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光輝?さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月20日(火)22時45分41秒
  レスありがとうございます!

そうですね、池田先生のお心をわが心として戦わないと
魔に喰い破られてしまうと言うことでしょう。

その自覚があれば何も問題はおこらないでしょうね。



 

太ちゃんさま感謝です。

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)22時35分15秒
  太ちゃんさま、「原田極悪確認の文証」ありがとうございます。

もう、決定ですね。

時代遅れの査問・除名、おいおい全学連か昔の共産党か?  かっこわりー、どーせ原田だよ。

いくらいじめても、所詮、池田先生への嫉妬でしょ。

池田門下の言い分を聞くのが、くやしいのですよ。

小さいヤツですね。



職員の皆さん、いい加減、こんな男のどこが恐いのよ、見切ったら?

先に進みなよ。

世間に笑われっぱなしじゃん。

あのねえ、あんたらの給料は、原田が出してるんじゃないよ、会員よ。





 

『泥試合』にしか見えないんですけど

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年12月20日(火)22時25分45秒
編集済
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/61842

『会長が対談に応じたのは、各紙で自身が語っているように、宗教団体である創価学会と、共産党との間に無用の摩擦、泥仕合を生ずることは、学会員を政争の具に供することであり、それが人間的憎しみにまで発展することは仏法者として望ましいことではないと考えているからである。』とありますが。
当時の池田先生のこの懸念が現在は現実のものとなっているわけです。

「池田先生」を言いつつ、実際には池田先生の懸念が実現するよう与同してしまってるのが事実なんです。

安保デモの三色旗はほんとは共産党員だの、ひとりの学会員こと天野さんは学会員ではないだの、もうここまでくると現実離れしてる範囲。
十分に『泥試合』ではないですか。

勝つのでも「勝ち方」というのがあるでしょうに。
手段を選ばずなら、アメリカが原子爆弾で勝利するのと変わらんでしょ。
民衆どころか会員すらも福運をなくす支援活動なんていうのは、信仰上はなんの意味もなく、まったく無駄で無意味なものです。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

参考資料として

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年12月20日(火)22時01分53秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/56000
創価学会池田会長・日本共産党宮本委員長 人生対談 資料② 青木副会長論文

聖教新聞 昭和50年(1975年) 7月16日(水)  掲載より

人間次元で平和・文化語る
          「池田・宮本対談について」

   池田会長は、さる12日、日本共産党幹部会委員長・宮本顕治氏と、長時間にわたる人生対談を行った。これは毎日新聞の連載企画にこたえたもので、話題も政治抜きに組織論、人材論、文化論など幅広い分野にわたり、人間対人間の対話ともいうべき、有意義なものであった。しかし、この対談について、一部では、公明党との関連などから誤解や憶測を含む、さまざまな議論が取りざたされており、ここに、正確な認識をもたらすために、仏法者としての我々の基本的考え方を、更に明確にしておきたい。
   「仏法を基調にした平和・文化の推進団体」としての学会の立場は、いまや世界的なものとなっている。そのさい、最も重要なことは、人間という普遍的原点に立って、だれとでも自由に話し合い、理解し合い、そのなかから確たる平和の基礎を築き上げるという根本姿勢であろう。池田会長の先駆的な平和旅はその典型的な行動であるといってよい。
   会長は、自由主義であろうと、中国の周恩来首相、ソ連のコスイギン首相らの社会主義者であろうと、きたんなく、平和構築への構想を語り合っている。今回の宮本委員長との対談も、その一環にほかならない。
   こうした我々の姿勢を、一言にしていえば、人間次元の立場であるということができる。これは、政党間の関係、抗争といった政治的次元とは、明確な一線を画するものである。一部では、今回の対談について、政治的意図をうんぬんする論議がなされているが、その致命的誤りは、この人間次元と政治次元との混同にある。平和構築の要諦が、人間と人間との打ち合いと触発のなかにこそあるという人間次元の我々の立場は一貫したものであるし、今後ともかわることはない。対談が、政治抜きに行われた理由も、ここにある。


公明党支援は変わらず

   もとより人間次元におけるこの共存はなんら組織的共闘を意味するものではない。我々はマルクス主義者ではないし、互いに自由に自らの目標とする路線を進んでいくことは当然であろう。したがって今回の対談によっても、学会が今後とも公明党を支援していくことに全くかわりはない。また政治次元における、公明党と共産党との間の政策論争は、政党として自由であり、それに干渉するつもりはない。この対談も、公明党の政治路線の展望を語ったものではないのである。
   会長が対談に応じたのは、各紙で自身が語っているように、宗教団体である創価学会と、共産党との間に無用の摩擦、泥仕合を生ずることは、学会員を政争の具に供することであり、それが人間的憎しみにまで発展することは仏法者として望ましいことではないと考えているからである。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

まとめコメントより

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年12月20日(火)21時52分20秒
  http://6027.teacup.com/situation/bbs/54658
創共協定について   投稿者:太ちゃん@まとめコメント   投稿日:2016年 8月21日(日)17時36分9秒

○○○○○○

1970年代、日本共産党と創価学会とは互いに支持層が重なることもあり、20年に渡り、選挙活動の中で激しいビラ合戦、非難合戦を行うなど対立が続いて来た。

1974年7月、第10回参議院議員通常選挙の直後、創価学会文芸部部長が、日本共産党の支持者であり創価学会会長池田大作と対談をしたこともある作家松本清張の自宅を訪問。その際、松本がトップ会談を提案する。

同年10月28日に創価学会総務野崎勲と日本共産党常任幹部会委員上田耕一郎が予備会談を行う。相互理解や敵視政策の撤廃などを骨子とする旨の協定が調印された。協定の期間は10年とされ、協議によって更新されるとした。その後、日本共産党委員長宮本顕治と創価学会会長池田大作が2度トップ対談を行った。

協定は公明党と共産党の政党間で結ばれたのではなく、創価学会が公明党の頭越しに、選挙戦で直接対峙する共産党との間に結んだものである。

1975年7月27日に協定は公表された。しかし、共産党との協定が今後の政党間の枠組みに影響を与えると考えた公明党が反発。公安や警察が警戒して動き出し、自民党の中からも巻き返しの動きが出た。創価学会も態度を変え、協定は公表と同時にほぼ死文化した。

1980年、創価学会の顧問弁護士山崎正友を中心とした宮本顕治宅盗聴事件が発覚して両者の対立は決定的となり、協定の更新は行われなかった。
●●●●●●
ウィキペディアより以上

http://6027.teacup.com/situation/bbs/42073
創共協定を締結した理由

池田先生
共産党との無用の摩擦が生じ、選挙の度に学会員が過度の政争の手段にしてはならない

戦争中
学会の初代、二代共に思想犯として獄に繋がれた
そして、共産党も、同じ思想犯として獄に
つないだ側は神道を中心とする国家主義

創共協定に1番驚き、警戒したのは公安と警察だったと

創共協定を1番警戒した側に擦り寄り、共産党叩きを煽る原田執行部

学会と共産党が争い、漁夫の利を得る人間は?
日本会議、阿部政権の高笑いが聞こえる

原田会長
あなたは完全に舵取り失敗している

創共協定を速攻骨抜きにしたのは秋谷さん
あなたの師匠は、やっぱり秋谷さんです

●『私が愛した池田大作』矢野絢也氏の著書 P226 ~ 227
(画像と文字起こし)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/54820

http://6027.teacup.com/situation/bbs/13804
矢野絢也氏が和解前に、こんな証言を。

学会本部近くの料亭『光亭』に竹入氏と二人、呼び出されて池田氏と会食したときのことは忘れることができない。

 「会長を辞めることになったんだよ」

 池田氏はボソッと言った。私もなんとなく不穏な空気を感じてはいたが、まさか事態がそこまで追い詰められていたとは知らず、飛び上がらんばかりに驚いた。

 「四人からそれしかない、と言われてな。次の会長は北条になる」

 四人というのは原田稔(のちに第六代会長)氏、山崎正友氏、原島嵩氏、そして創共協定の野崎氏である。事態収拾のために宗門と打ち合わせ、この四人はこうなったら先生に会長をご勇退いただくしかない、と進言したという。

 「北条も秋谷も知らん顔をしているだけだ」
 「会長は辞めるが、俺は絶対に負けない」
 「俺は間違ってない」

 そう言いつつ、寂しそうだった。これほど落ち込んだ池田氏を見るのは初めてだった。

(矢野絢也著『私の愛した池田大作』226頁~227頁)
http://firestorage.jp/download/dd11e7914f882ef9e942cc323fd56a75212148d7

先生に勇退を迫った四人がだれであったのか、ここに明確に記されている。
矢野の手帳に、ちゃんとこの日の懇談の記録が残っているんだろうな。

真っ先に、山友や原島より先に名前が挙がっているのが、原田稔現会長。
第4代、第5代が知らん顔だったというから、第6代のほうが辞任には積極的だったということか。


↑の補足と見解
http://6027.teacup.com/situation/bbs/15124
http://6027.teacup.com/situation/bbs/18059
池田門下生でありながら54年問題で先生を辞任に追い込んだ幹部と同等。

