卒業のために必要だった事 体験版
ソルファがファントムの意味を知ることになったのは翌日の帰りのホームルームであった。
「昨晩、学園都市内で生徒が暴行される事件が起こりました。犯人は未だに分かっていません。似たような事件がここのところ多発しているので、皆さんは早く寮に帰るように」
「はい」
「では、解散」
生徒全員がそう答えると、担任の教師は出席簿をもって教室を出て行った。同時に教室が一気にざわめき出す。
ソルファもさっさと帰ろうかと考えたが、肩を叩かれた。振り返るとミハエルがいかめしい顔で立っていた。
「あれ、何か用ですか?」
「お前、実は何か知っているんじゃないのか? 例の事件について」
「例の事件って、さっき先生が言ってた連続暴行事件の事?」
「そう、それだ」
ミハエルが頷く。
「昨日寮に深夜に戻ってくるのを見かけたからな。ひょっとしたら、お前……犯人なんじゃないのか?」
「僕が? まさか」
「とぼけるなよ」
ミハエルの表情がよりいっそう険しくなっていき、肩をつかむ手の握力は強くなった。
ソルファにしてみれば知らないものは知らなかった。
「いや、本当に知らないんだって。昨日帰りが遅くなったのは、僕がその事件が目の前で起こるのを見てしまったからだよ。職員室に連絡入れて、お腹空いた中でさんざん取り調べだのなんだのやったんだ。学校来ても君はそれを僕にするつもりなのかい?」
めしを取り上げられるのは嫌だ。全力で拒絶する視線を送る。
「ああ、いや。その悪かったよ……」
そう言ってミハエルは怪訝そうな顔をやめて、肩から手を離した。
「あんまり気にしてないよ。ところで、僕はあんまりこの事件について詳しく無いんだけど、何か知ってるの? あとファントムって何?」
「ファントムってのはこの事件の犯人のあだ名だよ」
「あだ名?」
「そうだ。幽霊みたいに気配が無くって現れるのはいつも夜。夜中街を歩いていると突然目の前に現れて決闘を申し込んでくる。もしその要求を拒めば、また幽霊みたいに消える。まあ、こんなことが起こっているって噂だ」
「噂……ね? ミハエルはその辺り詳しくはしらないの?」
そう聞くとミハエルは肩をすくめた。
「詳しくは知らないさ。ただ、生徒の間じゃギャンブルが横行して、誰がファントムを倒すか? なんてものもあるらしい。また、自分の腕試しがてら夜に外をわざわざ出まわる輩までいる始末だ」
「なるほど、どうにも僕は噂話に疎くってそこまで知らなかったなぁ」
休み時間中もずっと本を読んでいて、放課後はさっさと図書館に行くからか友達はいなかったし、こんな噂をする人もいなかった。
「みんな、ファントムを恐れてはいるが、楽しんでいる。しかし、あれは学園の風紀を乱す。あってはならない存在だ。必ず俺が倒してやる」
新しく就任した生徒会長は使命に燃えているようだった。
「まあまあ、そういう難しい事は先生に任せておいて肩の力を抜きなよ」
ソルファはにへぇと笑う。
「む、まあ、それもそうか……」
「それに、ギャンブルしている連中には君がファントムを倒すことに賭けている人間だって少なからずいると思うんだ。君がそう動いて儲かる連中もいる。まずはファントムを突き止める前に、賭け事をやっている人間を取り締まるのもいいのかもね」
「むう、お前にしては鋭い。それも確かに一理あるな……」
「じゃあ、頑張ってね」
そう言ってソルファは席を立った。早く図書館に行って、鋼の魔術の研究の続きがしたかった。
「アージェ」
「ん、何?」
「やること終わったら、さっさと家に帰れよ。出来れば日が暮れる前に」
「ぜ、ぜぜぜぜぜぜ善処……す、するよ……」
ミハエルの顔がまた厳しくなった。
ソルファは引きつった笑みを浮かべて視線をそらした。
全くもって自信が無かった。ここまで聞いてもなおファントムの話は割とどうでも良くって研究に集中したいという思いが勝る。
そして、没頭すればいつだって日が暮れきった閉館時間間際だったりする。ほぼ九割以上の確率で。
「アージェ。前から言おうと思っていたが、お前だけ本当に図書館出入り禁止にするぞ?」
「すいません。それだけは勘弁して下さい。死んでしまいます」
ソルファは目にも止まらぬ早さで、身体強化を行い、そして全力で土下座した。
「お前は本当に変わっているな」
「へ、なんで?」
ソルファはきょとんとした顔を上げた。
ミハエルがソルファの顔を覗き込む。
「執着が無くて、何も持とうとはしない。なんでも持っているのに何も持っていないかのように振舞う」
ミハエルが何を言っているのかが分からず、首を傾げた。
「もういいよ」
そう言うと、ミハエルはソルファの前から立ち去って行った。
「とりあえず、図書館出入り禁止はさ、避けられたのかな?」
その事にだけ安心すると、ソルファは今日も今日とて図書館を目指した。
そんなわけで、今日も今日とて勉強に励んでいたら、閉館時間に気がついた。
「の、ノオオオオオオオオオオオオ!」
何故図書館に来れば必ず、閉館時間まで眠ったように勉強し続けてしまうのだろうか。
無意識にある自分の存在に問いただしたかった。
本の虫とか笑われている自分をなんとか変えたいという意思はある。意思はあるのだ。強固な、強固な意思はあるのだ。
しかし、ほどほどにしようと思うほどに、本の虫加減は酷いものになっていくのだ。
今回はやめるべきだったのだ。早急に引き上げる必要があったのだ。
門限に遅れれば。また、運悪くファントム事件を目撃してしまえば、生徒会長命令で、ソルファだけ図書館にいることを禁止されてしまう。
それは、それだけは避けたかったというのに……この体たらく……。
ソルファは悲しんだ。己の自我の弱さを。ソルファは強く憎んだ、あまりに本能に忠実すぎる無意識と、悪しき悪政を引こうとしている生徒会長を。そして、この葛藤を生み出したファントムを!
