やはり中国は南シナ海全域を支配しようと考えているのではないか。そんな疑いを招く事件がまた起きた。

 フィリピン・スービック湾から約90キロの沖合で米軍の無人潜水機を中国軍の艦船が捕獲し、米軍の返還要求を無視して持ち去った。米中間の協議で返されることになったが、周辺各国には緊張を強いられる数日間となった。

 世界的に重要な航路でもある南シナ海に対立を持ち込まないよう、強く望みたい。

 米海軍が無人潜水機を使っていたのは、潜水艦の運用に必要な水質などの調査のためとみられる。米側は「機密情報にはかかわらない」と説明するが、軍事目的にほかならない。ただ、米比両国は軍事同盟を結んでおり、この海域での米軍の活動は特異なこととは言えない。

 潜水機は米軍のものであることが明らかな状況で、しかも米軍の意向を無視して持ち去った行為が正当化できるだろうか。

 中国国防省の報道官は潜水機捕獲の理由を「往来する船舶の安全と人員の安全に危害をもたらすのを防ぐため」と説明した。同時に「米軍が長期にわたり中国の面前の海域で接近偵察と軍事測量を行っている」として、中止を強く求めた。

 しかし、今回の事件が起きたのは、中国からはるか遠く、フィリピン周辺の海域である。

 中国は、南シナ海の大半を囲むようにしてU字形の「9段線」を描き、この海域に優先的管轄権を有すると主張してきたが、今年7月にあったオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の判決で全面否定された。

 中国側の発言から透けて見えるのは、判決の論点に正面から触れるのを避けて別の議論を持ち出し、南シナ海全域における自国の権利にこだわる姿勢だ。

 南シナ海では、中国がスプラトリー(南沙)諸島で埋め立てた7カ所の岩礁に防空システムを配備したことが明らかになったばかりだ。これも海域の安全確保に逆行する動きとして憂慮される。

 特定の国の力による支配ではなく、各国が協調して海域の平和を維持する方向を目指さねばならない。中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)との間で懸案になっている南シナ海域での「行動規範」づくりを加速させることが第一歩となる。

 米国にも注文がある。対応次第では中国の反発をいたずらに強め、悪循環に陥りかねない。トランプ次期大統領には、対立をあおらぬよう、言動に指導者らしい冷静さを求める。