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誕生

 ”どな”が生まれたのはラボラトリーの一室だった。
 既に新生物の開発は終了し、クルーIIIの憩いの場となりつつあるラボラトリーの、忘れられた場所。
 場所が忘れられているだけではなく、”どな”のプロジェクト自体を知る者が少なかった。
 新生物の開発計画自体が、水中でしか活動できないクルーIIIのサポートと言う重要な役目に耐える事が出来ない失敗だったのだ。
 その後クルーIIIのサポートと言う役目はサイキックを再教育した”デスサイキック”と従来通りの科学者たちにに委ねられ、ラボラトリー本来の目的である生物開発など、誰も記憶にとどめようとしていなかったのだ。
 ”どな”にはこれまでに培われた遺伝子技術の全てが盛り込まれていた。
 既存のDNAを改造するのではなく、DNAを構成するアミノ酸自体の人工化。そして人工的な組み立て。それを人工の細胞に組み込み、増殖させる。モデルとなったのは人類であり、それがこの計画を進める若きクルーIIIにとっては玉の瑕であった。
 この若いクルーIIIは過激派”シャチ”の一員で、人類を憎んでいる。穏健派”イルカ”も人類を好んではいないが、人類から進化したサイキックであれば共存可能と見ている。しかし”シャチ”にとってはサイキックもまた人類でしかなく、”イルカ”のように共存しようなどと思える相手ではなかった。
 だからこそ、サイキックを再教育して傀儡にしようなどとは思えなかったのだ。
 だからこそ、まったく新しい生物を作ってその生物を自らの手足としようと思ったのだ。
 悲しいかな、巨大コロニーの中で自由に動くには人間の似姿がもっとも最適であったため、”どな”も人間をモデルに作られてしまったのだ。
「24時間後には実用に耐える年齢に達しましょう」
 彼はクルーIIIの元で働く若い科学者だった。
 ”シャチ”にも一目置かれる稀有な頭脳の持ち主であったが、”どな”の開発に当たるようになってからは影を潜めている。
「人間のどの年代に当たる?」
 クルーIIIはテレパシーで問いかける。彼らは言葉を持たない代わりに、サイキック以上の超能力を操る。
「7歳前後でしょうか。幼年期です」
 クルーIIIに眉はないが、その雰囲気から眉をしかめているのは分かった。
「いやいや、7歳と言えども馬鹿には出来ません。”イルカ”どもが赤ん坊のサイキックを調教して成果を挙げた、あのスリーパー。あれだってまだ5歳6歳でしょう。要は能力なのです」
 ”シャチ”にとって”イルカ”もスリーパーも愉快な存在ではないが、説得力としてはこの上ない。
「その能力も、スリーパーに並ぶのか」
「当然のことながら実践のデータがありませんので断言は出来ませんが、戦闘能力においては互角。クルーIIIをサポートするのに必要な事務能力であれば所詮のところ人間の子供に過ぎないスリーパーを凌駕するでしょう。……水の惑星に旅立った後にも、しかるべき居住区さえ用意すれば十分に働くはずです」
 クルーIIIはいずれこのコロニーを離れ、水の惑星に移住する。
 そのことを思うと科学者にとっては複雑な心持であった。
 クルーIIIという管理人を失うとこのコロニーがどうなるのかと言う不安はもちろん、長い間研究を共にしてきた彼らとの別れ自体が寂しいものでもある。
「よくやってくれた」
 クルーIIIの言葉は素っ気無いものだった。
 科学者にとっては切なくもあり、いつもの事でもある。
「”どな”と言う名前は、DNAから取った。しかしもうひとつ、」
 クルーIIIは”どな”が眠るカプセルを見つめて言葉を続けた。
「ドンナー博士。君からももらったのだよ」
 科学者は息を呑み、クルーIIIの横顔を一瞥し、共に”どな”を見つめた。
「……光栄です、クルーIII・ウィリー」
 互いに名前を呼び合ったのはこれが初めてだった。





