1945年のクリスマス―日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝
- 作者: ベアテ・シロタゴードン,Beate Sirota Gordon
- 出版社/メーカー: 柏書房
- 発売日: 1995/10
- メディア: 単行本
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目次
- 放送大学の先輩が教えてくれた本
- なぜ、GHQが日本の憲法草案を書いたのか
- なぜ、ベアテさんが人権条項を書くことなったのか
- ベアテさんは結婚が一番気になっていた
- 女性の権利を削除した政府
- 鶴瓶さんと南原さんが司会する「新・平成日本のよふけ」出演していた
- まとめ
- その他のおまけ
放送大学の先輩が教えてくれた本
元JAL機長の臨床心理士に会って心理学に興味を持ったことから、今年の4月、放送大学に入学しました。なぜ、放送大学にしたのか。その理由は「Foursquare」で知った伊東日奈子さんが放送大学で心理学を学んでいるのを知っていたのが大きかったと思います。伊東日奈子さんにメセージを送っていろいろ質問し、放送大学で学ぶことを決意したのでした。
その伊藤さんがFacebookでこの本を紹介していました。
私は中学や高校で憲法を学びました。終戦からそれほど長い時間が経過していない時期でしたから、学校では「日本は理想の憲法を作ったのだ」と教えられました。
その後、憲法はGHQに押し付けられたものだと聞くことが多くなり、半藤一利さんの「昭和史」で日本国憲法ができたいきさつを知りました。
さらに、草案を作るメンバーに23歳という若い女性がいて、その女性が人権条項を書いたというのですから、びっくりです。
どんな人なのかと知りたくなり、購入して読むことにしました。
なぜ、GHQが日本の憲法草案を書いたのか
なぜ、GHQが憲法草案を書くことになったのか。そのことが分かりやすく説明されたNHKが放送した番組を見つけました。
- 「日本国憲法を生んだ密室の九日間」(1993.2.5 放送)
ライセンスが怪しいのでリンクは貼りませんが、検索するとみつかります。
簡単に説明してみます。
マッカーサーは幣原内閣に新しい憲法を作るように命じたのですけれど、出て来た草案は明治憲法とさほど変わらないものでした。
そのときには政治犯が釈放され、言論も自由になっていましたので、政府のほかに民間の憲法研究会が作った案も発表されていたのですが、繁栄されていません。
マッカーサーは天皇制を残すことに決めていました。しかし、このままでは極東委員会からもアメリカ本国からも突っ込まれてそれも出来なくなってしまいそうです。そこでGHQ民政局に草案を作らせ、それを内閣に渡して日本が自分で作ったように発表させたのです。
草案を渡されて、政府はハイハイと喜んで草案を受け入れた訳ではありません。受け入れないなら、この草案と松本案のどちらが良いか国民投票にかけるとマッカーサーは言ったそうです。
受け入れなくて国民投票をしたら、私の両親たちはどっちの草案を選んだでしょうか。戦前の教育を受けた人ですから、GHQ案を支持しなかったかも知れません。
なぜ、ベアテさんが人権条項を書くことなったのか
ベアテさんは5歳のときから15歳まで日本に住んでいました。ベアテさんのお父さんは有名なレオ・シロタというピアニスト。山田耕作の招きで来日して今の芸大でピアノを教えていました。
15歳のときに留学のためにアメリカに渡り、日米が開戦してしまいます。終戦後、両親に会いたかったのですが、民間人は来日できません。そこで、募集していたGHQのメンバーになったのです。
彼女は6か国語が話せます。「日本語の他に話せる言葉は?」と民政局の上司に質問されて、次のような返事をしています。
「両親がキエフ生まれですので、ロシア語。私はウィーン生まれですし、日本に来ても少女時代ドイツ語学校に通っていましたので、ドイツ語。フランス語は、特別に家庭教師について習いました。アメリカの大学ではスペイン語もやりました」
(「1945年のクリスマス」P30より)
