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年末のどさくさ紛れに、査問・除名申請する創価公達!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月23日(金)20時47分20秒
  さて、財務でたんまり査問・除名資金も出来たところで、ユダヤ人から身ぐるみ剥がして、ガス室に送るが如き勃樹配下の創価公達が全国行脚しています。ご注意下さい、何が?悪行・悪事を働く者が動くところ三災七難が必ず現れ、糸魚川大火になったり、豪雪災で交通マヒしたり皆が迷惑します。つまり、周りに迷惑かける極悪人、それが創価公達です。

現れたら、挨拶も早々に蹴りを入れて、土下座されて、皆に食事を振舞うために有り金没収、クレジットカードから借入出来る金額全てを徴収しましょう。

このお金で、なかなか会館修繕費で捻出されない細やかな清掃道具が買えますね。
身ぐるみ穿いで、数日間、無人の会館のボイラー室にでも監禁して、弱ったところで素足・裸で路上に放置して置きましょう。犬・猫以下ですから、その傲慢な顔をみて誰も心配しないと思いますが、変態扱いされて警察に連行されて言葉がきける程度の余力は残しておきましょう。

後日、同件で威丈高に来た創価公達にも同様の扱いをする。これを数十回繰り返していれば、かなり現場会館の備品充実に役立ち、好都合です。従前の報告事項で動く重厚長大事務機構の創価公達社会です。数十年間、のんべんだらりと対応してくれます(-_-)
 

会長の如是相

 投稿者:ニャンコ先生  投稿日:2016年12月23日(金)20時02分58秒
  如是相が悪いの気にしているのかなw
今日の聖教新聞の対談写真は後ろ向きだね。
 

激動の 90 年、歴史を動かした 90 人

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月23日(金)19時17分41秒
  「文藝春秋」2013 年 1 月号(「創刊 90 周年記念」新年特別号)
超大型企画     「激動の 90 年、歴史を動かした 90 人」後編

池田大作  作家、松本清張との対談

池田香峯子(夫人)

作家、松本清張氏の仲介により、池田大作創価学会会長と日本共産党の宮本顕治委員長の間にいわゆる「創共協定」が結ばれたのは昭和 49 年のことだった。実はそのきっかけは小誌の対談にあったという。香峯子夫人が初めて語る池田大作(84)の素顔――。

主人が作家の松本清張先生と初めてお会いしたのは、1968 年(昭和 43 年)に発行された、 貴誌「文藝春秋」2 月号の対談の折でした。 松本先生が58歳、主人が40歳。当時、主人の予定は、私が記していましたので、朝、出勤前に確認しますと、「きょうは楽しみだ」と言っていたことを思い出します。その日、誰も同行 せずに一人で対談場所に向かったことは、掲載されてから知りました。 主人が「運動不足で肥りすぎました」と言って、松本先生に腰の「万歩計」をお見せしたことまで書かれていました。何も自分から見せなくてもと苦笑しましたが、そういう開けっぴろげなところが江戸っ子なんですね。 対談のタイトルは「戦争と貧困はなくせるか」。戦争も貧困も人間を悲惨にする元凶であり、 その苦しみを次の世代に絶対に味わわせたくないとの思いが、二人には共通していたのでしょ う。 「庶民を上から見おろしちゃいけない。庶民のための社会であり、日本である。庶民のための世界だ。


そういう大きな波を作らなきゃいけない」など、率直に語っていました。 「わたしたちは傲慢と邪悪に対しては鋭く戦って来た。それに挑戦して来た人間ですから。その精神で一生戦う決心です」とも。 本当にこの言葉のままの人生を生きてきました。それは、そばで見てきた私が一番よくわかっているつもりです。
主人は昭和3年、東京の生まれです。あの戦争中は、兵隊にとられた4人の兄、さらに病弱な父に代わり、自分も肺病と闘いながら、一家を支えました。家は空襲で焼失です。 終戦後も長く消息不明だった長兄は、2年経って戦死公報が届きました。背中を震わせて涙する母の後ろ姿は、今もまぶたから離れないとい

います。 街は焼け野原と化し、世の指導層の言うことは、以前と180度違っていました。何を信じたらいいのか、多くの青年が苦しんでいる混乱の時代に、主人は戸田城聖先生に初めてお会いしました。 1947 年(昭和 22 年)、19 歳の夏です。 創価学会の創立者である牧口常三郎初代会長は戦時中、軍部、政府と対峠し73歳で獄死しています。お供した戸田第二代会長も、2 年間の投獄に屈しませんでした。 その一点で、若き主人は、「この人にはついていける」と直感したようです。

戸田先生が逝去され、その後継として主人が第三代の会長に就任したのは、昭和 35 年 5 月のことです。まだ 32 歳でした。新宿・信濃町にある学会本部の近所にお住まいで、まもなく総理になられる池田勇人先生にご挨拶に伺ったら、「この町の青年会の会長さんですか」と言われて大笑いになったくらい、若い会長でした。 主人は根っからの庶民です。気取らない、人間味そのものの庶民の世界が大好きです。今でも昼食をとりながら、テレビの「のど自慢」を見ると、「うまい!」とか「もう一歩だね」などと、 声援を送ったりしています。

1972 年には、イギリスの歴史家トインビー博士にお招きいただき、対談を始めました。ロンドンの赤煉瓦造りのアパートにあるご自宅で、ベロニカ夫人とご一緒に家族のように迎えてくださいました。 「さあ、人類の未来のために語り継ぎましょう!」と、83歳の博士が生き生きと言われ、40歳ほど若い主人と縦横無尽に対話を進めていかれました。 補聴器をつけられた博士が、時に聴き取りにくい表情をされると、絶妙の呼

吸で、夫人が耳 元で補われていた麗しい光景も忘れられません。 私は応接間の隅で、ただじっとお聴きしているだけでしたが、博士が大乗仏教の生命観に共感され、主人の実践に期待してくださっていることは、よく伝わってきました。 2 年越しの語らいは、対談集『21 世紀への対話』(上下巻)として、文藝春秋から発刊していただきました。


トインビー博士との対談集は、今、28 言語で出版され、世界中で幅広く愛 読されています。
よく「素顔のご主人は?」と聞かれますが、特別なことは何もありません。ありのままの誠実な人です。自分で風景を撮影する時も、たとえば富士山の前に電線が入っていたり、花の周りに排水溝などがあったりしても、少しも気にしないのです。あとで写真を見ると、それが不思議な味わいがあって、感心することがあります。自然であれ、人間であれ、出会い、縁するものは、すべて生かしていこうという心なのでしょうか。 「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」とは、恩師から託された言葉です。 今年で結婚

60 年の年輪を重ねました。かつて肺を患い、「30 歳まで持たない」と言われた主人は、お陰さまで 85 歳を迎え、いよいよ青年とともに進むのだと元気です。 ラジオ体操を若い人たちと一緒にするのが、今も日課となっています。先般も、来日中のアフリカ 10 カ国の青年たちに会って激励しました。 トインビー博士に伺った座右の銘は、ラテン語で「ラボレムス」。「さあ、仕事を続けよう!」という言葉です。主人も同じ心意気で、一日また一日、仕事を続けています。
 

(一部再掲します)タイトル文の重要性について

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月23日(金)18時43分58秒
編集済
  【投稿でご注意頂きたいのが「タイトル文」】

虹と創価家族様へ
投稿者:信濃町の人びと
投稿日:2016年10月21日(金)01時17分35秒

http://6027.teacup.com/situation/bbs/58186

非常に大切な事を書いていただきました。ありがとうございます。タイトルは確かに重要です。以後、気をつけていきたいと思います。虹様の会内世論を盛り上げていくことにも通じる取り組みです。

教学部レポートの希望者に、どのようにして宿坊の掲示板を知りましたか?と質問することがあります。

今の学会は何かおかしいと思い、いろいろ検索していたら宿坊の掲示板にたどり着いた方が多数おられるのです。
検索で見つけても、よく中身を吟味されない方も一定数はいるのだと思います。

(以下省略します)
 

中黒氏は何をしに来たのでしょうか???

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年12月23日(金)17時40分44秒
  中黒氏は、安保法制の時にこの掲示板を撹乱しに来た方ではないですか?いまさらケビン クレメンツ氏を引用して何をしに来たのでしょうか?  

赤胴鈴之助 様

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年12月23日(金)17時33分12秒
  赤胴鈴之助 様

長年に渡る思いを忘れることなく、その思いから始められた御書のひらがな化プロジェクトのその経緯と、複雑なコンピューター
テクニック(私にはよくわかりませんが、、笑い)を勉強され、この作業を続けていらっしゃるその熱意に心から感動しました。

今なさっている御義口伝は、大聖人の思想を更に深く説明したものです。
日興上人の深い洞察の言葉の中から、又、大聖人という人間の本当の本質も分かるのだろうと、私は思っています。

大変難しい御書ですが、ぜひ自在会の方達にも読んでいただける機会を与えたいものです。
今の学会教学の方向性から鑑みるに、御義口伝は、いずれ学会教学から消えていく運命にあるというのが私の推測です。

後々に残す為にも、是非、頑張って(他人事の様ですみません)欲しいと思っています。
いつも、陰ながら応援しています。

現在、学会教学は、確定ではないにしても、ある一定の方向に進んでいます。
教学の事ばかりでなく、いろいろな方々が、いろいろな場所で、いろいろな思惑、意図で動いています。

時がくれば、正しい路線の方達との繋がりができ、正しい目的に向かって他の方達とも協力できる日も来ると信じています。
ですが、特に今の混乱した状況の中では、大変でしょうが、お孫さんと2人3脚で進めていた方が無難かと思った次第で私見を書かせていただきました。



 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月23日(金)17時19分58秒
編集済
  ツクイさんと会われた事があるとは素晴らしい出会いですね!
私もそういう方とぜひ会ってみたいです。

よく考えてみると私も大変素晴らしい方との出会いがありました。
それがあるからこそ今でも信仰を続けられるのかなと思います。

まだまだ多くの方との素晴らしい出会いがあると人生が豊かになれますね。
でも虎様みたいに後日お会いしましょうと言ってるわけではないですよ(笑)

あ、そういえば腱鞘炎治りました、音声入力に切り替えました。
非常に快適です。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2016年12月23日(金)17時11分46秒
  戸田記念平和研究所ケビン・クレメンツ総合所長
世界を脅かす暴力的過激主義
http://www.seikyoonline.com/article/7F6A75BED78E816A1088684DA4AE1EBE
 

師弟不二アーカイブより 【須田晴夫氏の論文について】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月23日(金)15時22分49秒
  【投稿者:信濃町の人びと 投稿日:2016年 9月18日(日)20時15分39秒   通報】

今話題の、須田春夫氏(元副教学部長・「法華経の智慧」対談者)の論文、
「宮田論文への疑問――日蓮本仏論についての一考察」

について、すでにお読みの方もいるかと思いますが、改めてご紹介いたします。


現在、創価学会の教学は、
四人組の独断専行で進められた「教義改悪」によって、劣化の一途を辿っています。

「過去との整合性などどうでもいい」
「自語相違と批判されてもかまわない」
「結論は決まっているんだ。教義なんて、それを後付けすればいいんだ」


との谷川主任副会長の発言を見事に反映して、
「不整合」「自語相違」「後付け」のオンパレードとなってしまった学会教学。

この「教義改悪」の理論作りに一役も二役も買っているのが、
「創価学会教学アドバイザー」の宮田幸一氏です。

・・・(続きは)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=11702

※師弟不二アーカイブにてPDFへのダウンロードリンクを追記しています
 

【イラスト版】戯曲「信濃藩家中見聞」 其の弐

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月23日(金)15時16分46秒
  原文はコチラ

http://sgi-shiteifuni.com/?p=12578
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60103

どこからともなく、

・・・・・(詳細はこちらで)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=12960
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、時系列がおかしすぎま~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月23日(金)14時00分0秒
  原田怪鳥様、全国各地への図書贈呈50万冊に到達したとのこと、誠に、おめでとうございま~す。

それにしても政教珍聞は時系列がおかしすぎま~す(笑)。

チリ大学での国際会議が12日(11日遅れ)
スリランカ総会が4日(19日遅れ)

それに対して、インド、ジャグラン・レイクシティ大学一行総本部訪問(22日)原田怪鳥様、歓迎。

この差はいったい何でしょうか~?

