ゲスト
(ka0000)
路地裏工房コンフォートとハンドベル
マスター:佐倉眸
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/12/08 07:30
- 完成日
- 2016/12/16 01:50
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
祖父、とモニカが呼ぶ老人、エーレンフリートは路地裏の小さな宝飾工房の小さな寝室で病床に伏せている。
エーレンフリートの妻の父がこの工房の職人だったが、妻も義父も亡くなった後、エーレンフリートは自身の営んでいた店を孫に任せて工房の片付けに取りかかった。
その最中に居着いた少女がモニカだった。
モニカは店を手伝っていたが、前の冬に風邪を拗らせたエーレンフリートの看病のために、工房に戻っていた。
宝石やそれを用いた装身具の扱いに覚えのあるモニカはエーレンフリートの看病の傍ら、細々と工房を開くようになり、幾ばくかの収入になっているようだった。
モニカによって届けられた孫の芳しくない近況と、それを追ってもたらされた訃報に老いた身体はどうやら耐えきれなかったらしい。
このところ高熱にうなされる日が続いている。
朝方に気温の下がった日は昼を過ぎても目を覚まさない。
調子の良い日も、ベッドから起き出せるのは稀で、半身を起こして野菜とチキンを煮崩した温いスープを啜るのがやっとだ。
その日も朝から凍て付くような雨が降っていた。
モニカは窓を濡らす雫を眺めて重いカーテンを下ろす。
呼び鈴の音を聞いた。気のせいだろう、閉めているはずだとタオルを絞って額に乗せる。
呼び鈴の音は続いた。風に煽られているのだろうか、とモニカは工房に続く狭い店のカウンターから覗いた。
「あ」
モニカを呼んでいたのは近所の薬屋の娘だった。
油紙の袋に薬を包んで抱え、軒で雨を凌いでいた。
「……お祖父さんの。そろそろ、いるんじゃ無いかと思って」
「ありがとう、離れられなかったから、すごく助かる」
「あと、もし、ちょっとでも時間が取れそうだったら、……えっと、これ」
「……ハンドベルの演奏会?」
フライヤーを差し出した娘は微笑んで頷いた。
ここからリゼリオはそう簡単には行けないから、近くで集まるらしい。
お祭りではないけれど、ささやかなイベントをするという。その目玉がハンドベルの演奏会とのことだ。
「残念だけ、……あ」
「ふふ、貰うだけ、貰ってくれる?」
「うん。応援する。頑張ってね」
残念だけど、看病で行けそうに無い。そう言いかけて見付けた娘の名前。
彼女もその演奏会に出るそうだ。
●
受け取ったフライヤーは暫く眺めてから窓に貼った。
きっと綺麗な音だろうなと、スープを漉しながら目を閉じて考える。
ハンドベルの音色は幼い頃に聞いたきり。その記憶を振り払うように首を揺らし、スープを寝室へ運んでいく。
客が来たのはその日の夕方のことだった。
閉店の看板を掛けているから、余程急ぎの事情だろう。
パーティーの多いこの季節、仕舞い込んでいたアクセサリーの修繕を請われることは少なくない。
簡単なものなら良いのだけれど。呟きながら表を覗う。
しかし、客はまだ幼ささえ覗える少女と彼女の母親らしい女性だった。
用件を尋ねる前に少女が泣きながら差し出したのは小さなベルだった。
要領を得ない少女に変わって母親が言うには、練習中にベルを壊してしまったらしく、直せる店を探していたとのことだった。
丁度窓に貼られたフライヤーを見て、もしかしてと思って声を掛けたと。
専門外だと断ってからベルを見る。
装飾が外れ、柄が折れていたが、ベル本体は無事らしい。
二人を待たせて接着剤で柄を繋ぎ、音階を表した装飾はハンダで貼り付ける。
接着剤の跡を軽く磨いていると泣き付かれたようにうとうとと首を揺らしていた少女がはっと顔を上げた。
直った、と嬉しそうな声。
直ってないよ、くっつけただけ。すぐ取れちゃうから気を付けてね。
そう言ったモニカの声に少女はこくりと頷いて、括った髪を跳ねさせる。
「おねーちゃん、絶対見に来てね」
少女の言葉に笑顔で手を振って、二人を見送ると店のカーテンも閉めて、寝室に戻った。
●
その日もエーレンフリートは眠っていた。
尋ねてきた医者が緩やかに首を横に揺らした。
目覚めなければ、それまでだという。思わず揺り起こそうとしたモニカの手を留まらせ、肩へ静かに導いた。
モニカも食事を取るように言い聞かせ、夜にまた来ると言って医者は帰っていく。
見送りに向かうと、開けたドアから吹き込んだ風に剥がされたフライヤーが飛ばされていく。
フライヤーを捕まえた手を取って、モニカは首を傾がせた。
「代わりに行ってくれるかしら? この子と、この子、友達なの」
祖父、とモニカが呼ぶ老人、エーレンフリートは路地裏の小さな宝飾工房の小さな寝室で病床に伏せている。