「あの、葛藤するのはいいんですけど、さっさと帰ってくれませんかね?」
すぐ後ろにいた司書がそう言った。
「あ、はい。すいません。あとこれ借ります」
「はい」
ソルファが本を掲げると司書が受け取り貸出の手続きを行っていく。ソルファが一冊本を借りるという事を分り切ってか、必要なものは全部持ってきていた。
さくさくっと手続きが終わり司書が去って行く。机の上に広げていたものをかき集めて、カバンの中に詰め込むと、図書館を後にした。
「さっさと帰りたいけど、今日もお腹空いたからなぁ。食べて帰ろう。何か忘れてるような気がするけども」
一人ごつつぶやく。ミハエルの警告はもはや意味がなくなっていた。この段になってもはや忘れていた。
昨日は店を閉めていたあの定食屋も今日はやっていることだろう。そこへ行くことを心に決める。今日は肉をたらふく食べることを心に決める。
夜の街は気を付けて観察してみればいつも以上に静かだった。
普段この時間まで営業していたお店も、店を閉めている。何らかの形で昼間に聞いたファントムの噂。というものが、効果を成しているのだろうと思った。
レストランに向けて歩いて行くと、不意に気配を感じて先を凝視する。
そこにいたのは全身を黒い衣装に覆った男だった。
黒いマントに身を包み、大きな黒い布で目以外の全てをすっぽりと覆い隠している。下に来ている服は体にフィットしたもので引き締まった体躯をしているのが分かった。
杖は魔術師が多くの場合持っているものとは少し、異質で真っ直ぐな棒だった。
その男から発せられる気配というものが薄かった。
男はこちらを指でさす。
ソルファは一瞬気を取られた間に黒ずくめの男は走り出していた。
「あ、待て!」
すぐさま、バベルズアトラスを付与して追いかけるが、差は縮まらず。角を曲がり追いかけて角を曲がったら、男は消滅したかのようにいなくなっていた。
とりあえず次の角まで走って辺りを見渡すが、完全に見失ってしまったようだった。
「あー、畜生。また逃げられちゃったかー」
「え? え? 何?」
振り返るとそこにいたのはこの学院の教師であるマリア・ルルーだった。長い黒髪に、パールの瞳。女性にしては背が高く、普段穏やかそうな顔をしていることが多いが、今は全力で顔をしかめている。
「あら、ソルファ。ダメじゃないこんな時間に出歩いちゃ。ひょっとしてあなたがファントムなの?」
そう言いながら、マリアはタバコに火をつけて一服した。
「勘弁して下さいマリア先生。僕、昨日通報して聞いたの先生でしょ?」
「ああ、それもそうだったわね。悪いことしたわ」
翻ってやわらかく微笑むマリアだった。
昨日ソルファが念話をかけて、受け取ったのはマリアだった。それなりに仲の良い教師がマリアしか心当たりが無かったのは大きい。
その通報から現場に駆けつけて、一通りの事情聴取だのを行った中にもマリアはいた。
「あー、でも何しにこんな夜遅くまで? 昨日も外出てたみたいだけど」
「今日も図書館ですよ。それで帰ろうとしたら変なの見て、追いかけてたらこう……ね」
「ああー、なるほどねー」
「先生は?」
「あたし? あたしは幽霊退治だよ」
「幽霊? それってファントムのこと?」
マリアはこくんと頷いた。
「そ、さすがに被害が大きくなりすぎてねー。ちょっと先生達も本腰入れて探し出そうかなってところ……なんだけど、今日は見つけるまではうまくいったけど取り逃がしちゃってねぇ……」
「ってことはさっき見た黒ずくめの男が……ファントム?」
「あら、っていうことはあんたも見ていたのね。彼を」
「うん。さっき見かけて逃げていくのを追いかけてた感じ。先生は、僕のこと、逆に見かけなかったの?」
「さてね。さっき見逃してからかんでいろいろ探し回ったけど、あんたが見失ったって言うんならもう見付かりそうも無いね」
「まさか。僕なんかより先生の方が早く走れるでしょう?」
「あんたほど強烈なバベルズアトラスをかけて走れる人は先生にもそういないものよ。せいぜい個人言語領域に、肉体変化があるくらいのものね」
「あれま、そんなもんなんですか?」
「ソルファ。そういうこと安易に言うんじゃ無いわよ。たどり着きたくてもたどり着けない領域にあなたはいるんだから」
「はい」
そうは言ってもソルファにはよく分からなかった。
自分は自分のやっていることで精一杯だし、もっと凄い奴もたぶんいっぱいいるだろうと思ってやっている。それがしばしば反感を買うらしい。
その分からなさを、マリアにはよくよくたしなめられていた。
「あのさ、もし良かったらなんだけどさ。ファントム捕まえるの協力してもらっていいかな? ちょっとばかし優秀な生徒の手伝いが欲しいんだよね」
「まあ、それは構いませんが先生」
「なに?」
「お腹、空きませんか?」
笑顔でソルファが言うと、マリアは一気に脱力して虚ろな目をして引きつった笑みを浮かべた。
ソルファとマリアが囲ったテーブルには、牛のステーキが一枚、鳥の胸肉のをソテーしたものが一つに、大盛りのサラダと、バケットが並んでいた。
これらはすべてソルファが注文して自分で食べると宣言したものだった。