>「四人というのは原田稔氏、山崎正友氏、原島嵩氏、そして創共協定の野崎氏である。
事態収拾のために宗門と打ち合わせ、この四人はこうなったら先生に会長をご勇退いただくしかない、と進言したという」「事態収拾のために宗門と打ち合わせ」とあるでしょう。
この宗門との交渉に、ここで挙がっている原田さんら四人が入っているのは有名なこと。<

2010年6月以前なら、池田先生の元、原田会長中心に広宣流布を進めても安心できました。
いざと言うとき、原田会長に先生のご叱責があったからです。
それは本幹参加している方々がご存知なはず。

しかし今は違います。
創価学会の権力を握った原田会長、執行部が暴走しています。
僭聖増上慢は常に権力側に出現します。
天魔は権力者に入り込みます。

●情報群
http://6027.teacup.com/situation/bbs/37669
あまりにも    悔しき この日を

忘れまじ

夕闇せまりて

一人 歩むを


ご存知の通り、昭和54年4月24日に池田先生が詠まれたお歌である。
このお歌に込められた万感の想いは勇退などと生易しい話しでないはずだ。
会長を追われたから悔しいというそんな単純な話でないことも容易に理解できよう。

学会を分断し破壊する魔軍の策謀、師匠を守ることが学会を守る。
こんな当たり前のことが出来ない位に複雑な事情があった。
その策謀が見破れなかった。

宗門、学会内の反逆者だけではない。国家権力が学会破壊を仕組んできていた。
竹中労さんのルポに明確に書いてある。

民衆に根を張る創価学会・公明党を権力は恐れ懐柔しようとしたのだ。
時の権力が裏には居たのだ。ヤマトモはそうした勢力を利用し、また利用された。

何故、公明党は自民党に擦り寄り変質したのか。

政治権力側の意図から分析すれば、54年問題の背景にあるものが見えてくる。
今、起きている公明党の変質の理由はそこにあるのだ。

権力者は池田先生を攻撃し学会を取り込もうとした。
政治側の角度から見れば、54年問題とは師弟を分断することで、学会の力を骨抜きにする策謀だった。
民衆勢力は池田先生と会員という師弟の絆にあることを周知していたからだ。

当時の執行部は政治権力の黒い策謀、背景を見破れなかった。
だから学会は敗北したのだ。

そして、骨抜きにされた学会は今も権力の側に利用され続けている。いや益々利用されているのだ。
今の執行部は上手く自分達はやれていると勘違いしている。
金と権力の魔性に食い破られ、学会を権力に売り渡しているとも言えよう。

国家権力と戦え。池田先生はそう指導されてきた。

池田先生が公明党を作り、公明党を支援してきた意味は何か。
それは、ある一面から見れば、宗教が国家権力に利用された、戦前の日本に戻ったら広宣流布は出来ないからだ。

信教の自由。基本的人権を守る為でもあったのだ。
健全な社会を、日本の未来を確かなものにする為の戦いでもあったのだ。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/39245
反共産党、反創共協定と自民党との連立は表裏一体である。
裏側の事情があるのです。詳しくはいずれ述べます。
54年問題の主要な登場人物を考えてみてください。

秋谷、矢野等の繋がりです。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

ブリジストンみつのぶ様

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)21時29分45秒
  ひどい。 仏子いじめです。 絶対許してはならない事です。

つくづく思うのですが、世間では、もしや戦争が近くないかと言われ、警戒されていますよね。

学会組織は、一足先に言論統制の世界へと、事実先行の形でなっていますよね。

これってすごい皮肉ですよ。

平和平和と訴え続け、核の脅威展を世界でやり、婦人部は戦争体験の集大成の本を沢山作り、

今でも、何やかにやと関わり、せっかく戦争反対・反核・平和推進の旗かかげ、

ここまで70年近くです。

牧口初代会長は、権力の弾圧を受けども仏法の説くところを貫き獄死。

生きて出獄の戸田第二代会長は、広布の旗を一人立って掲げ、原水爆禁止宣言。

池田第三代会長の平和推進は世界的な人道の輪に広がって行き、

21世紀初めには公明党の平和推進の方針に狂い無きよう、クギをさされたんです。

憲法9条を変えてはならぬと。

ところが、ところが、なんてザマでしょうか!



よりによって中野の座談会で、極悪原田が大口開けて笑ってる写真なんか掲載して、

どういうつもりだ、聖教新聞。

中野の友らを馬鹿にするな、いい加減にせよ原田!

執行部、どうなんだ、答えろ!



54年に池田先生を裏切った輩、原田はもとに戻った! おまえは学会をメチャクチャにした!
 

個人的な原点回帰の研鑽してます☆

 投稿者:フロム関西  投稿日:2016年12月20日(火)20時25分53秒
  ①池田名誉会長の方便品寿量品講義(1995)

②中央公論四月号「迫害は偉大な名誉」(1995)

法華経の智慧第一巻(1996)

すべてが凝縮されてますね!( ̄∇ ̄)キラリ☆

 

ひかり様、そうなんです。

 投稿者:ブリジストンみつのぶ  投稿日:2016年12月20日(火)18時22分30秒
  ひかり様、はじめまして。
ブリジストンみつのぶ
と申します。
saysaysay様にも実態を知っていただきたくカキコしたんです。
上、恐らくは会長周辺が指示したであろう査問と除名の処分。

ご本人から聞いた内容ですが
はじめに査問をしていたのは創価班の幹部だそうです。

それから
嘘の情報が地域に流されて
あっという間に村八にされたとか。

音沙汰なく時間が過ぎていましたが
地域の幹部は、今まではすまなかった。
これからは活動できるようにしていこう。
との話が出ていた矢先、

いきなり出頭命令が来たのだとか。

顛末は以下をご覧くださいね。


中野区の除名処分について驚きの事実をカキコします。  投稿者:ブリジストンみつのぶ
投稿日:2016年12月16日(金)12時50分49秒   通報
はじめて投稿します。
ブリジストンみつのぶ
と申します。
saysaysay様はじめまして。
中野区ではなんでしたっけ?
と書いてありましたので。

中野区は、「教学部レポート」が本物かどうかを確認してほしい!
と求めていた男子部を、ハタチさんの知り合いだということだけで、それを理由に村八分にして査問して除名処分にしました。

しかも、処分申請は誰が出したかも不明。
勝手に処分申請が出されていた様ですよ。
教学部レポートが公になってしまったので最初から処分することを信濃町が決めていた。と聞きました。

別件逮捕で事実無根の処分が横行、盲目な組織幹部が人権無視の集団いじめを行っています。
それはおかしい。と一部で声があがると、また査問。査問していたのは
聖教新聞の記者である西区青です。
奥さんはヤングの全国委員長の方。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/49549
 

人間関係を幹部に破壊された友へ

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)17時58分45秒
  除名したり、処分をしたり、ハラダたしくも査問をしたり、

およそあってはならぬ人権蹂躙を指示通りに強行してイジメる、この組織とは何なのだろう?

イジメるだけじゃないのだ。

ターゲットを貶める作り話をこれでもかと組織に流し、ばらまく。

どうしてそんな邪なことをするのだ、幹部は。

上に言われたからって、そんな「犯罪」をやっちゃ駄目だろう。なんでやるんだ?

仏罰必至だぞ。どうして加担するんだ?

まったく、「平気で加担する人間がいること」に驚きを禁じ得ない。

一緒に戦ってきたと思っていたが、勘違いだったようだ。

幹部は、数字しか見ていなかった。

こっちの「眼」を見ていたのではなかったのだ。

幹部なんていうのは、愚か者の集まりだったのだ。

それを、「かわいそう」と言う人がいる。

「何を言ってる。甘やかすなって。大人だぞ」

悪いが、そう思うよ。

そんなに甘くないんだ。 人生は自分持ち。 当たり前じゃないか。

幹部だろうが、何だろうが、おかしいじゃないかと、言うべき事は言った。 それでこのザマ。

もっと驚くべきことがある。

味方のふりして、結局裏切り、ダマしたやつだ。

おお、友よ、笑ってやろうよ。

いろんな人間がいるよ。

今こそ、見えたよ。 その赤裸々が。



池田先生は、54年、もっと酷い仕打ちを受けたのだ。 原田含む連中に。

そこには藤田栄もいたよ。 当時女子部長だぞ。 秋谷は当然いた。 もっと他にもいた。

そそのかした奴、時に乗じた奴、思い出す思い出す、トンデモ人間たちの行伏の数々。

池田先生の悪口を、これでもかと流し、ばらまいた。

週刊誌ネタを売った。

学会本部は伏魔殿だったのだよ。

もう一度、連中がやっているのだよ!

追撃だ!


 

パンドラの箱

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月20日(火)17時17分39秒
  創価学会は今まさに「パンドラの箱」だと思う

池田先生が陣頭指揮をとって下さっている時
まさに「希望、信頼、友情」が溢れる金色の世界だった

先生が弟子に託したその時から「パンドラ箱」の蓋が開いた
「不信、裏切り、絶望、粛清」が飛び出し、創価の世界をドス黒く塗り変えた

しかし、「パンドラ箱」の底に、まだ一つ残っているものがあった

もう一度「パンドラの箱」を開けて、底から最後に出てきたものは何か?
それは「希望」だった!

