国際・外交 テロ ドイツ
ベルリン「トラック突入」テロの衝撃!政治を揺さぶるクリスマス
犯人はやっぱり難民なのか?
川口 マーン 惠美 プロフィール

「イスラム国」が犯行声明

ところが21日の午後になって事態が急変した。トラックの中で身分証明書が見つかったと発表されたからだ。

身分証明書の持ち主は24歳のチュニジア人Aで、ノートライン–ヴェストファーレン州で難民申請がなされていた。ドイツへは去年の7月に入った。指名手配の写真が公表された。10万ユーロ(約1300万円)の懸賞金も掛けられた。その少し後で、「イスラム国」が、今回の事件は自分たちの犯行であるとの声明を出した。

指名手配中の容疑者 Anis A 〔PHOTO〕gettyimages

驚くべきことにAはイスラム過激派の危険人物として、以前より警察や憲法擁護庁の監視対象であったという。少なくとも8つの偽名を使い分け、所在地を転々と変え、前科もあった。それどころか当局は、Aとイスラム国との関係も、また、Aが武器調達に動いていることも把握していたというからただ事ではない。

しかもAは一度、バーデン–ヴュルテンブルク州で捕まっていたのに、書類の不備で釈放されている。母国チュニジアから必要な書類が来ない限り、送還もできないという(不思議なことに、21日、その書類がチュニジアから届いた)。いずれにしても、なぜ、そんな危険人物がドイツ中を自由に動き回っていたのかが謎である。

 

実は、外国人の多いノートライン–ヴェストファーレン州には、危険人物に指定されている難民が数百人もおり、とても全員をくまなくは監視できない状態らしい。国民は、そんな様子を一切知らされていないのである。

ちなみにAのドイツ滞在のステータスは「容認」だ。「容認」とは、難民申請が却下され、本来ならドイツに滞在する資格はないが、何らかの理由で母国への強制送還が見送られている状態を指す。今、ドイツには、「容認」というステータスを持つ外国人が16万人いるという。

〔PHOTO〕gettyimages

さて、そろそろこの原稿を締めようと思っていた矢先、新しい情報が飛び込んだので、それも書き足しておく。

シュピーゲル・オンラインによると、事件の起こった2時間後(つまり19日の夜)に、ペギーダの創設者であるバッハマン氏が、「犯人はチュニジア人」とツィートしていたらしい。しかも驚いたことに、情報源はベルリン警察だと書いている。ペギーダ(ヨーロッパのイスラム化に反対する愛国ヨーロッパ人)は政治グループで、理念はほぼ極右。

バッハマン氏の言った「チュニジア人」がAのことだとすると、警察がAの身分証明書を21日になって見つけたというのは、嘘になる。強硬な反難民を主張するペギーダが、ベルリン警察から特別な情報を入手していたとすれば、それはいったい何を意味するのだろう。

なお、事件後、犯行声明を出した「イスラム国」だが、Aについては触れていない。そこで、ひょっとすると、イスラム国と犯行を企てたのは、A以外の人間ではなかったかとも言われ始めた。共犯がいるかもしれない。

ドイツ国民が冷静な理由

メルケル首相は20日の記者会見で、犠牲者やその遺族に対しての同情を示したのち、ドイツ人は団結し、ドイツ人らしく、自由を失わずに生活していくだろうと国民を鼓舞した。

ただ、「もしこの犯行が難民としてドイツに入った人間によるものだったとしたら、その事実は我々にとって、とりわけ受け入れ難いものになるだろう」とも言っている。多くのドイツ人が、気の毒な難民を助けようと、去年の秋、力を尽くしたことを思えば、当然ではある。

メルケル氏の「難民ようこそ政策」への支持が、ここ1年ほどで確実に減ってきていることも事実で、今回のテロ事件で彼女の立ち位置がさらに微妙になることは確実だ。

〔PHOTO〕gettyimages

これまでもメルケル首相の難民政策を批判してきたCSU(キリスト教社会同盟)は、さっそく難民政策の全面的修正を言い出したし、右派のAfD(ドイツのための選択)にいたっては、今回の事件の原因がメルケル氏だと言い切っている。

一方、緑の党や左派党はそれに対し、「犠牲者を政治利用するな」と対抗。難民政策を大連立で進めたCDUとSPD(社民党)はというと、「犯人がわかってもいないのに難民政策を論じるのは時期尚早」という見解だ。

いずれにしても、ドイツは来年、総選挙があるので、今回の事件が政治問題化することは間違いない。既成の政党が皆、反難民を唱えるAfDの伸長をとても恐れているという裏事情もある。