教育

 ”どな”の教育は徹底的に公開された。
 ”シャチ”にとっては”イルカ”の鼻を明かす研究成果であったし(ただし”シャチ”の大部分も関わっていない)、”イルカ”にとっても単調な生活の中で貴重な好奇心を満たす対象でもあったのだ。
 ”どな”がカプセルから出されたときの肉体年齢は7歳相当。生まれながらにテレパシーを極め、コミュニケーションに難儀することはなかったが、12時間後には人間の言語を習得する。
「意図的に大脳の言語野を発達させています。その気になれば古代史に記録されているような100も200もある国々の言語をマスターすることも容易でしょう」
 事実、”どな”はクルーIIIの古代史研究の要望にこたえて14の言語を習得した。
 数学をはじめとする基礎学問の学習も早熟であったが、コンピューターの操作に手間を取った。
「応用力が低いのです。そもそも応用力と言うのは人生経験の中で身に付けていくものですから、生まれたばかりの”どな”に応用力を期待してはいけません。今後クルーIIIと行動を共にしていけば、確実に応用力を身に付けます」
 科学者の弁明を受けて、最初”どな”の失敗を疑っていたクルーIIIたちも移住後の”どな”の成長を待つことで納得した。
 しかし科学者も予想していなかった、最もあってはいけない事態が発生した。
 ”どな”はデスサイキック・スリーパーに劣ったのだ。
「これは経験の差と言えばよいのか、”どな”自体の精神的な未熟さと言いますか」
 科学者にも弁明は困難であった。
 超能力と言うのは生まれついてのものであるから、ある程度その能力を鍛えることは出来ても、最初から持っていないものは身に付かないのだ。
 スリーパーに有って”どな”にない能力は多すぎた。
 その戦闘能力において決定的な差を見せ付けられた以上、”どな”は失敗だったと言われてもやむをえなかった。
 それでも”どな”の開発に関わっていたクルーIIIの後押しを受け、”どな”はクルーIIIの補佐としてコロニーに残されることとなった。

「非戦闘員としてでも残る事が出来たならよく出来たものだ。がんばれよ、”どな”」
 科学者は”どな”を娘のように抱きかかえ、人間と変わらないぬくもりを十分に味わった。
「結果さえ出していればクルーIIIも悪いようにはしない。いや、正しく評価してくれる分人間よりもいいかも知れないな」
「クルーIIIの言うように、人間はものを正しく見ることが出来ないの?」
 ”どな”の言葉に邪気はない。しかし人間である科学者にとっては耳に痛い言葉だった。
 ”どな”の生活圏はクルーIIIの中でも”シャチ”の側に位置しており、人間や歴史に対してかなり偏った価値観を与えられている。
「それは自分で考えて判断することだ。たとえば私はどうだ?」
 既に”どな”の知識量は自分を上回りつつある。そんな自分に出来ることは、考えることを教える事。
 科学者は”どな”の目を見て話し、常に自分で答えを導き出すよう習慣づけさせた。
「博士は……」
「……待て待て、なんで黙るんだ」
 ”どな”が笑う。
 クルーIIIは無意味だと言うが、科学者の経験からしてこういった情操教育が培われていなければラボで正気を保っていられない。
「部屋に戻って古典を読もう。クルーIIIが古い文献のデータベースを修復してくれた」
「”どな”がやったのよ。クルーIIIは手が動かせないもの」
「足も動かせないな」
 ここ数日、冗談を言う回数が増えている。
 ”どな”は心を読めるからその理由を探る事も出来たが、科学者との友好な関係を保つために、人間相手にはテレパシーを使わない原則を徹底している。
 科学者もその事を知っているが、なるべく考えないようにしていた。
 ”どな”の教育が終われば、自分は言葉を奪われた上で追放され、アークシティの病院に隔離されるのだなどとは、考えないようにした。
 求められた結果を出せなければ処分される。
 クルーIII・ウィリーが”どな”の能力は十分であるとして弁護したが、クルーIII・ウィリー自体が開発担当の一人であるためにその論は認められなかった。
「そのデータベースには歌も入っていたの。メロディはまだ復元できていないけど、復元出来たら一緒に歌いましょうね」
「私は歌が苦手なんだ。”どな”が歌って聞かせておくれ」
 ”どな”は決して心を読んだわけではないが、科学者の雰囲気から不安を感じ、せがんだ。
「駄目よ。こんな詩なの」
 きらめく、きらめく、小さなお星様
 なんて不思議なことでしょう
 世界の上でそんなに高く
 まるでお空のダイアモンドのように
 きらめく、きらめく、小さなお星様
 なんて不思議なことでしょう