エーレンフリートの妻の父がこの工房の職人だったが、妻も義父も亡くなった後、エーレンフリートは自身の営んでいた店を孫に任せて工房の片付けに取りかかった。
その最中に居着いた少女がモニカだった。
モニカは店を手伝っていたが、前の冬に風邪を拗らせたエーレンフリートの看病のために、工房に戻っていた。
宝石やそれを用いた装身具の扱いに覚えのあるモニカはエーレンフリートの看病の傍ら、細々と工房を開くようになり、幾ばくかの収入になっているようだった。
モニカによって届けられた孫の芳しくない近況と、それを追ってもたらされた訃報に老いた身体はどうやら耐えきれなかったらしい。
このところ高熱にうなされる日が続いている。
朝方に気温の下がった日は昼を過ぎても目を覚まさない。
調子の良い日も、ベッドから起き出せるのは稀で、半身を起こして野菜とチキンを煮崩した温いスープを啜るのがやっとだ。
その日も朝から凍て付くような雨が降っていた。
モニカは窓を濡らす雫を眺めて重いカーテンを下ろす。
呼び鈴の音を聞いた。気のせいだろう、閉めているはずだとタオルを絞って額に乗せる。
呼び鈴の音は続いた。風に煽られているのだろうか、とモニカは工房に続く狭い店のカウンターから覗いた。
「あ」
モニカを呼んでいたのは近所の薬屋の娘だった。
油紙の袋に薬を包んで抱え、軒で雨を凌いでいた。
「……お祖父さんの。そろそろ、いるんじゃ無いかと思って」
「ありがとう、離れられなかったから、すごく助かる」
「あと、もし、ちょっとでも時間が取れそうだったら、……えっと、これ」
「……ハンドベルの演奏会?」
フライヤーを差し出した娘は微笑んで頷いた。
ここからリゼリオはそう簡単には行けないから、近くで集まるらしい。
お祭りではないけれど、ささやかなイベントをするという。その目玉がハンドベルの演奏会とのことだ。
「残念だけ、……あ」
「ふふ、貰うだけ、貰ってくれる?」
「うん。応援する。頑張ってね」
残念だけど、看病で行けそうに無い。そう言いかけて見付けた娘の名前。
彼女もその演奏会に出るそうだ。
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受け取ったフライヤーは暫く眺めてから窓に貼った。
きっと綺麗な音だろうなと、スープを漉しながら目を閉じて考える。
ハンドベルの音色は幼い頃に聞いたきり。その記憶を振り払うように首を揺らし、スープを寝室へ運んでいく。
客が来たのはその日の夕方のことだった。
閉店の看板を掛けているから、余程急ぎの事情だろう。
パーティーの多いこの季節、仕舞い込んでいたアクセサリーの修繕を請われることは少なくない。
簡単なものなら良いのだけれど。呟きながら表を覗う。
しかし、客はまだ幼ささえ覗える少女と彼女の母親らしい女性だった。
用件を尋ねる前に少女が泣きながら差し出したのは小さなベルだった。
要領を得ない少女に変わって母親が言うには、練習中にベルを壊してしまったらしく、直せる店を探していたとのことだった。
丁度窓に貼られたフライヤーを見て、もしかしてと思って声を掛けたと。
専門外だと断ってからベルを見る。
装飾が外れ、柄が折れていたが、ベル本体は無事らしい。
二人を待たせて接着剤で柄を繋ぎ、音階を表した装飾はハンダで貼り付ける。
接着剤の跡を軽く磨いていると泣き付かれたようにうとうとと首を揺らしていた少女がはっと顔を上げた。
直った、と嬉しそうな声。
直ってないよ、くっつけただけ。すぐ取れちゃうから気を付けてね。
そう言ったモニカの声に少女はこくりと頷いて、括った髪を跳ねさせる。
「おねーちゃん、絶対見に来てね」
少女の言葉に笑顔で手を振って、二人を見送ると店のカーテンも閉めて、寝室に戻った。
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その日もエーレンフリートは眠っていた。
尋ねてきた医者が緩やかに首を横に揺らした。
目覚めなければ、それまでだという。思わず揺り起こそうとしたモニカの手を留まらせ、肩へ静かに導いた。
モニカも食事を取るように言い聞かせ、夜にまた来ると言って医者は帰っていく。
見送りに向かうと、開けたドアから吹き込んだ風に剥がされたフライヤーが飛ばされていく。
フライヤーを捕まえた手を取って、モニカは首を傾がせた。
「代わりに行ってくれるかしら? この子と、この子、友達なの」
プレイング
リプレイ本文
●
差し出されたフライヤーを一瞥し、星野 ハナ(ka5852)はモニカの顔を覗き込むように首を傾がせる。
「……行けない理由を伺ってもいいですぅ?」
友達の晴れ舞台なら自分で行きたいだろうと尋ねると、モニカは少し困ったように、祖父の看病だと頷いた。
