田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 報道によれば、エコノミストの高橋乗宣氏と浜矩子氏の毎年恒例、日本経済の一年を守ってくれる「経済危機予測」シリーズが今年は出ないという。非常な危機感を意味もなく抱いてしまう(笑)。

 本来、人間とはすべて合理的にモノゴトを考える動物ともいえず、なんらかしらのバイアス(偏見)を抱懐しているのが通例である。とはいえ、経済合理性の強さもまた歴然としていて、要はその合理と非合理のバランスをどうみていくかが、経済に限らず人間の集団的行動の推移を理解するうえでのキーポイントといえるのかもしれない。

 高橋氏&浜氏の「経済危機予測」シリーズが刊行されなかった2008年のリーマン・ショックのような世界的な経済危機は起きなかったが、それでも世界経済は「不連続変化」とでもいっていい出来事に見舞われた。
ウィスコンシン州で開かれた感謝集会で演説するトランプ米次期大統領=12月13日(ロイター)
ウィスコンシン州で開かれた感謝集会で演説するトランプ米次期大統領=12月13日(ロイター)
 特に今年は、イギリスの国民投票でのEU離脱支持や、トランプ大統領の誕生など、事前の世論調査では予測できなかったような出来事が生じ、それによって経済も思いがけない衝撃をうけた。特にトランプ氏の大統領当選は、世界経済の光景を一変させてしまったといえるだろう。

 日本でも日経平均株価は急騰し、ひと月ほどでそれまでのトレンドから10数パーセント上昇、またドル円レートも14円以上の円安になった。これらの事象は日本経済には明らかにプラスに作用するだろう。また外交面ではロシアとの関係のクールダウンが生じてしまうなど、安倍政権にも政治的「誤算」が生じている。

 2015年から本格化していた世界経済の動乱ともいえる事象の根源には、アメリカの経済政策が事実上「失敗」していることが原因ではないか、と指摘されてきた。例えば、エコノミストの片岡剛士氏やG・エガートソン教授(ブラウン大学)はその代表的な論客だった。

 アメリカ経済が実はそれほど回復していないにもかかわらず、財政政策は議会の反対によって膠着状況が続き、また金融政策は金利引き上げのタイミングを逃し続けていた。世界経済の人、モノ、情報、そしてお金の流れの根幹を担うのは、いまだアメリカ経済であり続けている。このアメリカの経済「覇権」の裏返しで、その経済政策が方向性を見失うことが、世界経済のリスクを増大させてきた。