サイキック

 クルーIIIのリーダーは”イルカ”であるから、これまでは穏健な政策が採用して来られた。
 しかしあるサイキックの脱走により、事態が急変する。
 単なる脱走であれば相手はサイキック、ない事ではない。だがそのサイキックにテレポートの能力はなかった。そんなサイキックを脱走させたのが、3名のサイキック。それも少年少女、スリーパーや”どな”よりもわずかに年が上と言った程度である。
 調査するほどに彼らの能力の高さが明らかになる。
 物体を破壊するブレイク。遠隔地へワープするジャンプ、テレポート。心を読むテレパシー。衝撃を無力化するシールド。4人それぞれがサイキックを代表する能力のエキスパートである。
 彼らはアークシティ地下通路から侵入し、かつま大佐なる人物と接触している(この接触に至るまでにも民間人の協力があった様子)。かつま大佐はじめ、民間人の間にクルーIIIが仕掛け続けていた洗脳が解ける兆候が認められる。
 隠し続けていた真実が露呈しようとしているのだ。それもたった4人のサイキックの手によって。
 彼らは地下通路を伝い、コロニー外周に出ようとしている。つまりその目的とは、コックピットやラボラトリーと言ったクルーIIIが鎮座するコロニーの中枢であろう。
 それまでサイキックなり洗脳の解けた民間人なり、反逆をもくろむ人間が居ないわけではなかった。しかしそれらの行動はコロニー内部に終始しており、クルーIIIの安全を脅かすものではなかった。
 だが今回のサイキックたちは、クルーIIIの安全はおろか、コロニーの今後をも脅かしかねない存在である。
 過激派”シャチ”が勢力を付けるのは当然の結果であり、多くのデスサイキックやサイボーグ、人造生物が件のサイキックを倒すために送り込まれると共に、コロニーの前線に配備される事となった。
 ”どな”の運用についても検討が進められる。
 クルーIII・ウィリーは”シャチ”の中にあって唯一前線への配備に否定的であったが、”イルカ”の中からも配備を要求する声が上がる中、情勢を覆すことは出来なかった。

「博士は? 博士はどこに居るの? 博士に相談したいの!」
 ”どな”を生み出し”どな”を教育してきた科学者が居なくなって以来、”どな”は初めて不安に狩られて科学者を呼んだ。
 しかし科学者は既に言葉を奪われ、アークシティの病院に隔離されている。”どな”がその事実を知る由もない。
「まだ解読が終わっていないの、まだメロディが半分しか見つかっていなの。”どな”じゃ無理。お願い、博士に会わせて。ラボに戻して」
 ”どな”は指揮を担当するサイボーグにすがった。
「そんな奴は知らん。それより貴様、奴らが来たら警報が鳴る。そしたらハッチが開くのと同時にサイコボールでも何でも叩き込め。一人も通すな」
「どうして? 考えても分からないの! 私の仕事はまだ終わっていないのに、どうしてこんなことをしなければいけないの!?」
 サイボーグは虫を振り払うように”どな”を付き返し、別の区画に指示を出しに向かう。
 同じ区画には白いワニや巨大化した食虫植物、自律型の警備ロボット、陸生クラゲが配備されている。
 ”どな”はサイキックではなく、人造生物と同じカテゴリーに分類されたのだ。
 彼らでは答えはおろか安心すら与えてくれない。
 押し寄せる不安に耐えかね、”どな”は爪を噛んだ。復元した文献にそんな癖を持つ将軍の話が載っていたのだ。
「ミスはしてない……結果は出せた……なのにどうして……」
 考えるほどに分からなくなる。
「博士もどこに……どうして私がここに……クルーIIIの心も読めない……」
「ミスならあるよ」
 言葉を発したのは、壁から上半身だけを覗かせているスリーパーだった。
 スリーパーはテレポートの能力にも長けており、空間を操ることでこのような芸当も可能なのだ。
「”どな”のどこに!? ”どな”はちゃんと解読したのに!」
「生まれてきたことが間違ってるんだよ」
 スリーパーの笑い方は不愉快で、”どな”の不安を煽った。
「クルーIIIは水の惑星に移住した後も優秀な助手を求めていたんだ。そのためにはどんな力が必要だと思う? 分からないよね。クルーIIIに匹敵する超能力だよ。君にはそれないんだ」
 気が付けば背後に回り込んでいるスリーパー。
 確かに”どな”にそんな力はない。
「でも”どな”は文献の解読を」
「そんなのは同情で与えられた仕事じゃないか」
 何が言いたいのか。
 心を読もうとしても、スリーパーの方がテレパシーの能力も上回る。彼は当然にテレパシーを防ぐ術を知っているのだ。
「ああ、ああ、不安なんだね、怖いんだね。よく分かるよ。博士? ああ、博士も君と同じだ。成果を出せなかったから処分されたよね」
「うそよ!!」
「だったら僕の心を読んでみればいいさ。ほら、僕は無防備だよ。やってごらん?」
 ”どな”は全身を嫌な汗が伝うのを感じた。
 心を読まれているだけでなく、心の中をかき回されているような感触だった。
「うそよ」
「本当だよ。彼はクルーIIIが望む助手を作れなかった。だから処分されたんだ。君にもう少し超能力があればこんなことにはならなかったのにね」
「うるさい!」
 壁がへこむ。
 感情が高ぶって力を制御できなくなり物を壊すなど、”どな”には初めてのことだった。
「もっと狙わなきゃ僕は当たらないよぉ。大体当たっても、それっぽっちじゃどうにもならないよ? やっぱり君は不良品だな」
「”どな”はちゃんとやれるの! 博士も間違ってなかった!!」
 スリーパーの姿が見えない。笑い声だけが聞こえる。
「その意気だよ。僕はコックピットの前を守ってる。君はそこで適当に頑張ってよ。期待してないからさ」
「だまれ!!」
 壁に穴が開くと、声が止んだ。
 気が付けば肩で息をしている。
 ”どな”は袖を握り締め、うずくまった。
 自分と博士が間違っていなかったことを証明しなくてはいけない。
 超能力においても不十分はなかったのだ。
 スリーパーはずる賢いから出し抜けた、それだけなのだ。
 ”どな”は生まれて始めての戦闘を前に、必要以上に緊張を高めていった。





