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ラノベ編集者 三木一馬インタビュー イラストレーターが“青田買い”で潰されないためのサバイブ術

「俺の妹がこんなに可愛いわけがない/伏見つかさ」カバーイラスト/illustration:かんざきひろ/2008/電撃文庫

編集部配属以来400冊以上のライトノベルを手がけ、『ソードアート・オンライン』や『とある魔術の禁書目録』、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』はじめ、数々のヒット作を生み出してきた三木一馬さん。

re06_profile 電撃文庫の編集長を務めるKADOKAWAから独立を果たし、作家のエージェント会社を立ち上げたことでも注目を集めてきた敏腕編集者は、イラストレーションとどう向き合ってきたのか。

※本記事は、12月1日に刊行された図録『ILLUSTRATION 2017』にて取材・収録したインタビューの転載となります

取材・文:新見直

電撃文庫編集部へ配属されてラノベを読み始めた

──編集者になるまで、いわゆる「ライトノベル」(以下「ラノベ」)は読んだことがなかったというのは本当ですか?

三木一馬(以下、三木) 一般文芸や海外ミステリーを多少読んだことがあるくらいで、『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』はわかる程度の知識でメディアワークス(現在は株式会社KADOKAWA)を受けました。入社二年目から電撃文庫編集部に配属が決まって、それから電撃文庫を勉強するようになったんです。

読み続ける中でわかったことは、『ラノベ』と呼ばれる作品は、すごくエンターテインメントを追求したものなんだ、ということでした。僕が入社前までに読んでいた『小説』というものは、もっと特定の思想を取り入れたり、世相風刺だったりといった、ある意味芸術的な部分がありました。でもライトノベルはそれよりなにより『面白い』と思う娯楽を追求しているジャンルの商品なんだと分かったんです。それが2001年頃のことです。

──それから15年の間に、ラノベ市場は当時と比較にならないくらいに成長していきました。そして、電撃文庫の編集長に就任した三木さんはその中心にいた方だと思っています。

三木 とても光栄です、ありがとうございます。ただ、自分のポジションを意識したこともなければ、プレッシャーを感じたこともなかったですね。今までずっと好き勝手に仕事をやらせてもらっていますし、昔も今も本当に変わらずにいいなと思った作家と『これは面白いから本にして出そう』ということを続けているだけで、そういった環境でいられたことは幸運ですし、ありがたかったです。

メディアミックスの仕事も多いのですが、僕の中でアニメ化や漫画化という展開はものすごくシンプルに、『本を売るための手段』として考えています。言ってしまえば、書店用のポップ制作や作品のキャッチコピーを考える作業の延長線上にある行為です。その出来の良し悪しによって、元になった原作への注目度が変わり、売上げも左右される。ですから、アニメを良い作品にする=原作を成功させるということ、という思いで関わっていますが、それは本を売るのが目的です。

──書籍化するためのカバーや挿絵を描かれるイラストについても、『本を売るための手段』という認識なのでしょうか?

三木 いえ、それは違いますね。イラストレーターさんは、一緒に作品をつくる“仲間”です。作家がいて、編集者がいて、そしてイラストレーターとデザイナーがいる。この集団がチームとなって本作りをし、『売るための手段』を考えます。ですから、イラストレーター選定にはこだわりますね。

なんでも描ける器用貧乏より、得意ジャンルを持っているイラストレーターを選ぶ

──では、そのイラストレーターは、どのような基準で選ばれるのでしょうか?