「エーレンフリートさんは……容態が悪化されていたんですね……」
彼の優しい微笑みを見たのはいつだっただろうかとマキナ・バベッジ(ka4302)が瞬く。
モニカがフライヤーの名前を示し、彼女には祖父の薬でお世話になっていたと言うと、沈む空気を切り替えるように顔を上げた。
「分かりました。モニカさんの分まで楽しんできますね」
ノワ(ka3572)も雪都(ka6604)の傍らでひらりと手を上げる。
「モニカさんの代わりにしっかりと演奏を聴いてきますね」
リアリュール(ka2003)がフライヤーを手許に、プログラムを見詰めると、見覚えのある名前に穏やかに頷く。
カリアナ・ノート(ka3733)もいってきますと笑顔を向けた。
昇り掛けた白い朝日の眩しい中、ハンター達は会場の広場へ向かう。
●
白い息を弾ませて、星野は煉瓦の道を全力で。
屋台もまだ疎らな頃に到着すると、ステージには既にベルを乗せたテーブルが並んで、程なく緊張した面持ちの少女達が順番に昇ってきた。
早起きの子ども達や、コートを着込んで凍える客達がちらほらと広場に集まり掛けた頃、最初の音が澄み切った冬の朝を射止めるように響いた。
星野は、広場の中央で、息も整えずにじっとその演奏を見詰めている。
耳を澄ませ、ベルを鳴らす手の動きを覚える様に手を揺らしながら。
「――始まる前に、声を掛けたかった、ですが……」
緩やかに奏でられた音階が次第に曲に移っていく。ステージを見詰めてマキナが呟いた。
聞き覚えのある童謡に、子ども達は口ずさんでいる。
ステージを見れば、見覚えのある娘は華やかに着飾って、真剣な面持ちでベルを鳴らしていた。
そのベルが滑らかに1つの音を連ねながら、重なる音を待って次の曲に繋がると、曲のテンポが上がり、楽しげなメロディで広場を満たしていく
ステージから溢れてくるクリスマスソングの旋律を辿りながら、リアリュールとカリアナも広場に着いた。
その頃には赤い衣装の老人がトレイにタンブラーを並べて、来訪者の間を回り始めていた。
「ありがとう、頂くわ」
湯気の昇るミルクティーを受け取ったリアリュールはステージの見える場所まで進む。
演奏が終わったら声を掛けに行こうと指を温めながら甘いミルクティーを一口。掲示されたプログラムを見るかぎり、時間はたっぷり有りそうだ。
カリアナにもドリンクが差し出されていたが、それを受け取る前に右手を差し出した。
「あ、あの、あのね。えっと、あ、握手をして、くれませんか?」
緊張に笑顔が強張り、思わず目を瞑って、声が跳ねて途切れ、言い直そうと吸い込む空気はひりつく程に冷たい。
真っ直ぐに差し出したつもりの手も小刻みに震えている。
赤い衣装に付けひげをした初老の男は、不意の申し出にぱちくりと瞬いた。
眦に皺を刻んで柔和にその目を細め、厚い手袋をつけた手でカリアナの小さな手を取ると、ようこそと歓迎の言葉に、髭に籠もった独特の笑い声を添えた。
タンブラーを渡すと、それ以上は何も言わずに去っていく彼を目で追うと、同じ装いの老人をあちこちに見付けた。
「え、えっ! ……サンタさんだ。……サンタさんが……こんなに沢山? 夢?」
タンブラーを片手に、握手の感触の残る手を見詰め、頬を紅潮させる。
握った手の実感とどこを見ても目に入る赤い衣装に青い瞳をきらきらと輝かせ、わっと感嘆の声を上げながら相好を崩した。
最後の曲に移る頃には、広場も大分賑やかになって、屋台にも人が集まり始めていた。
楽しい曲ですね、とノワが赤いワンピースの裾を翻す。
足取りの弾む広場を歩く度に、帽子の白い飾りが揺れた。
ハンドベルの和音が連なり、演奏する少女達が視線を交わして息を合わせる。
曲のラストに一斉に響き渡ったベルに合わせて、ノワがくるりと踊るようなターンで雪都に向かう。
眼前に伸ばされた腕の先、指に薬瓶を2つ挟んで差し出すように揺らして見せた。
「サンタノワ! いい子には特製のお薬をプレゼント! どっちがいいですか?」
どうですか、と緑の瞳がにこりと笑った。
穏やかな茶色の双眸はそれを見詰めて細く、ゆっくりと広場を見回すと、深く吸い込んで吐いた白い息が流れていく。
ここで薬が必要になる事態は起きそうに無い。
「鉱石を探したいんだったか? 付き合うよ」
「はい! 掘り出し物の鉱石のお店があったらいいなあと思っています」
ハンドベルのテーブルが片付いたステージには、次の出演者が並んで歌を披露している。
アップテンポのクリスマスソング。浮かれた音楽に調子を合わせるように、2人は屋台の並ぶ方へと歩いて行く。
見開いていた目を伏せて深呼吸。爪先で拍子を取り、手首を揺らしてベルの動きを思い出す。
星野は覚えた音と動きを繰り返しながら、舞台袖に向かった。
楽譜を借りたいという申し出には訝しむ様子が見られたが、曲を届けたいと、星野の鬼気迫る様子と事情の説明に、何とか1冊貸し出された。
