見つめ直す「差別と人権」

 シニア世代の多くの人に、鮮烈な記憶を残した在日コリアンがいる。

 金嬉老(キムヒロ)元受刑者(故人)である。日本語読みで「きん・きろう」といった方が通りがいい。1968年、ライフルを手に静岡県の旅館に人質を取って籠城した人物だ。

 要求は一つだった。街中で在日の人々に差別発言を放った警察官の謝罪である。

 彼の幼少時からの差別体験は現場からテレビ中継を通じて全国に伝えられた。言語道断の事件であることは前提に、在日コリアンの人権意識を覚醒させた出来事として歴史に刻まれている。

 在日運動家たちは、当時活発になっていた部落解放運動にも大きな影響を受けていた。在日コリアン人権協会の創設者は「私たちにはそれまで、差別と闘うという概念がなかった」と言う。被差別部落の人々は大正時代に始めた差別との闘いから、「人間の尊厳」を取り戻す運動を在日の人々に伝授していった。

 差別される側に共通するのは「初めはなぜ差別をされるのか分からなかった」という事実である。極貧生活で識字率が低い時代があった。歴史を学び、差別の不条理を知ったとき、初めて立ち上がることができる。私が知る障害者団体も彼らの運動に学び、「共に生きる社会」の実現を強く訴えた。

 運動はときに「激しく行き過ぎ」と社会の批判を浴びた。当事者は折に触れ反省した。金嬉老事件は論外としても、多少手荒な訴えをしなければ苦境は理解されなかった事情も見逃せない。運動は外国人登録証への指紋押なつ全廃や公共施設のバリアフリー化など大きな成果を上げた。

 にもかかわらず今年は新たにヘイトスピーチ(憎悪表現)対策法、部落差別解消推進法、障害者差別解消法が施行された。人権を守る社会は成熟してはいなかったのか。

 「現代」を一皮めくればインターネット上などで差別言動がはびこっている。「差別と人権」にこだわってきた記者の一人として自戒した1年である。


=2016/12/25付 西日本新聞朝刊=

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