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中東クライシス

[Part2] ハルホマの緑の丘は高級住宅地に変わっていた(2)

私がハルホマを再訪したのは、イスラエルの総選挙の2日後だった。
西岸のベツレヘムを望む入植地の東の端で、新たなビルが建設されていた。オスロ合意破綻(は・たん)の後、米国による和平仲介は「中東和平ロードマップ」に沿って進んでいる。その第1段階は、パレスチナには暴力の停止を、イスラエルには入植地建設の凍結を、それぞれ求めている。ハルホマの拡大は、この原則に明らかに反する。

1994年にガザで始まったパレスチナ自治の象徴だった議長公邸は、今年1月、イスラエルの空爆でがれきの山となった=川上泰徳撮影
1994年にガザで始まったパレスチナ自治の象徴だった議長公邸は、今年1月、イスラエルの空爆でがれきの山となった=川上泰徳撮影

イスラエルの平和団体ピースナウの調べでは、93年に11万6000人だった西岸への入植者は、08年に121カ所で約28万人と、2.4倍にふくれあがった。東エルサレムの入植地の約20万人を加えると、計48万人に達する。
それだけではない。実は西岸にはさらに約100カ所、イスラエル政府の許可さえ得ていない入植地がある。その一つでラマラの東方にあるミグロンを訪ねると、約40戸の仮設住宅が有刺鉄線のさくで囲まれている。02年に建設された。パレスチナ人の地主はイスラエルの裁判所に入植地撤去を訴え、裁判所は06年に撤去を認めたが、何も動きはない。
入植地のさくのゲートに、若いイスラエル兵士がいた。
「入植地は違法ではないのか」。そう聞くと、兵士は「我々はイスラエル市民を守っているだけだ」と答えた。ゲートの横から写真を撮っていると、入植者の男が「そこで撮るな。外側のさくまでは我々の管理下だ」と声を上げた。外側のさくは、ゲートからさらに100メートルは離れているじゃないか……。
他人の土地を占拠し、立ち入り禁止区域をつくる。それをイスラエル軍が守っている。

(文中敬称略)

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