礼の言葉ももそこそこに来た時よりも急いで帰りながら、頭の中で旋律を繰り返す。
「ケンちゃんダッキー、人が来たら愛想振り撒いてここに怒り心頭な人がそのままこないようにして下さいねぇ?」
コンフォートに戻ると、締めきられた寝室の窓の前で持参したハンドベルを広げる。見てきた通りの順に並べ楽譜を追って鳴らす順を確認する。
和音には手が足りないが、メロディを辿るだけならどうにかなりそうだ。
耳は遠くなっても、音の記憶はいつまでも残るものらしい。祈りを込めるように最初のベルの白い柄に手を掛けて、金色の鐘の鳴る荘厳な音を響かせた。
リアリュールとマキナは演奏を終えた少女達の様子を見に舞台袖へ。
見覚えのある顔ぶれに薬屋の娘が、来てくれたのと嬉しげに深く頭を下げた。
「こちらこそ、久しぶりに会えて嬉しいわ。演奏も素敵だったよ」
リアリュールの言葉に娘ははにかんで目を伏せる。
その目が誰かを探すように揺れた。
「モニカさんがこちらに来ることができなかったので……その代わりに」
マキナが答えるように言うと、察したように頷いた。
「こういう場所は……ご自身が楽しむことが一番だと思います」
その気持ちは伝わってくるからと、今し方の澄んだ音を思い出す様に囁く。
「……頑張って下さいね」
次の演奏も。マキナがそう言うと、リアリュールも頷いて、そっと手を伸べる。
次と、その次も。最後まで聴いているから。
溌剌とした返事して、娘は少女達の輪に戻っていった。
「――少しでも、緊張が解れると良いわね」
「……はい」
2人も屋台の方へと足を運ぶ。
終わった頃に、彼女達へも何か差し入れようかと喋りながら。
●
ステージではサックスが拍手に迎えられ、軽快なジャズが演奏され、温かな湯気と芳ばしい匂いの広がる広場は昼食時だ。
ステージの袖では飛び入り参加の受付が始まっているらしく、数人が待機していた。
それを静かに見詰めていた雪都は、何度も俯きそうになる顔を上げて唇を噛む。
「……ノワ」
躊躇いを押して発した声は震えていた。
土産物や季節のモチーフが装飾されたアクセサリーが並ぶテーブル。一つ一つ検分するように見詰めては戻す作業を繰り返していたノワは、気に入る品も、惹かれる鉱石も見付からなかったらしく、見ていたペンダントを置くとすぐに雪都へ視線を向けた。
「何ですか?」
「巻き込むよ。……後で謝るから」
「え? え?」
慌てるノワの手を引いてステージへ走る。
「飛び入りですか?――私も?」
ピアノの置かれた壇上へ。
「傍に、いてもらえないか?」
所在なく見回すノワは、緊張にぐっと握り締めた手を解くと掌をそっと雪都に示す。
手拍子かマラカスで良ければ、と。
眉を下げて不器用に笑いながら雪都は鍵に指をおく。ノワの刻む拍子に合わせて軽快なメロディが広場に響いた。
拍手と歓声に見送られてステージを下りた2人をマキナが迎える。
素敵な演奏だったと差し出された写真には、穏やかな表情で奏でる雪都と、楽しそうに手を叩くノワが写っていた。
「……お昼時でしたので、どうぞ」
マキナは温かいコーヒーとサンドイッチを渡すと、ステージ脇のプログラムを見る。
もうすぐハンドベルの演奏が始まる。
「ありがとうございます――私も、写真を撮っていきたいと思っているんですよ」
音は無理でも、彼女達の姿を写真なら届けられると、ノワもステージを見る。
「では、僕は……」
彼女達の記念になる写真を。と、カメラを構えた。
●
何か温かそうな物を買って行こうと、リアリュールは並べられた品々を眺めて歩く。
サンタクロースに扮して広場を回っていた面々も昼頃から店番に戻っている。
「わ! また会えたわ! それにしても、サンタさんってこんなに沢山来てて、本番の準備とか大丈夫なのかしら?」
悩みながら膝掛けを選ぶ傍らで、カリアナのはしゃぐ声を聞いた。
そういえば仮装をすると聞いていたと、振り返り見回すと、赤いワンピースのノワも雪都と屋台を回っているようだった。
日が傾き掛けたからだろうか、吹き抜けていく風がひどく冷たく感じる。
「温かそうな柄がいいわね……」
膝掛けとマフラーを手に取りながら呟いた。
仮装をした店員から求めたミルクティを手にカリアナももう暫く会場を巡る。
直立する着ぐるみのトナカイと擦れ違っては繁々と見詰め、季節の挨拶に上擦った声で返したり、姉たちを思いだしては、今日出会ったサンタクロース達のことを自慢しようと楽しげに笑う。
「ラピスラズリにターコイズ、タンザナイト……」
ベルの音に耳を澄ませてノワが挙げる石の名前を聞く。
ターコイズの自由な青、タンザナイトの繊細な紫。そして、すぐ傍に迫る夜空のようなラピスラズリ。
音色に浮かぶ冬の石はどれも鮮やかに美しい。
「良い写真は撮れた?」
2人で選んだ土産は、親子トナカイの縫いぐるみ。
