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スポーツのビッグイベントの開催や新しい商業施設のオープンなどのニュースが報じられる際、その「経済効果」についての試算に関するニュースも付随してよく聞かれます。最近ではご当地キャラクターが地元にもたらした経済効果の試算もなされているようです。今回は、これまでに各所で試算された「経済効果」を紹介しつつ、その効果の正体について分析します。

【第6回】風が吹いたとき桶屋が儲かる金額はいくら?「経済効果」のナゾ

【そもそも「経済効果」って何?】

6月13日にFIFAワールドカップが開幕しました。このような大きなスポーツイベントがあると、その経済効果がいくらであるかという報道がよくなされます。ブラジルスポーツ省の調査によれば、今回のワールドカップの経済効果は2010年から2014年の累計で約8兆円と試算されています。またイベントだけではなく、キャラクターや新しい商業施設に対しても、その経済効果が計算されています。

発表される額がとても大きいですし、自身の経済活動に直接関わりがなければ、実感することが難しいこの「経済効果」とは一体何なのでしょうか。

本来は厳密な定義があるのですが、簡単に言ってしまえば、「それを行うことで(もしくはそれが生まれたことで)動くお金の総額」ということになります。なおマスコミが報道する「経済効果」は厳密に言えば「生産誘発額」と定義される金額になります。

ここでは「ラーメンの経済効果」を例に取り上げます。1杯500円のラーメンを売るという経済行動に対して誘発される生産活動を列挙していきます。ラーメンを作るためには、麺とスープが必要となりますが、1杯500円のラーメンに対して、麺に100円、スープの原料となる豚骨に200円がかかっているとします。さらに100円の麺に対して、原料の小麦に50円かかり、200円の豚骨の元となる豚に195円かかっているとします。このときラーメン1杯を販売するために動いたお金は、
500+100+200+50+195=1045円
となり、これがラーメン1杯を売ったときの「経済効果」となるのです。

ちなみにラーメンに対して支払われる500円を「直接効果」、ラーメンを製造するために誘発される生産額300円(麺100円、豚骨200円)やその原料を製造するために誘発される生産額245円(小麦50円、豚195円)を「波及効果」と呼びます。
「直接効果」と「波及効果」の合計を「経済効果」として発表しているのです。(脚注1)

さまざまな産業の経済活動を行うにあたって、どれだけのお金をどの産業に注ぎ込み、またどの産業にどれだけ販売したかというデータを総務省や各自治体が調査し、それを「産業連関表」とよばれる一覧表にまとめています。生産誘発額はこの表の数値を「行列」(ラーメン屋の前にできる行列ではなく、数学(線形代数)で用いられる方)として演算し、求められます。

(日本の産業連関表は、総務省のサイト からダウンロード可能です)

さて、「500円のラーメンの経済効果が1045円」と聞かされて、みなさんはどのようにお感じになられるのでしょうか。1045−500=545円をラーメン屋さんが儲けているわけではないことは自明でしょうから、そう考えるとあまりピンとこないというのが正直なところでしょう。

というのも、1045円にはラーメンの価格500円、麺の価格100円、小麦の価格50円が含まれているため、小麦部分が3重に加算されていることになります。つまり生産額が「新たな経済価値の生産額」を如実に示しているわけではないことがわかります。

実際に儲かっている部分は、ラーメン屋においては 500−(100+200)=200円、製麺所は100−50=50円、精肉屋は200−195=5円ということになります。この合計255円がラーメンを売ることで生じる「付加価値」となります。(脚注2)

つまり「新たな経済価値を生み出した」という意味での「経済効果」を見るときは「粗付加価値誘発額」で検討する必要があるのです。

【そもそも「経済効果」って何?】

2020年に東京でオリンピックが開催されます。1964年以来、56年ぶりに開催されるこのビッグイベントに関しても、各所がその経済効果を試算しています。

同じイベントでなぜこのような差が生まれるでしょうか。それは、都の試算が選手村、新国立競技場などの五輪関連施設への整備費や、大会運営費などに限定して行われたのに対し、森記念財団では、

  • ●訪日外国人の増加や宿泊施設の建設増加などの大会開催に伴う直接的な需要の増加による効果
    (生産誘発額1兆3664億円 粗付加価値誘発額 6749億円)
  • ●交通インフラの整備など都市づくり事業の前倒し効果
    (生産誘発額2兆4428億円 粗付加価値誘発額 1兆1972億円)
  • ●新規産業の創出効果
    (生産誘発額5兆0780億円 粗付加価値誘発額 2兆7194億円)