我らも「希望」を手放すことなく、
創価学会が先生直結の人間讃歌の団体になるように死力を尽くしていきたい!
 

寝たきりおじさん様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月20日(火)15時46分32秒
  感動的な話ありがとうございます

先生が何故イギリスでタプロコートを購入されたのか?
私見ではありますが、
コーストン理事長の存在が大きいように思いました

ヨーロッパなかんづくイギリスは階級社会
その地でタプロコートを購入することで現地の会員は嬉しかったと思います
また日本のメンバーも嬉しかったでしょう

勿論そういう思い(会員の喜び)もあると思いますが、やはりコーストンさんへの思いが強かったように思います

本来は名門の家
日本にいればなに不自由のない生活
地位、名誉、お金を捨て、イギリス広布に走り抜いたコーストンさん
コーストンさんに相応しい家
それがタプロコートだったのではないでしょうか?

先生は熱海に牧口園を作られました
寒い独房で亡くなられた牧口先生に暖かい場所の庭園をお届けしたいと

また、東京の牧口
囚人として亡くなられた牧口先生
牧口先生に相応しいのは殿堂という思いなのでしょう

そして、師匠だけでなく、弟子にも同じ思いでタプロコートを購入して下さった

ありがたい師匠です

「若き日の日記」を読むと先生はご自身が若い時から
後輩の道を開くこと
後輩が活躍できる舞台を作ることを考えておられます

師匠が作って下さった舞台に居座り後輩を蹴落として、居座り続けている最高幹部達

あなた達に相応しい場は何処か?
御本尊が厳しく裁くでしょう


 

南米訪問団さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)15時28分50秒
  そうでした。 そうでした。

南米訪問団さま、ど忘れです、すみません。


しかし沢山あったものですね~。

なんか、忘れているだけの「もっとあった感」がありますね~。


『くたくた状態のところにフォロー皆無&謎の南米訪問。派手なシャツ着てアメリカですかあ』


ハラダ、この人間、どっかおかしいですね。

どんな団体のトップだって、もっと緊張してます。

舐めてるんですよ。 会員をね。

手に入れた金銭と権力を手放さず、しがみつく。

御多分にもれず罪悪感が麻痺。

査問除名なんのその。

「権力掌握の段取り」としか見てないから出来てしまうスンゴイ所業。

これで、宗教団体の長?



ネットに急増の叫びには、これはかなり深刻な事実ではないかと思えるケースもあります。

詐欺と叫びたいほど、苦しみ、つらい思いを強いられた人々が、いるということでしょうね。



与同罪を怖れよ!

執行部という俗人オッサンたちの正体に、一人でも多く、早いとこ気づいてほしいです。




 

(無題)

 投稿者:一無冠  投稿日:2016年12月20日(火)14時37分54秒
  先日、地区の人が大誓堂に行った折に、長谷川理事長が「自他彼此の心なく水魚の思いを成して…」異体同心で仲良く!と話しておりました、と。それを聞いて、学会本部こそお願いします!と思いました。短くてすみません。  

ひかり様

 投稿者:南米訪問団  投稿日:2016年12月20日(火)14時29分42秒
編集済
  ありがとうございます
大変分かり易いです

しかし、第4位に大事な事を忘れています

参議選でクタクタの会員に「推薦」と言いつつ増田支援を強いり敗北

疲れ果てた会員になんのフォローもしないで
自分は笠貫女史と団員「0?」の南米訪問団と南米訪問していました

会員を集票マシンにし、負けたら知らんぷり
これが「直弟子」ですか?
会長としての資質云々だけでなく仏法者として失格です

安保の時は「沈黙」
アメリカ創価大学に派手なワイシャツを着て行っていました
全く無責任な会長です

そして、安保法案が成立すると今度は急に強気になり、反対派を粛清
卑怯です

創価学会の「平和」「民衆奉仕」の看板を引きづり下ろしました
今やネットでは、看板に偽りありの「詐欺教団」と言う声が溢れています

創価学会は「詐欺教団」
ただの金儲けの「宗教ビジネス」と言う声が巷に溢れています
ネットには、そういう類の投稿山ほどあります
宿板ばかり見張っていないで他の投稿みたらどうですか?
反論したらどうですか?
会員がなんの確信も持てず可哀想だと思いませんか?

「直弟子」が池田先生が作り上げてきた「信用と信頼」を破壊しました

日顕は「正本堂」を破壊しました
しかし、原田会長は
先生の「信用と信頼」そして「名誉」を破壊しました

一番罪が深いのは「名誉」を破壊することではないですか?

こんな状況を唯、指を加えて見ているだけの職員の皆さん

あなた達並びあなた達の家族を養う為の「財務」が最高の大善とはとても思えません

貴方より格段と安い給料で働く小池知事
400億削減しました
これは命がけの人間しかできない
何故ならば400億に群がる人間がいるから

「東京湾に投げ込まれること」を覚悟で改革しています

学会の会長は
先生が築かれた「平和」「民衆奉仕」の看板を守り抜くために「東京湾に投げ込まれること」
を覚悟している人にこそ、相応しい役職

大事な時はいつも外遊
ラクで美味しい所ばかりに行く

こんな会長は前代未聞!
こんな会長を放置している職員は与同罪!
ではありませんか?


 

本年の締め括りに

 投稿者:シナモンゴー  投稿日:2016年12月20日(火)13時48分12秒
  皆さま、大変にありがとうございました。
現在のわたしの気持ちです。

「いいかげんな理由で幸福になるよりも、
正当な理由で不幸になったほうが、まだましだ」
サガン著「ブラームスはお好き」から
(新潮文庫/朝吹登水子 訳)
 

何を言ってる?言葉を人は忘れないよ。何をした?理不尽を人は忘れないよ。

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)13時40分17秒
  執行部も幹部も場当たり的で短絡的で、本当に、キチガイのようで、大変ですね。

ここんところ、何を言い、何を指示し、何をやってきましたか?

一般の人々もよく見てますよ。なにせ、アベ自公政権与党ですからね。

創価学会の変節は、各誌が特集記事を出しました。

執行部のトンデモ行伏は、世間に知れ渡っているじゃないですか?

アンタ方は、イマドキ不慣れで、情弱なオッサンたちだから、ネット社会と無縁かな。

ネットは主流なんですよ、教えてあげます。

超有名人です、驚くばかりに、アンタ方。

374919でしょ。

函館の女と隠し子。

天鼓。

富士宮事件。

矢野和解の顛末。

ネズミ柳氏。

いやはやモロモロ。

そして、54年だ。

公明党の最近の行い、水も漏らさず全部。アンタ方と公明党のすりあわせもね。

みんな見てます掲示板。

忘れません、永久に!

 

妙門妙利様

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月20日(火)13時26分10秒
  まだこちらを閲覧なされているかは分かりませんが、一言愚見申し上げます。

ご提案内容それ自体は意義の高い立派なものと拝され、また貴兄に些かの邪念がないのも文面から窺えます。
ただ、もうご理解頂けたかと思いますが、こちらでのプロジェクトは完全に赤胴氏の創意に基づき、氏の自己裁量でペース配分等も考慮して進められている経緯がありますので、菊川氏とも、また他の方々とも敢えて連携連動する性格のものではないだろうと私は考えます。
菊川氏のほうのプロジェクトはかねてより存じておりました。売名行為か否かはともかく、重要度の高い価値ある労作業を続けてこられたことに敬意を表します。

それらを踏まえた上で、御書の〈ひらがな〉化を最も必要とされている層は何処なのかを改めて考えてみるのも大事でしょう。
普段さほどネットを活用することがない人。もっと言えば年齢を問わずスマホやパソコン等を器用には使いこなせず、紙主体の情報に重きを置いて日常生活を送っている人たちにこそニーズがあると思慮すべきではないでしょうか?

