愛犬の死で知った父の思い 映画監督・森達也さん
著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回は映画監督の森達也さんだ。
――子どもの頃は転校が多かったようですね。
「父が海上保安官だったので、広島で生まれてすぐに青森に行き、新潟、石川、富山。中学高校時代はまた新潟、そして大学で東京です。中学時代は結構ひどいいじめを受けて、一人きりでした」
――そんな時、お父さんとは話をされたのでしょうか。
「父は多くを語らず、行動で示す人でした。小学校3年生の頃のある出来事はよく覚えています。父が知人から頼まれて断れずに犬を飼い始めました。3カ月たった頃、公園に遊びに行こうとすると犬が走ってついてきましたが、振り返るといない。夕方、家に戻ると自動車にはねられて死んだと聞かされました」
「母は『お父さんが海に連れて行った』と言うので、泣きながら家を飛び出して海に行くと、父の後ろ姿が見えました。近づくと父が振り向き『来るな。おまえ、俺が死んだら見たいか』と言ったのです。普段とは全く違う雰囲気に、思わず立ち止まって、父の姿をずっと見ていました。身も蓋もないストレートな言い方でしたが、子どもに始末させるのはしのびないという、子どもを守ろうという必死の思いだったのでしょう」
――ご自身の考え方にお父さんの影響を感じることは。
「戦前に満州(現中国東北部)で食う物がない時、中国や朝鮮の人に助けてもらったと話していました。周りの日本人の中には、彼らを見下す人もいたようですが、分け隔てなく誰ともつきあい、親切に感謝していました。そんな姿に僕は感じ入っていたのかもしれない。父は、僕が撮ったオウム真理教の映画を見て『これはいい映画だ』と喜んでいました」
――オウム真理教の映画も、現在公開中のゴーストライター騒動後の佐村河内守さんに密着した「FAKE」も、世間から非難される“加害者”の立場で描いていますね。
「よく『森は“加害者”側ばかり撮る』と言われます。信念というより、マスコミは被害者側を取り上げるから僕は加害者側を見たいと思う。そして見に行くと、あれっ、言われているのと全然違うじゃんと気づき、それを映画にしているだけです」
「1995年の地下鉄サリン事件後、日本の安全神話が崩れた不安感から、皆でつながろうとする集団化が起きました。東日本大震災後『絆』という言葉でより強まった。人の絆には段階があり、成長とともに、親子という一次的絆から国や民族という二次的絆を求めます。これは本能だから仕方ないけど、この同類による絆が強くなり過ぎると、異端なものを排除しようとします。善悪を単純に分ける感覚が好きではないんです。いじめるのも、いじめられるのも嫌ですよ。異端でもそっとしておいてくれよと、いう感じかな」
[日本経済新聞夕刊2016年7月19日付]
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