原田怪鳥様が関係する事は素早く、そうでないトコロは適当にってトコロデスか~?(笑)

原田怪鳥様、政教珍聞のいい加減な紙面構成にはもう飽き飽きしてま~す(笑)

少しは啓蒙しようと思える紙面にして下さ~い(笑)


ところで、責任役員会議が行われたとのコト、ご苦労様で~す。(笑)

ナニ話されたんデスか~(笑) 「年内に反逆者を一掃しろ!」ってことデスか~(笑)

きっと今後も、個人の特定に血道を挙げられるコトでしょう(笑) ご苦労様で~す。

どんな理屈をつけようと、原田怪鳥様並びに執行部の方々が言論弾圧しているのは疑いなき事実で~す(笑)

どうか今後も「天魔の化身」としてそのお姿、行動を反面教師として表して下さ~い(笑)


P・S
小生に女装趣味はありませ~ん(笑)ボケカス反板の皆さん、なんとか個人特定したいという思いは分かりますが
バカげた手法にのるほど小生はヒマではありませ~ん(笑)

 

二十一世紀への対話34

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月23日(金)12時14分23秒
  【池田】 人間が自然を征服し、さらに破壊へと進むにつれて、自然界の根本的な一定のリズムが狂い始め、そこから、いわば痛めつけられた自然が人間に対して反逆を始めたといってよいでしょう。
現代文明が、そのように自然の破壊にまで進んだ根本原因は、所詮、次の二つに尽きると思います。一つは、自然界は人間とは異なる別の世界だという考えがあったことでしょう。自然もまた、たとえ人間生命とは異なるにしても、本質的には人間生命と相互に関連しながら、一定のリズムを保っている“生命的存在”だということを忘れてしまったわけです。
もう一つの原因は、博士が指摘されるように、人間は神に最も近い存在であるから、他の生物や自然界を征服し、人間のために奉仕させるのは当然だという、ユダヤ一神教的な考えが現代思想の底流にあったからだと思います。
この二つの思考が重なり合いながら、現代科学文明の底流を形づくってきたと考えます。

【トインビー】 ユダヤ的思想が初めて系統立てられたのは、遠く紀元前九世紀の昔、パレスチナにおいてでした。しかし、この思想が遠慮会釈なく実行され始めたのは、十七世紀に入ってからのことです。本来、ユダヤ的思想は、それを理論として受け入れてきた人々の間では、実際的に活用するということはまれだったのです。たとえば、イスラム教徒の場合、彼らは近代技術の導入、ならびに近代技術を役立たすべき理念と目的の採用については、他のいかなる文化的民族よりも躊躇してきました。
イエスは正統のユダヤ人でしたが、彼の教説を記録したものによれば、彼は、経済的な欲望は神への奉仕とは相容れないものであると説いています。したがって、イエスは、経済の計画化、資本の蓄積、技術などを非難しています。また、総じて経済的に報酬を得る仕事を賛美することを非難したわけです。
イエスが貪欲性という悪に対して敏感であったのは、注目に値することです。というのは、イエスはパレスチナに住んでいたのですが、それは当時まだパレスチナのユダヤ人のほとんどが農民で、“依正不二”の精神そのままに、自然環境との調和を図りながら生活していたころの話だからです。イエスの時代、パレスチナのユダヤ人社会には、現代人のような考えをもつ資本家や工場主はいませんでした。したがって、イエスを取り囲む社会環境には、際立った貪欲というものはまれにしかなかったのです。にもかかわらず、イエスは、いつの時代、どこの場所にあっても人間性に本来そなわっている貪欲性というものを見抜き、これを弾劾したわけです。
さらに、十二世紀西欧のキリスト教の聖者、アッシジのフランチェスコの生涯と教説と実践には、もっと意義深いものがあります。フランチェスコの父は衣類の卸売業者で、経済的に成功を収めた最も初期の西欧資本家経営者の一人でした。フランチェスコは、こうした父の生き方に反逆しました。ちょうど一小国の王子だった仏陀がそうしたと同じく、フランチェスコも財産を棄てて、わざわざ清貧の道を選んだのでした。そして、これもまた仏陀と同様に、修道僧団を創設し、それによって自らの理想を広め、その理想を実現するための教戒を広めました。
フランチェスコは、イエスからの感化を受けています。しかも、イエスもフランチェスコもともにユダヤ的伝統の中で育ちましたが、両者の“依報”に対する態度は、ユダヤ的思想に内在するものとは正反対のものだったのです。彼らはともに、人間による、人間以外の自然の搾取を認めませんでした。イエスは、小鳥や野花に経済的な打算のないことを賛美し、人間である彼の弟子たちもそれらを見習うべき手本であるとしています。
フランチェスコは、人間と他の生物、無生物を含む自然とが親密な間柄にあることを知り、そこに喜びを見いだしました。彼は、仏教用語でいえば“依正不二”の熱烈な信奉者であり、賛嘆者だったのです。どうも私には、フランチェスコが、科学技術によって助長されたその後の西洋における貪欲の崇拝を、直観によって予知していたように思われるのです。
 

矢野さんの間違い(失敗)2つ

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月23日(金)12時00分10秒
  矢野さんの間違い(失敗)2つ

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(矢野絢也と学会が和解するに至るまでを年表)から

【1970年 言論問題を利用し、竹入らと公明党の学会(CP)支配からの独立を画策】

【1970年 言論問題を機に、公明党の学会からの自立を竹入さんらと検討】

1971年に先生が自立を促しているのに、時をみて強引にでもするべきだった。矢野さんは自立志向が強かった?誰かが妨害したのか?

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http://www.asyura2.com/07/cult5/msg/468.html

元公明党委員長の告発手記
創価学会が脅えた私の「極秘メモ」
月刊文芸春秋から

学会本部を静穏地帯に

去る六月十三日、「矢野絢也さんより話を聞く会」という会合を、野党の有志議員に開いていただいた。そこで民主党の中村哲治参院議員が非常に鋭い質問をされた。「創価学会本部のある信濃町周辺には、『ここは静穏地帯です』という看板が多い。それは何故なのか」

この静穏地帯とは、法律で定められた街頭宣伝活動を禁止された地域のことである。実は昭和六十三年、消費税国会の頃に、ソ連大使館周辺で街宣活動が激しくて、国際友好上まずいという機運があった。そこで政府は、大使館に対する街頭宣伝の規制をすることにした。すると当時の自民党幹事長の安倍晋太郎氏が、ついでに国会の周辺も規制しようとしていたので、私は「政党本部周辺もやってくれないか」と持ちかけ、すんなり受け入れられた。

当時、創価学会本部には街宣活動がすごく、毎日聞くに堪えない悪口雑言が浴びせられていた。私は学会から「何とかしてくれ」と言われていたので、これはいい機会だと思った。そこで、私が空中写真で党本部から学会本部が何メートルあるかをコンパスで測り、学会静穏のために、学会本部のある信濃町まで半径五百メートルを「静穏地帯」にしたのだ。

静穏地帯をめぐってはその後、こんなことがあった。平成九年当時、旧公明党は、衆議院では新進党に合流しており、参議院の半分も前回の参院選では新進党で出馬していた。残りの十名前後の参院議員は「公明」に所属していたが、当時「公明」代表だった藤井富雄氏は、翌年に予定されていた参院選において、残りの「公明」参院議員も新進党で選挙を戦うと発表してしまった。

すると、ある自民党の実力者が私に、「学会本部に街宣が来るようになるぞ」と耳打ちしてくれた。国会議員が五名以上いなければ、政党本部ではなくなるのだ。そうなれば、学会本部は静穏地帯の規制が外れてしまう。それで、私は学会首脳に事情を告げると、大慌てで方針転換して、残りの参院議員は新進党ではなく「公明」から出すことにした。学会 本部周辺に街宣活動をさせたくなかったからだ。これは政教一致そのものかも知れない。


これ大失敗でしょ、本人いままでの感覚で良かれと思って教えたの?この自民党の実力者も良かれと思って教えたの?それともたくらみがあって?

http://6027.teacup.com/situation/bbs/61717

へっつい幽霊さんの投稿はここからきていたんですね
 

更新しました。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年12月23日(金)11時30分55秒
  大阪の地区ブチョウ~
投稿者Amazon カスタマー2016年11月15日
Amazonで購入
もう少しで読み終わります。ここにはまともな幹部は誰一人出てきません。これが、あの創価学会ですか。組織は頭から腐る。これは本当でした。
私は、これだけは言いたい。
自分自身がその被害にあっていないからといって、冷静でいることが出来るであろうか。悔しさ、悲しみ、その心の痛みが分からないようになったら、人間として終わりだと思っている。

インタビュー聞きましたが、当たり前のことを当たり前に言っています。これは弱者の三名と強者の戦いです。言い替えれば、強者にすり寄る生き方をするのか、弱者に寄り添う生き方をするのか。
僕は自分を含めて弱者に寄り添い人生を全うしたい。
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愛は止まらない

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月23日(金)10時11分40秒
編集済
  元職員のブログが更新されています。「傍聴席には、これまでの倍以上の10名を超える同志の方々がお越し下さいました」
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-70.html
【『実名告発 創価学会』~学会本部の中枢から排除された3人の元青年職員が、「愛する創価のため」権威主義化した本部を徹底糾弾。が、只今、全国の書店で絶賛販売中です! ところが、おかげさまでAmazonの在庫が終わってしまったようで、なんと年末年始の期間は品切れの状態となってしまう見込みです。ですので大変に恐縮ですが、本屋さんの店頭になければ、お手数ですがお取り寄せして頂くことも可能ですし、また全国の本屋さんに『実名告発 創価学会』の存在を知ってもらうためにも、いろんな書店さんから購入して頂くことを期待しています。創価学会をより良く変革していくためのツールとして、是非、使って頂きたいと心から願っています】

“私たちは頭イカレてるって”
“言わしておけばいいわ 私はそんなの気にしない”
“そしたらもう振り向かないこと”
“私たちのまわりの世界が崩れ落ちようと 私たち心でつながってれば うまくやっていけるのよ”
『愛は止まらない』スターシップ
https://www.youtube.com/watch?v=3wxyN3z9PL4
 

ツクイさん

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月23日(金)09時42分36秒
  素晴らしい人です。

随分昔。一度会合でお会いしたことがあります。

もう、定年で退職されたとは風の便り・・

確か、お子さん達も広布の庭で活躍とのこと。

 

地獄からの解放・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月23日(金)09時34分36秒
  本日のスプートニク記事より・・

アレッポ東部に住む女性がスプートニクからのインタビューに応じた。

女性は、テロリストらにアレッポが占拠されていた間、自分と他の女性たちがどんな拷問に耐えていたかについて、

顔をスカーフで隠しながら語ってくれた。

「私がどんな悪い事をしたというのでしょう?」インタビューに応じてくれた若い女性はこう口火を切った。

これはアレッポの町のことだけを指しているのではない。処刑や強姦のことを言っているのだ。

おびただしい数の女性が力づくで婚姻を結ばされた。テロリストらはイスラム式の婚姻の式をさっさと終わらせる

と、女性を強姦し、その数時間後にはすぐに婚姻を破棄した。テロリストではない相手と結婚しようとする女性は処

刑された。また女性には就労が全面的に禁じられていたため、自分と家族を養う手段が奪われていた。 市民は恐怖の

どん底にいた。「車がやってきます。見ると窓から手が突き出し、それが女性の切り落とされた頭を掴んでいるので

す。こうやってテロリストらは地区を回り、みんなに恐怖を植え付けていました。」

続きを読む: https://jp.sputniknews.com/middle_east/201612223169758/

アレッポの町はシリアのアサド政権軍が完全に掌握し、反体制派の武装勢力は撤退した。

続きを読む: https://jp.sputniknews.com/middle_east/201612233171295/

・・貼り付け終わり・・

しかし、世界は核大魔王の支配する世界。どこでもテロGOの恐怖下に・・

アメリカの核近代化・宇宙兵器開発と実践配備

ロシアのサタンと呼ばれる核一発で関東全滅・・
 

わが友に贈る 2016年12月23日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年12月23日(金)09時10分19秒
  親子の時間を有意義に。
じっくり話に耳を傾け
よき思い出をつくろう!
信心継承のドラマを
わが和楽の家庭から!
 