そして沢山の写真。
最後の演奏を聴きながら、帰り始める人々を眺める。
「……夢、みたいだったわ……本物のサンタさん達に会っちゃった」
帰途に就くサンタクロース達を見送りながら、カリアナも2人に合流する。
演奏が終わって、差し入れと写真を届けに向かったリアリュールとマキナが戻ると、5人はコンフォートへ向かった。
●
リアリュールとマキナから、差し入れを渡した少女達の嬉しそうな言葉が伝えられる。カリアナも賑わいの熱が冷め遣らず、土産を抱えてコンフォートへ向かうハンター達の足取りは軽い。
日の暮れに呼ばれた医者が帰る頃には手許が暗く、広げた楽譜にも影が落ちる。
演奏を止めた星野は、聞こえただろうかと壁に凭れて様子を覗う。
「――会うのは1年ぶりくらいね、ピノくんはおしゃべりも増えただろうし……」
懐かしそうに話すリアリュールの声が途切れ、ノックの音が響いた。
灯りは付いているが、誰かが出てくる様子は無い。
ドアに手を掛けると簡単に開き、その隙間から幼い子供の泣き声が響いてきた。
何かあったのかとマキナが数歩進んで奥を覗うと、かたん、と小さな音が聞こえた。
泣きわめく弟を抱えたモニカが、濡れた頬を拭いながら赤い目で出迎えた。
「エーレンフリートさん……」
言葉が喉に詰まって声が掠れる。赤い瞳を瞠って唇を震わせた。
モニカが首を横に揺らすと、カリアナはふらつくように、蹈鞴を踏んで、ドアを押し開けると寒空の下へ飛び出していく。
リアリュールは静かな声で何か出来ることはあるかと尋ねた。
「モニカさん……ここの常識詳しくないけどぉ、何でもお手伝いしますよぅ? 教えて下さいぃ」
庭から戻った星野も尋ねるが、モニカは自分も詳しくないからと首を横に揺らした。
明日、聞きに行くつもり、今夜は祖父の傍にいたいと言う。
「邪魔で無ければ一緒にいてもいいかしら?」
1人では辛いだろうからとリアリュールが尋ねると、眦の涙を拭ってモニカは頷く。
「ありがとう、1人だと涙が止まらなくて、……私が泣くと、ピノも泣いちゃって困ってたの」
「あまり我慢なさらないでください……今だけは「お姉ちゃん」でいなくてもいいと思います」
寝室へとハンター達を招き、覚束ない足取りで茶を煎れに向かおうとするモニカを座らせてマキナが言う。
弟も見ていようかと申し出ると、それはだめだと声を荒く、掻き抱く様に抱き締めてそれを拒んだ。モニカはすぐに我に返った様に、大丈夫だと笑みを取り繕うが、そのひどく動転した様子にマキナの指は震えた。
冬の高い空には星が瞬き、凍て付いたように白い月が浮かんでいる。
白い息を弾ませて暗い道を走る。
止め処なく頬に伝う涙が冷えて、目の奥だけが痛む程に熱い。
足を止めたら声を上げて泣いてしまいそう。
嗚咽を噛み殺して只管走った。
息が切れてきた頃に、閉店間際の花屋に着いた。
縫いぐるみは枕元、膝掛けは祖父の手許に。マフラーは弟のベッドの側に置いて。
土産の一つ一つに礼を言いながら、写真を広げて、今日の思い出を語らう。
その中で雪都がぽつりと躊躇うように、自身の過去を零した。
誰かと似た容姿の所為で期待され憎悪され、人目を避けていた日々を。
「……ステージで、ピアノを弾いたんだ。少しは、変われたかな。いい経験になったと思う……あ、いや、ありがとう」
祖父と弟と聞きに行きたかったと、強張っていたモニカの表情が僅かに和らぐ。
聞いて欲しかったとノワも頷いた。
星野は彼の眠っているような顔を見詰める。
いい夢を贈ることは出来ただろうか、その答えを聞くことはもう出来ない。インクを滲ませてしまった楽譜は落ち付いてから返しに行って謝ろうと抱え直した。
マキナがベッドの傍の椅子に掛ける。瞼を伏せると自身の祖父の面差しが浮かんでくる。
瞬くと、落ち着いたように見えて時折涙を拭ったり、言葉を詰まらせているモニカが目に入った。
それはきっと、いつか自分の姿になるのだろうか。ひりつくように痛む胸を押さえて、祈る。
どうか。どうか、安らかに。
ドアの音が聞こえた。誰かが見ていた暖炉の薪がはぜる。
引き摺る様な足音を立てて部屋に戻ってきたカリアナは、冷えて赤い頬を拭って白い花ばかりの花束を枕元に置く。
ベッドの横で座り込むと、皺だらけの手を小さな手で包む様に握った。
「……おねーさんと一緒にいるといいな……ねぇ……」
嗚咽の混じる涙声で囁く様にそっと告げた。
部屋の火は、その夜は一晩中灯されていた。
差し出されたフライヤーを一瞥し、星野 ハナ(ka5852)はモニカの顔を覗き込むように首を傾がせる。
「……行けない理由を伺ってもいいですぅ?」
友達の晴れ舞台なら自分で行きたいだろうと尋ねると、モニカは少し困ったように、祖父の看病だと頷いた。
「エーレンフリートさんは……容態が悪化されていたんですね……」