実際に、余暇を利用して原稿用紙なり大学ノートなりに手書きで〈ひらがな〉化の試みを蓄積し、全国津々浦々で現場活動に昇華させてらっしゃる方も側聞しております。手前味噌ですが私も少年部担当者時代、ライオンキング御書を発展させる形で何編か短い御文を訳し会合や激励に活用しました。

データベースとして集約する手段には高い効力を発揮しますが、それだからこそネットの利便性に安易に頼らない方途をまず身近なところから探っていくべきです。
理想論と思われるかもしれませんが、インターネットの外の現実世界で各々の生活リズムに沿った独自の戦いを深化させる中で、相互支援・相互協力を可能ならしめる地力を付けていくのが先決だと考えます。ネットなんていつまともに利用出来なくなるか分かりませんし・・・。


追記;ひらがなは元々、漢字の草書体から派生したものですから、全文ひらがなは横書きのWEBでは漢字以上に読みづらい側面もあります。
   その辺りも考慮に入れて進めてまいらねばなりませんね。
 

善の連携・連帯

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2016年12月20日(火)13時05分28秒
  サンダーバード様ご紹介の下記サイト、休日でしたので全部、拝見しました。
面白かったです。世の中には、きっちり問題意識を持たれた方々がいてくれている・・と嬉しかったです。

個々はいい人間であっても、所属する団体・組織の中にいると、”良心”を発揮できない。
ここを、どう打ち破るのか?
先生の教えて下さった様々の”要”が、この事だったのかな?と思いました。

世の中全体が「戦争」が出来る状況の方向に進む時、自分はいったい何が出来るのか?
あらためて考えさせられました。

一般社団法人 News for the People in Japanのトップページは

http://www.news-pj.net/index.html
 

「声」:英国コーストン理事長から受けた激励の思い出

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月20日(火)13時04分39秒
  (和歌山県・彦前さん男性57自営)

(聖教2006/5/28)

私は1973年(昭和48年)に渡英、留学しました。その後就職して、5年間イギリ
スSGIのメンバーといっしょに活動しました。英国コーストン理事長ご夫妻
に本当にお世話になりました。

私が渡英した当時、イギリスでは仏法理解がなかなか広まらず、私たち日本人
メンバーは力のなさに自身を失いかけていました。そんな時、コーストン理事
長が帰国され(1974年春)、イギリス広布が本格的に回転し始めたのです。

私たち日本人が、つたない英語で仏法のすばらしさや体験を語っても、誇り高
いイギリスの人たちの心には、なかなか届きませんでした。その悩みをコース
トン理事長に訴え、指導と励ましをいただきました。

「イギリスには、多くの日本人が住んでいます。まず、その方たちと対話をし
てください。私も、日本に住んでいたとき、在日外国人の方たちを中心に英語
で座談会を開き、折伏、信心の激励をしてきました」

そして私たちは、在英日本人グループの座談会をもちました。久しぶりに日本
語で、思う存分語り合う場ができて、日本人メンバーに勇気と活力がみなぎっ
てきました。以来、多くの友人を交えて座談会などを開催するようになり、た
くさんの人材も育ってきました。

「わが忘れ得ぬ同志」の記事の中で、コーストン理事長ご夫妻が英国帰国当初
、経済的に苦しい生活を送っていたことを初めて知り、涙しました。

あの笑顔から繰り出される優しく丁寧な言葉は、どんな悩みも包み込み、勇気
と希望を与えてくれました。師弟の誓いのままに、イギリス広布に走りぬいた
コーストン理事長のように、私も地域広布に走りぬくことを、あらためて決意
しました。

 

わが忘れ得ぬ同志

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月20日(火)12時56分1秒
  リチャード・コーストンさん──
イギリスSGIの初代理事長

広布の使命に生き抜いた英国紳士(ジェントルマン)
2006-5-21

──「学会の前進が人類の幸福と平和の前進」「創価学会の信奉す
る仏法は、世界を救う仏法である。創価学会の前進は、人類の幸福と平和の
前進である」イギリスSGI(創価学会インタナショナル)のリチャード・
コーストン初代理事長が、その全人生を賭(と)して放っていった叫びである

。それは、金の思い出と輝く、一九九四年の六月十五日──創立五百五
十年の歴史を誇るスコットランドの名門グラスゴー大学から、私は光栄にも、
名誉博士号を拝受した。ヨーロッパ屈指の学問の王座であり、教育の殿堂
である。まことに厳かな儀式であった。何ものにも動ぜぬ、荘厳なる伝統が

光っていた。何ものにも侵されぬ、厳正なる品格が薫っていた。グラスゴ
ーの緯度はモスクワと、ほぼ同じである。初夏とはいえ、式典会場から外へ
出ると、風が肌寒かった。その時、後ろから、とっさに自分のコートをぬい
で、私の体を覆(おお)ってくれた紳士がいた。コートの温もりから、心の温

もりが伝わってきた。振り向けば、あのコーストンさんの微笑みがあった。
「私の母は、ここグラスゴーの出身でした。きょうの池田先生の受章が、私
は、嬉しくて嬉しくてなりません」◆何と愚かな事をコーストンさんに
は、良き英国紳士の気品があり、風格があった。祖先は、印刷技術をイギリ
スに伝え、多大な貢献を果たした名家である。今でも、ロンドンの国会議事堂

の近くには、祖先の名「カクストン」を冠した立派な集会ホールが存在する。
母方も、グラスゴーの裕福な家系であった。その名高い家門に、コースト
ンさんは、一九二〇年(大正九年)、生を受けた。長男として大切に薫育さ
れた彼は、名誉ある王立陸軍士官学校に学び、国を守りゆくエリート軍人にな

った。しかし、第二次世界大戦下、英印(えいいん)連合軍の少佐として、
インドとビルマ(現・ミャンマー)の国境付近で戦い、日本軍がインド東北部
への侵攻を企てた「インパール作戦」を迎え撃ち、戦争の残虐と悲惨を嫌とい
うほど体験した。「我々は、何と愚かなことをしているのか」──敗走す

る日本軍を追撃しながら、累々(るいるい)と横たわる屍(しかばね)を目の
当たりにし、コーストン少佐は慟哭(どうこく)した。私の敬愛する長兄・
喜一(きいち)も、ビルマで戦死した一人である。戦後、コーストンさん
は平和への夢を描きながら、長い軍人生活に別れを告げ、実業界に身を転じた

。ロンドンのハロッズ・デパートで副総支配人を務め、その後、ダンヒル社
の極東支配人として、何度か日本へ来るようになった。その折、学会員の光
子(みつこ)さんと出会い、やがて結婚に至る。光子さんの母君の薦(すす
)めもあり、手にした英語版の小説『人間革命』に衝撃を受けた。ここにこそ
、求めてやまなかった平和の大哲学がある、と。東洋流にいえば、「天命」

を知り抜く五十歳の年輪を重ねて、一九七一年(昭和四十六年)、凛然(りん
ぜん)と入会されたのである。喜々として活動を開始し、ほどなく在日外国
人メンバーの中心者となり、自宅では求道の息吹あふれる国際座談会やセミナ
ーが活発に開かれた。◆次はロンドンで──入会された当時、夫妻は新

宿区信濃町の聖教新聞本社の近くに住んでおられた。私の家とも、目と鼻の先
である。光子夫人は、一時、聖教新聞の配達員もしてくださっていた。不
思議なご縁だが、コーストンさんと初めてお会いしたのは、フランスの地であ
った。一九七二年の五月三日、仕事でフランスに滞在中の夫妻を、パリ本部

にお迎えしたのである。みずみずしい若葉の庭で、私は夫妻に語りかけた。
「東京で隣同士の私たちがパリで出会うとは、素晴らしいことですね!」
この二日後、私は大歴史家トインビー博士と、ロンドンのご自宅でお会いし、
二年越し四十時間に及ぶ対話を開始したのである。世界の諸文明を鋭く洞察
されてきた博士は言われた。「文明は、その基盤をなす宗教の質によって決ま

る」と。そして近代西洋文明の行き詰まりを打開する力として、「今こそ新
しい宗教が必要です」と、仏法の人間主義に大きな期待を寄せてくださった。
ここヨーロッパにも、本格的に大法弘通(だいほうぐつう)の時が来たと感
じた。ふと脳裏に浮かんだのは、誇り高き英国紳士コーストンさん夫妻の顔で
あった。その年の夏には、日本でコーストンさんと一緒に勤行をする機会も

あった。私は、彼の手を握って言った。「次はどこでお会いしたらいい
か、ずっと考えてきました。今度は、ロンドンで、いかがでしょうか」彼は
、「グッド・アイデア!」と顔をほころばせた。折から、コーストンさん
は考え始めていた。母国の「平和」と「広宣流布」に後半の人生を捧げゆく
ことが、自分の今世の使命ではないか、と。しかし、日本での暮らしは、家

庭も仕事も、すべて順調だった。帰国すれば、その安定を一切、捨てねばなら
ない。「日本永住」は、光子さんとの結婚の条件でもあった。しかし、ご夫
妻は真剣に唱題を重ね、イギリスの妙法広布を深く決心したのである。私は
、書籍に、「久遠元初からの永遠の友」と記して、お二人に贈った。「イギ
リス一、幸福なご夫妻になってください」と。渡英の直前には、信濃町のコ

ーストン夫妻のお宅で開かれた最後の座談会に、私の妻も参加した。イギリ
スで一番苦労するのは光子さんだからと、妻は、自分の体験を通しながら、「
ヨーロッパの広宣流布をよろしくお願いします」と、膝を交えて語り合ったよ
うである。ご夫妻が旅立ったのは、一九七四年(昭和四十九年)の春三月で
あった。折しも東西冷戦下、米ソ対立の狭間(はざま)で、ヨーロッパも

また、分断の苦悩が続いていた。ベトナムや中東の戦火も絶えなかった。戦
争から平和へ!私は、その転換の原動力こそ「対話」だと、決然と世界へ
打って出た。この七四年には、アジア、アメリカへ、さらに中国へ二度、ソ
連へも。共産圏への訪問を揶揄(やゆ)して「宗教者が、なぜ赤いネクタイ