対してマリアの方にあるのはビールが一杯だった。
「それじゃあ、ありがたく頂かせてもらいます」
「お好きにお食べ」
そう言われるまでもなく、ソルファはステーキにがっついていた。
「あんたさ、一応こっちが頼みごとしてるし、立話もなんだしどっかいこうってなったらあたしがおごるのもまあわかる。でも、いくらなんでも遠慮ってものを知るべきなんじゃないのか?」
誰がどう見ても、ソルファはマリアをそっちのけでメシを食い始めたようにしか見えなかった。
「ひひゃー、もふ、ひほうもはべられまへんへしはし」
「口にものいれたまましゃべるな」
「んぐ……。いや、だってね。昨日晩御飯食べ損ねたの、僕が通報しちゃったからでしょ? だから、昨日食べ損ねた分もまとめて食べたいなって思ってね。これでもかなり遠慮した方ですよ?」
「遠慮しなかったらどうなる?」
「えーとこれに、ピザ二つに、フライドポテト一つ 。ソーセージが三本にあとは……」
「もう良いやめろ」
「なんか、言ってたら食べたくなって来たな」
「やめろ!」
「はい」
そうしてソルファは、幸せそうな顔から真顔に戻った。
「まったく、お前の胃袋は無限なのかよ……」
「そうなのかも知れないですね。いままで生きてて、満腹で食事やめるってそういえばしたことが無いですし」
ソルファはそんなことを言いながら、ステーキを刻んで行く。もうこの時点で運ばれた食事は半分ぐらいに減っていた。
「とりあえず、話の続きを聞きましょう。まずファントムって言うのはなんですか?」
「そこから始めなきゃならないか。ソルファは、どれぐらい知ってる?」
「ここのところの連続暴行事件の犯人で、誰が倒すか話題になっている人」
「まあだいたいそんなものか」
マリアは顔をしかめて、頭の後ろをかいた。
「違うんですか?」
ソルファは肉にかじりつきながら言った。
「厳密には違う。ファントムが通り魔のように言っているのは、教師たちの都合。早く帰ってもらうための口実ってところよ。実際のところファントムがなにをするかってのは決闘を挑む事なの」
「決闘?」
「そう、ファントムは夜に出歩いている生徒に決闘を挑むの。挑めば戦いになるし、拒めばおとなしく引き下がる。備えが無いと言えば、次回に持ち越すことも出来る」
「なんとも、フェアなことで。あれ? でもそう言うことなら基本的には大丈夫なんじゃないんですか?」
オルフェリア学園において決闘は許可されていた。より高い次元の魔術の実戦を行うという観点で許されている。
ソルファにしても、何度かあしらう程度であるにしろ決闘は受けて、戦ったことはある。
「あれには一応教師への申告が必要なのと、一応は教師もやり過ぎた時に間に入れるように見張りもしているの」
「へー、知らなかった」
「まあ、あんたはいつだって挑まれるだけだったし、適当に片付けてたから知らんでしょうよ。ファントムの問題はこのあたりの申請が一切なかったこと。つまり生徒間の勝手な決闘ということなのよ」
「なるほど。でも、それでもさそこまで問題は大きくなるのかな。決闘は基本的には励行されている」
ソルファがそう返すと、マリアは「んー」と唸ったあとで、「まあこれはめんどくさい話なんだけどね」と前置きを置いた。
「ファントムが勝ち続けるごとに噂がどんどん大きくなっていって、ギャンブルを始める連中が出て来たの。決闘を受けたものは必ずギャンブルの元締めに持ち帰って挑戦を受けたものと、ファントムを賭けの対象にしてオッズを決める。ここでまあ、挑戦されたものは、奥の手みたいなものも表示するのさ。それで改めてオッズを決めると。この奥の手に複数人数で挑むってのもあったみたい」
「それが何か問題があるのです?」
「問題なのは頭の硬い教師連中なのよ。非公式でこちらが把握出来ていない決闘士の周りで異様な盛り上がりを見せている。それが許せないみたい」
「それならギャンブルの元締めを潰せばいいじゃないですか」
「確かにそういう議論はあるし、これを追っているのもいる。けども、いくら潰そうとも、そこに需要がある限りは無限に発生し続けるものよ。だから、あたしたち教師連中がファントムを潰すってことになったのよ」
「なるほど。あくまで賭け事をやっている連中のやり方でもって叩くわけですね」
「そういうこと」
「でも、ファントムがうちの生徒でなんかしらの目的があるとすればそのうち名乗り出てくるんじゃないですかね? それを待つのも良いと思うけど……」
「そこが教師連中の頭の硬いところでね。何としてでも一刻も早くファントムを潰さなければならない。学園の威信にかけてなんてのも出てくる始末でさ」
「あー、それはめんどくさい」
特には関心なさそうに答えて、ソルファは肉を頬張った。マリアはビールを飲んだ。
「めんどくさいよ。ほんっとに。で、ファントムはと言えば、まあ逃げるのが達者でね。捕まえようにもなかなか捕まらない」
「実際、マリア先生とり逃してましたしね」
「うるさいぞ。でも実際に、捕まえるのは難しい。気配がまるでないし、見失えば絶対に見つからない。で、ソルファ。君にお願いだ」
