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サハリンガス開発 壮大で身近な話

私たちの日々の生活に欠かせない電気。その重要な燃料として使われているのがLNG=液化天然ガスです。今や国内の電気の40%以上がLNGを使って発電されています。ではそのLNG、どこから輸入していると思いますか?石油と同じで中東がほとんどでは、と思っている方、多いかもしれません。中東は30%と多いことは多いのですが、実は10%が北海道のすぐ北、ロシアのサハリンから輸入されていることは、あまり知られていません。サハリンでのLNG開発、日本の企業も深く関わっています。サハリンでの現地取材を通じて見えてきた、資源開発のこれまでと、現在進行中の交渉の舞台裏に迫りました。(経済部 吉田稔記者)

日ロ首脳会談でも話題 サハリンLNG開発

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12月16日。日ロ首脳会談にあわせて行われた日ロビジネス対話に出席した安倍総理大臣は、記者会見で次のように述べました。

「極東のLNGプロジェクトの拡張に向けた協力を行う」

この極東のLNGプロジェクトとは、サハリンで行われているLNGの製造設備を増設する計画を指します。日本とロシアの経済協力の重点項目の1つとして、サハリンでのLNG開発にスポットライトがあたったのです。

かつての樺太は今、経済発展

サハリンとはどんなところなのでしょう?

北海道のすぐ北、稚内からわずか43キロの距離にある島は、南北800キロ、面積は北海道と同じぐらいあります。戦前は南半分が南樺太と呼ばれ、日本の領土でした。

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旧豊原市内(今のユジノサハリンスク市内)の風景

この写真のように当時、多くの日本人が暮らし、町はにぎわっていたといいます。第2次世界大戦末期に当時のソビエト軍が侵攻。日本は1951年のサンフランシスコ平和条約ですべての権利を放棄し、その後、実質的にロシアが支配しています。

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現在、この島に暮らすのは約50万人。州都ユジノサハリンスクは人口約20万人程度の都市です。私は12月初旬に取材で訪れました。もっと寂れた町かと想像していましたが、いい意味で裏切られました。スーパーマーケットはきれいで、トマトやキュウリに加えて、以前は冬はほとんど手に入らなかったというレタスなどの葉物野菜も充実していました。道路も立派に舗装され、マンションや商業施設の建設が相次いでいます。町の郊外には広大な敷地に極東でも最大級というレジャープールまで建設されていました。その「原資」となっているのが、この島の北部の海底に眠る膨大な量の石油と天然ガスです。

サハリンで進む2つの開発プロジェクト

サハリンでは大きく分けて2つの開発プロジェクトがあります。サハリン1とサハリン2です。

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サハリン1にはアメリカの石油メジャー「エクソンモービル」やロシアの国営石油会社「ロスネフチ」、日本からは伊藤忠商事、丸紅といった大手商社や政府などが出資する官民会社「サハリン石油ガス開発(SODECO)」が参画しています。

また、サハリン2にはロシアの政府系ガス会社「ガスプロム」、石油メジャーの「ロイヤルダッチシェル」、そして日本の大手商社の三井物産、三菱商事が出資しています。

サハリン1とサハリン2は開発を競い合う、いってみればライバル関係でした。

サハリン2 日本に一番近いLNG基地

サハリン2は島の北部で採取した天然ガスを約800キロのパイプラインを使って南部まで輸送し、2つの巨大な液化設備でLNG=液化天然ガスに加工して、特殊なLNG船で出荷します。

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私は特別な許可をとってこの施設に立ち入りましたが、敷地面積は皇居の約半分に匹敵する4.2平方キロ。そこにある天然ガスをマイナス162度まで冷却するためにパイプをはりめぐらせた巨大設備や、LNGを保管するためのタンクを目の当たりにして、その規模に圧倒されました。また、私が訪れたときには専用の桟橋にちょうどLNG船が入港していました。LNG積載量は6万5000トン。これだけ巨大な船が週2~3回の頻度で入港し、日本をはじめとする東アジア市場に間断なくLNGを供給し続けているのです。

このLNG施設、実はロシア広しといえど、ここにしかなく、日本に最も近いLNG基地なのです。中東からLNGを船で運ぶと約20日、しかしサハリンからだと3日で着くというので、コストも時間もかけずに運ぶことができるというメリットがあります。

