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2014年8月19日 (火)

津波対策を切り捨てた吉田所長が菅直人に「発言する権利があるんですか」-産経報道で判明、佐藤賢了を髣髴-

産経新聞が吉田調書を入手し朝日新聞をターゲットにした反論を開始した。

【上申書を盾に非公開を指示していた推進派、産経に撃たれる】

私は信条的には元々保守系だったのだが、産経新聞の報道姿勢は偏りが酷すぎ違和感を感じることが少なくなかった。だが、吉田調書のような重要文書が複数のメディアの手に渡ることは相互検証の上では良いことだと思う。産経の吉田調書特集は10回を予定しているそうだが是非貫徹して欲しい。

このような朝日が絡んだから公開すべきだが本来は公開すべきでないなどとのたまうバカ者は幾らでもいるだろう。産経によって完全に退路を塞がれたようで何よりだ。

【相も変わらぬ無意味なドラマ報道-事故前の方が大事-】

初回は例によって撤退騒動のドラマに焦点を当てた報道だった。吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点でも触れたように、このような枝葉末節での報道過熱は望ましくない。プラント技術者の会や原子力市民委員会で活動されている筒井哲郎氏は吉田調書が最初に出た時に次のように述べた。

福島第一原発事故以降、学者たちの間で「こうすれば過酷事故が起こらなかった」という論文や著書が繰り返し出版されてきた。

(中略)折しも5月21日の大飯原発訴訟において福井地方裁判所がいみじくも判示したように、「対応策をとるには、いかなる事象が起きているかを把握できていることが前提となるが、この把握自体が困難だ。仮に把握できたとしても、対処すべき事柄が極めて多いと想定できるのに、全交流電源喪失から炉心損傷開始までの時間は5時間余で、炉心損傷開始からメルトダウン開始までの時間も2時間もないなど、残された時間は限られている」というのが実態である。結果を見て、後知恵で分かった特定の原因事象だけについて「それはこうすれば破局にいたらなかった」という指摘は、現場で働いている人たちの状況の全貌を理解していない机上の空論である。

例えて言えば、吉田所長の仕事は、ほんの数日の間に不眠不休で100個の問題に答えを出さなければならない立場にあり、原子力学者たちが論評していることは、1年間かけて詳細に記録を調べて、2~3個の失敗を取り出して、「その失敗をしなければ原発の安全を保てたはずだ。だから、今後そのようなマニュアルを作って再稼働すれば原発事故は防ぐことができる」と主張しているに等しい。

レバタラ安全論と確率論的安全評価

実際には事故前にどのような準備をしてきたかで殆どすべてが決まる。また、吉田氏は撤退ではないと思っていたようだが、フクシマ50とも言われた少人数での事故対応では仕事は回らない。従ってそのような体制は1日しか持たず、第二に退避した作業員は短期間で続々と戻ることになった。これは、門田隆将『死の淵を見た男』すら共有している前提である。

その一方で、時間的な余裕とチャンスが無限に近い程あった事故前の事情への関心は相対的には低い。調書を巡る報道でも焦点から外れているが、政府事故調はそのことについても何か聞いている筈である。

【津波対策を切り捨てた原発所長が「黙れ」と思っていた-そんな資格があるのか-】

ところで、今回の報道で気になったのは吉田氏の菅直人に対する本音である。

例えば、政府事故調査・検証委員会の平成23年11月6日の聴取では、「菅さんが自分が東電が逃げるのを止めたんだみたいな(ことを言っていたが)」と聞かれてこう答えている。

 「(首相を)辞めた途端に。あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか

 「あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。辞めて、自分だけの考えをテレビで言うというのはアンフェアも限りない」