新 あの日ある時

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月23日(金)08時01分9秒
  【第1回】池田先生とオーストリアのウィーン
2009-7-3

信念の人に栄光は輝く

ベートーヴェンの家マリアは先ほどから、一人の来館者が気になっていた。東
洋の男性がベートーヴェンの楽譜の前で、じっと動こうとしない。ウィーン郊
外の「ハイリゲンシュタットの遺書の家」。ベートーヴェンの遺稿やピアノな
どが展示されている。質素な一軒家が記念館になっていて、マリアは、その管

理者である。世界から音楽ファンを自認する来館者があるが、『田園』の曲が
聞こえそうな散歩道を楽しんで、次の目的地に去っていく。だが、この男性は
──。かれこれ40分にもなろうか。板張りの床を踏みしめ、一室一室を丹念に

回る。マリアは記念館を30年以上も守ってきたが、ここまで真剣な人は珍しい
。鑑賞を終え、東洋人が近づいてきた。その感想を通訳が訳す。「死を間近に
感じるほどの苦悩があったからこそ、世界一級の作品が残せたんですね」そう

、その通り!この記念館は、それを感じてもらいたいの。難聴で自死までも考
えた楽聖の苦悩が宿った館である。マリアは急に、うれしくなった。奥からア
ルバムを取り出す。記念に、あなたの言葉をぜひ。さっとペンが走った。「正
義青年時代に憧れの大作曲家の家に来たるべートーベンと常に生き語りし想い
出を思い出しながらしばし、この地にたたずむダイサク・イケダ」マリアは、

通訳してもらい、うんうんと、うなずいている。ふと迷った顔になったが、遠
慮ぎみに申し出た。「ここで一緒に写真を撮っていただいても、よろしいでし
ょうか?」1981年(昭和56年)5月27日の水曜日である。以来、日本からの来
館者に写真を見せる。「あなたは、プレジデント・イケダを知っていますか」
なかには、「なぜ、学会を宣伝するんだい」と聞く人もいた。マリアは笑みを

たたえ、決まって、こう切り返す。「そう言うあなたは直接、お会いしたこと
がありますか?ベートーヴェンの心を深く知っていらっしゃる方だからですよ
」精鋭17人で出発オーストリアのウィーン。今日も、どこかでオペラの幕が開
き、舞踏会のステップが聞こえる。石畳の道や、運河に吹く風の中に、いつも

音符が踊っているような街である。ベートーヴェン。モーツァルト。ヨハン・
シュトラウス。ハイドン。シューベルト。ブラームス。そうそうたる顔ぶれが
ウィーンから世に出て行った。世界から音楽家の卵がやってくるが、現実は甘
くない。ベートーヴェンの記念館に行く前日のことである。新緑の森に、ひっ

そりと立つホテル・クライネーヒュッテでウィーン本部が結成された。祝賀の
演奏。一組の夫婦がフルートを手に立ち上がった。音楽学校で講師をしている
キヨシ・ツクイと、その妻でオーストリア人のエリカである。1966年(昭和41
年)1月。静岡で「五年会」の淵源となる大会に参加したツクイ。池田大作S

GI会長が演壇に立った。「学会は師子の団体である。まことの師子の後継者
に育っていただきたい」「男ならば広く世界を見よ、世界に羽ばたけと申し上
げたい」世界ヘ──。音楽好きな少年の針路が、大きく変わっていく。日本の

音楽学校を出て、船で横浜港からソ連のナホトカまで渡った。えんえんとシベ
リア鉄道に乗って、ウィーンまで1週間以上かかった。ビザなしでの新生活。
言葉が通じない。本場にいながら、音楽を学べない。日本に帰りたくても、も
う旅費もない。皿洗いをしながら屋根裏部屋でふんばった。77年、ドイツのオ

ーケストラに才能を見いだされ、音楽教育者の国家試験にも最優秀で合格した
。そんな折にSGI会長をウィーンに迎えたのである。演奏を終えたツクイが
、思い切って胸の内を明かした。「私は、オーストリア国籍を取りたいと思っ
ています」SGI会長は、その覚悟を見て取った。「オーストリアの土になる
。男らしい決意じゃないか」この日、小さな会議室に集まったメンバーを見渡

し、このように指導している。「きょうはオーストリアに世界一、小さな本部
を結成します」ウィーン大学に学ぶ女子学生。中南米出身の外交官。音楽を求
めて苦学する青年……。集ったのは、わずか17人。「少数精鋭でいい。とにか
く、いい人で。あせらずに、長い将来の基盤をつくっていこう」いかなる組織

でも、まず中軸をかためる。なによりも、その国土世間に応じた人材を育てる
。「真の信仰者ならば、文化を徹底的に愛しなさい!」ツクイの胸にずしりと
響いた。徹底的──仏法にも芸術の道にも、中途半端はない。信念の人に栄光
は輝く。ツクイは著名なフルート奏者に成長していく。現在は、オーストリア

SGIの書記長である。国立放送局などでも活躍。市立ブラームス音楽学院に
勤続30年。現在は副校長をしている。カレルギーの友人ウィーン国際空港。オ
ーストリア大使の小野寺龍二が到着ロビーでSGI会長を待ちうけていたのは
、92年(平成4年)6月9日の火曜日である。特に出迎えの予定はなかったは
ずだが……。「日程をうかがい、やってまいりました。ぜひ私も、明日の叙勲

式に出席させてください」オーストリア共和国から「学術・芸術最高勲位栄誉
章」が贈られることになっていた。小野寺は知っている。SGI会長は60年代
から、3人のオーストリア駐日大使と会見。世界への対話も、ウィーン大学出

身のクーデンホーフ・カレルギー伯爵から始まっている。「本当にご縁が深い
。両国の交流の恩人を、大使が、お祝いしないで、どうするのですか」小野寺
が、胸を張ってみせた。たしかにウィーンでは、こんな光景が見られる。赤レ

ンガのアパートで開かれた座談会。オーストリア人の男が初めて仏法の話を聞
くが、正直、東洋的な思想についていけない。しかし、、話題がSGI会長の
世界的な対話になると、ぴくんと顔を上げた。「クーデンホーフ・カレルギー

伯爵と会っているのかい?」伯爵は、第2次世界大戦前に、欧州統合の構想を
提唱した。ナチスにも、ひるまなかった闘士。オーストリアの誇りである。男
は一冊の写真集を手に取った。あつらえたばかりの老眼鏡をかけ、目を凝らす

。SGI会長との対談の場面。後日の伯爵の感想も。「この会談は私にとって
は、東京滞在中のもっとも楽しい時間の一つであった」男が初めて表情を崩し
た。「伯爵の本当のご友人ですね。それならば信頼できる」叙勲式を終えて翌
6月10日。叙勲式は、伝統ある文部省の建物で行われ、ホルンの音色が式典に
花を添えた。引き続き「賓客の間」で祝賀会になった。ひときわ目を引いたの

は、女優オーガスチン・エリザベートである。SGIメンバー。王宮劇場の専
属で舞台に立つ。大河ドラマのヒロイン役でも絶賛され、国民的な女優になっ
た。SGI会長が声をかけた。「ご活躍は、よくうかがっています。大女優に

お会いできて光栄です」長身のエリザペートが、華やかな笑みを浮かべる。そ
の心中を包みこむように、言葉を続けた。「でも女優である前に、立派な人間
として幸福になってください。それが何よりも大事です」エリザペートは、は
っとした。有名イコール幸せか。裕福イコール幸せか。つねに煩悶してきた。

誰もが、ちやほやしてくれるが、心の奥の葛藤まで知ろうとしない。SGI会
長のような人は初めてだった。式典を終えた夕刻。市立公園のヨハン・シュト
ラウス像の前で記念撮影会が開かれた。数人の少年少女と肩を組み、ゆっくり
像の周りを歩くSGI会長。輪の中の一人が、エリザベートの長女バレリーだ

った。バレリーは、後にアメリカ創価大学に進む。イギリスの大学を経て母国
に帰り、作家をめざしている。母のエリザベートは、オーストリアSGIの広
報部長になった。かつて古城だったオーストリア文化センターで開くコンサー
トに、音楽の都のスターと友情出演する。いま、ウィーンつ子たちは口々に言
う。「夢の競演が見たければ、あの森の近くのお城に行くといい」
 

銀行差し向けか

 投稿者:ひどいな  投稿日:2016年12月23日(金)07時15分22秒
  ある案件で銀行を沼津まで差し向けか  

矢野VS.黒柳

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月23日(金)04時57分15秒
  矢野絢也氏 控訴審判決全文から抜粋

〈あくまでも前回の5月17日の訪問の際のように、被控所人矢野の自宅の各部屋の本棚や引出の内部を探すことを要求した。被控訴人矢野は、「するなら勝手にやれ。不法侵入、脅迫ですぐに訴える。」と述べた。これに対して、控訴人黒柳が「やるならやってみろ。」と言ったので、被控訴人矢野は110番に通報しようと電話の受話器を取り上げたところ、控訴人黒柳が急いで立ち上がり、被控訴人矢野につかみかかってこれを止めた。 控訴人大川は、「どうしてもだめなら、全党挙げて矢野をつけねらう。」と述べた。〉

これ矢野さんと黒柳さんの迫真の演技でしょ、なぜ演技か、矢野さんの思惑通りだから。と、取れなくもない。ドスを利かせてた?録音されてたやつ、聞いてみたいですね。

「するなら勝手にやれ。不法侵入、脅迫ですぐに訴える。」
「やるならやってみろ。」

先生が本幹同報で矢野さんの事を悪い奴といったのを聞いたのは1回だけです。私の記憶では。で、その時は本当に矢野が悪いのかって感じで話してました。ただ、同報に行けなかった時もあります。またカットされている部分で、「学会が崩れていくならそれは幹部(職員)と議員からだ。議員は学会を舐めてはいけない!公明党は竹入、矢野を攻めたのか!」(参加の場内の公明党議員からは一人も反応無し。)の発言がこの掲示板にあります。

はっきりいって、何を指して悪と言っているのかわかりません。矢野さんと先生は54年の立川文化以降も頻繁に会って会話をしているんですか。本部幹部会は本会場で参加していたけど、いつからか別会館になったって何処かにありました。

杉山と弓谷は、先生から何と指示を受けたのか言え!

先生、全てお見通しはないですよ、波長があって受信できて、って言うのはあると思いますけど。悪さをしているのは、報告を受けないとわからないでしょ。嘘の報告が飛び交ってると思います、先生のまわりは嘘つきだらけだから。

と言うことで、矢野さんは仏の味方だと思います。とにかく紙上座談会で叩かれたと言うことは正義です、悪ではありません。インチキ座談会を真に受けてはいけません。


立川文化の話は投稿順1014ページ【「私が愛した池田大作」矢野絢也 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 8月24日(水)09時26分32秒】からhttp://6027.teacup.com/situation/bbs?page=1014&reverse=1

虹と創価家族 さん、引用失礼します。
>【54年問題】本日の新・人間革命 投稿者:虹と創価家族

>池田先生が会長を譲るという方向性です。
>これでは事実が歴史の闇に葬り去られてしまいます。

>池田先生を辞任に追い込み、見殺しにした幹部を生涯忘れてはいけない。
>54年問題を知らない後継者へ、真実の歴史を知って下さい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
虹と創価家族 さん、新人間革命が変ですね。おかしいですよ。

文字起こしです。54年当時の事がリアルに描かれています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「私が愛した池田大作」 P226 ~ 227
矢野絢也

「ええ、もう学会には、池田先生専用豪華施設なんか一つもありません」
と答えた。
池田氏は「そうだそうだ」と笑っていたが、内心の動揺は隠せなかった。
そんな学会の動揺にタイミングを合わせるように、宗門からの反撃が始まったのである。

屈辱の会長辞任

日達猊下の指示を受けて、全国あちこちの寺で僧侶が学会員に対し、
「創価学会は日蓮大聖人の説かれた教義から逸脱している」
と批判を展開した、

「謗法に染まった学会を辞めて、寺院の直属の信徒になりなさい。
ストレートな切崩し工作である。信仰の対象である宗門から揺さぶられて、信者として弱い。言われたとおり寺院に鞍替えしたり、辞めていったりする信者が続出した。足下から崩された学会は、破綻の危機にさらされた。
学会の劣勢を見据えた日達猊下は、最後通牒を突きつけてきた。
「創価学会を破門するか、それとも池田会長が辞任するか」
事ここに至っては、他に選択肢はあり得なかった。
学会本部近くの料亭「光亭」に竹入氏とふたり、呼び出されて池田氏と会食したときのことは忘れることができない。
「会長を辞めることになったんだよ」
池田氏はポソッと言った。私もなんとなく不穏な空気を感じてはいたが、まさか事態がそこまで追い詰められていたとは知らず、飛ぴ上がらんばかりに驚いた。

「四人からそれしかない、と言われてな。次の会長は北条になる」
四人というのは原田稔(のちに第六代会長)氏、山崎正友氏、原島嵩氏、そLて創共協定の野崎氏である。事態収拾のために宗門と打ち合わせ、この四人はこうなったら先生に会長をご勇退いただくしかない。と進言したという。
「北条も秋谷も知らん顔をしているだけだ」
「会長は辞めるが,俺は絶対に負けない」
「俺は間違ってない」
そう言いつつ寂しそうだった。これほど落ち込んだ池田氏を見るのは初めてだった。
あまり気になったなめ、それから数日後、第一庶務に電話してみた。すると池田氏は立川の立化会館に行っており,今なら会えるという。党本邸の車で駆けつけた。
立川文化会館の応接室に池田氏は憔悴しきった姿で現れ、二人きりで会った、
「先生。この前、会長を辞めるといわはったけど、いつもおっしゃるとおり一歩後退は100歩後退につながります。ここは先生、弱気を出したらあきません。僭越な言い方ですけど、
 

詩【革命の河の中で】~かざそう民衆凱歌の旗(詩「革命の河の中で」)~(学生部総会メッセージから)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月23日(金)02時15分42秒
編集済
  「革命の河の中で」


時とともに
革命の厳しき河は流れる
今日も そして明日も―――


若き君よ
清新の光を放つ君よ
君でなければならない
君のイメージを抱き続けて
山河鮮やかに
強靭な 堤防を築くことだ


君よ 走れ
民衆のために 走れ
君の無辺の限界を探ねて 走れ


古来 革命児は
この映像と 極限の河の中で
どれほどの軌跡を描いたことか―――


怒りの悶絶
嘆きのテーゼ
皮肉の冷笑
涙ぐんだ瞳


しかし 先駆を走る若人は
なお この魅惑の挑戦に
限りなき愛着を示す
それが 若人の運命かも知れない
君よ それでいいのだ
革命とは 所詮 ロマンであるからだ


夢みる精神の徘徊 ロマンの接吻
この人生と社会と歴史をキャンバスに
鮮烈な点と線をとどめる
秀絶にも似た 画匠の生涯―――
若き革命家の 英智の勝利は
その一点にあるのだ