三木 いくつか具体例を交えてお話します。たとえば、僕が電撃文庫編集部に配属されて2年目に手がけた高橋弥七郎さんの『灼眼のシャナ』。

高橋さんの文体は少し固いというか、難解なところがあって、決して読みやすい文章とは言えません。けれど、ハマる人はすごくハマる魅力を持っている。だとしたら、読んでもらう分母を増やせば、固い文章を受け付けない人もたくさん出てきてしまうだろうけど、ハマる人もたくさん増えることになるだろうと考えました。分母を増やすにはどうすればいいか。固い文章なのですから、周りを彩るイラストレーターさんにはキャッチーな作風の人を起用すべきだと思いました。

「灼眼のシャナ/高橋弥七郎」カバーイラスト/illustration:いとうのいぢ/2002/電撃文庫

「灼眼のシャナ/高橋弥七郎」カバーイラスト/illustration:いとうのいぢ/2002/電撃文庫

これは僕個人的な考えですが、イラストレーターさんは、なんでも描ける器用貧乏より、『これだけは絶対負けない』という得意ジャンルを持っている方を選ぶと決めています。すべて60点より、どれかが0点だとしても120点を出せるものがあったほうが、みんなの印象に残る。

『シャナ』を発売した2002年はPCゲーム全盛期でもあって、そこで活躍するゲーム原画家さんにスターがたくさんいて、ファンも多かった。その中で、ユニゾンシフトさんの『忘レナ草』というゲームで死神エアリオというキャラクターがとても魅力的で、それを描いていたのがいとうのいぢさんでした。

のいぢさんのイラストは作品の固い文体とは離れていましたけど、ラノベのカバーは、テレビでいう15秒CMのようなもので、短い時間にどれだけ目を惹けるかが重要です。『シャナ』というヒロインをキャッチーに一番可愛く描ける人は、のいぢさん以外にいないと思いました。

当時、のいぢさんは女の子がとても得意で、逆にモンスターなどは得意ではありませんでした。しかし、彼女が描く女の子キャラクターという『魅力』は120点を超えていましたので、依頼したという経緯です。

──ミスマッチながら、『シャナ』というキャラクターを確立するという一点突破が功を奏した、ということですね。

三木 そうです。『とある魔術の禁書目録』でお願いしたはいむらきよたかさんもPCゲーム出身の方で、厚塗りゴシック調の絵を描く方でした。当時から、目の中がキラキラしているアイドルっぽい絵のほうが受ける時代でしたが、魔術と科学が交差する『禁書目録』では、魔術っぽい雰囲気もあって、ハイテクでもあって、しかもキャラも可愛くないといけない。それでそのすべてに応えてもらえる技量のあるはいむらさんにお願いしました。

「ソードアート・オンライン 1 アインクラッド/川原 礫」カバーイラスト/illustration:abec/2009/電撃文庫

「ソードアート・オンライン 1 アインクラッド/川原 礫」カバーイラスト/illustration:abec/2009/電撃文庫

──意外性で勝負したり、テイスト重視で固めたりと、いずれにしても物語ありきでイラストレーターを選ばれていくんですね。それは三木さんご自身が決めるのでしょうか? デザイナーと相談する、という編集者もいると思いますが。

三木 小説が仕上がって、それを元にカバーイラストを描いてもらって、最後にデザイナーさんに発注します。デザイナーさんと相談することは、ほとんどないですね。作品のことはデザイナーさんよりもわかっているつもりなので、けっこう自分で決めてしまいます。これは偉そうな物言いになってしまうのですが、自分が信じるものは自分で決めたい、そこで後悔したくないという気持ちが強いからです。

──では、イラストにもかなりディレクションをされるのですか?

三木 イラスト内容については、キャラの指定と、雰囲気やコンセプトを伝える程度でしょうか。小説内容への指摘に比べると、とても自由にやってもらっていると思います。こちらからラフも切りませんね。なぜかと言うと、いい絵って、イラストレーターさんが気持ちよく描いた時の絵なんですよ

編集者の中には、たくさん細かく指摘を入れる方もいらっしゃるのですが、僕はほとんどやりません。『この人はこれが得意だから』と見込んで頼んでいるので、その人にとってのベストを描いてもらうのが一番いいと考えているからです。そのためだったら作品との多少の矛盾が発生しても、イラストの見栄えをとるケースがあって、そのときは作家さんにお願いして、文章を直してもらうこともあります。

小説が先にあって、それをベースにイラストを描きますが、その物語に縛られて、もし仮にイラストレーターさんが80%の実力しか出せなかった場合、それは作品全体としては良くないことだと思っています。なのでイラストレーターには自由にやってもらっています。

イラストレーターが“青田買い”で潰されないために

re03_RIMG2285 ──イラストを取り巻く大きな環境として、ラノベのレーベルが増え続けていることについて、三木さんはどう捉えていますか?

