態勢が整わないままスタートすることのないよう、手当てを急がなければならない。

 中央教育審議会が、2020年度から始まる次の学習指導要領について答申を出した。

 この指導要領がカバーする2030年ごろの社会の姿を考えてまとめたものだ。

 自ら問題を見つけ、新たな価値をつくり出す力を育てる▽「何を学ぶか」だけでなく、「何ができるようになるか」を重視する▽大学入試改革とも連動して、小学校から大学までの教育を一体として見直す――。

 こうした目標をかかげた答申だ。理念先行の感があり、学校現場からは「こなしきれるだろうか」との声が上がる。

 教育行政にかかわる者は、この不安にこたえる責任がある。

 まず政府・文部科学省だ。

 新指導要領は「脱ゆとり」の流れを引き継いで、学習内容を削らない方針だ。小学校の英語の教科化や、プログラミング教育の必修化が新たに盛り込まれるにもかかわらず、である。

 10年近く前に現行指導要領が改訂されたとき、授業時間は増えた。だが、中教審自身が「何よりも必要」と訴えた教員の十分な配置は、厳しい財政のなかで見送られ、一線の先生と子どもたちがしわ寄せを受けた。

 同じことをくり返してはならない。政府としていかなる姿勢でのぞむか意思を統一し、必要な教員数を確保しなければならない。

 都道府県や市町村の教育委員会の役割も大きい。

 答申は、小中高の全教科で「アクティブ・ラーニング(能動的学習)の視点」からの授業改革を促している。教員が教え込むのではなく、子どもが主体的に学ぶ授業にするという。

 教員が自らの役割を理解し、授業の組み立てを考えるには、入念な準備と研修が不可欠だ。

 書類仕事を減らすとともに、必要以上に精力を割かれている部活動の指導の負担を軽くしなければ、そうした余裕は生まれないだろう。教委のサポートを求めたい。

 ただし行政が教え方や評価法を細かく指示し、上意下達で押しつけては、どの学校の授業も金太郎あめになる。現場の裁量に任せることが必要だ。

 子どもの実態を最もよくつかんでいるのは、ほかならぬ現場である。

 各校がヒト、モノ、カネを生かして教育計画を立て、実践することを答申は求めている。

 学校そして教員は、目の前の子どもたちに向きあい、それを踏まえた教育を行ってほしい。