マリアがそこまで言ったところ、ソルファは店員を呼びとめた。
「すいません、やっぱりピザも良いですか?」
「かしこまりました」
「おい待て」
「だってめんどくさそうなんだもん。追加注文が妥当です」
引き締まった顔で、ソルファはそう言い切った。
「ええーい、面倒だな。あー、あたしもビールもう一つ。あと、ピザもう一枚だ」
「はい」
やけくそ気味に頼むマリアに店員はにこやかに応じると、厨房に向かって行く。
「ソルファ、お前に頼みたいのは、ファントムの足止めだ」
「足止め。倒さなくて良いの?」
「いや、それは構わないよ。学年四位の成績保持者がほとんどなにもさせてもらえずにやられたって聞くし。お前ならば、ひょっとしたら勝てるかも知れない。けれども、そう良い賭けじゃない。おそらくは互角程度で、悪ければ負ける」
「負ける? そんなに強いの?」
「強い。あたしじゃないが、教師で一人一瞬だけ交戦したのがいて、一合のあとで簡単にまかれたって。もっとも、撤退戦で正面からやりあってないというのもあるがな。一合のうちに、目くらましをして、そのあとで姿を消す。学園の魔術師相手にこれをやるとなると並大抵じゃないというのは分かるだろう? やつは、囲まれることを恐れて逃げたんだろうが、そのまま戦えばおそらく互角かファントムの方が上回っていただろう」
「まあ、確かに、そこまで言うのなら……」
学園の教師となる魔術師は、国から大魔術師という魔術をマスターし、極めた物としてのライセンスを獲得している。
ここの生徒と、大魔術師とが戦った場合、何もさせてもらえずに負けるのがほとんど確定だった。
ファントムの実力は、この大魔術師相応と言ったところ。
ソルファやミハエルなどの実力は現段階で、この大魔術師に匹敵するかどうかといったところだろうか。
そういう風に推測をしていけば、マリアの推測は正しいということを理解出来た。
「あなたが出ていけば、おそらくファントムも他のほぼかならず倒せる相手以上にあなたのことを優先するはず。そうして、遭遇して交戦した場合にあたしに念話で連絡。で、交戦地帯を私を含む教師陣で包囲。確保と。まあさすがに囲まれれば、ファントムでも逃げきれないでしょうって計算よ」
「だいたい把握しました」
「どう? あたしたちにはそこそこギャラを支払う準備はあるけど」
「でもなぁ……。僕は僕で夜はやりたいことがいつもあって……」
やりたいこととは、いつものの研究作業である。
「ならこうしよう。一日だけ、お前が食べたい物全部おごってやる」
「よし、やる!」
「お前、安上がりだな! 子供かよ! ああ、お前、心はマジでガキだったな!」
「お待たせいたしましたー。ご注文いただいた、ピザとビールをになります」
店員がやって来て、笑顔でピザとビールを置いて行った。
「うひょー、美味しそう。えーとなんだっけ?」
「もう忘れたのか。ファントムの足止めを頼むってこと。で、ギャラは……」
「ここで一日食べ放題!」
相変わらずなソルファにマリアの目は死んでいた。
「……まあそういうことだ。ファントムが、挑戦者を探しに街を歩くのは月水金曜日で、決闘の持ち越しをするのが火曜日と木曜日だ。捕まえるのはなるべく早い方が良い。次の金曜日に作戦決行で構わないか」
「はい、了解です。とりあえず真面目にやるつもりではいますから、約束……絶対ですよ? すっぽかすとかなしですからね?」
「分かってるよ。詳しくは、また追って伝えるわね」
話が終わると、ソルファは一気に食べ始めた。出された料理すべて平らげるのに、数十分とかからなかった。
「はぁ、やっぱり普通にギャラ払った方が安かったかしらね」
「だから、絶対食い放題ですよ! 絶対にですよ!」
ソルファは口の周りにチーズをつけながら、そう念を押した。
翌日放課後になってからソルファが向かったのは、学園内にある病院だった。
受付で面会と言って、目的の人の部屋番号を聞き出して、部屋へと向かう。
ノックを数回して、中から返事が聞こえたので部屋の中へと入っていく。
「あー、どうも、こんにちはお元気ですか?」
「お前……何しに来た?」
訪れられた入院患者は不機嫌そうに答えた。
彼の名前はジュエル・ジ・アイロン。つい一昨日、ファントムに滅多打ちにされて今は怪我の療養のために入院している。
ソルファはそんな彼の様子など気にはせずに、椅子に座った。
「まあ、手土産も無いですし。僕たちそこまで親しい間柄じゃないですよね? なので本題に入らせてもらいます。聞きたいのはファントムの事です」
「お前もおれを笑いに来たのか……?」
「聞きたいのはあくまでもファントムの事です。別に君を笑う理由もなければ、道理も無い。ファントムと戦うには実力が足りなかったそれだけのことです」
そう言い切ると、ジュエルは沈黙した後で自嘲するように笑った。
「なるほどな。確かにそれもその通りだ。おれには実力が足りなかった。確かにそれだけのことだ。大体お前がそんなくだらない領域にいるはずもないか……」
「はい、その通りです。ただ実力が足りなかっただけなんです」