三木 そもそもレーベルが増えているということは、それだけラノベというコンテンツが広く一般に知れ渡っていくということを表しているので、基本的には賛成です。この業界はちゃんと『面白いものが生き残る』自浄作用があると思っていますので。

ですが、増えすぎてしまって読者への時間的なコスト、金銭的なコストの負担が大きくなってしまっている現状もあります。そのうちダメなレーベルや作品は淘汰されていくでしょうが、今はやはり過渡期で、作品が増えすぎて読者さんに負担をかけてしまって申し訳ないという気持ちも強いです。

ただ、イラストレーターさんにとっては、仕事のチャンスが増えていますよね。しかし危険なのはイラストレーターさんの“青田買い”が進みすぎていることです。

スキルが追いついていない状態でデビューしてしまって、読者さんのニーズに合わずに売上げ的に芳しくなかったとき、せっかくのこれからのキャリアに傷が付きます。そしてそれが何度か続くと仕事は来なくなって、その人がラノベ業界から離れてしまう。だから、本当はもう少し、デビューする前に様々な技術を磨いてからデビューしてほしいというのが本音です。

──青田買いが激化しているのは、編集者の間でイラストレーターを探す競争率が高まっているから?

三木 はい。ですからこれは、安易に新人を起用する編集者の責任もあると思います。これはイラストレーターさんにはどうしようもないことで、若くして仕事の話が来たら断りにくいですからね。

──それでも使い潰されないためには、自分のキャリアを見据えて経験を積んで仕事を選ばなければいけない、ということですね。実際、どういう研鑽を積んでいけばいいのでしょうか?

三木 まず、自分の生産力を見極めるべきでしょう。多作であればバンバン引き受けてもいいけれど、『2~3ヶ月気合いを入れてクオリティ高い1枚を描く』という人なら、1年で勝負できるのは5、6作品になりますから、自分のキャリアの中で、その年にどういう仕事を受けるか考えるべきです。迷ったり、自分で決められないよ、という方は『こういうオファーきたんだけどどう思う?』ってイラストレーターさん仲間で相談し合ってもよいかもしれません。

得意領域でなければ断ればいいし、技能は経験から培われていくものなので、自分が好きなものを描いていれば、自然とスキルも広がっていきます。『すべてにおいて上手くなりたい』と考えず、『これだけは誰にも負けない』というものを伸ばしていくほうが、仕事も増えて役に立つと思います。

──すごく実践的なアドバイスですね。三木さんの得意とするメディアミックスを見据えた場合に、イラストレーターが心がけておいたほうがいいことはありますか?

三木 キャラクターデザインと舞台イメージを自分の資料として描いておくクセを付けておくこと。これは、自分が一度決めたルールを見返して描くことの訓練にもなりますし、シリーズものの作品の場合、『数年後に再登場したキャラを描く』ことも発生しますから、イラストの設計図とも言えるデザインラフはアーカイブしておくに超したことはありません。

それだけでなく、メディアミックスの際には必ずそれらも要求されます。正面のキャラ絵しか描いていなかったとしても、たとえばコミカライズのときは背中がどうなっているか、絶対に聞かれます。それの延長線上の出来事がたくさん起こるのがメディアミックスだと思ってください。

