パラドクス(逆説)が浮かび上がっている。ウォール街では、米国の株高は低金利の必然的な帰結と自明視されるようになった。その論理は単純だ。株価は当該企業の将来の利益と、その将来利益を現在価値に換算する割引率によって決まる。割引率は機会費用を反映する。株式を保有することは、米国債の無リスクの名目収益を見送ることを意味する。国債の利回りが低ければ、割引率は低くなり、株価は高くなるはずだ。
多くの投資家は、米国経済の健全性に疑問がつきまとうなかでも、このことを喜んで信じてきた。そこにドナルド・トランプ氏が米大統領選で勝利した。市場はすぐさま、これは米国経済の復活を意味すると結論づけた。米10年国債の利回りは1.8%から2.6%に上昇した。ところが、S&P500種株価指数は割引率の上昇に対し下落でなく6%の高騰で反応した。ダウ工業株30種平均は2万ドルの大台をうかがっている。しかも、ほぼすべての指標(例えば株価収益率や株価純資産倍率など)から見て、すでに株価は1929年と2000年のピークに迫る水準に達していた。
国債利回りと株価の関係について考え方が急に変わったのは、どうしてなのか。トランプ氏の政策によって企業収益が押し上げられる可能性がある。トランプ氏は法人減税を求め、米議会も賛成するだろう。また、赤字財政による支出拡大も求めており、これも企業収益の向上と強い相関関係がある。米国企業は過剰な規制を受けている。トランプ氏が官僚の形式主義に大なたを振るえば、全体がスムーズに動くようになるはずだ。
この楽観論は、企業収益の上昇は金利動向による企業価値の低下を相殺せざるを得ないという問題を無視している。現在、企業価値(株価収益率に基づく)は10年平均を20%以上も上回り、さらに大幅に長期平均を超えている。金利動向によるもう一つの減益要因がドル高で、米国の輸出競争力を低下させる。これはすべて、成長を阻害する関税をトランプ氏が撤廃することを前提とするが、同氏はしばしば関税を礼賛している。
投資家は、以上のことを不安視すべきだ。トランプ氏もそうかもしれない。ロナルド・レーガン(第40代米大統領)は、株式市場が熱を帯びるなかで大統領に就任する過ちを避けた。米国民は、退職金口座以外の面ではもっと楽天的になれるだろう。株価の下落は必ずしも景気の下降を示さない。また、この7年間のように株価の上昇も必ずしも好景気を示さない。
企業収益の向上は経済の高成長を意味しない。近年の過去最高益は生産の停滞を伴っている。米国経済の競争力が落ちたのかもしれない。競争を怖がっていなければ、企業は投資の必要性を感じず、利益として資本を保持する。だが、投資は成長の最大の原動力だ。独占打破のトランプ氏は米国経済にとっては善、企業収益にとっては悪だろう。あるいは、企業経営者の間に広がる短期主義が、投資よりも株式配当と自社株買いの選好を意味しているのかもしれない。原因は何であろうと、投資の低い伸びと高収益というパターンが逆転すれば朗報となる。だが、株価には悪影響を及ぼす公算が大きい。
同様のことは、米国経済の一部分として数十年にわたり下落している賃金にも当てはまる。労働者が得る分け前が増えれば、他の条件は一定であるとして企業収益は低下する。だが、それは消費者主導の米国経済にとって朗報となる。
トランプ氏がセオドア・ルーズベルト(第26代米大統領、ノーベル平和賞受賞)からストレンジラブ博士(核戦争を題材とした映画「博士の異常な愛情」の登場人物)へ変身するような事態になり、外交政策で大惨事を引き起こして株価暴落が起きない限り、膨れ上がった株価がしぼんでもトランプ氏のせいにはされないだろう。米国には、株高の維持よりも重要な案ずべき事柄がある。
(2016年12月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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