彼の優しい微笑みを見たのはいつだっただろうかとマキナ・バベッジ(ka4302)が瞬く。
モニカがフライヤーの名前を示し、彼女には祖父の薬でお世話になっていたと言うと、沈む空気を切り替えるように顔を上げた。
「分かりました。モニカさんの分まで楽しんできますね」
ノワ(ka3572)も雪都(ka6604)の傍らでひらりと手を上げる。
「モニカさんの代わりにしっかりと演奏を聴いてきますね」
リアリュール(ka2003)がフライヤーを手許に、プログラムを見詰めると、見覚えのある名前に穏やかに頷く。
カリアナ・ノート(ka3733)もいってきますと笑顔を向けた。
昇り掛けた白い朝日の眩しい中、ハンター達は会場の広場へ向かう。
●
白い息を弾ませて、星野は煉瓦の道を全力で。
屋台もまだ疎らな頃に到着すると、ステージには既にベルを乗せたテーブルが並んで、程なく緊張した面持ちの少女達が順番に昇ってきた。
早起きの子ども達や、コートを着込んで凍える客達がちらほらと広場に集まり掛けた頃、最初の音が澄み切った冬の朝を射止めるように響いた。
星野は、広場の中央で、息も整えずにじっとその演奏を見詰めている。
耳を澄ませ、ベルを鳴らす手の動きを覚える様に手を揺らしながら。
「――始まる前に、声を掛けたかった、ですが……」
緩やかに奏でられた音階が次第に曲に移っていく。ステージを見詰めてマキナが呟いた。
聞き覚えのある童謡に、子ども達は口ずさんでいる。
ステージを見れば、見覚えのある娘は華やかに着飾って、真剣な面持ちでベルを鳴らしていた。
そのベルが滑らかに1つの音を連ねながら、重なる音を待って次の曲に繋がると、曲のテンポが上がり、楽しげなメロディで広場を満たしていく
ステージから溢れてくるクリスマスソングの旋律を辿りながら、リアリュールとカリアナも広場に着いた。
その頃には赤い衣装の老人がトレイにタンブラーを並べて、来訪者の間を回り始めていた。
「ありがとう、頂くわ」
湯気の昇るミルクティーを受け取ったリアリュールはステージの見える場所まで進む。
演奏が終わったら声を掛けに行こうと指を温めながら甘いミルクティーを一口。掲示されたプログラムを見るかぎり、時間はたっぷり有りそうだ。
カリアナにもドリンクが差し出されていたが、それを受け取る前に右手を差し出した。
「あ、あの、あのね。えっと、あ、握手をして、くれませんか?」
緊張に笑顔が強張り、思わず目を瞑って、声が跳ねて途切れ、言い直そうと吸い込む空気はひりつく程に冷たい。
真っ直ぐに差し出したつもりの手も小刻みに震えている。
赤い衣装に付けひげをした初老の男は、不意の申し出にぱちくりと瞬いた。
眦に皺を刻んで柔和にその目を細め、厚い手袋をつけた手でカリアナの小さな手を取ると、ようこそと歓迎の言葉に、髭に籠もった独特の笑い声を添えた。
タンブラーを渡すと、それ以上は何も言わずに去っていく彼を目で追うと、同じ装いの老人をあちこちに見付けた。
「え、えっ! ……サンタさんだ。……サンタさんが……こんなに沢山? 夢?」
タンブラーを片手に、握手の感触の残る手を見詰め、頬を紅潮させる。
握った手の実感とどこを見ても目に入る赤い衣装に青い瞳をきらきらと輝かせ、わっと感嘆の声を上げながら相好を崩した。
最後の曲に移る頃には、広場も大分賑やかになって、屋台にも人が集まり始めていた。
楽しい曲ですね、とノワが赤いワンピースの裾を翻す。
足取りの弾む広場を歩く度に、帽子の白い飾りが揺れた。
ハンドベルの和音が連なり、演奏する少女達が視線を交わして息を合わせる。
曲のラストに一斉に響き渡ったベルに合わせて、ノワがくるりと踊るようなターンで雪都に向かう。
眼前に伸ばされた腕の先、指に薬瓶を2つ挟んで差し出すように揺らして見せた。
「サンタノワ! いい子には特製のお薬をプレゼント! どっちがいいですか?」
どうですか、と緑の瞳がにこりと笑った。
穏やかな茶色の双眸はそれを見詰めて細く、ゆっくりと広場を見回すと、深く吸い込んで吐いた白い息が流れていく。
ここで薬が必要になる事態は起きそうに無い。
「鉱石を探したいんだったか? 付き合うよ」
「はい! 掘り出し物の鉱石のお店があったらいいなあと思っています」
ハンドベルのテーブルが片付いたステージには、次の出演者が並んで歌を披露している。
アップテンポのクリスマスソング。浮かれた音楽に調子を合わせるように、2人は屋台の並ぶ方へと歩いて行く。
見開いていた目を伏せて深呼吸。爪先で拍子を取り、手首を揺らしてベルの動きを思い出す。
星野は覚えた音と動きを繰り返しながら、舞台袖に向かった。
楽譜を借りたいという申し出には訝しむ様子が見られたが、曲を届けたいと、星野の鬼気迫る様子と事情の説明に、何とか1冊貸し出された。
礼の言葉ももそこそこに来た時よりも急いで帰りながら、頭の中で旋律を繰り返す。