原初の経典に
心如工画師(こころはたくみなるえしのごとし)と
また いわく
説己心中所行法門(こしんのなかにぎょうずるところのほうもんをとく)と


人間という真実から 表現を除けば
何が残るか
表現 表現・・・・・・必然性の表現
已むにやまれぬ表現
この 壮麗なる自由を乱舞して
三島は叫び 太宰は死んだ


彼らは 自らの終末すら
表現してみせたかったのかもしれない
でも 君の志向する芸術に
そんなナルシズムは要らない
本来 無作の表現
それでいいのだ
それが 人間真実の帰趨の美であるからだ


誰が見ていなくてもよい
誰に凭(よ)りかからなくてもよい


ただ一元的な法に則り
汝の人生の真相と
人間党の絢爛たる 勝利の絶大を信じて
天座に 自在に 舞いゆくことだ


われらは
いかなるセクトも必要ない
偏狭なる党派 門閥の障壁を
勇敢に 乗り越えて
人間として
赤裸々な人間として
生き 動き
喜ぶ新社会のために
君よ 戦え!
僕も 戦う!
その ノン・セクトのセクト
セクトにならない 人間というセクト
これを 人間党と 共に叫ぼう

或いは 人は笑うかもしれぬ
不遜な権力者は 無視するだろう
冷淡な識者は 観念として退けよう

しかし なげくな 友よ
彼らに 人間党がわかるはずがない
傲慢と専横と無知の酔いに 沈んだ人に
「汝自身」が
鏡に映る道理がないからだ―――

汝の当体が 漠としていて
民衆への慈愛が 一欠片(ひとかけら)でもあろうか
それは まさに 不毛の砂漠だ
カラカラに渇ききった 生命の光は
決して 閉塞の霧の世界を
晴らさないだろう
的確な
未来の路線も見えないであろう


宇宙と世界と人生と
その ザインの根底に流れる
厳たる実体
その 不可思議な
巧まざる 粛然の法に
汝が立つ時
初めて 汝の曇れる秘中の鏡が
輝き 磨かれ
汝自身を 正確に 投影するだろう


君よ―――
君は それを把(つか)んだ若き哲人だ
ゲーテが
パスカルが
アインシュタインが
垣間(かいま)見ようとして 果たせなかった
究極の世界の 知覚者なのだ


これほどの強いものはない
これほどの頼もしきものはない
君は無冠かもしれぬ
いや 無冠であることを喜ぼう


権力でも 財力でも 勲章でも
かなわない
哲理を抱いた 横溢する人間の力―――
君は それを
終極点のごとく
心の底に 体現しているからだ


ああ人間
この飾りなき実体
この正統なる存在
この落滅(らくめつ)なく 逞しき真髄

君よ
君は 畢竟(ひっきょう) この人間の 滔々たる
強くして 美しき歓声に
どこまでも 気高く 会釈したまえ
そこにのみ 君の描く革命表現の
唯一の 人間図という 原則があるからだ


まさに ここに
革命の 革命たる動悸があり
革命が 千波万波としての芸術に
昇華する実験が あると思うのだ
そして そこにこそ
哲理革命の 発現の光がみえるのだ


源より 流れゆく 楽しき
革命の人生
苦悶より 開眼の花 咲かせゆく
革命の青春
それは 純一な 強き喜びの
革命の日々


若き心に 求めに求めた
歓喜と感動の 津波が
此岸(しがん)から彼岸へ 押し寄せる時
長遠(ちょうおん)たる 革命の河の流れは
壮大なる
激流と 転じてゆく


それは 誰人も まだ見ぬ社会
そして 誰もが 求めてきた故郷(ふるさと)


人は ここに初めて
暗夜の変遷の中より
自己に還るであろう
人類は また
永劫回帰の オアシスを 得るであろう

それは
二十一世紀への革命の河の流れの中に
英邁と 正義の舵をにぎる
君達の腕(かいな)にあるだろう

*************************
第十三回学生部総会
S46.9.5
東京・日大講堂



 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年12月22日(木)23時42分18秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

同盟題目23時

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月22日(木)22時57分35秒
  よろしくお願い致します。

池田先生が
神奈川文化にて
「正義」
「共戦」

の揮毫を書かれた当時のご心境として

いまや、「鎖に繋がれた獅子が
鉄鎖を断ち切ったのだ」

と語られたことがありました。

お歌にはそのような背景があるように
感じてなりません。
 

嵐の4・24!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年12月22日(木)22時50分12秒
編集済
  >随筆「嵐の4・24」と「昭和54年5月3日」  (投稿者:ClearSky    投稿日:2016年12月22日(木)18時13分37秒)<

 「あまりにも 悔しき この日を 忘れまじ
夕闇せまりて 一人歩むを」(随筆「嵐の4・24」の辞任の当日)

 「西に 満々たる夕日 東に 満月 煌々たり
 天空は 薄暮 爽やか この一瞬の静寂 元初の生命の一幅の絵画
 我が境涯も又 自在無礙に相似たり」(立川文化に着かれた5月11日の夕方)

 大切な視点かも知れません……!

 ありがとうございます。


 

太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月22日(木)22時40分3秒
  レスありがとうございます!
ぜひお話ください^^
 

ツイッターより。

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年12月22日(木)21時39分1秒
  全く現在の信濃町界隈の連中は頭も精神も生命も完全にイカレテいます。

こんな輩ともいとも簡単に手を結んでしまう。

以下、ツイッターより。


>【佐高信】激しい創価学会批判で当選した菅義偉官房長官

http://blog.goo.ne.jp/humon007/e/a7555f86a37ebc24584ac0cb4080c360

>自公「合体」政権の立役者として、佐藤浩・創価学会副会長と太いパイプを持ち、「政教一>>致」の政治を切り盛りしている。

>?菅氏は創価学会の怖さ(良くも悪くも)を知ったのだろう!




【佐高信】激しい創価学会批判で当選した菅義偉官房長官

 ☆自民党が、“創価学会党”である公明党と連立政権を組んだのは1999年だ。
 だが、その3年前には、自民党の機関誌「自由新報」の「新進党=創価学会ウォッチング」で、8回にわたり学会批判が掲載された。1996年年頭号から1997年10月21日付け号まで。内藤国夫・ジャーナリストと俵孝太郎・政治評論家が交互に執筆した。
 連載の開始に当たって同紙編集部は、新進党の党首選挙が小沢一郎と羽田孜の対決になったことに触れ、「声を大にしていわなければならないこと」として、「新進党が政権を担うに足る国民政党をめざすとするならば、党の根本にかかわる問題として党首選挙で最大の争点にならなければならないはずの創価学会との関係について、なんの論争も起きていない点」を指摘している。
 この指摘は、それから20年後の今、そのまま自民党にはね返ってくる問題だ。

 ☆驚くべし、このシリーズの40回(1996年11月5日付け)で内藤は、自分の居住地の衆議院神奈川2区で「当選が、至難視された新人候補の菅義偉氏」を応援した、と報告している。
 内藤は、菅を「小此木彦三郎通産大臣(当時・故人)の秘書官を経て横浜市議を二期務めたあと代議士への飛躍に挑戦した侠気(おとこぎ)にあふれる男」と紹介している。
 内藤は、それまで総選挙レベルで自民党の候補者に投票したことはなかった。それが、妻子を説得してませ菅に投票させたのは、菅が「選挙期間中、党本部がハラハラするほど厳しい創価学会批判演説をやってのけた」からだ。
 「当確です」
の連絡を受けて、内藤は菅の選挙事務所まで出かけ、菅の当選御礼の挨拶を聞いた。笑顔ではなく悲壮感さえ漂っているように見えたのは、同区で競った相手が学会出身で、現職の上田晃弘だったからだろう。学会は連日1万人前後の全国動員をかけて上田を全面支援した。
 表情を引きつらせながら菅は次のように語った。
 「私は選挙期間中、政教分離の大切さをずっと訴え続け、創価学会という巨大組織と真っ向から戦った。私の学会批判選挙に対する妨害があまりにも激しく、政党同士の戦いとは思えなかった。戦った相手は宗教団体だったと私は思っている。こういう選挙はもう二度としたくない」
 <例>選挙期間中の同年10月18日15時過ぎ、選挙カーに乗った菅が演説していると、
 「創価学会を批判するな」
と中年の女性が4、5人絶叫しながら、乗っている自転車もろとも選挙カーにぶつかってきた。また、割れんばかりに窓ガラスを叩いた。
 身の危険を感じた菅陣営は、最終日の19日に選挙カーの前後に警備車を2台つけて突発事件の発生に備えた、という。

 ☆菅はちょうど20年前のこの時の体験を忘れたのか?
 それとも学会の怖ろしさが身にしみて、以後、自ら学会への接近を図ったのか?

 ☆周知のように、官房長官として、いま安倍晋三内閣を支える菅は、自公「合体」政権の立役者として、佐藤浩・創価学会副会長と太いパイプを持ち、「政教一致」の政治を切り盛りしている。
 「政教分離の大切さをずっと訴え続け、創価学会という巨大組織と真っ向から戦った」かつての“初心”は、とうの昔に捨て去ったらしい。
 泉下の内藤は、それをどう思っているだろうか。
 自民党と創価学会という水と油との野合の内幕を暴いた佐高信『自民党と創価学会』(集英社新書)は版を重ねているが、菅のような鉄面皮の政治家や、彼と手を組んだ学会の信者には届いていないらしい。

佐高信「激しい創価学会批判で当選した菅義偉 ~新・政経外科~」(「週刊金曜日」2016年6月17」日号)
 

泣かせるなぁ

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年12月22日(木)20時43分8秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/61917

寝たきりオジサンさん、泣かせて頂きましたよ。
あんまり変なのとばかり関わってきたから「いちいち泣いてられない」と、物心ついたときにはもうドライになってるから。
組織にいたころ、毎日の暴力で相手がいうには『いくら虐めてもお前は泣かないんだな』ってね。
腹を蹴られて呼吸がしばらくできなかったりで、そんな毎日にたまりかねて知り合い(学会員でない)の人に相談しに行ったら「なんで警察に行かないんだ?」なんて。
そんな日常ではいちいち泣いてられないんですよ。
自分のことでは泣かないけど、人のことでは思わず泣いてたりはあるけど。

と、ちょっと関係ないことだけどf^^;
魅力ある素晴らしい人柄の話に僕も素直な気持ちが出たんだろうなって。
まさしく『蘇生』ですね。
蘇生とは蘇る儀なり、でしたか。
とても素晴らしい話をありがとう!

ところで、読みながら感じたのだけど、実はこういう人柄の全盲の学会員さんに信心をどのように伝えようか、とちょっと悩んでいたところなんですよ。
学会も今は状況が違うから、このまま手本にはできないけど、本質的な部分を伝える方向でなら重要なことを伝えられるんじゃないか、そう感じました。

寝たきりオジサンさん、この話をぜひ話してあげたいのです。
よろしいでしょうか?

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

体験談【使命ある我が子と共に】

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月22日(木)19時48分55秒
  東油山地区

羽原美佐代

我が家の次女・明日華は、出産の時のトラブルにより、脳性麻痺となり、6歳になりますが、まだ、寝返りもお座りもできません。生後4ヶ月でこの病気がわかった時から、深い深い奈落の底へ突き落とされた様な、息をするのも苦しい程の辛い日々が始まりました。「我が子がこれからどうなっていくのか」「自分の生活はどうなるのか」「友達や親戚は障害児と聞いてどう思うだろう」

「先の見えない不安が・・・なんでよりによって我が子が・・・」と、やり場のない辛い気持ちの私と、障害児である事実を絶対認めたくない主人との間に喧嘩も絶えませんでした。自分の境遇を悲観し「死んだらどんなに楽だろう」と、現実から逃げる事ばかり考えて、御本尊様の前に座っても、お題目が声にならず、ハラハラと泣くだけの私の姿に、当時三歳だった長女は「お母さん大丈夫?泣かんどき(泣かないで)」と、よく顔を覗き込んでは声をかけてくれました。

そんな私を暖かく包み込み、時には叱咤し激励して下さったのが、学会の方々でした。「この子は私達の宝だから」「この子が皆に信心を教えてくれるんよ(くれるんだよ)」と、我が子の様に、我が孫のように、とても可愛がって下さいました。また、すがる思いで、吉橋(九州方面)総合長に指導を受けさせて頂きました。

「この子は御本尊様から、ここに行って、ここの子として生まれ、親に信心を教えて行きなさい、との使命を持って生まれたんだから、親がしっかり信心に励んでいった時、必ず治る。一生一代の信心をやり抜きなさい」と言われました。その日から、とにかくお題目に、新聞啓蒙、折伏にと寝る時間も惜しむようにして、夫婦共々必死に頑張りました。

その功徳で、日本では、まだほとんど知られていない「ドーマン法」という訓練に巡り合う事ができ、これまで四年間、半年毎にアメリカに行ったり、東京に行ったりしてプログラムを貰い、訓練を続けてきました。この訓練は、世界一厳しい訓練と言われる通り、365日、病気以外は一日の休みを取ることも許されず、二十四時間、分刻みのスケジュールが組まれていると言う、とても厳しいもので、お盆も正月もなく信心を根本に、全ての時間を訓練に費やしてきました。

