田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)
報道によれば、エコノミストの高橋乗宣氏と浜矩子氏の毎年恒例、日本経済の一年を守ってくれる「経済危機予測」シリーズが今年は出ないという。非常な危機感を意味もなく抱いてしまう(笑)。
本来、人間とはすべて合理的にモノゴトを考える動物ともいえず、なんらかしらのバイアス(偏見)を抱懐しているのが通例である。とはいえ、経済合理性の強さもまた歴然としていて、要はその合理と非合理のバランスをどうみていくかが、経済に限らず人間の集団的行動の推移を理解するうえでのキーポイントといえるのかもしれない。
高橋氏&浜氏の「経済危機予測」シリーズが刊行されなかった2008年のリーマン・ショックのような世界的な経済危機は起きなかったが、それでも世界経済は「不連続変化」とでもいっていい出来事に見舞われた。
特に今年は、イギリスの国民投票でのEU離脱支持や、トランプ大統領の誕生など、事前の世論調査では予測できなかったような出来事が生じ、それによって経済も思いがけない衝撃をうけた。特にトランプ氏の大統領当選は、世界経済の光景を一変させてしまったといえるだろう。
日本でも日経平均株価は急騰し、ひと月ほどでそれまでのトレンドから10数パーセント上昇、またドル円レートも14円以上の円安になった。これらの事象は日本経済には明らかにプラスに作用するだろう。また外交面ではロシアとの関係のクールダウンが生じてしまうなど、安倍政権にも政治的「誤算」が生じている。
2015年から本格化していた世界経済の動乱ともいえる事象の根源には、アメリカの経済政策が事実上「失敗」していることが原因ではないか、と指摘されてきた。例えば、エコノミストの片岡剛士氏やG・エガートソン教授(ブラウン大学)はその代表的な論客だった。
アメリカ経済が実はそれほど回復していないにもかかわらず、財政政策は議会の反対によって膠着状況が続き、また金融政策は金利引き上げのタイミングを逃し続けていた。世界経済の人、モノ、情報、そしてお金の流れの根幹を担うのは、いまだアメリカ経済であり続けている。このアメリカの経済「覇権」の裏返しで、その経済政策が方向性を見失うことが、世界経済のリスクを増大させてきた。