「ケンちゃんダッキー、人が来たら愛想振り撒いてここに怒り心頭な人がそのままこないようにして下さいねぇ?」
コンフォートに戻ると、締めきられた寝室の窓の前で持参したハンドベルを広げる。見てきた通りの順に並べ楽譜を追って鳴らす順を確認する。
和音には手が足りないが、メロディを辿るだけならどうにかなりそうだ。
耳は遠くなっても、音の記憶はいつまでも残るものらしい。祈りを込めるように最初のベルの白い柄に手を掛けて、金色の鐘の鳴る荘厳な音を響かせた。
リアリュールとマキナは演奏を終えた少女達の様子を見に舞台袖へ。
見覚えのある顔ぶれに薬屋の娘が、来てくれたのと嬉しげに深く頭を下げた。
「こちらこそ、久しぶりに会えて嬉しいわ。演奏も素敵だったよ」
リアリュールの言葉に娘ははにかんで目を伏せる。
その目が誰かを探すように揺れた。
「モニカさんがこちらに来ることができなかったので……その代わりに」
マキナが答えるように言うと、察したように頷いた。
「こういう場所は……ご自身が楽しむことが一番だと思います」
その気持ちは伝わってくるからと、今し方の澄んだ音を思い出す様に囁く。
「……頑張って下さいね」
次の演奏も。マキナがそう言うと、リアリュールも頷いて、そっと手を伸べる。
次と、その次も。最後まで聴いているから。
溌剌とした返事して、娘は少女達の輪に戻っていった。
「――少しでも、緊張が解れると良いわね」
「……はい」
2人も屋台の方へと足を運ぶ。
終わった頃に、彼女達へも何か差し入れようかと喋りながら。
●
ステージではサックスが拍手に迎えられ、軽快なジャズが演奏され、温かな湯気と芳ばしい匂いの広がる広場は昼食時だ。
ステージの袖では飛び入り参加の受付が始まっているらしく、数人が待機していた。
それを静かに見詰めていた雪都は、何度も俯きそうになる顔を上げて唇を噛む。
「……ノワ」
躊躇いを押して発した声は震えていた。
土産物や季節のモチーフが装飾されたアクセサリーが並ぶテーブル。一つ一つ検分するように見詰めては戻す作業を繰り返していたノワは、気に入る品も、惹かれる鉱石も見付からなかったらしく、見ていたペンダントを置くとすぐに雪都へ視線を向けた。
「何ですか?」
「巻き込むよ。……後で謝るから」
「え? え?」
慌てるノワの手を引いてステージへ走る。
「飛び入りですか?――私も?」
ピアノの置かれた壇上へ。
「傍に、いてもらえないか?」
所在なく見回すノワは、緊張にぐっと握り締めた手を解くと掌をそっと雪都に示す。
手拍子かマラカスで良ければ、と。
眉を下げて不器用に笑いながら雪都は鍵に指をおく。ノワの刻む拍子に合わせて軽快なメロディが広場に響いた。
拍手と歓声に見送られてステージを下りた2人をマキナが迎える。
素敵な演奏だったと差し出された写真には、穏やかな表情で奏でる雪都と、楽しそうに手を叩くノワが写っていた。
「……お昼時でしたので、どうぞ」
マキナは温かいコーヒーとサンドイッチを渡すと、ステージ脇のプログラムを見る。
もうすぐハンドベルの演奏が始まる。
「ありがとうございます――私も、写真を撮っていきたいと思っているんですよ」
音は無理でも、彼女達の姿を写真なら届けられると、ノワもステージを見る。
「では、僕は……」
彼女達の記念になる写真を。と、カメラを構えた。
●
何か温かそうな物を買って行こうと、リアリュールは並べられた品々を眺めて歩く。
サンタクロースに扮して広場を回っていた面々も昼頃から店番に戻っている。
「わ! また会えたわ! それにしても、サンタさんってこんなに沢山来てて、本番の準備とか大丈夫なのかしら?」
悩みながら膝掛けを選ぶ傍らで、カリアナのはしゃぐ声を聞いた。
そういえば仮装をすると聞いていたと、振り返り見回すと、赤いワンピースのノワも雪都と屋台を回っているようだった。
日が傾き掛けたからだろうか、吹き抜けていく風がひどく冷たく感じる。
「温かそうな柄がいいわね……」
膝掛けとマフラーを手に取りながら呟いた。
仮装をした店員から求めたミルクティを手にカリアナももう暫く会場を巡る。
直立する着ぐるみのトナカイと擦れ違っては繁々と見詰め、季節の挨拶に上擦った声で返したり、姉たちを思いだしては、今日出会ったサンタクロース達のことを自慢しようと楽しげに笑う。
「ラピスラズリにターコイズ、タンザナイト……」
ベルの音に耳を澄ませてノワが挙げる石の名前を聞く。
ターコイズの自由な青、タンザナイトの繊細な紫。そして、すぐ傍に迫る夜空のようなラピスラズリ。
音色に浮かぶ冬の石はどれも鮮やかに美しい。
「良い写真は撮れた?」
2人で選んだ土産は、親子トナカイの縫いぐるみ。
そして沢山の写真。
最後の演奏を聴きながら、帰り始める人々を眺める。
「……夢、みたいだったわ……本物のサンタさん達に会っちゃった」