闘い(ここから虐待)

 アラームが鳴ると、警備ロボットがハッチに銃身を向けて固まった。
 ”どな”も深く息を吐いて立ち上がり、ハッチをにらみつけた。
 開くと同時に侵入者の精神を砂色に染め上げて、崩壊させてやるのだ。
 ハッチが開いた。
 ”どな”は息を吸い、先ほどスリーパーに対してやったのと同じように、侵入者に怒りをぶつけた。
「いたっ! 何よこれー」
 あっけなかった。
 侵入者はほんの少し痛がるばかりで、平気な顔をして降りてくる。
「あら、女の子よあいね。みなみもしばも下りてきなさいよ」
 ならばと計画にあったテレパシーによる精神攻撃をしかけるも、まるで効いていない。
「みさ、その子怯えてる」
 テレパスだ。
 ”どな”は自分のテレパシーが効かないことに加え、気が付かないうちに心を読まれたことに動揺し、後ずさった。
「おい逃げるぞこいつ!」
「足の速さなら負けないって」
 次に動いたのはテレポーター。
 先ほどのスリーパーよりもすばやく、”どな”の背後を取る。
 どうすればいいのだろう。
 ”どな”は考えた。
 しかし考えることが裏目に出た。
「みなみ、パス!」
 考えている間に蹴り飛ばされ、体が宙を舞う。
「パスされても困るって!」
「んじゃあたしが!」
 床に叩きつけられるのが早いか、”どな”の後頭部にみさのプラズマ砲がめり込む。
「だからそう言う使い方じゃないってー」
「いいじゃんいいじゃん、ほら、ダメージ通ってる」
 新しいおもちゃを見つけた。そんな風に笑う4人。
 ”どな”は何がおきているのか分からず、痛みを発する頭と肩とを押さえ、のた打ち回った。
 どうして痛いの?
 どうして攻撃されたの?
 どうして?
 どうして逃げないで考えてるの?
 どうして?
「これちょっとやばいんじゃないの?」
「いいじゃん、敵だし。先にこの子がやってきたのよ」
「この奥には幼稚園でもあるのか」
「そりゃいいや。遊んでいくか」
 逃げなければ殺される。
 ”どな”は意識を取り戻し、4人の足元を縫うように転がった。
 警備ロボットや人造生物が居る今ならば逃げ出す機会は十分にあるはずだった。
「残念! 逃げるなどというシステムはありません!!!」
「おぅっ!?」
 腹をけられ、壁に打ち付けられる。
「お仲間はもう全滅してますよー」
「相手の弱点を突けば案外楽勝なのよね」
 見渡せば動くものの姿がない。
 どうして?
 ”どな”が弱いから?
 ”どな”が不良品だから?
 博士、答えて。
「でもこれ倒すって、後味悪いよなぁ……」
「って言うか、ほんとに敵?」
「戦う気では居るみたいだけど、どうしてどうしてばっかりで、頭がおかしい人みたい」
「病院から抜け出してきたのかしら」
 ”どな”は浅い呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻し、”どな”の処分に手をこまねく4人を観察した。
 ”どな”に注意を払うこともなく、完全に油断している。
 今しかない。
 心を読まれぬうちに、出来る限りの速さで意識を一人に集中する。
 この中で一番もろいのは、緑のテレポーターだ。
「しば、危ないよ」
「何が? うげっ!?」
 あいねの警告を受けたものの無防備だったしばは”どな”のテレパスをまともに受け、頭を抱えて倒れこんだ。
「やる気じゃん、この子。やっちゃおうよ」
「ぎゃん!」
 みさが躊躇うことなく”どな”の鼻を蹴り飛ばす。
 血と骨折で鼻をつぶされた”どな”は、今までのようにじっと痛みに耐えることも出来ず、うめきながらはいずり回った。
 前が見えない。どうして?
 泣いてるからだ。
 どうして泣いてるの?
 痛いからだ。
「今のでおしまいか? こいつつまんねえなぁ……」