をするのか」等の中傷を浴びたが、私は歯牙にもかけなかった。翌七五年一
月には、再び渡米。戦争の悲劇の島グアムで、SGIを結成した。「世界広
宣流布」即「世界平和」をめざして!歴史的な発足式には、コーストンさん
も飛んで来られた。「必ずイギリスにも行きます!」と伝えると、彼の笑顔が
弾けた。「日蓮が慈悲曠大(こうだい)ならば南無妙法蓮華経は万年の外(

ほか)・未来までもながる(流布)べし」(御書三二九ページ)この永遠の
妙法を根底に、イギリスにも、いな全ヨーロッパにも、必ずや「永遠の平和の
都」を築くのだ!これが、彼と私の決意であった。◆師弟不二の誓い
コーストンさん夫妻の再出発は、苦難続きだった。期待していた仕事の当て

が外れ、給料は激減した。光子夫人が慣れない異国の地で、ベビーシッター
をして生活費を助けた。七五年の五月、約束したロンドンでの再会が実現し
た。私のイギリス初訪問から十四年。この時、イギリスで法人が認可され、
コーストンさんが初代理事長に就(つ)いた。「私たちは、どこまでも、師

弟不二の精神で前進します!」彼の就任第一声は、毅然(きぜん)としてい
た。新しいスーツも靴も買えず、生活はどん底だったが、広布に戦う心は朗
らかに不撓不屈(ふとうふくつ)であった。「長き夜も必ず明ける」(シェ
ークスピア)。輝く朝を見つめ、彼は戦った。車や電車を乗り継ぎ、地方都
市に住む同志の激励にも回った。大雨の日、破れた靴から靴下が濡れ、やっ

と訪ねた家で仏間にあがれなかったこともある。コーストンさんは、ロンド
ン西部の自宅アパートの一部屋を、拠点兼事務所に提供してくださった。イギ
リス広布の草創期を共に歩む尊き同志たちと、大家族のような楽しい日々だっ
たと振り返っておられた。「立正安国論」「諸法実相抄」等の御書を講義し

、青年部と共に、“トインビー対談”の勉強会も真剣に行った。現在のサミ
ュエルズ理事長、フジイ副理事長、プリチャード婦人部長らも、“コーストン
学校”の栄えある卒業生である。リッチモンドに新会館が誕生すると、ご夫
妻に管理者になっていただいた。メンバーも皆、わが事のように大喜びした。
戦場という生死の境で指揮を執ってきた彼は、指導者のわずかな気の緩み

で、幾多の人々を犠牲にしてしまうことを、身に沁(し)みて知悉(ちしつ)
していた。ゆえに誰よりも自分に厳しいリーダーであった。また、連携を
密にして、報告を迅速・正確にしていくことが、組織の生命線であることを、
常に訴えていた。さらに、あらゆる戦いにおいて、皆の食料や休憩(きゅう
けい)・睡眠を確保することが、指揮者の責務である。彼は、いかなる時も

、メンバーがお腹をすかしていないか、疲れていないか、交通手段は心配ない
か等々、細やかに心を砕いていった。◆正義は学会に!一九七九年──
嫉妬に狂った坊主と恩知らずの反逆者の大陰謀により、私が第三代会長を辞
任した年の秋のことである。彼は、同志と共に、私が指揮を執る神奈川文
化会館まで、勇んで来てくれた。私が「学会は正義です。何の心配もいりま

せん。『十年後を見よ!二十年後を見よ!』との心意気で進みましょう」と
語ると、彼の力強い声が響いた。「狂った日本で何があろうとも、池田先
生は、永遠に私たち創価学会インタナショナルの会長です。SGI会長とし
て、イギリスにいらしてください!我らのヨーロッパで、世界広宣流布の

思う存分の指揮をお願いします!」その生命の叫びを、どうして忘れること
ができようか。八一年の五月、正義の師子は、いよいよ鎖を断ち切り、二
カ月間で地球を一周する平和旅に疾駆した。六月上旬には、雄壮なサント・
ビクトワール山(勝利山)を仰ぐ、南仏(なんふつ)トレッツの欧州研修道場

にいた。十八力国五百人の地涌の友が集い、欧州広布二十周年を記念する研
修会が行われたのだ。研修初日の六月六日は、創立の父・牧口常三郎先生の
生誕百十周年の佳節であった。今、この日は「ヨーロッパの日」として歴史に
刻まれている。期間中、早朝から深夜、そして明け方まで、不眠不休で運営

にあたってくれたのが、コーストンさんだった。当時、六十一歳。少し休ん
でほしいと心配する青年に、感謝しながらも、断固たる口調で言った。「今
、欧州は広布の草創期だ。自分の体をかばっている時ではない!」彼は、愛
する青年たちに繰り返し語った。「常に会員第一たれ」「現場主義が大

切だ。官僚主義に陥ってはいけない」「自分に負けて、為すべきことをしな
いことは、仲間を裏切り、陥れることだ」「大切な同志を、自分の信念を、
絶対に裏切ってはならない」その十年後の九一年三月、日顕宗の学会破壊
の謀略に怒ったコーストン理事長は、烈々たる抗議文を日顕に叩きつけた。

「私たちがSGI会長を裏切り、SGI組織を解散するはずだと、汝は信じて
いるのか!そこまで我らを見下しているのか!」「汝が行おうとしているこ
とは、イギリスの広宣流布を何百年も遅らせることでしかない!」この火を
噴く正義の論陣が、イギリスはもちろん、全ヨーロッパのSGIを厳然と護っ

たのだ。妙法は「活(かつ)の法門」─その国の伝統もその人の
人生も輝く◆文化の城(タプロー・コート)の誕生イギリス広布という
「人生の本舞台」に立った時、コーストンさんのそれまでの一切の苦闘は、豁
然(かつぜん)と生きてきた。「ノブレス・オブリージュ(高貴な者に課せ

られる高い義務)」という伝統の精神も、仏法の菩薩の生き方を根底にすれば
、新たな「世界市民精神」として蘇生していくのを、コーストンさんは確信し
た。以前は悔いていた軍人としての経験すら、青年に伝えるべき「民衆奉仕
のリーダー学」の知恵の宝庫となった。妙とは「開く義」。妙とは「蘇
生の義」。そして、妙とは「円満具足の義」である。仏法には無駄がな

い。御聖訓には、「一切の事は国により時による事なり、仏法は此の道理
をわきまうべきにて候」(御書一五七九ページ)と仰せである。その国の良
き伝統を最大に生かし、その時代に応じて、人間と社会の幸福のため、豊かな
精神の価値を生み出す。それが「活の法門」である。一九八九年五月、美し
き七彩(しちさい)の虹のもと、壮麗なタブロー・コート総合文化センターが

堂々と開所した。あの“ベルリンの壁”が崩れる、半年前であった。二千
年の歴史が薫る天地に立つ城館(じょうかん)が、世界市民の集う平和と文化
の大殿堂として蘇った。それは、コーストンさんの大勝利の雄姿そのものであ
った。晴れの開所式に馳せ参じた私は、偉大な“城主”のご夫妻に一首を捧

げた。不思議にも夫婦(めおと)の使命は永遠にこの地に残らむ
世界に薫らむ◆最後の最後までコーストンさんが逝去されたのは、一九
九五年一月十三日の朝。享年は七十四歳であった。肺がんと告知されても、
一歩も退かなかった。逝去一週間前のイギリス総会にも、出席する決意だった

ようだ。心地よさそうな、眠るような最期であった。薄らぐ意識の中でも、
口を動かし続け、題目を唱えていた。傍(かたわ)らで手を握っていた光子
夫人が、「私も元気で戦っていきます。心配しないでください」と呼びかける
と、その手を強く握り返した。ピンク色の頬を、早朝の太陽が美しく照らし

、まことに荘厳な、新しい生命の旅立ちとなった。五十一歳で入信した時、
「あと二十年は妙法のために戦いたい」と願った彼。その通りの歳月を広宣
流布に捧げた“妙法のジェントルマン”は、ヨーロッパの平和の夜明けを見届
けたのだ。そして、新世紀の広布を託したヨーロッパの青年たちの大前進を

、あの柔和な笑みで見守り続けているにちがいない。タプロー・コートには
、コーストン初代理事長を讃えて、その端正な顔のレリーフが掲げられている
。私が贈らせていただいた言葉とともに──。「最後の最後まで、戦
って戦って戦い切って、世界広宣流布の歴史に、不滅の功績を留めし、大功労
の英雄なり」


略歴:リチャード・コーストン

1920年~1995年。ロンドン生まれ。英国王立陸軍士官学校卒業。第二次世界大
戦下のエンド・ビルマ国境戦線(日本側「インパール作戦」)で、英印連合軍
の少佐として従軍。

51歳のとき、日本で入会。その後、母国に戻り、イギリスSGIの初代理事長
となる。教学研さんを軸にメンバーを育成。仏法哲学をテーマにした演劇など
、多彩な文化運動を通して、SGIへの理解と共感を広げた。長年、世界平和
唱題会をイギリス全土で実践した。

欧州SGI副議長、SGI副会長など歴任。享年74歳。光子夫人はイギリスS
GIの副総合婦人部長。
 

くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)12時55分49秒
  その通りです!