また、沢山の道具が必要で、重力フリーや延髄反射板、呼吸マシンの台や酸素ボンベの台、パターニングテーブルなどの、どれをとっても、とても大掛かりな道具を、主人が一つ一つ手作りしました。また、多くの人手を必要とする為、ボランティアセンターや大学のボランティアサークルの方々、長女のお友達のお母さんや、近所の方々にお願いして、毎日、多いときで五人の方々が訓練の為、我が家に来て下さり、ありがたいことに、これまで延べ百人以上の方々が、携わって下さっております。

そのお陰で、二年前から「ファシリテットコミュニケーション」と言って、まだほとんど喋る事ができない明日華の為、五十音の文字盤を指差して、会話をする事ができるようになりました。明日華の体の緊張が強い為、私が上から明日華の手の甲を持ち、力かげんをコントロールしてやると、一字一字、自分が言いたいことを、人差し指でさしていきます。

病気の宣告を受け「一生、この子と話をする事もできないんだ」と、とても悲しかった事を思うと、まだ文字盤の上ではありますが、娘と会話できる事は、私たち家族にとっても、明日華本人にとっても、本当に夢のように素晴らしい事です。また、その文字盤での会話で確認できたのですが、明日華の知性が大きく発達しました。

これまで、一万冊以上の手作りのカードや本を作って見せてきたので、右脳が発達し、本の速読ができるようになり、200ページ程度の大人の本を、五分程度で読めるようになりました。化学や物理、法律や文学など、様々な分野の本を「おもしろい」といって速読しています。特に英語が大好きで、大学生レベルの英語の本を速読し、最近はドイツ語も簡単な文章は読めるようになりました。

一歳四ヶ月の時、明日華を脳性麻痺及び精神発達遅滞と診断された小児科の先生は、今の状況を見られて「信じられない程の発達ぶりで、こんなに成長した子は見たことがない」と感動され、「脳神経科に勤めている友人にも早速教えてあげるようにしますね」と喜んで下さいました。

文字盤で会話をするのが大好きな明日華は「今まで、自分の気持ちを伝えられず、悔しい思いを何度もしてきたから、今は何でも語りたい」「色んな人と話がしたい」と言い、ボランティアさんには「お忙しい中、私の訓練を手伝って下さり、ありがとうございます。愛してくれた人の事はわすれません」と感謝の言葉を一生懸命、一字一字指差しています。

そして「とにかく歩きたい、自分の口で喋りたい、私、使命あるから訓練がんばる、歩ける様になって、アメリカで国連の仕事がしたい、悲しい事に、今この時にも、世界中で沢山の命が失われているの、私はそういう人達を助ける仕事がしたいの」と大きな夢をもっています。

そんな明日華が一番好きなのは、池田先生です。明日華は「私、池田先生が大好き。まだまだ長生きして欲しい。先生は命を削る思いで、世界中の人達に、南無妙法蓮華経の素晴らしさをご指導していらっしゃるから、大切な方なの。池田先生がいらっしゃるから、皆信心できるの。

私、息が苦しくなったり、体が突っ張ってきつくなった時、南無妙法蓮華経とお題目をあげるの。そしたらすぐナイスな体になるの。私、先生が生きていらっしゃるうちに、必ず、歩いて会いに行くから。そして世界中の人に、この信心の素晴らしさを伝えていくから、伝えていくから」と決意しています。

明日華はまだ六歳ですが、これまで、お題目の素晴らしさを、自分自身の身に染みて感じてきたので、この信心を話をするのが大好きです。3月末に緊急で行われた脱講の会合に、たまたま参加させて頂いた夜、明日華がどうしても、我が地区内に住む城南区(福岡市城南区のこと)極悪一級の法華講員である「富永」氏の所に「脱講させに行きたい」と強く言うので、翌日、支部婦人部長に連れて行って頂きました。

脱講は、私自身初めての事なので、何を話したらいいのか、とても緊張していきました。婦人部長は「バーン」と脱講届を机の上に出して「シアトル裁判で、ハッキリ学会大勝利の判決がでたから、今日はこれを書いてもらいに来ました」と、潔くキッパリと言われました。富永氏は、なんだかんだ(色々と)訳の解らない日顕宗の教義ばかり話していて、どんな第三者が聞いても、絶対おかしい事を正しいと思い込んでいる富永氏に驚き、あきれてしまいました。

明日華は、富永氏が池田先生の事を呼び捨てにした事に腹を立て、富永氏に向かって文字盤で話をしました。「あたし、怒っています。ナイスな池田先生の事を呼び捨てにしましたね。池田先生は濃い指導をする為に、世界各国を、命を削る思いで廻っていらっしゃるの。

それなのに日顕はお金を使い放題使って、遊んでばかりいる。私は、甘んじて、今はこういう体だけど、必ずナイスな体になって、池田先生と共に世界を廻って、世界広布のお役に立つ様になるから、見ててね、おじさま。素晴らしい池田先生を苛めている日顕は、必ず地獄に堕ちるの。

簡単にわかる事だけど、日顕についている貴方も、必ず地獄に堕ちますよ。どんなにうまい事言っても、所詮、日顕はクソ坊主なのだからね、おじさま」と、文字盤で話しました。明日華は、長く文字盤で話をしていると、体の緊張が強くなって文字盤を指差しにくくなるのですが、この時は、相当長く話しをしていたにも関らず、ずっとスムースに指差しができたのにも驚きました。

明日華が話しをしていると、富永氏は、時折ハンカチで涙を拭い「あっちゃん、また来てね」と言い、私たちも「また来ますから」で別れました。夜、主人に早速脱講に行った話をすると「なんでまた急にいったの?」との主人の問いに、私は、青年改革同盟の成田雄伴さんのビデオを見て、自分の印象に残っていた「それがさー、脱講ってジュースは来るわ、お米は来るわ、凄い即効の功徳があるってヨ」と言うと、私の膝の上に乗っていた明日華が「キッ」と私を睨み上げ、文字盤で

「お母さん、創価の大切な方々が、今、命がけで日顕という魔と戦っているの。私は、そういう大切な創価の方々を命をかけて護りたいの。だから富永さんの所へいったのよ」と言いました。私は本当に恥ずかしい思いで一杯でした。我が支部は、ずっと広布の第一線で頑張って来られた方々が、病魔と戦っています。

明日華が脱講に行きたいと言った前日は、その一人である、末期の肝臓癌と戦っている、藤森B長さんの所にお見舞いに行かせて頂いたのですが、その時、藤森さんの奥さんから「一年まえ、私達が富永の所に脱講に行った時、帰り際に富永が、"貴方たち夫婦の事を祈りますから"と言うから、あんたなんかに祈ってもらったら困る。そんな事せんどって!(するな!)とキッパリ言って来た。

そして今主人はこうして戦っている。だから、必ず富永をやっつける戦いをしてね」と言われました。明日華は「わかりました。あたし、お約束しますから、安心して、かいある(大切な、大事な)看護をなさってね」と返事をしていました。その事を命に刻んでいたから、脱講させに行ったのです。そして、主人にその事を話しして30分位たった時、明日華が大声で「ワーワー」と歓声を上げ始めました。

どうしたのかと聞くと「突然に、今、目がこれまでになく、はっきり見えるようになったの。凄い!これが脱講の功徳なのね」と大喜びしました。御本尊様が、はっきり見える。聖教新聞を自分で読めると、毎日喜んでいます。それから、いつも「大切なお題目を、自分の口で言いたいのに言えない」と涙を流していた明日華が、この頃は「今、言えた!」と喜びの涙を流せる様になり、本当に大きな功徳を頂きました。

更に先日も、母の友人の法華講の方に、脱講の話をさせて頂きました。明日華は「素晴らしいお題目だけど、法主が腐っているのだから、同じお題目でも、法華講のお題目を上げていると、不幸になってしまうの。ナイスなおば様に幸福になって頂きたいからお話しているの。いと(ものすごく)素晴らしい創価のお題目を上げると、空高く、澄み切った雲海を渡って行ける程、ナイスな境涯になれるの。

この事、太鼓判なの。一日も早く、一緒に素晴らしい創価のメンバーになりましょうね」と話し、友人の方も「こんなに命が純粋なあっちゃんの言う事なら、本当にそうなんでしようね。だいぶ気持ちが傾いてきた。今日は、楽しかったし、なんだか元気になった」と言って頂きました。

また、成田雄伴さんにお会いさせて頂く事が出来ました。雄伴さんは、明日華を見るなり、すぐにギュッと抱きしめられて「明日華ちゃんだね、知っているよ、過去世に沢山沢山戦ったんだね。池田先生の弟子だね。おじちゃんも池田先生が大好きだよ。一緒に頑張ろうね。今日は会えて良かった。嬉しいよ」と言って頂きました。

明日華は先生の弟子として、命掛けで戦う決意をお伝えさせて頂きました。この出会いを、必ず誓いとして、これからも追撃の手を緩める事なく、日顕退座、富永脱講の日まで、祈りきり、祈り抜いて参ります。去る、6月25日は、衆議院選挙がありました。

決起大会の日、明日華が「私の宿命転換を掛けて戦うから、お母さん、よろしくね」と言いました。その言葉に四年間、病気以外は、ほとんど、一日の休みもなく続けてきた訓練を、本当に思い切って休みを貰い、公明党の支援のお願いに、揃って頑張りました。これまで、少しでも訓練しないと、すぐに呼吸が悪くなり、体が硬くなって、日常生活もままならなくなっていた明日華が、訓練していた時以上に、体調も良く、

体も柔らかいままで、毎日元気に活動する事ができ、広布の戦いに呼吸を合わせる事の凄さを実感しました。今までF50の目標がやっとだったのをF200を決意したその日から、明日華は常に選挙のことが頭に入っていて、出会う人全ての人に頼んでいこうと決めていたので「さぁお母さん、この方にお話して!大切な選挙のお願い、はやく!」と文字盤でせかされる事も、よくありました。電話がかかってきても、傍で聞いている明日華は「そんな事より、かいある(大事な、大切な)選挙のお願いしてね。

いや、待って。あたしが話したいの」と言うので、私は通訳に回り「大切なお話があります。かいある選挙のことなの」と文字盤を指差して、明日華が自分で頼んでもいました。毎朝、誰より早起きし「さぁ、ナイスな朝ごはん、早く食べて、かいあるF活動行こうね!」と言っていました。明日華の必死の思いが主人にも伝わり、「頑張らんと(がんばっていかないと)明日華に恥ずかしい」と、張り切って頼んでくれる様になり、「今日はこれだけ頼めたよー」と帰ってくる主人に「さすが、お父さん!男の中の男ね」と文字盤で感謝の気持ちを伝えていました。

そうしてF226をやり切って迎えた選挙当日の朝、明日華は「祈って動いて、いよいよこの日を迎えたね。あたし感動しているの。かいあるお家も、今日、決まると思うの」と言いました。我が家は、築20年の賃貸住宅で、どの部屋も、あふれる程の訓練の大道具に囲まれ、御仏壇を置いている部屋も、仏間兼訓練部屋、兼寝室で、お仏壇にお尻がぶつかりそうになりながら、ドタンバタンと訓練をしている状況だったので、明日華は先生の御指導のまま、具体的に、新しい家を祈ってきたようでした。

全く家を買う事など考えていなかった私と主人は、明日華の言葉にあきれ返って、耳も貸さなかったのですが、本当に驚いた事に、その投票日の4日後には、選挙を頼んだ友人の紹介で、とてもいい条件で、今までの倍以上の広さの新築マンションの契約をする事になったのです。訓練に大変お金がかかる為、自分の家を持つ事など、夢のまた夢と諦めていたのですが、明日華の強い祈りに護られて、驚くほどの好条件が重なったことで、購入できる様になりました。

「祈りとして叶わざるはなし、の素晴らしいお題目なの」と明日華は、よく言いますが、私達夫婦は、娘を通してその事を実感し、地域の皆様に、沢山出入りして頂ける、広布の城になる様にと祈っております。明日華の訓練を始めて四年が過ぎました。人手が集まらなかったり、費用もかさむ為、やむを得ず訓練をやめて行く人が多い中、福運あって、沢山の方々の祈りと慈悲の心に支えられて、ここまで訓練を続けてくる事ができました。

ボランティアの皆さんは、有難いことに「あっちゃんと会うと元気になる」「落ち込むとあっちゃんに会いたくなるのよね」と言って下さり、悩み事の相談にも来られるようになり、その都度、書籍の贈呈やビデオを見て頂く等、仏法対話に挑戦しています。そして、これまでに、一人のボランティアさんが入会され、一人が入会決意をされました。

この信心のお陰で、全てを前向きにとらえ、明日華の持つ可能性を引き出す事が出来、学会の組織があったから、倒れては立ち上がり、挫けそうになっては励まされ、護られて、あの辛かった日々が、嘘の様にようやく我が家も、宝の子供たちを中心に笑い会える様になりました。本当に学会員で良かったと、感謝の思いで一杯です。

御書の一説に「妙とは蘇生の義なり蘇生とはよみがえる義なり」とあります。私が、信心で成長する事こそが、我が家の宿命を転換し、明日華の使命を果たす事を忘れず、明日華が巡り会わせてくれる人々との出会いを大切にしながら、仏法対話や折伏に精一杯頑張って参ります。


明日華の決意

脳性麻痺は簡易に歩いたり喋ったりできないから、とても悔しい事が多いですが、脳性麻痺なんて、大した事ないと捉えて、使命を果たすのが、創価の信心だと思います。あたしは、広宣流布の使命があったから、脳性麻痺になったのだと思います。