に加え、「ドリーム効果」という五輪が開催されることで国民のテンションが上がり、それが消費行動の拡大につながるという効果に対して、7兆5042億円(粗付加価値誘発額3兆7220円)を都の試算に上乗せしています。

また大和証券投資戦略部による試算では社会インフラで55兆円、観光業で95兆円、計150兆円の経済効果(生産誘発額)が出ると、かなり強気に値踏みしています。

ただ、先に述べたように経済効果は「それを行うことで動くお金の総額」なので、都の試算はまだしも、他所の試算においては、五輪が開催されずとも(首都高速の再整備や、雇用問題などで)必要となる生産誘発額が多分に含まれていると感じます。つまり調査者のさじ加減ひとつで、効果の額は大きく変動するということです。

また経済効果はプラスに働く箇所だけを列挙して試算する傾向があります。「ドリーム効果」によって、五輪関連の消費が活性化するかもしれませんが、各家庭の収入の増加が見込めなければ、それ以外の消費行動が冷え込み、全体として景気に大きな変動が見込めません。これは経済評論家の門倉貴史氏が著書「本当は嘘つきな統計数字」の中で指摘されています。

そして、特に公共施設建設による経済効果が語られるときに欠如しているファクターは、一つに自治体が税金で負担する額に関するもの、さらに、イベント期間までではなく、イベント終了以降に見込める収益とその維持に関するものだと感じます。1998年に長野で開催された冬季オリンピックの例をみてみましょう。

オリンピック終了後の12月に長野県情報統計課が発表した経済効果では、長野県内での経済効果(生産誘発額)は2兆4548億円、粗付加価値誘発額が1兆2497億円となっています。つまりオリンピックを開催したことで長野県内に1兆円以上の「儲け」が出たと試算しているのです。確かに長野県に新幹線が開通し、高速道路や道路が整備されたことによって、流通業や観光業をはじめ長野県の産業に大きなメリットをもたらしたことは事実です。

しかし、大会運営費や関連施設費が当初の予算に比べてかなり膨大になってしまったようで、大会運営費は当初400億円の予算に対し、実際は1080億円ほどに達しました。また「新規の施設はなるべく作らない」とオリンピック招致での閣議決定がなされていたにもかかわらず、多くの新規施設が作られ、その費用は2000億に達したと言われています。またその施設が広域に渡り建設されたため、道路のインフラの整備にも2500億円が費やされたようです。その費用は県や市町村が負担しました。その結果、長野五輪開催が決定した1991年と比較すると、大会終了時には県の負債が1兆円も増加し、その後も施設の維持管理に多額のお金が費やされたようです。

都によるオリンピックの経済効果の額が少なめなのは、「税金負担の額を大きくみせないようにするため」という側面もあるようです。

 「景気は気から」という言葉があるように、経済効果の額を大きく発表することで、国民の経済活動に対する意欲を高揚させたいという気持ちはわかります。しかし労働によって付加させた価値に見合う賃金がしっかり支払われる労働環境整備についての研究にも注力していただければと感じます。

脚注1: 「直接効果」とは、新たに発生した消費によって、その需要をみたすために誘発された生産のことです。直接効果に伴う原材料などの購入によって誘発される生産額を「第1次波及効果」といい、直接効果と第1次波及効果を通じて発生した雇用者所得の内、新たな消費に費やされたことによって誘発される生産額を第2次波及効果といいます。
一般に「経済効果(生産誘発額)」は直接効果、第1次波及効果、第2次波及効果の合計額のことを指します。

脚注2:産業連関表において、各生産部門の生産額に対する粗付加価値の割合を「粗付加価値率」といいます。生産誘発額における各産業の金額にそれぞれの粗付加価値率を乗じ、それらを合計した金額を「粗付加価値誘発額」といいます。
『愛・地球博の経済効果に関する評価 報告書』(財団法人 2005年日本国際博覧会協会、株式会社UFJ総合研究所が2005年11月に発行) の中で、

わが国の分析事例では、生産誘発額を経済(波及)効果と呼ぶことが多い。ただし、「経済効果」という言葉で増加した正味の経済価値を意味したい場合は、生産誘発額では過大であり不適当である。なぜなら、生産誘発額は最終需要の増加によって派生した中間的な取引全部を含んでおり、原材料や部品といった中間財の価値分が幾度も重複して計上されているからである。(中略)したがって、「経済効果」という言葉で増加した正味の経済価値を表したい場合は、生産誘発額ではなく付加価値額を対象とし、両者を混同しないよう留意する必要がある。

と指摘しています。

鳥越 規央
鳥越氏の著書

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