クズはクズなりにひっそり生きてりゃいいのに、バカでちょーし込んでっから

54年の事まで表面化です。 仰る通り!



54年の総括を、やったる。

かかってこいや、アホどもめ。

54年に何をやった?

池田先生をどうした?

ハラダ、知らぬふりはもう通用しないぞ。

スケベで女を囲い、子供まで。

お前の行伏なんか、バレバレだぞ、ハラダ。

辞任、辞任、辞任、だ。

組織破壊を企て、教義の身延化、会則を勝手に改悪、会員はそれを知らないのだ。

そして会員無数にはたらいた除名・理不尽の処遇、

池田先生が除名しろと命じた悪人をのさばらせ、けなげな第一級の会員を追い出した極悪人。

ハラダ、それがお前だよ。



 

ひかり様

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年12月20日(火)12時45分50秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

座談会で話した学会嫌いな職場の先輩も、言っておりました。『創価学会も公明党も変わっちゃったよね?』って?

『平和、平和と耳にタコが出きるほど言っていたのに?また、小山に場外馬券場作ることに婦人部がもう反対してたのに?』

『何で安保法案を通し、ギャンブル容認するのか?
秘密保護法も?変わっちゃったね創価学会も』っと

学会も宗教も嫌いな外部の人がなんでだろー

と思っていたところに私が『池田名誉会長が表舞台に出られなくなってバカな会長や元会長が権力と迎合してるからです。』

と言ったところその一言で『全て理解できたと』いってました。

執行部(# ゜Д゜)とその仲間達┐(´д`)┌お前らもうこれ以上、謗法犯すの止めな?

仏法に違背すると恐いよ┐(´д`)┌

地獄行きだぞ~~~~~~~ 恐いぞ~~~~~~っ

与同した人も同じだぞ~~~~~~~っ


 

ひかり様へ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年12月20日(火)12時18分17秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

ひかり様のおっしゃる通りです。ヽ(^○^)ノ

私の会社の支社長が原田とそ・っ・く・りなのでよくわかりますヽ(^○^)ノ

クズはクズなりにひっそりと生きてればまだ少しはかわいげも有るのにバカでちょーし込んでっから54年の事まで表面化してきて今に居所が無くなるぞ(# ゜Д゜)

此処に出てくる皆様は極悪と戦ってきた極善の人達ばかりだと思いますしその人を査問、処分しちゃったら極悪人のレッテルが残るばかりか未来永劫まで悪名が残るぞ(# ゜Д゜)

クズは早く出ていけヽ(^○^)ノ

俺達にケンカを売り、俺達を敵にまわしたおバカさん

お前らに未来はないぞ(# ゜Д゜)


 

くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)11時38分50秒
  今まだ点点のようではありますが、全国で「堂々と異議を訴える会員」が増えています。

ハラダ及び周辺がどうもおかしいと気付き始めた模様です。


いろんな噂が飛び交っています。

くぼたてつ様、こっちが主流になるまでです!



〈噂話ランキング〉

第1位: 安保デモで三色旗

「共産党のしわざ」とバカまるだしで決めつけ(昔からその手を使ってきた)、欺瞞レベル5。

フジンブは共産党撲滅唱題会だってさ~。 なんなのよ~それ~。

日顕撲滅唱題会ってのが、昔ありましたけどね。 よくやるです。

会員の疑問封じ、囲い込みのために、唱題会? 唱題会も利用する?

いまだに噂に上るところを見ると、伝説になるでありましょう。



第2位: 天野さんの署名に対する冷酷な処遇

この映像を誰が忘れるものですか。 大方の会員は、ショック以外の何物でもなかったです。

だが、「会員の記憶は薄れた」と思っているらしい。

よくハラダは座談会に出ていけるものです。 知らぬ存ぜぬとは、越後屋、オマエも悪よのう。

そういや、ハラダはこのころ、アメリカ創価大学に副会長夫婦なんか連れていい気分でしたよ。

安保でどうするか指令を出して、自分等は海の向こうへ逃避行?

よーく覚えています。 去年ですからね。 忘れるわけがありません。

あの9月は、常総市大水害に始まり、9・19の、あっとおどろく裏切りの公明党大変節。

常総市大水害では、この地元の地区部長が亡くなられました。

なのに、太田国交大臣は、大水害を知ってて、自分の資金パーティに出席。

それを「赤旗」にスッパ抜かれて、フジンブの逆鱗を怖れ、電光石火の石井氏との大臣交替だ。

ははは。 姑息~。




第3位:フジテレビで「ザ・創価学会」特集。

なにしろ、組織で「見るように」と流れましたから。 いや~一般の会員には不愉快な・・・

外部にまで「見て見て」言っちゃって、あーあ言って損した、不審がられた、という人多数。

幹部ってつくづく・・・。


第4位: まさかの都知事選で増田支援、惨敗。徒労。

第5位: カジノ法案。 言うだけヤボの馬鹿馬鹿しさ。

第6位、第7位、とまだまだありまっせ。もうやめときます。


しかし何なんですか? こんなに目白押しの不祥事。


ハラダ、歴史的にも、多すぎだぞ、不祥事を短時間にこれ程とは、聞いたこともない。

一般会員が知らぬ間に教義変え、会則変え、査問・除名花盛りの、欺瞞100%大馬鹿人間。

やりたい事がこういう事なのでしょう。








 

念のため

 投稿者:うらら  投稿日:2016年12月20日(火)11時04分40秒
  仮に憲法改正の議論が進み、国民投票まで持ち込まれたとします。現在、憲法改正、主に「武力による紛争解決の手段」を許容していくことに明確に反対の意思を示せる国民は果たして何割いるでしょうか。国民投票までには様々なプロパガンダも組まれることでしょう。
この一闡提が産み落とした「日本」という国の民。
その中にあっても、良識の賢明な民衆の台頭を実感もしますが、それも深く洞察すればほんの僅か、
仏法者であろうとなかろうと、学会員であろうとなかろうと、〝池田先生の弟子〟と自負する各層の人々のなかであっても、実際は「思い思い」のありさまです。
現在でも組織になんら疑いの念持たずひたすら学会善を信じてやまない、一線で活動に勤しむ現場会員などは
本部から打ち出される流れに沿うことになんの異存も持たない人たちの集合体です。
打ち出しが「右」と言えば、たとえ池田先生が訴えてこられた平和憲法の精神もあっさり捨て去り、
ただ公明党の勝利のため、根拠のない学会善のために〝その精神〟も国民投票で変質させてしまうでしょう。
私たちひとりひとりの心の中に「絶対に武力を用いない国を貫きたい築きたい」という〝着実に非暴力の世界へ向かわしめる〟思いは「日本を取り巻く環境はこんなにも危険な事態にある。自国防衛のためなら、多少の武力行使容認はやむを得ない」 という〝事情により多少の犠牲はやむを得ない〟論にいとも簡単に流されていくのだろうと私は思えてなりません。
良識の国民のまだまだ〝不確実〟〝小さな声〟にゆだね期待できるほど、この国の実際は成熟していないと考える方が現実的に思います。
 

いったい何のための幹部なのか?

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)10時38分18秒
  例えばだ。

安保反対した人を査問し、組織から閉め出し、その理不尽に対して納得いく説明は一切しない。

黙ってその手で追い出したのだよ。その口で査問して、組織を破壊したのだ。

前代未聞とは、この事だ。 歴史に残るよ。 いや、残すとも。

ただただ、アンタ方幹部は、実は組織固守ではなく、四人組の大ウソと策略のボロ隠しのため、

タダの兵隊となって指令通りに行動し、自身の与同罪を底知れぬほど深い重罪に落とし込み、

つまりは「大馬鹿ハラダの言いなり」をやったんだよ!

すみやかに自身の重大な間違いに気づき、少しでも、その罪障を消滅するために、

まだ、少しは間に合うぞ、追い出した人々に謝罪して、四人組追放のために、動くことだ。

今さら、その化石のような脳みそに何を言ってやっても、ムダかもしれないが。。。

アンタ方は、言いなりになることで、自分で呼び寄せた大害悪に押しつぶされる時が来るよ。

今気づかなくても、死ぬ時に気づく。 否が応でも。

いったい何の為に幹部なんかしたんだろう?

いったい何のための幹部なのか?