 攻撃の気配がない。
 ”どな”は不慣れな口呼吸を繰り返し、自分を蹴った女に狙いを定めた。
 一人ずつならやれる。
 手をかざし、足首の骨を握りつぶすイメージを固める
「みさ」
「言われなくても見え見えなのよね」
 みさは”どな”がかざした手を踏みつけ、体重をかけるようにしてしゃがみこんだ。
「うわああ!? どうしてええ!」
「あんたどうしてしか言えないの?」
 みさを追い払いにさし伸ばされたもう片方の手をみさがつかみ、小指の間接を付け根から逆に曲げる。
「いやあああ!!! どうしてえええ!!!」
「それしか言えないみたいだな」
「壊れた目覚まし時計じゃない」
 中指も同じようにして折り曲げる。
「やめてえええ!! ハカセエエエ!!!」
「お!? 博士ってなんだ!?」
「やさしくしてくれた人みたいね。絵は浮かんでるけど、名前が出てこないわ」
「ふーん……やっぱつまんないわね、この子」
 みさはプラズマ砲の銃身をハンマーの要領で使い、”どな”の手を叩き潰すのと同時に足をひねって踏んでいる手も骨を砕いた。
「ぎぃっ……ぅっ……!」
 ”どな”は白い泡を吹き、みさが降りても動くことが出来なかった。
「そんじゃ奥に行こうか」
「待って、最後に仕上げを」
「あいねが? 珍しいな」
 あいねが”どな”を抱きかかえると、”どな”は一瞬身を振るわせたものの、すぐに緊張を解いた。
「痛かった? もう大丈夫よ。すぐに楽になるの」
「”どな”は……博士が……」
「そうね、博士も一緒よ。あなたは失敗作じゃないわ。あんなに頑張ったじゃない。皆が助かったのよ」
 ああ。私は、博士は間違っていなかったんだ。
 ”どな”は何もかもが満たされるのを感じ、涙がこぼれるままに身を任せた。
「うーん……あ、何やってんの?」
 しばが起きると、みなみが指を立てた。
「最後の仕上げだとさ」
「へー。むごいことするねぇ」
 あいねが”どな”を抱きしめ、耳元でささやく。
「でもちょっとよくなかったところがあるの」
 ”どな”の心が曇る。
「あなたはどうして甘やかされるままに超能力を鍛えなかったのかしら? 努力が足りなかったと思うの。あなたが頑張りさえすれば、こんな結果にはならなかったのよ。博士もつらかったでしょうね。ううん、あなたが悪いんじゃないのよ? でもあなたにもちょっと頑張ってもらいたかった……」
「だって……”どな”、はかせと……」
「そうよね。しょうがないわよね。そうやってあきらめてしまったのよね」
 違う! ”どな”は頑張れるの!
 ”どな”は言葉よりも使い慣れたテレパシーで伝えた。
 あいねと心が繋がっている。
 そのあいねが抱いている気持ちは、「駄目な子だからしょうがない」。
 駄目じゃない! ”どな”も博士も駄目じゃない!!
「でも証明してくれないと分からないわ?」
「できぅ……できる!」
 あいねの口元がゆがんだが、”どな”には逆光のせいでよく見えなかった。
「だったら、そうね……」
 みなみたちが目をそむける。
「……やれる。”どな”はやれる!!」
 ”どな”はあいねに解放されると堂々と立ち上がり、頭を抱えた。
 割れろ。
 一心不乱に念じるほどに頭痛がひどくなる。
 目の前が赤くなった。
「頑張って、あと少しよ!」
 割らなきゃ。
 つぶれた鼻から血が噴出し、頭を抱える砕けた指も小刻みに震える。
 期待にこたえなきゃ。
 割れる。
 博士を証明しなきゃ。
”どな”は出来る子なんでしょう? やればできるわ!
 ”どな”を証明しなきゃ。
 割れちゃう。
 誰に?
私に見せて、”どな”の頑張りを!
 誰だろう。
 あれは誰だろう。
 目が見えない、痛い、助けて。
”どな”、口から血が出てるわ! あとちょっとよ!
 あれは
 割らなきゃ。
 敵だ!
 ぽんっ

