファラコ、カボ・ヴェルデの故セザリア・エヴォラやマイラ・アンドラーデのアルバムにも参加してきた。11月、パリを拠点に活動している三宅純さんのラージ・アンサンブルのメンバーとして来日したが、ライヴを聴きに行けなかったのが心残り。

この2人のデュオ、シンプルかつ雄弁で、理屈抜きのカッコよさ。トは曲によってピアノも演奏し、ゼーはパンデイロは叩かないが主に小型の打楽器類を操ってリズムだけでなく空間構成の技も発揮する。トのオリジナル曲(シンコ・ア・セコの面々との共作も)も、輪郭がハッキリしていて聴きごたえがある。

この、インディーズならではの自由なノリに根ざした秀作を、ダニエラ・メルクリやトリバリスタスやマリーザ・モンチの『Infinito Particular』などを手がけたサンパウロ出身/バイーア在住のアレー・シケイラがプロデュースしているところが面白い。そうそう、2015年の8位に選んだバイーアの女性サンバ・ヂ・ホーダ集団、アス・ガニャデイラス・ヂ・イタプアンのファースト『As Ganhadeiras de Itapua』も、アレーのプロデュース作だった。

僕の他、もう1人の方がベスト10に選んだ。

5:シルヴァ / ジュピテル
  SILVA / JUPITER

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リオ州、バイーア州、ミナスジェライス州と大西洋に囲まれた、立地は良いけど音楽的には辺境地域のエスピリート・サント州から10年代に入って忽然と頭角を現した、シンガー/ソングライター/マルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーのシルヴァ。88年生まれ(89年生まれの記述もあり)、まだ20代だ。

サウンドは、もろに80'sの香り漂うクールなエレクトロ・ポップ。本作と言いセウの『TROPIX』と言い、数年前だったら "ダサい" と言われたタイプの音像が、時代のサイクルに連らなって今、"キテる"。そんな印象がある。ほぼ全曲が自身と兄のルカス・シルヴァ(ルカス・ソウザの別名もあり)との共作で、ほとんどの楽器を自ら演奏し、ちょっぴり翳りを帯びた歌声も魅力的。曲作りもサウンドも歌声も内省的だが内面の広がりを感じさせる。さりげなく取り上げたドリヴァル・カイミの名曲「Marina」も、いいスパイスだ。僕の他、もう1人の方がベスト10に選んだ。

全体に薄いモヤのような膜がかかった音像、80年代のイギリスあたりに近いなあと思っていたら、シルヴァは20歳の頃から1年余、アイルランドのダブリンに住み、現地で音楽家のキャリアをスタートしたとのことで、納得。
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ところでつい先日、発売されたシルヴァの最新作は『Silva Canta Marisa』。そう、マリーザ・モンチの作品集なのだ。これが極上の内容で、マリーザ自身と共作・デュエットした新曲もある。現時点で早くも「2017年ブラジル・ディスク大賞」にランクイン間違いなし。

6:チアゴ・ナシーフ / トレス
  THIAGO NASSIF / TRES

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要注目の新鋭が続く。サンパウロ出身のシンガー/ソングライター/ギタリスト、チアゴ・ナシーフは、録音エンジニアとしてサンパウロとUSAナッシュビルでキャリアを積んだ後、現代アートともコラボしながら音楽活動を続けてきた。

彼の名前を知ったのは、アート・リンゼイが2014年に来日した際に「チアゴ・ナシーフというサンパウロの若者のアルバムを、プロデュースというより手伝うことになっている」と話したのがきっかけ。結局、アートの名前はプロデューサーとしてクレジットされ、何曲か演奏にも参加している。

曲は、アートとの共作を含むチアゴのオリジナル。ほぼ全曲にドメニコが参加してドラムス、パーカッション、MPCなどを演奏し、アルベルト・コンチネンチーノ(ベース)も参加。自身のギターとエレクトロニカを軸に、空間を生かしエッジの利いたサウンド・プロダクションは、ピンと背筋が立っていてキモチよく刺激的だ。言葉の響きを含めた詩のセンスも光る。