 

ひかり様ヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年12月20日(火)10時23分33秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

ひかり様に全面的に賛成です。

クズばかりの執行部とそれらに付いている金魚の糞共がほんとに自分達で恥ずかしくないのか?と考えると彼らの心理が解らない理解不明ですよヽ(^○^)ノ

この間座談会が有って学会嫌いな職場の先輩を対話によって味方にした話を座談会でしたらひんしゅくを買いました。

座談会に未入会家族の方が居りましたのでやんわりと執行部や地方の、幹部が悪いことを話したら『何を言ってくれちゃってんの?』みたいな雰囲気に空気が、固まりました。

懲りずに私も身近な人にも話して行きます。


 

矢野絢也氏 控訴審判決全文から「 」を抜粋(後半)

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月20日(火)09時50分18秒
編集済
  2005.5.27 電話

伏木「残りの手帳はいつくれるか。」

矢野「来週月曜日の30日の午後2時に来てくれ。」

2005.5.30 13時ごろ矢野宅 大川・伏木・黒柳

○○「年数はこれで全部揃ってます。」「国会手帳以外もあるんだね。」

矢野「預けていない分は、ひとつは言論問題の時のやつは、大分かなり前にどっかに押し込んでしまってたんですね。僕も全然記憶なかったんですわ。せやけど、昭和42年ですかね43年か、金属製の柳行李みたいなのあるじゃないですか、箱。いろんな訳わからん、もう、書類がつっこんである、おじいさんの時代からの古い古い文書。」「古い書類がね。私の親父の前、おじいさんの代かからね。たぶん私、引越の時に議員宿舎から二十騎町に引っ越した時にとりあえず全部つっこんだんだね。」

大川「ところでね、矢野さんね。こないだのと今日のこれで、全部お出しになるって言っていたので僕らもそれで信頼しますが。あのう、文春のはじめの方を見るとね、『資料とメモ、膨大で我ながら驚いた』って、驚きになっているから、矢野さん自身が驚きになるなら、こないだのとこれで、ほんまに膨大な資料全部なんかと思うんですけどね。」

黒柳「ご自分で扉も開けていただきましたから、私たちは秘密のご子息のあれまで見せていただいたんで、これ以上疑わないんですけど。」

伏木「いや俺達話してたのはね。『メモと資料がある』と。こうあった。これはほとんどメモだから、まだ資料があるんじゃねえかと。」

黒柳「そういうことです。今おじいさんの時代からの鉄の行李とか何とか、そこからお探しになったって今言われましたからね。そういう物をまだ探せば、また出てくるんじゃないかというような感触を、今の文春の。」

矢野「ほんだら、先祖代々からの全部お持ちになりますか、そんなら。それは言い過ぎじゃありませんか。」

黒柳「別に言い過ぎじゃないです。」

矢野「誠心誠意してるわけですから。そこまで言われたら、そりゃあ、もう紙1枚もないかと言われれば、あるかも分かりませんけど。」

黒柳「この前ね、矢野さん自身が開けて、みんなどうだどうだとお見せいただいたでしょ。あれが頭に残っている訳ですよ。それで更に、今、おっしゃったようにお探しいただいて、要するに、おじいさん時代の鉄みたいな行李のなかから出てきたということを総合しますとね、何かこう今の膨大な資料という中の、内容は分かりません、私は。矢野さん、当人だから一番よく分かるんでしょうが。」

矢野「そんなことおっしゃるならね。もう全部返して下さい。......私ね、本当にこの1週間、必死の思いで探したんですよ。そんな言われ方したんじゃね。僕が今度の件で悪口言われることとは別に、全部返してください、と。燃やしちゃいましょう、と。」「私は、もうね。これをお預けすること自体に、ものすごい抵抗感じているんですよ。正直言うて、人権蹂躙ですよ。私のプライバシーまで持っていくんですから。私の子供の問題、私の家族の間題、私の父親の問題、全部入っているんですよ。これあなた方持っていったことが世間にばれたら大変なことですよ。」「私はそんなことは言いません。誰にも言いません。しかし、私のプライバシーのすべてをお持ちになってですよ、まだ残ってないかっていうのは、黒柳さん、言い過ぎじゃないですか。」

黒柳「だからそこまであれするとさ、またね。せっかく、せっ かく好意をいただいたことについて、へんな話になっちゃいますから。」

矢野「僕もね。ほんとに必死になって探してこういうことですよ。それで1枚もないですかと言われりゃね、そら僕だってそら天井裏に1枚あったら分かりませんよ。それをね、家探しして下さいとは言えません。」

黒柳「あの、別に家探しなんてなるとね、警察沙汰にでもなるから。......ただ、家探しという 言葉じゃなくて、要するに、......矢野さん言ったことをこちらも、昔の仲間として善意に受けとめて来てる訳ですよ。......ただし、是非ご理解いただきたいことは、今、伏木さんが言ったように、膨大な資料とかメモとか、それから今もう一回繰り返しますが、2週間の間に本当にご苦労いただきましたけれども、おじいさんの時代のそういう行李までひっくり返したんだということになりますとね、何となくね、まだあるんじゃなかろうかなという、感触ですよ、感触。」「あの矢野さんもね、ほいじゃあ家探しして下さいって、まあ失礼なことでは。」

矢野「それは僕は断ります。」「そりゃ大川さん、そりゃなんぼでも、おっしゃる言葉じゃないんじゃないですか。」

黒柳「だから、家探しという言葉、もうまったくこれは変な言葉ですけどさ。あの、家探しという言葉はね。これはもう、今私たちが警察権力を持ってるわけでも何らありません。要するに昔の仲間としてあれしているわけですからね。」「一生懸命お探しいただいたんだと思いますけど、それで出てきた。そのほかにもどっかに、もしかすると、と。だから要するにそれで我々があれしたら、これでなきゃないでも、しょうがないと言っちゃ失礼ですけど、おしまいですよ。」

矢野「強盗ですよ。それは、今おっしゃっていることは。」

伏木「それで我々とすれば、万万が一よ、後になって出てきたなんてことになるとね、3人でこうやって話し込んで、それでお互い信頼だ信頼だと言って、後で出て来ちゃ問題だと。だから念には念を入れてという意味で言っているんであってね。そこんところは分かってくださいよ。」

黒柳「もう本当にくどいようですけど、膨大なメモ資料ということになと、......この次出てきて、何かのときになると、これ大変なことになる可能性ありますよと。」「だからね万が一ね、この次に何もペーパー1枚がどうだとか、手帳が1つどうだとかこういう問題を言っているんじゃな いんです。だけど、やっぱり、その客観的に判断する人はね、『要するにまた出てきたらだめだった、また出てきたらじゃ、何回続きゃいいんだ』という可能性だけ、可能性だけです。矢野さんに言わせれば、『無いよ』とこれでおしまいです。私たちもその善意に対しては間違いなかろうと。ただし、私たちあくまでも3人は言われてやってきた訳で、まだこの周りにですね、もう伏木さんも、うるさい藤井さんだっているし、大久保さんだっているし、まだまだいっぱいいるわけですよ。そういう人たちはね、要するに私たちの言っていること、矢野さんの言っていること、半分わかるけど半分わかっていない。あとは、文春のあの書面、そういうものについてやっぱり彼らは中心にいろいろコメントするわけ ですよ。ですから、......出てきた場合には大変なことになるよって。......もしですね、この次、......また出てきちゃったじゃないかといった場合に、まあ失礼ですけど、我々も立つ瀬がないわけですよ。『何だお前たちでくの坊』と、......何しに行ってんだと。」「私たちはね、言ってること7割、あるいは人によって違うかもしれないけど、私は7割信用します。ですけれども、......もしこの次出できたならば、これはやっぱりね、ただ単に書かないとか、またあったから出しますよという問題ではないですよと。......意図的に隠したんですか、それとも分からないであったのか、これはね、第三者の判断というのがね、これはもう、まちまちになっちゃう訳ですよ。だから、私たちも今ここでね、もうケリをつけたい訳ですよ。」

矢野「気持ちは分かります。じゃあ、どないしたらよろしいんですか。」

○○「どないしたらって言ったら、どうですか大川さん、ですからこの前ね、要するにくどいようですけど、......開けていただいたでしょ。ああいうのを見てね、それで我々が目で見て、それで無いとなったら、それは無い訳ですよ。」

矢野「するなら勝手にやれ。不法侵入、脅迫ですぐに訴える。」

黒柳「やるならやってみろ。」

大川「どうしてもだめなら、全党挙げて矢野をつけねらう。」

矢野「それは、かまいませんけどね、感情論で申し訳ない。心外なんですよ。大川さん。なんで......」

黒柳「私たちは、本当にその、感情論で言ってるんじゃないですよ。......矢野さんの立場に立ったつもりで言っているんですよ。」

矢野「何度でも何でもどうぞ」

黒柳「いやそれは、これはね。赤の他人の家ですから、どうぞなんて言われるもんじゃないですよ。やっぱりね、......やっぱり、その矢野さんがご案内いただき、奥さんのご了解をいただかなきゃね。そんなもの、私は社会人だし、少なくともあの立法府に長いこといた者ですから、そんなもの、ズカズカズカズカね、行くわけにはいきませんよ、それは。それはいけませんよ。そんな失礼なことはできません。あくまでもですね、出すのも、私が自発的に出したんだよ、と。みな、自発的にやったんだよ、と。それは圧力になるよ、と。言っていただいているんですから。」

矢野「ほんとにね。こんなこと、そんな昔の過去のことよりも、このこと自体が大問題ですよ。まさか、お互いね、野暮ですから言いません。だから僕は 自発的に出した形をとっている訳ですからね。それをもう......。」

