昭和19年2月から20年4月までの14カ月間、大森捕虜収容所で金銭給与を担当していた陸軍主計軍曹、八藤雄一氏が「あゝ、大森捕虜収容所──戦中、東京俘虜収容所の真相」という本を2004年に自費出版している。
彼がこの本を自費出版したのは、米陸軍第八軍司令官アイケルバーガー中将の「大森こそは日本軍残虐の本営」という、ヒレンブランド著「アンブロークン」の原型のような談話に対して反論するためだった。
 終戦後、厚木に降り立ったマッカーサーの右隣の人物がロバート・アイケルバーガー中将。
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捕虜たちのために尽力した八藤氏らは、自分達がやってきたことをまるで鬼畜の所業であるかのように言われ続け、さぞ悔しかったに違いない。
この本の「まえがき」および、太田図書館寄贈時に書籍の見返し部分に貼られた謹呈の文には、その気持ちが滲んでいる。
 大森捕虜収容所時代の八藤雄一主計軍曹
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謹呈
生まれて初めての自費出版、
全能力を挙げて漸く実現に漕ぎ着けました。
この作品には私の魂が籠もっています。
著者
あゝ、大森捕虜収容所
──戦中、東京俘虜収容所の真相──
八藤雄一 八十四才
はじめに
昭和二十年九月、日本占領の第一陣として進駐して来た米陸軍第八軍司令官中将アイケルバーガーの大森収容所視察談「こゝ大森こそは全西南太平洋の日本軍残虐の本営」を新聞で見た私は一瞬「違う。我々大森の日本軍将兵は二三の例外を除き全員ジュネーブ条約に則って公正に俘虜を処遇した。いつの日か必ず彼の蒙を啓こう」と心に誓った。今その時が来た。
この本はそのための書である。戦後米軍は多くの日本軍捕虜収容所勤務者を捕え横浜裁判で捕虜虐待と称して処刑した。彼等のいう捕虜虐待の要因は、
1 捕虜観の相違、日本は恥じ・英米は名誉
2 ジュネーブ条約は捕虜は博愛を以て遇せ、基本的人権の尊重、をいうが日本軍には基本的人権の観念なく、命令の絶対服従とビンタを軸とする日本軍律を捕虜に適用。
3 戦況悪化に伴い捕虜の住環境、食糧・医療は悪化の一途
4 言語の壁・文化の違いから来る誤解。例、牛蒡、筍は木、竹の根、灸は拷問手段、と総てが捕虜には虐待に映る。
本書は私の東俘収勤務の体験を通しての右の実態解明であり、アイケルバーガー第八軍司令官への反証である。※謹呈文、本文ともに書籍では縦書き
連合軍に捕虜虐待ととられた要因は、この「まえがき」の1~4でほとんど言い尽くされていると思う。
八藤氏はCBSのインタビューに英語で答えており、youtubeでその番組「The Great Zamperini」を見ることができる。
その一部に日本語字幕をつけた動画。
このまえがきに溢れ出る彼の信念からして、彼がいちばん言いたかったことも発言しているものと思うが、上記の動画では渡邉氏の暴力に関する話のみが使われている。
最後に一つだけこの本の興味深いエピソードを紹介する。
 左からボブ・マーチンデイル米陸軍少尉、八藤雄一軍曹、トム・ウェイド英陸軍中尉。八藤氏は戦後かなりしてから捕虜たちと交流を再開した。
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 Robert R. Martindale,The 13th Mission - Prisoner of the Notorious Omori Prison in Tokyo 八藤氏「数ある連合軍捕虜の大森捕虜記録の中で最良の著書であることは私が保証する」
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大森で捕虜だったボブ・マーチンデイル米陸軍少尉の著書「The 13th Mission」には、1944年12月、大森捕虜収容所で捕虜たちのクリスマス慰安会が行われ、大いに盛り上がった出し物「シンデレラ」の話がある。続けて次のように書かれている。
 1944年、大森捕虜収容所のクリスマス慰安会で上演された「シンデレラ」。
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最高のクリスマスだった。
我々は全員、朝食の時に使ういつもの椀で、小さな精白パン1個をもらった。
さらに全員、赤十字から送られた慰問の品の入った箱を受け取った。
夕食には焼き飯と、シチューに近い濃いスープが出た。
野菜が何種類か入っており、浮かんだ豚の脂がスープに風味を添えた。
幸運な捕虜には、小さな豚肉が入っていた。
みな満腹して寝ようとしていたとき、他の宿舎からクリスマスキャロルの歌声が聞こえてきた。
楽しいことがたくさんあった1日だったが、もっとすごいご馳走は大晦日、正月にやってきた。
この日は私の人生で、一番思い出深いクリスマスとなった。この幸せに満ちたクリスマスの思い出に出てくるスープの豚肉、実は八藤氏が苦労して手に入れた牛肉だったのである。
一部マーチンデイルの記憶とは異なるが、以下、八藤氏の記述。
当時の食肉市場は大変な入手困難、特に大森から市場に行っても係員は、
「駄目、駄目、捕虜なんかに食わす肉なんかない」
と相手にしてくれない。
この爲に我々は自転車の後部フェンダーの「東京俘虜収容所」という白ペンキを消して食肉市場に行った程である。
而も当時の市場には陸海軍の強力部隊が屈強な炊事兵士を数名トラックに乗せて肉を買い出しに来る。各部隊競争であり、早い話、強奪である。
私は常々幼少時から肉食、パンを主とする捕虜連中のことを考えせめてクリスマス位は、たとえ少量でも牛肉を食わしてやろうと思っていた。東俘収主計軍曹は市場で全く不景気にされる。でも私は、
「捕虜だって人間ですよ。何とか少しでも売って下さいよ」
と泣きついてやっと六キロの牛肉塊を入手。欣喜雀躍して自転車の前籠に入れて帰り炊事の福田軍曹に渡した。
六キロは六千グラム、捕虜六百人で割れば一人十グラム、僅かに小指の先の量、確かカレーライスに入れて給与した。
それでもマーチンデールはこの肉の特配を著書に書いている。
後年私はこれを読んで思わず一人で泣いた。私も読んで思わず泣いた。
ヒレンブランドは、日本の捕虜収容所のことを「奴隷収容所」と述べ、「アンブロークン」にはまさに奴隷の惨状としかいいようのない話ばかりが、これでもかこれでもかといわんばかりに登場する。
そして、ここで紹介したクリスマスのエピソードは登場しない。