「お前な、それ素でやってるのか?」
「何のことですか?」
ソルファは首をかしげると、ジュエルはため息をついた。
「あ、そうです。本題です。本題。ファントムについて色々聞きたいことがあって、今日はここに来たんです」
「なんで、ファントムについて聞くことがある? 幽霊狩りでも始めるつもりなのか?」
「その通り、明日の夜に、僕はファントムに挑戦しようと考えています。どうにも噂話を拾い集めるよりも、実際に戦った人間の感想なりを聞いた方が良いかなって思いましてね……」
「なるほど? たかだか二分程度の間に一方的にぼこぼこにされただけだけど、それでも聞きたいか?」
「はい。是非とも」
ソルファは、前のめりになって目を輝かせながらそう言った。
「う、近いんだよ」
「はい」
のけぞってジュエルが答えると、ソルファは元通り椅子に座って、メモとペンを取り出した。
「まず俺の戦い方の特徴だ。基本的に俺は弾丸にに魔術の術式。パッケージの為のミスリルの弾頭、これに簡略化した術式を組み合わせて射出する。で、使うのは銃だ。属性は鋼と炎。戦いではこんなところさ」
ジュエルは試験では銃は使わずに、学園が指定した杖で鋼と炎を練り合わせた個人言語を披露していた。術式難度はBクラスの達成度はAクラスとトップクラスに入る成績を取っていた。
「試験とやってることは違うけど、そっちの方が強いって事?」
「まあそう言うことだ。こと対人戦と、対軍戦というのはちょっと勝手が違う。対軍の大規模な術式をやれっていうんなら、おれはああするが、一対一、それも手練れの相手とやれっていうんならこうする」
「なるほど」
「それでさ、ファントムとやるってことを賭けの大本に宣言したときから、おれは結構準備はしていた。勝てばヒーローで金も手に入る。万全の体制でファントムには挑んださ。確かまだいくつか弾丸の予備はあったな」
そう言って、ジュエルはベッドの横に置いてある鞄の中からケースを取りだした。そこには四色に分けされた弾丸が転がっていた。
「一応全部予備はあるな。赤いのが狙撃用で、加速が速く、風や重力の影響も受けにくく貫通力と衝撃力が高い。青いのが散弾。近接戦闘で射撃と共に広範囲に広がる。散弾に当たれば爆散する。白いのが、刃だ。トリガーを引くことによって一時的に銃身の先に魔術の刃を作ることができる。緑が追尾弾、ある一定の間なら自分以外の熱を探知して追いかけてくれて当てれば爆発する。これを四丁の銃に仕込んだ」
ジュエルはまず赤い弾丸と緑の弾丸を取り出した。
「先手を打ったのはおれだ。指定の場所にファントムが現れた時、俺は奴の五〇〇メートル背後にいた。赤の弾丸を入れた狙撃用の銃で狙い撃った。すると奴は後ろに目がついているかのように動き出した。追撃するように赤を撃ったが隠れられてダメになった」
ジュエルは次に赤の弾丸をケースに戻すと緑の弾丸を前に出す。
「で、次にこいつの出番だ。おれが考えていたのはこの緑の弾丸の追尾の回避に必死になっているうちにもう一度赤で狙い撃てる位置につこうと考えていたんだ。で、結果から言えば緑もダメだった。奴はこっちに接近しながら巧妙に緑を避けて来やがった」
「そうなると、接近戦になるね。ここまでファントムから何か仕掛けは?」
「無いよ。奴は首尾一貫して、接近戦しか仕掛けてこなかった。接近にあたっての速度はとてもじゃないが逃げ切れるモノじゃなかったね」
「身体強化の術式が強固と見るか……あるいは……。そうだ、その先のことを教えてよ」
「そうだな。おれは、逃げてなんとか体勢を立て直そうとしたがファントムを見失ったんだ。気がつけば背後にいて、杖を振り下ろしてきたよ」
「かき消えるように消えて、また現れる。それは戦いの中でも使ってこられるんだね」
「そうだ。おれはそれをやられた。初撃はなんとかしのいで、赤と緑の弾丸が入ってる銃を捨てて、青と白の弾丸入った銃を取り出した。白を起動して刃にして斬りかかると、むこうは後ろに下がって避けた。当たると思ったから青の散弾を撃ったら、当たるには当たったんだ」
「よく分からないけども」
「うん、杖が高速で回転したと思ったら弾丸は全て弾かれたんだ。……ディスペル。魔術を打ち消す魔術を使われたんだと思う」
「そんな魔術を使うのか……。無の魔術は使い手が少ないから特定しやすそうなものだけれども……表では見付からなかったの?」
表とは、学園に登録されている個人言語の事である。
ジュエルはかぶりを振った。
「ああ、もちろん賭けをして遊んでいる連中にも、情報はある程度あった。ファントムは魔術を霧散させる術を持っている。避けられないときはこれを使う。個人言語でこれを使う奴がいるなら、試験の結果だったりで特定出来るものだろ? 全部の学年において無の魔術個人言語にする人間は存在しなかったよ」
「確かにいれば、僕は注目するだろうなぁ」
ソルファはぼんやり言った。
「で、戦いの話しに戻るが、結局ガードさせることが出来たのはその一発だけだったさ。射線の外に回り込まれて一方的に殴られるだけだった……」
「接近戦での技量ってのはどうだったの?」