「花火みたいできれいよ、”どな”」
 あいねの笑顔とは対照的に、3人は口元を押さえて”どな”が立っていた場所に広がる肉の花火の跡を見まいと目を閉じた。





クルーIII

 クルーIII・ウィリーは人類の代表となったサイキックを前に、かつて”どな”の開発に携わり人間がモデルになっている事を忌まわしく思ったとき以上に、彼らを好まなかった。
「人間はあらゆるものを憎み、虐げる。そしてサイキックも所詮人間なのだ。私は人間もサイキックも信用出来ん」
 クルーIII・ウィリーの意見は省みられなかった。
 彼はリーダーではないし、スリーパーをも倒したサイキックに将来性を見出した”シャチ”の中にあっても浮いた存在となっていた。
 クルーIII・ウィリーの前で、サイキックたちが人類を代表してクルーIIIのリーダーに答えを聞かせようとしている。
 コロニーに残るのか。
 クルーIIIと共に水の惑星アクアへ移住するのか。
 クルーIIIと戦うのか。
 クルーIII・ウィリーにはどの選択肢も愚かに思えた。
 このサイキックたちをコロニーに残す事はコロニーに暗雲をもたらすことになる。故あってラボを去ったドンナー博士のような人間をこそ残しておきたいノアの箱舟に、異物が混入するわけだ。
 このサイキックと共に移住すれば、クルーIIIに災いが降りかかるだろう。彼らもまた人間、暴力の衝動を抑えられないのだ。
 戦う。ひょっとするとこれが正しいのかも知れない。彼らはリーダーの強さの前に屈服し、”どな”が受けたような苦痛を味わいながら死を迎えるのだ。
 サイキックたちが答えを告げた。
 クルーIII・ウィリーは歌った。
 彼らを祝福せんがために、”どな”の解読を元に完成させたメロディーで。

 きらめく、きらめく、小さなお星様
 なんて不思議なことでしょう
 世界の上でそんなに高く
 まるでお空のダイアモンドのように
 きらめく、きらめく、小さなお星様
 なんて不思議なことでしょう

END




 原作「星をみるひと」についてはグーグルで検索すれば分かりやすく面白く紹介されたサイトがいくつかみつかるはずです。
 この小説は「星をみるひと」に登場する雑魚キャラクター、”どな”をメインにしたものです。
 この小説の中で”どな”は遺伝子操作で生まれた人造生物となっていますが、原作ではデスサイキック、クルーIII側のサイキックです。その実力もスリーパーと遜色ありません(念動力のスリーパー、テレパスの”どな”と言う住み分けのようです)。
 原作にはクルーIII・ウィリー及びドンナー博士は登場しません。
 原作において、みなみ・しば・あいね、みさがこのような乱暴を働くことはありません。



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詩:きらきら星

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