「あのおっさんに発言する権利があるんですか」 吉田所長、菅元首相に強い憤り 2014.8.18 05:00

吉田氏の問いかけ「あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか」だが、言うまでもなく「ある」。産経は「菅氏は同年8月の首相辞任後、産経新聞を除く新聞各紙やテレビ番組のインタビューに次々と応じ、自身の事故対応を正当化する発言を繰り返していた。」と述べている。だが、菅直人は門田隆将氏のインタビューにも応諾し内容は『死の淵を見た男』に反映されている。産経がこの点に触れないのはアンフェアである。また、東電内部でも本店と現場で軋轢があり、本店筋から官邸に撤退と取れる打診があったのが多く指摘されるところである。しかし、その件について産経はまだ何も書いていない。

また、東電に対して有形無形の支援を決めた責任者は当時総理大臣だった菅直人である。事故処理・賠償資金の捻出、外国からの協力取付け、いずれも国がやったことだ。東電自身の力で出来ないからやっているのであり、東電本店に乗り込んだ時点でその未来は確定していた。当時、意思疎通の上で行き違いがあったことは事実だろうが、東電は国を滅ぼしかけたのだから、撤退阻止という国の意思は少々過剰でも示す必要があったのだ。その代り、政治家は自らの決断について説明を求められる。総理を辞めてから自分の認識を言って何がおかしいのか、吉田氏の理屈は分からない。

もう一点言えることは、吉田氏は本店時代に津波対策を直接切り捨てる立場にあったが、菅直人はそのような立場に無かったということである。国会議員で原発の津波脆弱性を理解し行動に移していたのは只一人、共産党の吉井英勝氏だけ。吉井氏の先見性は大いに評価されなければならないが、組織論的に言えば、技術的な詳細は政治家に期待する資質ではなく、技術者に期待すべき資質である(逆に、技術者は政治的ふるまいをすべきではない。それをやったのが土木学会などであろう)。

吉田氏は自民党の代議士に良く居る「奥の院」的な対応を所望のようだが、それは間違いである。更に言えば、国民一般に自分の言葉で語る義務があったのは吉田氏も同じで、上申書を提出してまで自分の意見を隠し、或いは東電の庇護の元、右翼作家にだけ心情を語ったのは卑怯だと思う。複数のライターの取材を受けて公開していれば、何の問題も無かったのではないか。

【政治家は細かい知識を持っていないが、決断は下す必要がある】


私は何も相手が民主党だからこのようなことを述べているのではない。現物は持っていないが、次の記事タイトルを見て欲しい。

シリ-ズ これが原子力発電-1-安全率は100%--中部電力浜岡原発の地震対策
月刊自由民主 (319), p115-122, 1982-08

見よ、この寸分の隙も無く正しいところが無い記事タイトル。長らく政権にあった自民党の平均的なリテラシーである。この類の無知無能が首相の座に就くことは良くある話。でもそのような細かい知識を知らぬ者であっても様々な政治決断は下していかなければならない。ならば菅直人と同じように積極的に説明することがベストだろう。それとも、現経産大臣でテレビ東京相手に「日本なんかどうなってもいいんだ」なる発言を巡ってスラップ訴訟を起こしている甘利のような者が偉いとでも言うのだろうか。

【産経特集に期待するもの】

産経は「私にとって吉田(昌郎)さんは『戦友』でした。」との三百代言を否定して見せることが、何かとても大事なことであるかのように報じている。まぁ、菅直人の軽口は今日に始まったことではないが、そういうところがバカバカしい。

そんな産経もまた信頼性に疑問を呈されているメディアであり、吉田調書特集の前日にはオッペンハイマーに関するデタラメな記事を書いて批判されている。

「【産経新聞】「日本人に深くお詫びしたい」原爆開発者オッペンハイマーは自死した… 」について

だから、上記のような報道もまた、朝日を叩きたいというある種の幼児性すら垣間見える産経の忖度による調書の切り取りが為したものかもしれない。撤退論に関しては産経の方が調書に忠実だったとしても、調書に記された他のイシューから目を逸らしている可能性もある。続報、朝日の再反論、調書全文公開に期待する所である。

※2014/8/22追記:冒頭の表現やや補足。はてなで「権利はないと考えているらしい」とコメントされたが私は文中に「ある」と明記しているのであしからず。

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