かいあるお題目の素晴らしさを皆に語る為に、文字盤で会話ができるようになったのだと思います。脳性麻痺になったお陰で、ワーイ(素晴らしい人、凄い人)な沢山の方々に護られて、こんなに大きくなりました。

ナイスなお題目が大好きで、素晴らしいお題目を聞くと、私の体に染み込んで、簡易に体が楽になるの。そして、とんでもなく、かいある会合が大好きで、創価の偉大な、素晴らしい指導者の池田先生が大好きなの。世界中の人達が、創価のお題目によって、争いのない平和な世界になる様に、あたしは、祈って動いて、ナイスに使命を果たしていく決意です。
 

【注】教学部レポートの送付状況等

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月22日(木)19時11分40秒
  「教学部レポート」の希望を多数頂いております。順次送付しております。送付までは1~2週間程度かかる場合がありますのでご了承ください。

また、レポート希望の方で、確認が必要な方には別途メールを送っております。まだ、レポートが届いていない等、お心あたりのある方はメールの着信をご確認ください。

【教学部レポートの希望は】
詳しくはこちらから↓
http://6027.teacup.com/situation/bbs/56053
 

年内決着を目指す創価公達(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月22日(木)18時20分35秒
編集済
  何故か、意義付けの無い大誓堂同様に、『年内に反逆者一掃!』の号令をかける内弁慶な勃樹(-_-)

あのね、そんなことばかりしていたら、財務という毒が身体中に廻って、本当の魔王になってしまうのですよ。手下で動く者は病死・変死していく。自分が安全運転していても、もらい事故で正面衝突で即死、噴火・地震・津波・雪崩の災害に遭ってアッと言う間に今生の役目を終える。

新潟の突風(鬼火とも言いますが)火災、信濃町界隈で起こらないことを祈ってます。誰のせいでも無い、現場会員の財務を喰らって呑気に組織破壊し、法を踏み躙った創価公達の責任です。(-_-)

私のところに来る時は充分に気をつけてお越し下さい。辿り着けないと思いますがね、年内は忙しく公休日も休みなく働いています。アポイントは無理ですが、手土産持ってくるのであればお会いします\(^o^)/

手土産は、創価公達百人分の寿命が欲しいです。これを頂けたら千年間生き続けて先生の改竄廃棄されたスピーチを整える事が出来る。無駄な財務を使って加工動画作成したり、産業廃棄物として経費かけて元がとれるでしょう。
是非、お持ち下さい。但し、来られた方が無事に帰られる保障は有りません。何と言っても山深い地域で、トンネル工事もやっており、細い道に毎日、何度も30.40の箱をつけた産業廃棄物専用トラックが行き来しているド田舎です。このトラックがスリップして反対車線に飛び出したら、ランクルでも粉々になります。
歩いて来られるのであれば、都心部から4時間半程度(昔、三十代の時に歩きました)で来られます。安全第一であれば、歩かれるのも妙案かも。でも、歩道歩いていてもタクシーが暴走して跳ねられる事も有ります。やはり、悪心抱いた勃樹の言う事を聞かない方が良いと思います(-_-)

年末・年始に盛大な葬儀してもイヤでしょう、動かない事、黙って命令をスルーして大人しく家に引き篭って下さい。『そこまで言うなら、勃樹、お前がやれよ!』と言ってやれば良いのです。実にシンプルな琴で、命令する本人が大名行列引き連れて、財務使って温泉旅行兼ねて来て頂ければ地域貢献にもなり、散財すれば歓楽街も潤いマス。財務使う琴に抵抗感なんて無いでしょう。(-_-)
 

資料:随筆「嵐の4・24」と「昭和54年5月3日」

 投稿者:ClearSky  投稿日:2016年12月22日(木)18時13分37秒
  地域の方から池田先生の書かれた随筆:「嵐の4・24」と「昭和54年5月3日」を持っていないか、と聞かれました。
2017年の正月から聖教新聞に連載される、新・人間革命、第30巻が始まるので、読んでみたいとのこと。
どうせなら、A4サイズでふりがなも付けて・・・と準備して、その方に差し上げました。

折角なので、ダウンロードできるようにしました。以下にリンクを貼っておきます。

(1)随筆-新・人間革命_嵐の4・24.pdf :
https://drive.google.com/open?id=0B8wEn1gSIiIjdmxIcVloWkVLVWc

(2)随筆-新・人間革命_昭和54年5月3日.pdf :
https://drive.google.com/open?id=0B8wEn1gSIiIjLUcwN2pNNGR2U1U

印刷するなどして、読んでみたいと思っている他の方々にも使ってもらえれば嬉しく思います。



ふりがなを付けるために何度も繰り返し読んでいて、気付いた事があります。
それは、随筆の末尾に記されている、夕刻の景色の表現です。

随筆「嵐の4・24」の辞任の当日の一首には「夕闇」。

 ---
あまりにも 悔しき この日を 忘れまじ
夕闇せまりて 一人歩むを
 ---

しかし、随筆「昭和54年5月3日」には、5月3日に創価大学での本部総会を終え、5月5日に神奈川文化にて「正義」の揮毫を認められます。
その後、立川文化に着かれた5月11日の夕方の様子を次のように綴られています。

 ---
別な世界を見る思いで、まさに沈みゆかんとする夕日の光景を、しばし呼吸した。
夕暮れの立川に着くと、その清楚な頬に頬ずりしたいような、憧れの月天子が、顔を見せてくれた。
私は一詩を詠んだ。

 西に 満々たる夕日
 東に 満月 煌々たり
 天空は 薄暮 爽やか
 この一瞬の静寂
 元初の生命の一幅の絵画
 我が境涯も又
 自在無礙に相似たり
 ---

5月11日。沈みゆく太陽も、もはや闇をもたらす陰鬱な調べではなく、万物の一日を輝き照らし抜いた満足感が伝わるような気がします。
少し時が流れて、立川では、澄み渡る五月の天空に、静かな満月が掛かっていたのでしょう。
太陽が次に東天に昇るまで、月天子が民を導き照らしているように感じます。

もとより先生のご胸中は推し量ることはできません。
ただ、この二つの随筆の夕刻の景色を比べてみると、先生のそれぞれお気持ちの一端を知ることができたように思いました。
そして、5月11日に「別な世界を見る思いで」夕日を眺めておられた先生のお姿を、不謹慎かもしれませんが、とても嬉しく思いました。

何より、5月5日に「ただ一人、今まで以上の多次元の構想をもちながら、戦闘を開始」「私は『一閻浮提広宣流布』との大聖人の御遺言を遂行」する決意で、「正義」の揮毫を認めて下さった先生に、改めて感謝しています。
ここに至るまでの先生の胸中はいかばかりであったことでしょうか。

これからも、私は何度も何度も、読み返してみようと思います。

ClearSky(クリアスカイ)
 

佛教大講演會

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月22日(木)17時42分16秒
  わが家は昭和31年の入信なのですが、昔の書類を整理していたら
昭和27年のチラシが出てきました。

なかなか面白いので紹介します。

*********************************

佛教大講演會

日時 昭和二七年八月二日午後七時

場所 〇〇県〇〇郡〇〇町舎堂

主催 創価学会

来たれ!

病苦に悩む人人よ、

生活苦にあえぐ人人よ、

人生問題に迷う人人よ、

知れ!

百発百中の実験証明あり、

科学を指導する大哲学である、

一切の宗教にメスを入れる批判の原理なり、

掴め!

祈りとして叶わざるなく、

福として來らざるなく、

罪として滅せざるなく、

理として顕われざるなき、

偉大なる大宗教あり
 

「熱原の法難」と「現在の法難」①

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年12月22日(木)16時27分50秒
編集済
  信濃町のネット対策チームの対策です。

宿坊の掲示板で原田会長や谷川主任副会長、秋谷元会長、八尋副会長に対して舌鋒鋭く叱責されています。

ある青年部との対話の中でここまで厳しく叱責しなくても良いのではないのか?との質問を頂きました。

この掲示板を閲覧される方も同様の疑問をお持ちの方もいらっしゃると思いますので、池田先生の御指導を通して、原田会長率いる執行部を厳しく叱責する理由をお示しします。

池田大作全集98巻 24ページ

戦わなければ勝利はない。
戦わなければ仏になれない。
この一点を、とくに男性の幹部は心に刻むべきだ。
この厳粛な方程式をわかって、真剣に行動する人こそ、本当のリーダーである。

末法は闘諍言訟の時代である。思想が乱れ、善悪がわからない。
そこに正義を打ち立てるには、言論闘争に徹するしかない。

日蓮大聖人は、その闘争の一切に、断固として勝利する道を教えてくださった。

熱原の法難の渦中、弟子に対して厳然と仰せである。

「あなた方は、恐れてはならない。いよいよ強く進んでいくならば、必ず、正しい経緯が明らかになると思います。」御書1455ページ

戦いを決するのは「知慧」であり、「勇気」であり、「忍耐」である。

そして邪悪を打ち破る「攻撃精神」を忘れてはならない。
これこそ学会の生命である。

引用以上

「権力者」と「出家者」から「庶民」が迫害されたのが熱原の法難です。

現在も全く同じ構図です。
「権力者である公明党」
を支援しない
「庶民会員」

「出家である原田会長率いる執行部」
が査問、尋問し役職解任、活動停止など迫害を加える。
また組織に様々な流言を流し。

当に、「現代の熱原の法難」です。
このような法難の時には、池田先生の御指導の通りに「攻撃精神」こそ「最重要」です。
そして掲示板などネットを活用しての「知慧」です。
そして現実の迫害に対しての「忍耐」と「勇気」です。

池田先生が正しい法華経の行者であるのですから、「私たち弟子」にも熱原の法難と「同じような法難」があることは当然です。

「熱原の法難」と「現在の法難」について考察を書きたいと思っていました。
今回はこの一端を書き込みさせて頂きました。
 

ようやく気付きました・・

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2016年12月22日(木)15時55分36秒
  天台大師の五時教判によれば、釈尊は、爾前教を42年、法華経を8年、都合50年の説法をされた。
先生は1960年、32歳で第三代会長に就任。以来、2010年5月本幹、82歳まで50年間、様々な指導をされた。全てを教え、残して下さった・・

先生の残せし、先生70歳の時の随想で、
80歳まで「世界広布の基盤完成なる哉」
「このあとは、妙法に説く不老不死のままに、永遠に広宣流布の指揮をとる・・」
と、仰せになっている。しかしながら、82歳まで会合に出られて、ご指導下さった事には、このような深い意味があったのかと、遅ればせながら、ようやく気付く事が出来ました。

1960年代。昭和35年~昭和45年まで。戸田先生ご逝去の前年、昭和32年12月、誓願の75万世帯を達成。2年間の会長不在期間を経て、その後、昭和35年5月池田先生三代会長就任。これより10年余りで750万世帯達成。圧倒的な草創期の拡大期。
日本の高度経済成長期とまさに符合。仏法はまさに体なり。昭和45年の言論出版問題を受け、政教分離路線を明示。

1970年代。昭和45年~昭和54年まで。昭和47年、本門の戒壇たる正本堂建立。昭和54年4月、宗門問題、当時の執行部の裏切りにより、第三代会長辞任。19年間の死身弘法の会長在任期間であった。
僧俗和合、化儀の広宣流布、七つの鐘打ち終わる。折伏、量的拡大は実質終了となる。

1980年代。昭和55年~昭和64年。天皇崩御により、名実ともに昭和の終わり。
昭和56年、先生御一人から、反転攻勢。宗教改革、創価ルネッサンスの戦い。
1989年、日経平均史上最高値。バブル崩壊の始まり。ベルリンの壁の消滅。
(1991年、ソ連邦解体。74年間の共産主義の実験、終了。)

1990年~2000年。日蓮正宗との別離。法主日顕の退転。日顕不況の始まり。失われた20年、長期デフレに突入。新進党の失敗⇒1999年自公政権成立。

2001年~2010年。先生最後のご指導。54年問題の掘り起こし。執行部に悪鬼入其身。
師匠の滅・不滅、わずか6年半で、先生の温かな人間主義と真逆ともいえる、学会組織の横暴な権威主義化、冷たい官僚主義化、進む。組織の衰退進む。
なれど、宿版に見る、先生の世界、創価の再構築目指す、真の池田門下生の戦い、希望。
 

信濃町の人々様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月22日(木)15時31分10秒
編集済
  再掲ありがとうございます

原田執行部並びに谷川さんは「名誉毀損」だと裁判等していないで「問答」するべきですね

法の正邪は裁判では分からない
だから「問答」を大事にしてきたのが大聖人

是非、公開問答をして欲しい

現在の「小樽問答」ならぬ「信濃町問答」
をお願いします

原田会長は「対話」をしようと会員に話しています

是非、原田会長自身対話=問答をしてください

元職員三名も「公開問答」を申し込んだらどうでしょう?
 