加えて、たくさんラフを提出しておいたほうが、メディア展開したときの自分の権利主張がしやすくなるというリーガル的な面もありますね。ラノベであれば、作家さんには印税が入るけれど、イラストレーターさんには例外を除いてイラスト単価しかもらえないので、生活のためには不労所得を増やしていくのがいいと思います。

グッズ関係の商品化の際に、自分のイラストが使用されるなら、その使用料についても気にしておくべきでしょう。こういうことは案外気付かないし言わないことが多いんです。ストレートエッジの契約作家さんの中にも、『契約書の話とか税金の処理をするという行為が、自分の創作の刃を錆び付かせていく』と言っていた人がいて、すごく納得しました(笑)。

クリエイターにとって、ベストパフォーマンスを出せる環境は最優先事項です。ですから、僕が創業したストレートエッジでは作家さんやイラストレーターさんのエージェント業務を行っていて、さきほどのようなリーガル(法律)やライセンス関連のアドバイスをさせていただいてます。イラストレーターさんは、その貢献度にくらべて対価が安いので、もっともらって良いと思います。

イラストレーターとして長く続けるためには、自身のキャリアを見据えた活動を

──ストレートエッジの契約イラストレーターの中には、ここ数年で存在感を増しているloundrawさんのような気鋭の方もいますよね。

三木 loundrawさんと自分が初めて仕事をしたのは、2013年に僕が担当したメディアワークス文庫の『僕の小規模な自殺』です。彼は当時大学一年生でしたが、先ほどのような悪い意味の『青田買い』ではありませんでしたよ。

当時から技術もオリジナリティもあって、イラストから『俺の絵すげーだろ』っていうドヤ顔が見えたんです(笑)。クリエイターさんはそういう自己主張がないとダメだと思っているので、僕はそういったメンタルも含めて一気にファンになってしまいましたね。そして、今も一緒に仕事をしています。

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「あおぞらとくもりぞら/loundraw(漫画)、三秋 縋(原作)」コミック/2016/ストレートエッジ

ストレートエッジのブログでは、三秋縋さん原作の『あおぞらとくもりぞら』というコミカライズを連載して頂いてます。とても面白く、そして美しいコミックなので是非ご覧ください。

※『あおぞらとくもりぞら』はWebで全話無料配信中(外部リンク

そういえば、青田買いはよくないと言いましたけど、一方で、彼のように早熟なイラストレーターさんは増えています。『pixiv』をはじめイラスト文化がネットで世界中に広がったことや、ツールの発達のおかげだと思います。もっと言うなら、このイラスト文化の広がりは、やっぱりマンガやアニメといったポップカルチャーという日本で連綿と受け継がれてきた歴史に魅了された世界中のファンが礎になっているからこそ、今、カンブリア紀みたいに爆発をしているんだと思います

作家さんやイラストレーターさんにとっては発表の場も増えていて、これほどいい時代はない。けれど、イラストレーターさんについては、それで食べていきたい、かつずっと続けたいと思うならば、収入や権利を含めたビジョンを持っていないといけません。才能があってモチベーションもあるのに、たとえば収入といった外的要因からイラストレーターを続けられなくなったら勿体ないし、エンタメ業界全体にとって不幸なことですから。

──最後に、編集者として今後のイラスト文化に期待されることは?

三木 僕にとっては仕事上脅威ではありますが、自分たちでコミュニティをつくってイラストを描きあうような独立系のプロジェクトが、インターネットが普及してからよく起こっていますよね。二次創作でもオリジナルでも、ユーザーから自主的に生まれるカルチャーは、観る側も楽しいし、驚きがある。これからもっと広がっていくでしょうから、一人のオーディエンスとして楽しみにしています。こちらもプロとして負けないように頑張ります。

三木一馬 // MIKI kazuma

編集者

作家のエージェント会社ストレートエッジ代表取締役。前職は株式会社KADOKAWA アスキー・メディアワークス 電撃文庫編集長。著作に、『面白ければなんでもあり 発行累計6000万部――とある編集の仕事目録』(KADOKAWA)がある。

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