天皇誕生日に考える「生前退位」 特別立法の何が問題なのか
- 神奈川新聞|
- 公開:2016/12/23 14:50 更新:2016/12/23 21:43
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「皇室への敬愛」はどこへ
弁護士、倉持麟太郎憲法問題に詳しい倉持麟太郎弁護士は、天皇生前退位について考える大前提として憲法2条の規定を指摘する。「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」。これほどまでに明確に「皇室典範」で定めるとしているにもかかわらず「特別立法による一代限りの解決策」を持ち出す論調に、「お言葉」へのあるまじき矮小(わいしょう)と曲解をみる。
今上天皇のお言葉は、まず憲法があって私がいる、という言い方をしていて、まさに立憲的であった。
憲法が期待している「象徴天皇」は、いればよい、という意味ではない。
お言葉でもその点について実に考察されていて、こう述べられていた。
つまり憲法があり、そこに定められた存在である「私」とは一体なんなのか、という思索の中から、象徴としてあるべき姿を模索してこられた。
お言葉には、こうもある。
この30年間で、今上天皇は象徴としての務めを拡大してきた。それは憲法が期待している「象徴」としての姿の理解だった。被災地を訪れひざをつき手を握りお言葉をかける。そうした行動が「日本国民統合の象徴」なのではないか、という考察によるものであった。
例えばハンセン病療養所の訪問。今上天皇は皇太子時代を含め46年かけて、全国14カ所すべてを訪れた。
政府による強制隔離政策によって、病気への誤った認識から差別と偏見を生み苦しんだ入所者の元を訪れ、語りかけ続けた。
これは、自らが動けば社会的に忘れ去られようとしている問題にも光を当てられる、マスコミが取り上げる、との思いもあっただろう。
こうした形で象徴としての務めを拡大し、そしてこの拡大した公務を安定的に継続する必要がある、という考えに基づき「お言葉」は成り立っている。
そうであれば、それは特別立法などという一代限りの解決策などはあり得ようもない。
特別立法では「違憲」の疑い
また、特別立法による解決は違憲の疑いを生じさせるということを強調したい。
つまり憲法2条では、皇位は皇室典範で定める、と明記している。
憲法は、詳細を定める宛先を「法律」「皇室典範」とで細かく使い分けている。例えば4条2項「天皇の国事行為」についてはあえて「法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる」と定めている。
つまり皇位継承について「皇室典範で定める」という規定には、明確な規範性があり、逆から言えば「皇室典範以外で定めることを禁じている」と言える。
これは重大な問題で、仮に皇室典範以外の特別立法などで皇位継承を定めれば、今上天皇の退位が違憲を帯び、それを踏まえた即位についても違憲性を生じさせる。その即位した天皇による国事行為、例えば国会の召集や衆議院の解散などすべての行為が違憲の可能性が疑われ、そこで採決した法律さえも違憲となりかねない。これは国家の根幹が違憲性を帯びることを意味する。
この意味からも皇室典範改正による解決以外に選択肢はあり得ないだろう。
特別立法は「強制退位」と同義
特別立法による一代限り生前退位を認めるという解決策には、さらに重大な問題がある。
それは、時の国会の多数派が都合のいいときに天皇の地位を奪うことができる、という制度を導入することを意味するからだ。
特別立法では日付を特定した上で、その他の一般的な条件や手続きを付さずに退位させる内容となる。このため、意味合いとしては「強制退位」が可能となる。
いま、そうした前例が作り上げられようとしている。天皇を政治利用することさえできるようになってしまう。
こうしてみると、「象徴」としての天皇がその務めを今後も将来にわたって安定的に継続、継承させるのであれば、それは恒久的な制度設計が必要であって、そうであれば皇室典範の改正しか選択肢はない、ということが分かる。
では有識者会議が有力案としている「特別立法によって一代限り生前退位を認める」という、今上天皇の意思とも、あるべき制度設計という考え方からも真逆といえる解決策はなぜ生まれたのか、という疑問が生じる。
一つ目は、「自分たちが皇室制度をコントロールしたいという思い」だろう。つまり「天皇の自由意思による退位を認めない」という姿勢を示す狙いがあるのではないか。
だが、そこに「皇室への敬愛」という思想はあるだろうか。
二つ目は、「女性天皇、女系天皇」について議論が波及することへの懸念がある。小泉政権当時に既に議論され、報告書も仕上がっている。皇室典範の改正が議論されるのであればこの点は議論が避けられない。
ただ、経緯としては2度の安倍政権のたびに、この議論をつぶしてきた。天皇は男系で継承するのだ、という情熱がある方々からすれば、生前退位の問題が波及し、女性天皇、女系天皇が可能となるような皇室典範の改正は受け入れがたいのだろう。
だが、それも皇室制度の永続的な維持、継承という今上天皇が「お言葉」に込めた思いとは完全に真逆を向いていると言わざるを得ない。
「逆向き」は誰だ
一方で、生前退位を皇室典範によって恒久的制度とすることについて、いくつかの批判がある。
例えば、「天皇の意向次第でいつでも退位できるのは恣意(しい)的になりかねない」という批判だ。
これに対しては、そうであるからこそむしろ、皇室典範で制度設計すべきと反論したい。
つまり一般的な手続きと要件を定めればよい。例えば、▽天皇による退位の意向▽皇室会議の同意▽成人に達している皇位継承者の存在-を条件とすることが考えられる。
すでに皇室典範に定められている「皇室会議」は、合計10人で構成され、そのメンバーは衆参両院の正副議長、総理大臣、宮内庁長官、最高裁長官と判事、そして皇族2人からなる。
衆参両院の正副議長(計4人)は野党側の国会議員も含まれ、さらに皇室メンバーも議員となっている。定足数は6人以上ということもあり、民主的な議決が期待できる。
こうして考えると、皇室典範に生前退位の仕組み導入する改正は、それほど大きな改変をせずとも実現できるだろう。
別の批判として、「天皇の意向を受けて立法的な措置をとることは『国政に関する権能を有しない』とする憲法に抵触する」というものがある。
これに対しては、「天皇は象徴としての役割を果たせないと言っているのであって、国政の話などしていない」と反論できる。
いずれにしても、お言葉に対して恒久的制度として生前退位を定めることを国民も認めているし、今上天皇もそうした考えをにじませていた。
これに対し逆を向いているのは一体誰なのかと問いたい。
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