それで、こりゃスゴイ!と上司も喜びますが、その他にも 6ヶ国語を話せるのは大きな威力を発揮します。
彼女が憲法の人権に関することを書くことになると、図書館へ行って世界中の憲法の本を借りてきます。そして、世界中の憲法、人権宣言のいいとこどりをしたのです。
ベアテさんは結婚が一番気になっていた
ベアテさんは、5歳のときから15歳までの多感な時期を日本で暮らし、日本の女性の地位が低いのが気になっていました。
- 結婚は家長の同意ないとだめ。
- 姦通は女性だけが罰せられ、男はお妾さんがいてもよかった。
- 女性は選挙権も、被選挙権もない。
- 女性は結婚すると夫の許可がないと重要な法律行為が出来ないようになる。
- 相続は長男だけに。
若い女性のベアテさんには日本の結婚の問題が気になっていました。だから、婚姻を一番最初に書いたのだそうです。
女性の権利を削除した政府
英文の憲法草案が出来て政府に渡します。さらに、政府が発表する日本語の草案をGHQでチェックしますが、そのとき、ベアテさんは通訳として参加しています。女性の権利が削られたり、修正されたものがありました。
政府の言い分は、日本に会わない、そういう文化がない、ということです。
ベアテさんの上司は「このベアテさんも望んでいることだ」というと、日本の事務代表はびっくりして女性の権利が残ったそうです。
私たちは、簡単に「イスラムには女性の権利がないからダメだ」などと簡単に批判しますが、同じ状況に生まれ育てば私も「日本の文化に会わない」と言っているかも知れません。戦後に生まれてよかった。
鶴瓶さんと南原さんが司会する「新・平成日本のよふけ」出演していた
本が届いたまま何日か読まないでいるうちに、放送大学図書館AV ブースで「私は男女平等を憲法に書いた」というVHSビデオを見つけました。前からあったのでしょうが、「1945年のクリスマス」を購入したことから、GHQの憲法草案にアンテナが張り巡らされて敏感になったようです。
それから、鶴瓶さんと南原さんが司会する「新・平成日本のよふけ」出演していた動画がありました。
- 新・平成日本のよふけ:ベアテ・シロタ・ゴードン
- 「日本国憲法を生んだ密室の九日間」(1993.2.5 放送)
- 日本国憲法誕生 全編
このタイトルでYoutubeにあるのですがライセンスがあやしいのでリンクは貼りません。
「日本国憲法誕生 全編」に憲法9条が変更されていく様子があり、興味深かったです。マッカーサーノートは自衛のための戦争もしないと書いたのが民政局で削られます。さらに、日本の国会で変更されます。
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日本国憲法第9条
- 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」。これが追加されます。私たちが平和を望んでいるんだという主体性をだしたいというのです。これはいいアイディアですね。
それと2項の「前項の目的を達するため」が「国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」にかかると、それ以外の目的なら戦力を保持してもよいことになる可能性があるとの極東委員会のコメントも紹介されていました。
まとめ
GHQ憲法草案の人権条項を書いたベアテ・シロタ・ゴードンさんの自伝を読みました。
これはベアテさんがテープに吹き込んだものをドキュメンタリー工房の平岡さんが文章に整理したものです。
タイトルの「1945年のクリスマス」はベアテさんが民間人要員としてGHQに赴任した日にちから。
押し付け憲法だからダメだという人もいますが、日本人だけではこんな見事な憲法は作れなかったと思います。
それと、テレビで日本国憲法が作られるいきさつがこれほど放送されていたのはショックでした。私は1995年ころからテレビ、新聞をほとんどみていません。こんなことも知らなかったのかと、悔しくも感じました。
来学年は「事例から学ぶ日本国憲法('13)」を履修する予定です。
その他のおまけ
GHQのあった第一生命ビル
- 日本国憲法の誕生 国会図書館