「おれの身体能力強化と、格闘戦の成績は中ぐらいの成績だ。あんまり得意じゃないし、接近戦の白い弾丸はほとんど防御にしか使わない。そんな程度の奴は接近戦において最高級の力を発揮するファントムに一方的にやられる他は無かったさ」
「それもそうか……。接近されてしまった時点で負けたようなものですか」
「だからお前はいちいち腹の立つことを言うな。まあ実際そうだ。接近される前に片を付けるのがおれのやり方だった。でも、格闘戦が得意な奴、身体強化、いや変化を個人言語にするやつでもあいつには負けていたからな。こと接近戦においては圧倒的な実力があるって考えて良いだろう」
「確かにそうだね。力や技術はどうだった」
「力に関してはそうたいしたことは無かったと思う。一撃で倒されるというより、嬲り殺される感じだったな。技量と速度が恐らく特筆するべき点だと思う」
「なるほどね。個人的にはディスペルを行った事が気になるけど、どうやって使ったと思う?」
「おれの推測だけど、身体強化が変化まで行かずとも、かなり強力な術式を持っているが、ディスペルを付与した杖で戦闘力を補っている。もしくはその逆で、ディスペルを個人言語として、肉体強化魔術をより練り上げたかどっちか。賭けをやってるやつらにしても大体こんな感じで推測していると思うよ」
「んー、どっちもちょっと引っかかるなぁ」
ソルファの推理は大体ジュエルと一致していたが、微妙に気分が悪かった。何かがはまりきらないそんな感じだった。
「気配が消えるのに関してはどう思う?」
「あー、あれか。相対してみて思うのは魔力の気配があいつからは感じられないんだ。人としての生気みたいなものもね。だからみんなファントムって呼ぶわけだが。おれはあれは無の魔術の応用で、外に出る魔力を抑制しているのだと考えている」
「なるほど、確かにそうも考えられる」
けれども……とソルファは続けなかった。
確かに無の魔術の応用と考えることは出来る。けれども、無の魔術はそこまで都合良くも出来ていない。
無の個人言語魔術を使うにあたっては、そう簡単なものでは無いことは知っている。
術式の研究自体はしたことが無いが、無の魔術はそれを使っている間は他の魔術を使うことが出来ない。だから平素のように二つの呪文を組み合わせて実行するということは、一般的には不可能とされている。これを覆した事例はソルファは知らない。
無の魔術の根底にあるのは魔術の根源である、病理を否定しうる強力な力だ。
片方に無を作り片方に有を作れば、対消滅してしまうというが考え方としてある。
また、無の個人言語にはどんな共通言語魔術も同時にかけることが出来ないというのもまた一般的だ。
ジュエルが言ったことだったり、賭けを行ってる連中の推測はある一定の正しさはあるが、この事例のかたまりをぶつければ無くなると言うことを示していた。
そしてこの仮説が無くなった後の仮説をソルファは今のところ見いだせずにいた。
議論しても大してかわりは無いだろうと言う風にも考えられる。
「大体こんなところか?」
「そうですね。今日はありがとうございました」
ソルファは椅子から立ち上がって深々と礼をした。
「いや、気にするな。なんだかんだで、今ほとんど優秀なやつもやられたし、数を当ててもダメだってことでミハエルか、お前が挑むってことがなんだかんだで期待されていたんだよ。胴元にはおれが伝えておいて、その日は誰も出歩かないように計らっといてやるよ」
「ありがとう。何から何まで助かるよ」
「そう言うわけでおれはお前に賭ける。だから絶対に勝てよ」
「そうだねぇ……。まあ僕は負けるつもりは無いけれども、引き分けに賭けるのが一番儲かるよ」
最初、怪訝そうな顔をしたジュエルだったが、その後でうっすらと笑った。
「お前がそう言うんならそうしておくよ」
ソルファがこれ以降やろうとしている意図に気がついたのか、それとも、ただ単純にソルファの謙遜と取ったのか、ソルファには分からなかった。
返せるものがあるとするなら、これぐらいなものだろうと思う。
「それじゃあ、失礼します」
そう言って、ソルファは病室を出た。
結局ファントムについてのヒントは得られたが、答えまでは至らなかった。
さらに考察をする必要がある。ソルファはそう考えると、図書館へと急いだ。
翌日の夜、ソルファは夜の街を歩いていた。
時刻は午後九時。およそファントムはこの時間に出歩いている人間に勝負を挑むことが多いらしい。
ソルファは学校から与えられる装備とは違っていた。幾重にねじ曲がって折り重なったようなオークの杖はアージェ家に代々受け継がれた魔術の杖だった。ジュエルのように他にも仕込みをしようかと考えたが、今日用いる戦術を考えたところであまり意味が無かったので持ってこなかった。
夜の街は静かで、満月が辺りを照らしていた。ソルファは漫然と市街を練り歩く。そうしているうちに幽霊が見つけてくれるだろうと考えていた。
街を歩いて、角を曲がると長い影が伸びていた。月明かりに背中から照らされた人の影だった。
「こんばんは、幽霊さん」
