ドナルド・トランプは選挙戦を通じて「大統領たるもの、敵に手の内を見透かされるようではいけない」ということを繰り返し主張してきました。

交渉に際しては、相手に自分の出方を読ませない(unpredictable)ことが肝要だというわけです。

このようなトランプの考え方をCNNは「Madman Theory」、つまり「マジキチ理論」と呼んでいます。

たとえば北朝鮮はミサイルや核を開発しています。それで一体、なにをしでかすか誰にも読めない……この理屈では、到底予想できない不確実性が、交渉に際してひとつのレバレッジを提供するというわけです。

すでにトランプはそういう彼一流の交渉術(The Art of Negotiation)を実行に移しています。

一例として、台湾の総統からの電話を受けたことで、長年、アメリカが堅持してきた「台湾政府とは口を利かない」という慣習を打破しています。

実は「マジキチ理論」を最初に編み出したのはトランプではありません。それはリチャード・ニクソンです。

ニクソンは大統領選挙戦を戦っている時、(自分こそは、泥沼化しているベトナム戦争を終結させ、ベトナムからアメリカ軍を引き揚げよう)と決意します。そこで「名誉ある平和(Peace with honor)」というキャッチフレーズを使います。

なおこの「名誉ある平和」というキャッチフレーズは、もともと英国の首相、ディズレーリが露土戦争の収拾のためにビスマルクが主催した1878年のベルリン会議でキプロスの租借を決めた際に使ったフレーズです。

Berliner_kongress
(ベルリン会議 出典:ウィキペディア)

しかし戦争というものは、進軍するのはカンタンですが、退却するのはリスキーです。

さらにアメリカの軍関係者の中には(退却なんて、めっそうもない!)と、徹底的に戦い続けることを主張する主戦派も、はびこっていました。

そこでニクソンはヘンリー・キッシンジャーと二人だけでブレイン・ストーミングし、国務省を蚊帳の外に置いて秘策を練ります。

まず「敵の敵は味方」という考えから、中国と国交を回復します。

中国は北ベトナムを支援していたわけだけど、アメリカと中国が接近したことで北ベトナムは(ひょっとすると梯子を外されるかも?)という不確実性の下に置かれます。

同様にニクソンはソ連にも手を回します。

ソ連のアナトリー・ドブルイニン駐米大使は、ホワイトハウスのイースト・ウイングの、余り知られていない通用門から、しばしばこっそりとホワイトハウスに招き入れられ、マップ・ルーム(Map Room)で、キッシンジャーと交渉しました。この「裏チャンネル」の存在は、もちろん国務省や軍には知らされませんでした。

そこでニクソンがソ連側に訴えたのはリンケージ(関連付け)ということです。つまりソ連から北ベトナムに「戦争を終わらせろ」と圧力をかけて呉れれば、その見返りとして米ソの軍拡競争に歯止めをかけ、貿易交渉を始める用意があるということをシグナルしたのです。

このように「マジキチ理論」とは:

1)世間に対しては「まったくアイツは何をおっぱじめるか、わかったもんじゃない!」というオーラを出す
2)その裏で、お役所(bureaucracy)を完全にスルーしながら、極秘でトップ外交をする


という二つの構成要素を持つわけです。

また、実際の交渉に際しては、最初、いきなり無理難題を吹っ掛けて、後から中庸な「落とし処」へと導き、穏便にシャンシャンする……というパターンを経ます。だから最初はチョー「タカ派」な発言も飛び出すわけです。

さて、トランプはいま閣僚人事を進めている最中ですが、トランプの外交術がニクソン=キッシンジャーのパターンを踏襲するかどうか注目されます。

これまでのところ、トランプは人選に際して、必勝の決意(Killer instinct)を持った人物を好んで登用しています。

世界はこの「トランプのアメリカ」が一体、どのような政策を打ち出すのか、固唾を呑んで見守っているというわけです。


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