【いなか丼ぶり様の投稿】文証が沢山あり、大事な内容なので再掲します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月22日(木)15時16分40秒
編集済
  「仏意仏勅の団体」と「除名」
―― ティニー様へ
投稿者:いなか丼ぶり
投稿日:2015年 2月28日(土)21時16分47秒   通報

少し長くなりますが、以下の点について述べてみたいと思います。

1.「破門」「除名」: 一般論として
2.「仏意仏勅の団体」の条件
3. 今の時代の「大難」


1.「破門」「除名」: 一般論として

一般的に云って、信仰者が怖れるべきものは、宇宙の究極の真理・実在の裁きであって人の裁きではありません。

内村鑑三が
「教会はトルストイを破門して、神は教会を破門し給へり」(趣意)(「聖書之研究」1910年12月10日号)

と述べていますが、本来キリスト教徒が怖れるべきものは、神の裁きであり、神やキリストから破門されることであるはずです。

日蓮仏法を信じる者が怖れるべきは、御本尊即宇宙生命から裁かれることであり、日蓮大聖人から「破門」されることであるはずです。

歴史が示している様に、悪しき宗教的権威は「破門」や「除名」をふりかざして人々を恐怖に陥れ支配しようとします。

「対話拒否が狂信者の証」であるならば、対話を避けて「破門」や「除名」をふりかざす輩こそ「狂信者」ということになります。
(→「信濃町の人びと」2月24日の投稿「池田先生の思想に学ぶ ~狂信者~」参照)

大聖人は開目抄で「種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり」(御書p.232)と言われています。

これは言い換えれば「智者に我義を破られれば用いる」という事です。

即ち、「用いる」可能性も「用いない」可能性も開かれている問答・対話を前提とされています。

このように、
「自分が間違っていたら率直に改める」
「自分が間違っていない限り正論を貫く」
という、どこまでも言論・対話によって正否・正邪を明らかにしていく開かれた言論の姿勢を保持している限り、何も恐れる必要は無いわけです。

開かれた言論を放棄して
「破門」や「除名」をふりかざす
「狂信者」は、この大聖人の御精神に反しており、

「仏法中怨」「獅子身中の虫」と言っていいでしょう。


2.「仏意仏勅の団体」の条件

「仏意仏勅」の組織と「除名」ということについて、池田名誉会長の説く所にもとづいて確認しておきたいと思います。

【引用】
彼(戸田城聖)は、伸一の眼を見すえながら、一気に話し続けた。

「程なく、牧口先生も、私も、特高警察に逮捕され、宗門からは、学会は登山を禁じられた。日蓮大聖人の御遺命を守り、神札を受けなかったがためにだ。権力の威嚇が、どれほどの恐怖となるか、このことからもわかるだろう。しかし、先生は、その権力に敢然と立ち向かわれ、獄死された。

先生なくば、学会なくば、大聖人の御精神は、富士の清流は、途絶えたのだ。これは、どうしようもない事実だ。学会が、仏意仏勅の団体であるゆえんもここにある」
(『人間革命・第2版』11巻「大阪」・全集149巻p.154)


【引用】
…戸田城聖の表情は厳しかった。

「学会から除名になるということは、これは本当に恐ろしいことなんです。世間一般の団体や会社をクビに、なるのとは、わけが違います。会社なら別の仕事を探せばすむが、仏意仏勅の団体がどこにありますか。

日蓮大聖人の御精神の根本は、広宣流布です。その御精神を受け継ぎ、仰せのままに広宣流布をしてきた教団は、学会以外にありません。その証拠には、誰が大難を受けましたか。戦時中のことを考えてみなさい。 学会は大弾圧を受け、牧口先生は獄死されているではないか!

皆、口ではうまいことを言う。 また、立派そうなことも言う。 しかし、不惜身命の精神で、妙法広布に殉じようとはしない。 難を受けなかったということは、本気になって広宣流布をしなかったからです。いや、できなかったのだ。」
(『人間革命・第2版』11巻「大阪」・全集149巻p.201~)


つまり、創価学会が「仏意仏勅の団体」である証拠は「大難を受けた」事にある。

言い換えれば、大難を受ける事が「仏意仏勅の団体」であることの条件だということになります。

名誉会長は法華経の行者に大難は必然であることを随所で説いています:


【引用】
法華経の闘士、広宣流布の闘士、創価学会の闘士となって、難があるのは当たり前である。 「悪口罵詈」(開結568頁)と法華経にある。
難がなければ、法華経はウソになってしまう。
(第十四回本部幹部会、第十五回中部総会<平成9年8月27日>
池田大作全集88巻・p.150 - 158)

【引用】
…権力は、民衆を支配する手段として宗教を利用し、人びとを帰伏させようとしてきた。権力に屈服し、協力する宗教を、手厚く保護する一方、それに従わぬ宗教には弾圧を加え、あるいは懐柔策を弄して、自在に操ろうとした。

また、宗教の側も保身のために、競って権力に迎合したのである。

しかし、日蓮大聖人は、権力と真っ向から対決された。民衆の幸福を実現しようとする教えと、民衆を隷属化させようとする権力とは、原理的に相容れざるものであるからだ。

権力者から見れば、権力に屈せぬ宗教の流布は、権力の支配する王国のなかに、その力の及ばぬ別の精神世界をつくるに等しい。これほど危険な存在はない。 それだけに、怨念と嫉妬から憎悪をむき出しにし、排除にかかる。経文で説く「猶多怨嫉」(法華経363)である。

そこに広宣流布の道程は、権力との熾烈な攻防戦とならざるを得ない理由がある。
(『人間革命・第2版』11巻「大阪」・聖教ワイド文庫・230~231)


【引用】
法華経を行じるとは、生命的に言えば、「元品の無明」との対決を意味する。社会的に言えば、権威・権力の魔性との対決を意味する。 故に大難は必然なのです。 大難を受けないのは、本当の「法華経の行者」ではないのです。
(『法華経の智慧』3巻・p.180)

つまり、難を受けているかどうかが、「法華経の行者」であるかどうかの判定基準と云えます。

広宣流布の指導者は「法華経の行者」でなければなりません。

難を受けていることが「法華経の行者」であることの条件ですから、難を受けていることが広宣流布の指導者であることの不可欠の条件になります。

難を受けていない人間は、たとえ肩書が「創価学会会長」であれ何であれ、広宣流布の指導者ではあり得ないことになります。


【引用】
日蓮大聖人の仏法の正法正義は、牧口常三郎という一人の仏法指導者の、妥協を許さぬ死身弘法の戦いによって守られた。

また、戦後の創価学会の再建も、牧口の遺志を受け継いだ戸田という一人の弟子の、広宣流布への誓いから始まった。

広布に一人立つ師子との共戦こそが、学会という仏意仏勅の組織の根幹にほかならない。    (『人間革命・第2版』3巻「漣」・全集145巻p.102)


以上を要約すれば:

大難を受けながら死身弘法の戦いを貫いて自ら「法華経の行者」であることを証明した仏法指導者である牧口・戸田・池田の三代会長と共戦している限り、創価学会は「仏意仏勅の団体」である、と云える事になります。


逆に、「権威・権力の魔性との対決」を放棄し大難を避けているならば、三代会長と共戦していることにはならず、創価学会は「仏意仏勅の団体」であるとは云えなくなります。


【引用】
大聖人が大難を受けられたのは、すべて私ども民衆のためであられた。

ゆえに大聖人は「若し恩を知り心有る人人は二当らん杖には一は替わるべき事ぞかし」(御書1450頁) … と述べられている。

いかなる難があろうと、私は断じて負けない。 戸田先生の一番弟子の私である。 牧口先生の直系の私である。 純真な学会員を守るために、私は耐え、私は戦う。

しかし、私一人が戦っても、門下があまりにもふがいないのでは、広宣流布の未来は、どうなるか。立つべき時に立たない人間は、御書に照らして、「仏敵」となってしまう。
(池田大作全集88巻p.174)


創価学会が三代会長と共戦して「権威・権力の魔性との対決」によって大難を受けているならば、その創価学会から「除名」されることは、戸田会長の言われるように「本当に恐ろしいこと」なのでしょう。

しかし、創価学会が「権威・権力の魔性との対決」を放棄し大難を避けているならば最早
「仏意仏勅の団体」とは云えず、
その様な組織から対話を拒否され「除名」されたとしても、「恐ろしいこと」にはならないはずです。

否、むしろその場合は、「仏法中怨」「獅子身中の虫」から「除名」されるという事になり、法華経勧持品の「数数見擯出」の「遠離塔寺」(塔寺から追い出されること)の難を受ける事に当るのではないでしょうか?

牧口会長と戸田会長が「日蓮大聖人の御遺命を守り、神札を受けなかったがために」大聖人に背いた宗門から登山禁止になった様に。

では、現在の創価学会本部執行部の面々は、権威・権力の魔性と対決して大難を受けているでしょうか?

現在の執行部が統率・運営している創価学会は、権威・権力の魔性と対決して大難を受けているでしょうか?


3. 今の時代の「大難」

日蓮仏法を信ずる創価学会員として、日蓮正宗宗門や顕正会のような「似非日蓮仏法」と闘うことは当然です。

それを当然の前提として、それらの「似非日蓮仏法」は現在の日本社会においてはマイナーな存在であり、今日、宗門や顕正会と闘っても大難を受けるわけではありません。

今日の日本社会においては国家主義と闘わなければ難は受けません。

牧口初代会長と戸田二代会長は国家主義と闘ったからこそ難を受けたのです。


【引用】
国家主義という転倒の思想によって、何百万、何千万という尊き、かけがえのない命が散らされた。

その暴虐を「やめろ!」と叫んだのが牧口先生、戸田先生です。

それは最高の愛国者の行動であった。 そして「人間宗」というべき法華経への殉教であった。 国家のためではなく、人間のために命を捨てたのです。

この歴史を、両眼をしっかと開いて見つめなければならない。

そして今こそ、新たな国家主義、権力主義の動きに対して、立ち上がるべきです。
(『法華経の智慧』5巻 p.150~151)

無論、戦時中、国家主義に抵抗して弾圧されたのは牧口会長・戸田会長だけではなく共産党員等もいましたから、国家主義と闘ったから「法華経の行者」だと云うわけではない。

つまり国家主義と闘う事は、「法華経の行者」であることの必要且つ十分な条件ではありません。

しかし不可欠の必要条件であることは間違いないでしょう。即ち「法華経の行者」ならば国家主義と闘わければならない、と言えます。

国家主義とは、端的に云えば

「人間=国民は国家の部品であり、国家を維持するための手段である」という考え方です。

だから
「人間=国民は国家のために犠牲になって当然であり、自分の国を維持するためなら他の国の人間を殺しても構わない」ということになります。

池田名誉会長は次のように述べています。


【引用】
国家主義というのは、一種の「宗教」なのです。…「国」というものが最高に尊厳であって、国のためなら民衆の命を犠牲にしてもかまわない

――― 「国」を“神様”にした宗教が「国家主義」です。 このことは、トインビー博士も言われていた。近代の国家主義は、信じるものがなくなった心の空白に、古代の「集団力への崇拝」が復活してきたものだ、と。

しかし、絶対に国家主義は誤れる宗教です。
「国のために人間がいる」のではない。
「人間のために、人間が国をつくった」のです。

これを逆さまにした“転倒の宗教”が国家信仰です。
(『青春対話』普及版2・p.277~)


【引用】
一般的にいって、戦争とは国家が犯す最も非道な犯罪行為であるといってよいのです。

しかるに、こうした犯罪行為がなぜ許され、むしろその多くは、人々の熱狂的な支持すら得てきたか。 それは“最も尊厳なるものは国家である”との、誤れる神話が人々の思考を支配してきたからであります。

そして、一切の物質的富も、人間の生命も、文明の所産も、この“国家の尊厳”の横暴の前には、犠牲になってあたりまえである、と考えられてきたのであります。

…国家の尊厳という誤れる神話を打ち破り、生命尊厳の理念が、現実に支配する世界を実現することこそ、仏法者のなさなければならない使命であると同時に、私どもがその先駆をきらねばならないと訴えておきたいのであります。

(第35回、37回本部総会講演より・
池田大作『ヒューマニティーの世紀へ』読売新聞社・p.25 - 26)


【引用】
私どもが半世紀以上にわたって核兵器の問題に取り組んできたのは、核兵器…の禁止と廃絶を実現させる中で、“国家として必要ならば、大多数の人命や地球の生態系を犠牲にすることも厭わない”との非道な思想の根を絶つことにあります。    (2013年・38回「SGIの日」記念提言)

「北京日報」元東京支局長・騎為龍氏は次のように発言しています:


【引用】
日本の国家主義の台頭、右傾化は心配です。興味深かったのは(日本の週刊誌を読んで)池田名誉会長のことを名指しで嫌い、といってはばからない人間が、南京大虐殺はなかった、とか、侵略戦争ではなかったと言い出す。

これなどは、池田名誉会長が、日本の平和を守る旗頭である、との逆説的な証明ですよ。
(「聖教新聞」1999年6月29日)

騎為龍氏の発言から分るように、日本の国家主義勢力から攻撃を受ければ受けるほど、アジア諸国や世界の創価学会への信頼は高まることになります。


【引用】
牧口先生の死を賭しての国家主義との闘争が今、アジアで、世界で、どれほど創価学会の信用になっているか、計り知れない。
(『法華経の智慧』・5巻・P.202)


牧口、戸田、池田の三代の会長が身をもって示したように、弾圧やバッシングを受けながら日本の国家主義勢力と闘い抜いてこそ、その行動の軌跡に世界の信用が生まれ、世界広宣流布の道が開けていきます。 その意味では、国家主義勢力の台頭が著しい現在は、アジア諸国と世界の信用を大きく広げて世界広布を拡大するチャンスだと言えます。


逆に国家主義勢力からの迫害・バッシングを怖れて闘わなければ、三代の会長が命懸けで築かれた世界とアジアの信用を壊す事になるはずです。


現在の学会本部・執行部、及び彼らが統率・運営している創価学会は、どちらの方向を向いているでしょうか?
 