前に見たとおりの風貌の男だった。全身を黒い衣装に身を包み、魔術の杖としてはあまりにも簡素で単純な形の杖を持っている。
「ああ、こんばんは。今日の挑戦者はお前で良いんだな。ソルファ・アージェ」
「名前を知っていてくれたのかい? 光栄だなぁ。みんなのあこがれのファントムさんにも知ってもらえるなんて」
「当たり前だ。最終的に俺の目的はお前を倒す事にある。時期がくればこちらから挑もうと考えていたが、まあ少し早まっただけのことだ」
「へぇ、君に僕が倒せるって言うのかい。それは楽しみだ」
そう言ってソルファは無邪気に笑った。
「そのつもりだとも。周りから、俺の事は聞いているな? 決闘は受けるか? 受けないのか」
「受けるさ。そのつもりでここに来た」
「見たところやる気だけど一応は聞いておく、今日やるか? 明日やるか?」
「今日やる」
「良いだろう」
そう言うとファントムは杖を適当に数回ほど回して構えた。術式を使った周囲の空気の変化は無く、彼の周りは静かであった。
ソルファは己の杖を先端を持ち、掲げて詠唱を行う。
「求めるは、剣の形、我が炎幾重にも折り重ね、全てを切り裂く剣の形を成し顕現せよ。手にせしものを最強たらしめる剣を成し顕現せよ」
刹那。
ソルファの持つ杖が、持っているところから先が爆発した。
爆発を開けて現れたのは刃の大きさが身のたけほどもある巨大な炎剣であった。燃えさかり、蒼炎を成している。
加えて、無詠唱でバベルズアトラスを自らに付与する。
「良いのか? 近接戦闘以外にもお前にはいろいろ出来ることがあるだろうに」
「これで良い。ちょうど遠距離で戦いたい人の事例も聞いてきたところでね、細かい小細工をしてやられるよりか、一番得意な対人戦闘術式を使わせてもらうよ」
「勝てると思うなよ」
「そっちこそ」
戦闘開始。
先に動き出したのはソルファだった。
炎剣を肩に担いで、踏み込み、一気に振り下ろす。
ファントムはその一撃を、体を返してかわし一気に接近する。
突きにかかるファントム。
ソルファは、背を後ろにそらしながら炎剣を振り回しなぎ払う。
ファントムは攻撃のモーションから一転、炎剣を防御しにかかる。
杖で炎剣を受けるファントム。横へと思い切り吹っ飛ばされて、盛大に靴裏をすりながら着地して止まる。
ソルファの炎剣は、相手に見た目通りの重みと切れ味を与え、熱による切断力を持つが。ソルファ自信がその、重みも切れ味も受けなかった。
さらに身体強化したソルファにとっては、杖の重みも手に何も持っていない状態に近い感覚だった。
なせる事は、恐ろしく重い攻撃を恐ろしく早い速度で、どんな体勢からでも簡単に繰り出せるということだった。
その厄介さは今の一合でファントムも理解していることだろうと考えられた。
ついでに、ファントムの杖を打ったことによって、やはりあの杖には魔術をある程度打ち消す効果があることを確信した。
ソルファの剣を通常の魔術の杖で受けた場合、真っ二つか良くて大きく切れ込みが入る。
だが、完全に打ち消せた訳では無い。打ち消すことが完全に出来たのなら、手に握られる炎剣は消滅しているはずだった。
ソルファの推測が正しければ、拮抗したことでファントムの杖は多少なりともダメージを負ったということが考えられた。
数秒の間。
ファントムはソルファの辺りを歩き回り、隙をうかがう。
ソルファが仕掛けようと、考えた瞬間にファントムは目の前にいた。
ファントムは突きを放つ。
ソルファは後ろに引いて、剣を盾に防御する。
防御の返しに攻撃をしようとした時、ファントムはすでに側面へと回り込んだ。
ソルファは剣を横なぎに払う。
ファントムは背を向けながら屈んで、かわし、回転の勢いそのままに後ろへと足を蹴り込んだ。
脇腹に直撃し、吹き飛ばされるソルファ。
ファントムが先ほど受けた場所へ、吹き飛ばす攻撃。意趣返しのつもりだろうと解釈した。
着地をして改めて構えると、ファントムが杖を持っていない手で『来いよ』と挑発する。
ソルファは再び突撃する。
肩から斜めに切り下ろす。ファントムはそれに沿わせるように、杖で受け流す。
返す刃で、切り上げる。ファントムは同じように杖で受け流す。
攻撃受け流した杖の誘導によって、炎剣は思わぬところに位置させられる。
いくら剣が軽かろうともソルファはバランスを崩した。
二回の防御で出来た隙はほんの少しのものだった。
その隙を埋めるように、ファントムは接近していた。
ファントムは突きを放つ。
ソルファはすんでのところで見切って、頭だけを動かしてかわす。
直後に杖は肩へと落とされる。
連続して、反対側の頭部、頭頂部へと攻撃をもらう。
ソルファは痛みに耐えつつ、苦し紛れに炎剣を薙ぐ。
ファントムは後ろへと飛び退くが、わずかに足下の衣装を切り裂くことには成功した。
けれども、離れ際にもう一度頭を殴られる。
ソルファは着地も終わらぬファントムへと接近。炎剣で突きにかかる。
ファントムは空中で体をねじって、杖を思い切り振り回し炎剣にぶつける。
衝撃によって、互いの武器は一時的に使えない位置へと弾かれる。