このアルバムはまだCD化されていないが、本人の公式サイト(こちら)から無料ダウンロードできます。

7:ペドロ・ミランダ / サンバ・オリジナル
  PEDRO MIRANDA / SAMBA ORIGINAL

capa PEDRO MIRANDA

2016年のサンバを1枚と言われたら、何を置いてもこれ! グルーポ・セメンチのメンバーとしてテレーザ・クリスチーナと一緒に活動していた頃から、ペドロ・ミランダの歌が大好きだった。独立してソロになってからも充実の歩みを続け、これは最高傑作。僕の他、もう1人の方がベスト10に選んだ。

何と言ってもまず、パンデイロを叩きながら歌うペドロの声質、節回し、ノリが素晴らしく味わい深い。有名な曲は少ないが様々な時代のサンバを、リオだけでなくバイーアのバタチーニャの曲、ルイス・ゴンザーガが "バイアォンの王様" になる前の40年代に作ったサンバまで網羅した選曲眼にも敬服。

プロデューサーは、2015年にアート・リンゼイと一緒に来日した7弦ギターの名手、ルイス・フィリッピ・ヂ・リマ。ほとんどの曲に管楽器が入っていてガフィエイラの感覚もあり、古き佳き時代のラパのサンバを現代に再現・・、と思いきや、いきなりペドロ・サーとアート・リンゼイのツイン・エレキギターで始まる「Batuda no Chao」、伝統的なアンサンブルにペドロのギターが乗っかる「Lola Crioila」もあり、アルベルト・コンチネンチーノやドメニコも参加。サンバの豊穣な歴史の大河が、ラパのダムから放流されてボタフォゴやガヴェアまで到達した、そんな絵が見えてくる。

ノエル・ホーザとイズマエル・シルヴァが共作した「A Razao Da-Se A Quem Tem」にはカエターノがゲスト参加。

私事になるけれど、ペドロ・ミランダをはじめ、アルセウ・マイア、エンヒーキ・カゼス(カヴァキーニョ)、ベト・カゼス、マルコス・スザーノ、オスカール・ボラォン(パーカッション)、エドゥアルド・ネヴィス(サックス、フルート)、ニコラ・クラシッキ(ヴァイオリン)、そしてアートにドメニコにアルベルトにペドロ・サーと、この30年間、様々な別ジャンルのプロジェクトで一緒に仕事してきたミュージシャンたちが集結していることに感慨しきり。

8:ナスカ / スーペルシメトリア
  NASCA / SUPERSIMETRIA

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NASCAことオットー・ナスカレーラ(Otto Nascarella)はサンパウロ州で生まれクリチーバで育ち、ロンドンでの活動を経て現在はリオ在住の作曲家/プロデューサー/DJ/歌手/マルチ・インストゥルメンタル・プレイヤー(パーカッションをはじめギター、キーボードなど)。8月のリオ・オリンピック期間中、野田秀樹の総指揮のもと行なわれた "文化混流" ワークショップ「東京キャラバン」(東京スカパラダイスオーケストラ他が出演)リオ・ラウンドに、アート・リンゼイのコーディネートによりブラジル側のパフォーマーの一人として参加し、10月には来日して「東京キャラバン」の東京ラウンドにも出演した。

バイーアのイジェシャー、北東部のバンダ・ヂ・ピファノの音楽、ソウル、ファンク、ジャズ、ボビー・マクファリン系のヴォイス・パフォーマンスなど雑多な要素をアフロビートと掛け合わせた、自由奔放なミクスチャー・サウンドが全開。曲ごとに、次はどこに連れていかれるか分からないワクワク感がある。もちろん "アフロ・バイーアの通奏低音" も。
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ここまでが男性編で、最後はインスト編。