2009年から始まったLNG生産。今では年間約1000万トンを生産し、その7割が日本向け。冒頭説明したように日本のLNG需要の約10%をまかなっているのです。

天然ガスの売り先見つからない サハリン1

もう1つの資源プロジェクトがサハリン1です。2005年から原油の生産を開始し、翌年からは日本にも輸出しています。開発コストも比較的安く、この先、当面の間、日本の原油需要を支える資源として期待されています。

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一方、天然ガスについては、いまだ売り先が見つかっていません。原油と付随して出てくるガスの大半を海中に埋め戻しているという、なんとももったいない状況になっています。なぜ、こんなことになったのか。2000年ごろ、サハリン1はアメリカのエクソンモービルが主導する形で、パイプラインを使って北海道を経由し、新潟や東京まで天然ガスを運ぶという壮大な計画を立てていました。
しかし、日本での最大の需要家である東京電力が「ガスはLNGで調達する」という方針を崩さず、このパイプライン計画が頓挫。続いてサハリン1は中国へのガスの販売交渉を進めましたが、価格面などで折り合うことができず、売り先が今現在も見つかっていないのです。
また、2014年にはサハリン1に参加するロシアの国営石油会社ロスネフチが、ウクライナ併合をめぐるアメリカなどからの制裁対象となり、資金調達に制約が課されるという事態にも見舞われました。

どこからガスを調達?

安倍総理大臣が会見でも触れた「極東のLNGプロジェクトの拡張」。サハリン2では3番目のLNG液化施設を建設することを検討しています。

しかし課題もあります。ガスをどこから持ってくるのかということが決まっていないのです。実は、今のサハリン2のガス供給能力だけでは3番目の液化施設を十分機能させるには足りず、どこかからガスを調達しなければなりませんでした。

ライバルどうし 協力のきざしも

国際政治情勢の変化は極東の資源開発を大きく揺さぶります。

当初、サハリン2では、必要なガスについて、このプロジェクトに参加するロシアの政府系ガス会社ガスプロムが関わる別の新しい開発計画「サハリン3」のガス田からもってくればいいのではないかという案が浮上していました。しかし、このガス田の開発は、ウクライナ問題をめぐるアメリカの制裁対象となってしまい、特殊な技術を必要とするアメリカ企業の装置などを使うことができなくなってしまったのです。

この変化に敏感に反応したのがライバルだったサハリン1です。ガスの売り先がこれまでなかなか見つかりませんでしたが、サハリン2の液化設備に持ってくれば、事業を軌道にのせることができる。ウクライナ問題をきっかけに今、サハリン1を主導するエクソンモービルは去年からサハリン2を主導するロシアの政府系ガス会社ガスプロムと水面下で条件面での交渉を始めているといいます。

米ロの“関係改善” 影響は

さらにアメリカの大統領選挙で、ロシアとの関係改善を目指すと発言していたトランプ氏が次期大統領に選ばれました。ほとんどの人が予想していなかっただけに衝撃が走りましたが、サハリンには朗報として伝わりました。米ロ関係改善は、ウクライナ問題の制裁にもいくばくか影響するのではと期待してのことです。

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さらに12月13日には、アメリカの外交を担う国務長官に、サハリン1に参画するエクソンモービルの現職のCEO、ティラーソン氏が起用されるという驚きの発表もありました。ティラーソン氏は長年、サハリン開発に携わり、プーチン大統領とも親交があるという人物。政治を後ろ盾にできる利点はあまりあると関係者は見ているようです。一方で、ウクライナ問題による制裁が、皮肉にもサハリン2のガス調達難を引き起こし、結果としてサハリン1との協業方向へと導いているのだとすれば、米ロ接近はサハリン1にとっては微妙なマイナス要因になるかもしれません。

過去にさかのぼれば1970年代、旧ソビエトの時代から日本や欧米との協力が続けられてきたサハリンの石油天然ガス開発。国際政治情勢や原油価格、資源ナショナリズムなどに左右され、開発は何度も壁にぶつかっては少し進み、また後退し、を繰り返してきました。開発に携わってきた商社の担当者や政府関係者に取材すると忍耐の連続だったと異口同音に語ります。

なぜそこまで苦労をしてまで、とお思いかもしれませんが、中東依存度を下げてエネルギー調達先の分散をはかるというのは日本の長年の目標でした。サハリンという日本に近い隣国の島からコストの安いエネルギーをいかに手に入れるのか。それは私たちのエネルギーが安定して調達され、日々の電気料金値下がりにもつながる、壮大で、かつ身近な話なように取材を通じて感じました。

吉田稔
経済部
吉田稔 記者