愛好者が数百万人にのぼるとされる吹奏楽。全国のアマチュア楽団のなかで抜群の知名度を誇るのが「ブリヂストン吹奏楽団久留米」だ。特徴は、団員がすべてタイヤ製造に携わる正社員であるということ。どうやって仕事と音楽活動を両立させているのだろうか。
タイヤほど地味なものはないと思っていた。
黒い。丸い。ゴムのかたまり。
恥ずかしながら、そんな印象しかなかった。記者は「クルマ離れする若者」の一人。たまにレンタカーのハンドルを握っても、タイヤの存在を意識したことはなかった。だから数年前、タイヤ業界の担当になったときには「どんな記事が書けるだろう」と戸惑った。
だが、取材を始めてみると、地味だからこその面白さに気づくことになる。黒くて丸い、ゴムのかたまりだけのように見えるタイヤも、たとえば表面の溝の形状をほんのすこし変えるだけで走行ノイズが減る。ゴムの配合の工夫次第で、タイヤ内部に発生する摩擦熱が減り、結果としてクルマの燃費性能が向上する。
もちろん技術開発だけではない。日本には世界トップ10にランクインするタイヤメーカーが3社もある。この業界は、経営や事業展開でも話題に事欠かない。
なかでも8年連続の世界シェア1位を誇るブリヂストンは頻繁に取材した。アジアの中堅メーカーにすぎなかった同社が1988年、背水の陣で米ファイアストンを買収したエピソード。事業展開だけでなく、ガバナンス体制もグローバル標準をめざしてきた経緯。業界外の素人なりに自由に取材し、執筆させてもらった。
吹奏楽でも断トツ
ただし、ひとつだけ心残りがあった。
記者は吹奏楽オタクだった。高校でコントラバスを弾き始め、コンクール入賞を目指して土日も休まず練習した。そんな記者にとって、ブリヂストンはレジェンド的な存在。というのも、九州で活動する「ブリヂストン吹奏楽団久留米」はコンクールの全国大会で金賞の常連。高校時代、「演奏の参考に」と仲間とCDを貸し借りすると、そこには必ずといっていいほどブリヂストンの演奏が収録されていた。岩手県大会での金賞受賞に部活仲間と涙した記者にとって、その上の上で輝くブリヂストンは、タイヤ以上に「吹奏楽の会社」だったのだ。
「いつかは吹奏楽団を取材してみたい」。そうは思っていたものの、記者はこの春タイヤ業界の担当から外れることになる。ブリヂストンについて記事を書く機会は減り、元・吹奏楽オタクの夢はついえた。