ソルファとファントムは同時に足を地面につけた。
同時に踏み込み。
武器は使えない。蹴るにはあまりに時間が足りない。状況は同じ。故にベストとなる攻撃手段も同じ。
選択は共に頭突きだった。
額と額がぶつかり合う。衝撃で頭の中で激しいノイズが鳴り響いた。
「やるじゃないか、唯の秀才だと思ってたが、認めてやる」
「君に認めてもらうまでも無いよ。幽霊」
ソルファは笑っていた。今この時が楽しくて、楽しくて仕方が無かった。
ファントムも多分マスクの向こうで笑っている。
共にこの戦いを楽しんでいる。ソルファにはそういう確信があった。
ファントムは体勢を立て直すと、次の瞬間、前蹴りでこちらを蹴り飛ばして構え直す。
ソルファもまた構え直す。
ソルファはこの実戦においてのファントムの評価を更新する。
技量と速さにおいては自分を上回るというのは確信した。この場合での速さとは、単純に真っ直ぐ走るのが速いとかそう言うものではなく、上下左右前後の多元的な細かい動きにおける速さだ。そして初動の速さだ。気配がまるで無く、全くと言って良いほどに動き出しが読めない。
破壊力と頑丈さにおいてはこちらが勝つことが出来る。適当に振った一撃でも直撃すれば戦況をひっくり返すには十分だし。ファントムの攻撃は数度軽く食らった程度ならば、耐えきることが出来る。体で食らいながら攻撃というのもある程度は可能だが、過信はできない。
こちらのアドバンテージはさらに一つ。武器の攻撃力が恐ろしく高いのに対して、手のひらを操るのとほぼ同じ軽さで扱うことが出来る。
この軽さが生み出す、ファントムの予測を上回る攻撃。意外性。これをもって捉えればファントムは恐らく倒す事が出来る。
しかし、これにしても無限にパターンを生み出せる訳でもなく、制限はある。
ファントムがこの攻撃を全て見抜き、あるいは見抜かなくとも決定的な隙に、急所に良い打撃を食らえば自分は負ける。そう確信している。かなり不利な状況だと考えられた。
そのような事を考えていると、すでにファントムは攻撃をしていた。
脇腹へのなぎ払い。
ソルファは慌てて剣でうけるが、杖はその反動を生かして下へと滑らせ、膝を打つ。
強制的に足を曲げさせられたところで、ファントムは頭頂部をうちにかかる。
ソルファは後ろへのけぞるようにしてかわすと、そのままバク宙をする。
無詠唱で、発火の蛇の三つ火球を発生させてソルファへと飛ばす。
ファントムはそれを杖を回転させて受けると霧散した。
魔術式は残像を持っており、残像を術式とつなぎ合わせ続けることが出来るほどに高速で回転させれば、結合する。その法則を用いた防御だった。
ソルファはバク宙の反動を利用して、下から炎剣で切り上げると。
ファントムはそれを正面から杖で受けた。
ミシリと、ファントムの杖がきしむ音が聞こえた。
ファントムが顔をしかめたのを感じ取る。自分でもまずいことをしたという自覚の顔だ。
あの杖はそう何度もソルファの炎剣をうける事が出来ないと言うことを確信する。
多少傷つくというものでは無い。ソルファの渾身の一撃ならば次は必ず折れる。
折れた後の戦闘をイメージする。
こうなればあとは炎剣による正面からの攻撃にこだわる必要も無い。飛び道具で退路を断ち、炎剣で追い込む。そうすれば勝つことが出来る。
有利不利の度合いで言えば、さっきは二対八でこちらの不利だったが。このことが分かって五対五と判断出来た。
あの杖をへし折る。それがソルファの最大の目的になった。
(そういや、マリアになんか言わないとダメだよなぁ。……でも、ま、いっか)
そう言えば、教師を待機させていることを思い出した。ソルファがこの戦いの中で、ある程度戦えれば連絡を入れて包囲してもらう手はずだった。
今になっては、今が最高に楽しいのでどうでもいいことになってしまっていた。
戦闘再開。
今のところは互角時間が経つごとに、お互い勝ちへと近づいていく、終わりのある削り合い。
どちらが、先にたどり着くのかその勝負だった。
ソルファは踏み込むと上下左右へと剣を振り回す。
ファントムは受け流しながら後ろへと下がる。否、ソルファが下がらせた。
ソルファの攻撃はめちゃくちゃだったが、その分迷い無く、より深く踏み込むことが出来たためだ。
反撃。ファントムは一気に踏み込み突きを放つ。
ソルファは炎剣を同じタイミングで突き出す。
ファントムは突くのをやめる。突きの動作はフェイントだった。
ファントムは膝から後ろへ落ちるような動きで、ソルファの側面へ動く。移動と同時に膝、腹部に、二連撃を叩き込む。
効いてはいる。
ただ、強引さを無くせばこのまま終わりと言うことをソルファは理解している。
振り向かずに後ろに向けて、炎剣を振り下ろす。
これも、でたらめな一撃だった。
けれども、ファントムの読みを超えて、ファントムの回避が遅れる。頭を覆っていた布きれを炎剣がかすめて切り裂いた。
そこにあった顔は、ソルファの予想通りの顔だった。
コミティア104で、僕と握手!
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