9.:ロウレンソ・ヘベッチス / オ・コルポ・ヂ・デントロ
  LOURENCO REBETEZ / O CORPO DE DENTRO

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「2016年ブラジル・ディスク大賞」関係者部門の総合第2位にランクインし、僕の他に7人の選者の方々が選んだ要注目作。サンパウロ出身、バークリー音大に留学してジャズを学び、ブラジルではレチエリス・レイチに師事してポピュラーの作曲とアフロ・ブラジルのリズムを学んだ作編曲家/ギタリスト、ロウレンソ・ヘベッチス(30歳)のファーストアルバムだ。

コンセプトはズバリ、ビッグバンド・ジャズ X カンドンブレの打楽器隊。

ジャズ・アンサンブルに関しては、デューク・エリントン、ギル・エヴァンス、チャールス・ミンガスなどのビッグバンドから、現代のマリア・シュナイダー、ブラジルではモアシール・サントスやレチエリス・レイチのオルケストラ・フンピレズなどのエッセンスを投入し、誰のどの曲とは特定できないが明らかな既知感をおぼえる瞬間が続出する。

ここに絡んで来るのが、バイーアのカンドンブレ打楽器隊。バイーアで最も伝統のあるカンドンブレの祭儀場、ドリヴァル・カイミやジルベルト・ジルが曲を捧げたマイ・ヂ・サント(女祭儀師)、故マイ・ミニニーニャ・ド・ガントアがいたガントアのテヘイロで少年時代からアタバキを叩き、オルケストラ・フンピレズの打楽器隊のリーダーをつとめるガビ・ゲヂスをはじめ、イカロ・サー、イゥリ・パッソスの3人が、3種のアタバキ(rum, rumpi, le')やチンバウ、スルド・ヴィラードなどの打楽器を演奏することで、"アフロ・バイーアの通奏低音" が音楽全体を貫き、"ブラジル人にしか表現できないジャズ" が誕生した。

プロデューサーは、チアゴ・ナシーフ盤に続き、アート・リンゼイ。ただしアートは演奏には参加せずプロデュースに徹している。
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実は、1月6日に日本先行発売されるアートの13年ぶり(!)のオリジナル・アルバム『ケアフル・マダム(CUIDADO MADAME)』にも、ガビ・ゲヂスら3人とフンピレズのメンバー、ジャイミ・ナシメントが参加している。乞うご期待!

10:レチエリス・レイチ&オルケストラ・フンピレズ / ア・サガ・ダ・トラヴェシーア
  LETIERES LEITE & ORKESTRA RUMPILEZZ / A SAGA DA TRAVESSIA

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ロウレンソ・ヘベッチスを紹介したら、師匠のアルバムも紹介しないわけにはいかない。僕の他、2人の選者の方々がベスト10に選んだ。

80年代から活動してきたバイーアの作編曲家/フルート&サックス奏者、レチエリス・レイチが2006年に結成した、20人近い管楽器奏者と10数名の打楽器奏者からなる、管と打楽器だけのビッグバンド、オルケストラ・フンピレズのセカンド。Rum(フン)、Rumpi(フンピ。略してPi=ピと表記されることもある)、Le(レ)にジャズの“zz”を足して“RUMPILEZZ" となる。オルケストラのスペルに “k” を使ってるところもバイーアならでは。

全曲、レチエリスのオリジナル。クールなモノトーンが支配するロウレンソ・ヘベッチス盤と比べると、こっちのほうが遥かにホットでカラフルだ。モアシール・サントスの影響はもちろん感じられるが、管楽器のアレンジと演奏にはハッチャけ過ぎない範囲内の遊び心があり、打楽器ではアゴゴの金属音も素晴らしく効果的。

しかもこれ、拍手は入っていないが一発録りのライヴ録音(2016年2月、サルヴァドールのカストロ・アルヴィス劇場)。管楽器も打楽器も一糸乱れぬアンサンブルにして、この躍動感!今いちばんライヴを聴きたい、そして聴きながら思いっきり踊りたいバンドだ。

というわけで締めくくりも "アフロ・バイーアの通奏低音"。

当ブログ内カテゴリー「中原仁のブラジル・ディスク大賞」(2008年以降のベスト10とコメントがまとめ読みできます)
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月刊ラティーナ2017年1月号