帰途に就くサンタクロース達を見送りながら、カリアナも2人に合流する。
演奏が終わって、差し入れと写真を届けに向かったリアリュールとマキナが戻ると、5人はコンフォートへ向かった。
●
リアリュールとマキナから、差し入れを渡した少女達の嬉しそうな言葉が伝えられる。カリアナも賑わいの熱が冷め遣らず、土産を抱えてコンフォートへ向かうハンター達の足取りは軽い。
日の暮れに呼ばれた医者が帰る頃には手許が暗く、広げた楽譜にも影が落ちる。
演奏を止めた星野は、聞こえただろうかと壁に凭れて様子を覗う。
「――会うのは1年ぶりくらいね、ピノくんはおしゃべりも増えただろうし……」
懐かしそうに話すリアリュールの声が途切れ、ノックの音が響いた。
灯りは付いているが、誰かが出てくる様子は無い。
ドアに手を掛けると簡単に開き、その隙間から幼い子供の泣き声が響いてきた。
何かあったのかとマキナが数歩進んで奥を覗うと、かたん、と小さな音が聞こえた。
泣きわめく弟を抱えたモニカが、濡れた頬を拭いながら赤い目で出迎えた。
「エーレンフリートさん……」
言葉が喉に詰まって声が掠れる。赤い瞳を瞠って唇を震わせた。
モニカが首を横に揺らすと、カリアナはふらつくように、蹈鞴を踏んで、ドアを押し開けると寒空の下へ飛び出していく。
リアリュールは静かな声で何か出来ることはあるかと尋ねた。
「モニカさん……ここの常識詳しくないけどぉ、何でもお手伝いしますよぅ? 教えて下さいぃ」
庭から戻った星野も尋ねるが、モニカは自分も詳しくないからと首を横に揺らした。
明日、聞きに行くつもり、今夜は祖父の傍にいたいと言う。
「邪魔で無ければ一緒にいてもいいかしら?」
1人では辛いだろうからとリアリュールが尋ねると、眦の涙を拭ってモニカは頷く。
「ありがとう、1人だと涙が止まらなくて、……私が泣くと、ピノも泣いちゃって困ってたの」
「あまり我慢なさらないでください……今だけは「お姉ちゃん」でいなくてもいいと思います」
寝室へとハンター達を招き、覚束ない足取りで茶を煎れに向かおうとするモニカを座らせてマキナが言う。
弟も見ていようかと申し出ると、それはだめだと声を荒く、掻き抱く様に抱き締めてそれを拒んだ。モニカはすぐに我に返った様に、大丈夫だと笑みを取り繕うが、そのひどく動転した様子にマキナの指は震えた。
冬の高い空には星が瞬き、凍て付いたように白い月が浮かんでいる。
白い息を弾ませて暗い道を走る。
止め処なく頬に伝う涙が冷えて、目の奥だけが痛む程に熱い。
足を止めたら声を上げて泣いてしまいそう。
嗚咽を噛み殺して只管走った。
息が切れてきた頃に、閉店間際の花屋に着いた。
縫いぐるみは枕元、膝掛けは祖父の手許に。マフラーは弟のベッドの側に置いて。
土産の一つ一つに礼を言いながら、写真を広げて、今日の思い出を語らう。
その中で雪都がぽつりと躊躇うように、自身の過去を零した。
誰かと似た容姿の所為で期待され憎悪され、人目を避けていた日々を。
「……ステージで、ピアノを弾いたんだ。少しは、変われたかな。いい経験になったと思う……あ、いや、ありがとう」
祖父と弟と聞きに行きたかったと、強張っていたモニカの表情が僅かに和らぐ。
聞いて欲しかったとノワも頷いた。
星野は彼の眠っているような顔を見詰める。
いい夢を贈ることは出来ただろうか、その答えを聞くことはもう出来ない。インクを滲ませてしまった楽譜は落ち付いてから返しに行って謝ろうと抱え直した。
マキナがベッドの傍の椅子に掛ける。瞼を伏せると自身の祖父の面差しが浮かんでくる。
瞬くと、落ち着いたように見えて時折涙を拭ったり、言葉を詰まらせているモニカが目に入った。
それはきっと、いつか自分の姿になるのだろうか。ひりつくように痛む胸を押さえて、祈る。
どうか。どうか、安らかに。
ドアの音が聞こえた。誰かが見ていた暖炉の薪がはぜる。
引き摺る様な足音を立てて部屋に戻ってきたカリアナは、冷えて赤い頬を拭って白い花ばかりの花束を枕元に置く。
ベッドの横で座り込むと、皺だらけの手を小さな手で包む様に握った。
「……おねーさんと一緒にいるといいな……ねぇ……」
嗚咽の混じる涙声で囁く様にそっと告げた。
部屋の火は、その夜は一晩中灯されていた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/04 19:05:12 |
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相談スレッド 星野 ハナ(ka5852) 人間(リアルブルー)|24才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2016/12/08 07:30:37 |