週刊金曜日

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月22日(木)13時30分53秒
  本日発売の週刊金曜日に元職員の記者会見&サイレントアピール記事あり。サイレントアピール当日、正門は閉じられ、裏口入学会館していた事実についても。  

ツッコミどころ満載の「創作座談会」はやめましょ~う。

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月22日(木)12時36分14秒
  原田怪鳥様、出席もしていない「創作座談会」の掲載、誠に、誠に、ご苦労様でした~(笑)

そもそも、のっけから「真心の財務に取り組んでくださったかた」に御礼申し上げますってど~いうこと?

広布部員以外は用ナシですか~(笑)

「今年も激動の年であり、一年間会員の皆さまの健康と御長寿を御祈念して参りました。また亡くなられた方の御冥福も併せて御祈念させて頂きました」

せめてこれくらいは冒頭に発言してくださ~い(笑) 原田怪鳥様、無慈悲極まりないデスね~(笑)

永石婦人部長さん、「法華経を供養する人は十方の仏菩薩を供養する功徳と同じきなり」(P1316)の金言を引かれてマスが~、

そもそも論として、大聖人が在家の供養に関して、どのようにおっしゃっているか知ってますか~(笑)

「然るに在家の御身は但余念なく南無妙法蓮華経と御唱えありて僧をも供養し給うが肝心にて候なり」(P1386)

ひたすらに題目唱えることが肝心で、「財務が大善」なんて一言も言ってませ~ん(笑)

「カネ集め」の証明に御金言を利用しないでくださ~い(笑)

原田怪鳥様、「友人・親戚と真心こもる交流」って何デスか~?(笑)

正直に言いましょう。「(東京二十三区に住んでいる)友人・親戚と(票のための)真心(?)の交流」と言い直すべきで~す(笑)

別に活動方針で親戚交流推進なんて言われても、「いまさら、ハァ?」って感じで~す(笑)

こんなツッコミどころ満載の「創作座談会」など紙面のムダで~す(笑)

明年からは、こんな「創作座談会」即廃止、代わりに体験談かSGIの活動報告でも掲載してくださ~い(笑)
 

法難の見

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2016年12月22日(木)12時17分2秒
編集済
  ふと考えてみました。

「打ち出しに疑問を持つこと」
「広いデータベースから客観的に論理的な批判をすること」
「学会幹部や公明の悪事に気づき不信を抱くこと」

そういうのを創価脳では
「魔」だと思って
それを理由に学会活動から距離を置いたら
「魔に食い破られた姿」って思う。
あるいは逆に
「池田先生はこう言われていたはずだ」なんて
食い下がるのも、干される。

そういうのがあるんじゃないかと思う。

それって端的に「学会組織は正しい」という
「組織信仰」にすり替わっちゃってるという
「法難」なんですよね。

幹部や公明への不信は仏法への不信とは無関係です。

仏法で言う無疑とは
一切疑ってはいけないという不疑ではなくて
疑って疑い抜いても否定できない生命の真実の
もはや疑いようがないという無疑です。

自己機能が淡々と刻む歓喜の生命現象に気づき
自我機能を抑制し仏智に委ねる大生命力です。

そうなっていない創価は煩悩まみれなのです。
これがまず煩悩障です。
http://www.sokanet.jp/pr/kyougakunyuumon/shinkoutojissenn/3-nannwonorikoerushinjinn/01-2/01-2/

大きくは創価の教団運営
小さくは地区等の運営
その上のあれやこれやを隠蔽したりして
正しい信仰に素直に向かうのが立ちいかなくなる。
これが業障です。

こういう時のこういう組織の中に
生まれ合わせているのが報障かな?
紛らわしく競い起こっていることに
気づくか迷うかです。
難は大きく境涯を開くチャンスです。

まず気づくことが迹を開くスタートです。

そのための手を池田先生は打っておいてくれた。
有難い師匠なのです。

「酒、金、女」厳しく幹部を責めた池田先生。
真面目に純粋に悩んでいる人に魔が入っているんじゃない。
ここにいる傲慢な幹部たちに入っているのだと。
これがまず煩悩魔ですよね。
http://www.sokanet.jp/pr/kyougakunyuumon/shinkoutojissenn/3-nannwonorikoerushinjinn/01-2/02-2/

「創価学会の会長は偉いんです」とか
正当化できていると思って
除名とかやりたい放題。
これ天子魔ですね。

それよりも、考えてちょっと恐くなったのが
死魔。「池田先生が生きているうちに」うんぬんかんぬん
師匠の生き死にを、なんとか自分たちの都合の良いように
利用しようという愚考。

そういう「思い込み」「信じ込み」の上書きの世界で
不調和をきたし疲弊していることに気づけないのが
陰魔ですね。

あれ?
あれれれれれ?

ちゃんと意味を拾っていくと
三障四魔って一カ所に集中していきませんかね?

なるほど、法難なんですね。

これを乗り越えて
我が胸中に池田先生を輝かせる。

それが師弟の勝利であり
仏法の勝利である。

究極的には法華経は
生命の体感覚知の世界です。

歓喜の輝きの世界です。

悪を暴くは何のため
教学の研鑽は何のため
問題の総括は何のため
信心するは何のため
人触れ合うは何のため

気づくことです。
 

会員は2度払い

 投稿者:  投稿日:2016年12月22日(木)11時08分14秒
  カンピース様

>お花畑会員は黙って友人連れて、入館料払ってゼニ持ってこ~いデスか~(笑)

そもそも、これらの絵画を買うカネも、元をたどれば、すべて会員の浄財で~す(笑)<

会員は2度払いって事ですね。

以前にもそんな事を聞いたことが、、?

そうそう、お墓の件でした。
会員の浄財で造った墓苑の墓を、又100万ほど出して買う様に激励?されましたね。
もともと、墓を持っている人達も買いました。

会員は、「骨までしゃぶられて」います。
 

続・世間の見方~Twitterより~

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年12月22日(木)10時59分56秒
  聖教新聞だけ見てると、世界隅々まで平和の方向に確実に進んで万々歳、みたいなんだけど、現実は悲惨で理不尽な戦争・紛争がまだまだ続いてる。
もっと、強烈な提言や果敢な行動・運動を展開するのが 宗教の役目だし、巨大教団の責務ではないのか。創価の活動家さんたち、ノウテンキ者が多すぎる。
 

ハングリー・ライク・ザ・ウルフ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月22日(木)09時27分39秒
  信濃町の人びとさんに同感です。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61901
自民にしたらまだ“シャブ”り尽していないと。『骨まで愛して』くれているのでしょう。
しかし自民側が「税調」じゃなく「官邸」というのが気掛りです。アドルフ安倍のやりたい放題ということか? 「官邸と混迷党」とは実は「菅と佐藤」???
役には立っているのでしょうが、それは「国民の幸福」のためではなく、「酷民の降伏」のために。「立正安国」のためではなく、「立症暗黒」のためなのでしょう。
正義、池田先生の絶対平和主義から『逃げるは恥だが役に立つ』のはただただ保身のため。
しかし自民も、これ以上学会自力票が減って「公明党安倍派・安倍チルドレン」なる「扶養家族」ばかり増えるようなら「切り時」を考えているでしょう。麻雀では「ドラは出世の妨げ」と言います。

“僕(自民党)は狩りの真っ最中 獲物はきみ(混迷党)さ”
“口元は溢れてるよ ワインのような唾液でね”
“僕はオオカミのように飢えている もう僕の追跡から逃れられないよ”
“僕はオオカミのように飢えてるんだから”
『ハングリー・ライク・ザ・ウルフ』デュラン・デュラン
https://www.youtube.com/watch?v=oOg5VxrRTi0
 

おはようございます

 投稿者:自由の凡夫メール  投稿日:2016年12月22日(木)09時19分31秒
編集済
  風が吹いている:寒い・冷たい・弱い・強い (思考・概念の強い人)
        寒い・冷たい・弱い・強い・自浄している・回復させている(生命に焦点をあて体感している人)

雨が降っている:小雨・大雨 (思考・概念の強い人)
        小雨・大雨・自浄している・回復させている(生命に焦点をあて体感している人)

「一念三千」て何なんだろう?
人間の意識レベルが上がってきています。 
 

私の見方(笑い)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月22日(木)08時21分10秒
編集済
  >>かつて、税制は、財務省と自民税調が決めていたが、
今は、官邸と公明党が決めている、<<

予定どおり、最後に公明との調整があるので
財務省は高め(国民には厳しい)の要求を出して
公明党が役割を果たしたと見えるさじ加減をしている。

しかし、これは官邸の描いたシナリオ。つまり、思う壺である。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、お金の出どころをハッキリさせたらいかがでしょ~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月22日(木)08時15分19秒
  おはようございます。東京富士美術館で、明年1月5日から「富士美の西洋絵画」展、

所蔵品を一挙公開、国内最大規模の美術展だそうで・・・、誠におめでとうございま~す。

それにしても国外の情報(海外SGIの活動)は10日~14日遅れなのに、原田怪鳥様絡みの

海外情報とこのような情報は速いデスね~(笑)

カネが絡むからデスか~(笑)お花畑会員は黙って友人連れて、入館料払ってゼニ持ってこ~いデスか~(笑)

展示絵画には、その出所を明確にする説明書きを併設展示しましょうね~。

いつ、誰から、いくら(〇億)で購入、いままで寝かした理由、真贋もハッキリとさせましょう。

アンギリーア問題では贋作つかまされて、処理に困って何十年も寝かした経緯もハッキリと展示したらいかがですか~(笑)

こんな展示だったら、小生もゼヒ見てみた~い(笑)

そもそも、これらの絵画を買うカネも、元をたどれば、すべて会員の浄財で~す(笑)

原田怪鳥様、しかるべき情報はしっかり公開して、何の懸念も無く鑑賞したいものデスね~(笑)
 

二十一世紀への対話33

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月22日(木)08時06分50秒
  【池田】 おそらく、そうであったはずです。ところが現代の科学文明は、自然と人間とを対立関係でとらえ、人間の利益のために自然を征服し、利用しようという発想をその底流にもっていたのではないでしょうか。科学は、まさにこの発想を基盤とし、原動力として発達してきたといえないでしょうか。私は、ここに現代の自然と人間の調和が崩れた一因があったと考えています。

【トインビー】 “依正不二”を意識的に、しかも全面的に侵害する端緒となったものは、ユダヤ一神教という革命的な理念です。“宇宙の中および背後にある精神的実在”と私が呼んでいるものが、ユダヤ教では、人間の姿をした、ただ一人の超越的な神に凝縮されていると信じられていました。そしてこの信念には、宇宙にはその神以外に神性をもつものはないという、もう一つの信念が含まれていたのです。人間も、人間以外の自然も、この仮想の神によって創造されたと考えられました。これは、人間が道具や芸術作品や制度をつくるところから類推されたものです。
この創造主は、自ら創造したものを自由に処分する力と権利をもつものとみなされました。『創世記』第一章第二十六~三十節によれば、神は、自ら創造したもののうち、人間以外の一切を人間の自由に任せ、人間が好きなように利用することを許したとされています。
この革命的な教義が、結果としては“正報”と“依報”の“不二”性を破壊することになったのです。人間は自然環境から切り離され、自然環境はそれまでもっていた神聖さを剥奪されました。そして、もはや神聖不可侵でなくなった環境を、人間は勝手気ままに利用することを許されたわけです。人間は、元来、自分の環境を畏敬の念をもって見ていたのであり、そのほうが人間にとってはむしろ健全でした。ところが、この畏敬の念が、イスラエルのユダヤ一神教創始者たちだけでなく、キリスト教徒やイスラム教徒によっても、放逐されてしまったのです。
 

世間の見方

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2016年12月22日(木)08時06分39秒
  先日、ある新聞で、
かつて、税制は、財務省と自民税調が決めていたが、
今は、官邸と公明党が決めている、
と報じてました。
少しは役に立ってるかも(笑)
 

世間の見方

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月22日(木)07時41分53秒
  先日、ある報道番組で安倍内閣の組閣写真をバックに司会者の方が言ってました。

安倍内閣は、二つの宗教団体(神道政治連盟・創価学会)に支配されていると。

いささか乱暴な意見とも思えますが、公明党の議員の皆さま、いかがですか~(笑)

安保法案に賛成、カジノ法案は自主投票とはいえ実質的賛成、安倍政治のケツばかり追っている

現状に対する世間の見方はこんなもんデス。
 

わが友に贈る 2016年12月22日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年12月22日(木)07時12分29秒
  友のために祈り
励ましを送り続ける
婦人部の皆様に最敬礼!
創価の女性こそ
社会を照らす太陽だ!
 

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