こんばんは、児島です。
サリプルの最近の気象状況は、
3月に新年を迎えてから、ずっと最近まで、
寒気と暖気の繰り返しである。
暖気が入って暖かくなり、花が咲き始めた、と思えば、また寒気。
この週末も、寒冷前線が通過して雨がふり、寒が戻った。
サリプル在住のスタッフと話していると、
「未だにサンダリ(炬燵)をしまってないよ。寒い日は、まだ炬燵にあたってる」
と話してくれた。
***
以前、今年の2月に、このブログで、
”アフガニスタンの炬燵”という題でアフガニスタンの炬燵を紹介したら
ブログを読んでくださった方からコメントを頂戴し、
サンダリの構造について質問を頂いた。
そのときの私からの回答は、
言葉でしかできていなくて、上手く伝えられなかった。
せっかく、数少ない、私のブログを読んで頂いた方の質問であるのに、
ちゃんと応えられないのも申し訳なく思っていたところ、
今回、スタッフがまだサンダリを使ってる、というので、
写真を撮ってきてもらった。
一般に、
特に地方出身のアフガニスタン人は、
あまり私生活を見せたがらないものなのだが
そのスタッフは、日本の炬燵とサンダリが似ている、ということに興味を持ってくれて
いそいそと写真を撮ってきてくれた。
ですので今日は、早速その写真を使って、
サンダリの構造について、以下に順を追って図解してみたいと思います。
図解① 机部分を見てみますと、このようになっています。
図解② これを横から見ますと・・・
足を乗せる棒がついています。
図解③ 一方、部屋の中の、炬燵を据える四角い穴と、炭を入れる穴はこんな感じです。
図解④ 炬燵を据える四角い穴に、テーブル部分を据えますとこんな感じです。
図解⑤ 炬燵のテーブルを据えたところを横から見ますと・・・
炭の穴に足を突っ込まないように、足をかける棒があるわけです。
図解⑥ これに、炬燵ぶとんを載せまして・・・
図解⑦ ふとんをパッと広げますってえと・・・
図解⑧ あったか、ラクチンなのでゴザイマス。
いかがでしょう、サンダリの構造がお分かりいただけたでしょうか。
構造はほとんど、日本の炬燵と同じです。
違いといえば、家が泥で出来ているため、
炭用の穴を、床にじかに掘っているところでしょうか。
ともあれ、
いくら寒の戻り、といっても、野山ではすでに花が咲きほこっており、春であることには違いない。
サンダリもそうすぐ片付けられるだろう。
もうすぐに、暑い乾季がやってくる。
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2011-10-20
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2011-09-11
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3 ■サンダリ
この炬燵の形、実はとっても懐かしかったりします。
昔、萱葺き屋根の土で出来た祖父母の家では、いつもこの形の炬燵を使用していました。
昭和の終わりぐらいまで、ずっと使っていたので、何も違和感がありませんでした。
こうして、分解して解説されているのを見ると何だか不思議な感じです。
昔は日本もこの形だったんだよね・・・と。
サンダリがシルクロードを通って日本にも伝わってきたのかな~と昔に思いを馳せています。
2 ■はじめまして
上の学生さん同様 時々読ませていただいています
アフガニスタンの生の情報はとても興味深いです
コタツですが 友人宅にあった掘りごたつを思い出しました
日本も(関西も)寒いです^^
1 ■ブログみています!
時々、ブログを読ませて頂いています。
大学の調査レポートの課題でアフガニスタンについて調べているうちに、このブログをみつけました。ついつい歴史上の大局面ばかりをみて論じてしまいがちですが、ブログを通して、現地の雰囲気とか政治と戦争が一人ひとりの生活にいかに影響を及ぼしているかを垣間見ることができました。
それから、経験を通して自分の考えなりを深めて文書化しておられることもすごいなと感じ、刺激を受けています。いつもありがとうございます。
調査レポートの添削が返ってきたのを機会に、コメントさせて頂きました。
4 ■在りし日のアフガン
1971年春、平和なアフガニスタンを1ヶ月、ヒッピー旅行しました。
バーミヤンの西の大仏前の村に泊まり、亡霊の丘シャーリゴルゴラを見てから、秘境バンデアミールまで行きました。
懐かしいです。
今は昔。