トランプ次期米大統領が米国企業に対し個別に介入し、外国への工場移転計画などを撤回させている。「移転企業に関税を課すまではしない」との観測もあるが、米国の貿易赤字が増えれば可能性は高まる。それ以上に懸念されるのは、こうした恣意的な干渉が「米国ビジネスのルール」への信頼を損なうことだ。
ドナルド・トランプ氏が米国の大統領に就任するのはまだ6週間も先のことだ。だが同氏は既に、米国のビジネス界全体に衝撃を及ぼしている。
企業の経営者と株主たちは、規制の緩和や法人税減税、インフラ投資によって経済を活性化するという次期大統領の公約に心を奪われている。ブルーカラー労働者も、トランプ氏の「企業に圧力をかけて米国の雇用を維持する」という意向にご満悦だ。
■企業に対し個別にアメとムチ
この数週間、トランプ氏はいくつかの米国企業を非難する発言を繰り返してきた。例えば、iPhoneをもっと米国内で生産するようにと米アップルを叱責した。米フォード・モーターには、高級車ブランド「リンカーン」のSUV(多目的スポーツ車)を生産する工場を米国から移転しないよう説教した。
米ボーイングの最高経営責任者(CEO)が保護貿易政策の危険性について公の場で疑問を呈すると、すぐさま同社を非難した。
最も印象的なのは、米空調機器大手キヤリアの事例だ。同社は米インディアナ州にあるエアコン工場をメキシコに移転する計画だった。トランプ氏は見返りと引き換えに同社に計画を撤回させ、800人の雇用を同州内に残すことを約束させた。
この後に実施された世論調査では、米国人回答者の6割がトランプ氏の印象が良くなったと答えた。強引さが同氏の人気を高めつつある。
しかし、人気は得られても問題は生じる。明らかになりつつあるトランプ流の対企業戦略は確かに有望な面もあるが、深く懸念すべき側面も持ち合わせている。
有望な面とは、法人税改革に熱心で、インフラ投資を信奉している点だ。規制緩和の一部も期待できる。
危険な面は、第1に、企業に対する同氏の姿勢の背後に存在する、混乱した重商主義の考え方だ。そして第2として、目的を達成するため個々の企業に対してアメとムチを使う手法の問題がある。
米国の資本主義は、「ルールが必ず適用される」との信頼があったからこそ繁栄してきた。ルールに基づくこのシステムが、たとえ一端であろうとその場限りのアプローチに道を譲り、事業者が“ドナルド王”の顔色をうかがい、臣下のように振る舞うようになれば、米国経済は長期にわたって深刻なダメージを受けることになる。