黒柳「その是非はね、もう私たちはいいんですよ。ここにね、6、000名のね、OBと議員がいる訳ですよ。」

矢野「じゃあ、もうご覧下さい。」

矢野「ご案内するんですか?」

黒柳「やっぱりそうじゃないとね。そうじゃないとね、もう。」

矢野「屋根裏まで行きますか?」

黒柳「ズカズカズカズカってわけにはいかないし、奥様だっていらっしゃるし。」

矢野「家内はおりませんよ、今。」

黒柳「お留守ですか、今?」

矢野「仕事で出かけてます。」

黒柳「少なくとも、やっぱりご案内いただかないと。どうですかね、ズカズカってわけは。」

伏木「そりゃまずいよ。」

大川「人の家だよ、あんた。」

矢野「いやいや、どうぞ、もう。ご案内してもいいですよ。しかし、あの、俺、本当にどないしてご覧になるかなと思って。」

黒柳「そしたら案内してもらって。」

伏木「その方がいいよ。そんでね、そんでさ。したくない、本当にしたくない、したくないけれどもね、したくないけれども、我々もこうやって話し合って、それで大勢の人いるわけですよ。あれだけのものを。」

矢野「ご案内しましょ! もうめんどうくさい。......もうあれですよ、ちょっと私としては、ひっくり返っているのを見られるのはいやですけどね。そういうプライバシーのところは、日をつぶっていただいて。」

黒柳「あの、矢野さん。黒柳が無理に押しかけてきたなんて、後で書かないで下さいよ。はっはっは。」

伏木「そんな余計なこというからいけないんだよ。」

満子「きゃあ、きゃあ。」

矢野「あ あ、おったんか失礼。」「着替えておりますから。」

満子「なぜ、あの人たちに2回も家探しをさせるのか、非常識すぎる。許せない。それに私が着替え中、私の部屋を覗くとはけしからん。」
 

矢野絢也氏 控訴審判決全文から「 」を抜粋(前半)

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月20日(火)09時49分26秒
  矢野絢也氏 控訴審判決全文から「 」を抜粋

2005.4.20 戸田国際会館

西口「創価学会青年部が怒っている。」「矢野を除名せよとの要求が出ている。」「青年部は跳ね上がっている。矢野の命も危ない。」

2005.4.28 聖教新聞

「公明党元委員長の矢野氏が謝罪」「『文藝春秋』(93 年、94 年)掲載の手記をめぐって」「矢野氏“私の間違いでした”“当時は心理的におかしかった”」

2005.4.30 電話

長谷川「青年部が強硬だ。事態を収めるため、帰国日である5月14日に青年部と会ってほしい。」

2005.5.9 聖教新聞

「公明党矢野委員長が海外!?」「行動で示せ!口先だけの『謝罪』は要らぬ」「“恩知らずは畜生の所業”」「我々は『口先だけ』なら絶対に許さない。本当に詫びる気持ちがあるなら、行動と結果で示してもらいたい」

2005.5.14 戸田国際会館 杉山ら5名

「青年部において除名せよとの要求が出ている。」「我々は本当に怒っている。」「土下座しろ」「人命にかかわるかもしれない。」「息子さんは海外で立派な活動をしている。あなたは息子がどうなってもよいのか。」「政治評論家をやめるべきだ。元委員長が政治評論家面をするのは許せない。」

2005.5.15 17時ごろ矢野宅 大川・伏木・黒柳

大川「伏木さんが今もうむずむずして一番言いたいのは。要するに、あの文藝春秋の極秘メモですよ。」

大川「はっきり青年部との約束が評論活動も今後やらないというようなことを大前提でおっしゃったとなれば、そんなもんがあったんじゃ先々心配だな」

黒柳「青年部に対しても、今後、まあ行動で示していくと、ね。・・・・・・そのメモってのは、伏木さんが一番よく知ってるんですよ。要するに、そうすると極端に言うと、27冊の衆議院手帖にいろいろと書いてあると。極端に言うと。」

矢野「それは無茶な話だ。おれのプライバシーの書いてある手帖を預けろという意味が分かっての話か。それは人権問題になる。断る。」「手帳には、我が家の内部のこと、銀行口座の番号、ID番号、債権債務、息子のこと、その他我が家のすべてが書いてある。それを渡せというのは個人情報の侵害、人権侵害、プライバシーの侵害だ。分かっているのか。君たちは国会議員までやった人間だ。そういうことが知れたら......。」「その手帳には、絶対私以外の人が見てはならないことが書いてある。学会の税金間題、ルノアール事件、捨て金庫事件、やばい筋の話、言論妨害事件で他党の政治家と交渉した内容が実名で書かれている。月刊ペン事件、本山との抗争問題、山友問題等も書いてある。これは爆弾だ。だからおれは墓場まで持っていこうと思っている。絶対に外部に知られてはならぬ内容だ。それを承知か。だから渡すわけにはいかない。」

〇〇「それを渡さないと皆怒り狂って何が起こるか分からない。」

〇〇「渡さないなら覚悟はできていますね。」

大川「矢野さんが本当に青年部とか西口さんときちんと大前提約束したんなら、今後のことはまたお家のことだとか、ご家族にもいろいろ関わりがあることだから、僕らは先のことを考えりゃあ、あくまで『膨大なメモ』ってやつは、燃やしちゃうとかなんとかじゃあなくて、......差し出がましいけど、一時、僕らが、ほかじゃ差し障りがあるから、僕らOBの仲間で一時お預かりしちゃって、時が来るまでは抱いてるかと。そういうね。」

伏木「神奈川だって大光会をやったときに、がーっと出たよ。」

黒柳「大光会の意見っていうのは決して大光会だけの意見じゃないですよ。学会の意見でもあるんですよね。皆組織に入ってますから。そうなるとね、要するに、今更のようだけども、あのタイトルと張出しにあった膨大な資料だと、整理するのも大変だと、極秘メモだというようなことがね。要するにまたこの次書くんじゃなかろうか、これをネタにして何かやるんじゃなかろうかという、当然、やっぱり疑心暗鬼はみんなあるわけですよ。......ですから、......燃やせばいいじゃないですか、ということだけじゃだめなんですよ。」

伏木「燃やしゃいいってことじゃなくてね。」

大川「だから、もしあれだったら、封印して、僕らが矢野さんから預かってもいいよ。開けて見る必要ないんだから。」

矢野「だから、あのね。正直害うて、個人的なプライバシ ーもありますし、あのう家庭のこともありますし、あるいはこの会社のね。......それはあのう......」「私が処分すると。処分の方法は考えようと。こう言っていたということにして理解して下さい。僕は約束は守りますから。」

大川「それはね、矢野さんね、僕らの気持ちはね、残しておいて、そのことで悪用するんじゃないかっていう、僕ら、そういう邪推じゃなくて、もし、すっきりね、ここでちゃんとお辞めになるというなら、周囲をね、周囲を説得するのに、 ......封印して全部ね、これだけ、ちゃんとしっかりして、もうこんな論議やめてくれっていうには、預かってるのが一番いいなという、のがね。......さんざん議論してね。それが、僕ら、僕の結論なんです。」「矢野さんがこっちに預けるには、全部ご自分で封印して、それをこっちに預かってきて、手つけないで、また時来たら返すってことじゃないの。」

伏木「だから封印してもいいじゃない。」

黒柳(携帯電話で藤井に)「ええ、今やっている最中です。」「はい、絶対に取ります。」「打合せどおりにやっています。」

大川「こっちがね。なんかねあの強奪しちゃったみたいなね。」

伏木「預かります。僕がね。」

伏木「じゃあ党本部に来てもいいよ。持って。」

矢野「皆さん、これでねえ、......これ全部、矢野の日記預かってきたと。矢野から、もうお前ら保管しとってくれと言われたというふうに言って下さい。......でないと、これはね、問題になります。」

黒柳「全部 矢野さんの自発的な行動ですね。」

伏木「そらそうでしょう。大変なこ とになりますよ。」

2005.5.15 18時半ごろ矢野宅 大川・伏木・黒柳

大川「今日たまたま党側の方に帰りますと、藤井さんと大久保さんがいて......今あるならあるだけの資料でも預かってくるなり、それから貸金庫というのはどこの金庫かはっきりしてこなきゃ、お前ら何やって来たんだって、今言われて。もう、言われりゃそうかと。......で、また3人でやって来ました。なんていうか、むしろ、怒られちゃって、笑われちゃって。」

黒柳「おしかりを受けて、またこうやって来たわけですよ。申し訳ないです、すみません。」

大川「預かって、うちの党の本部で僕らが預からせてもらえば一番安全なんだけどな。変な言い方だけどね。」

黒柳「要するに、今ご自宅にあるのは、あるって矢野さん言ったんだから、それだけでもあれしなかったら。子供の使いじゃないか、なんてことでですね。」

矢野「何でそんなに焦るのか。」

黒柳「3年分くらいはあるだろう。それを寄こせ。」

矢野「無茶を言うな。」「お前ら狂っているぞ。こんな無茶な法律無視のことを脅迫でやったとなると、それがばれたら重大な社会問題になる。分かっているのか。」

黒柳「どうしてもだめか。」

大川「こんなに遅く夜悪いけどさ、せっかく来たんだから、矢野さんの作業所、見学させて。」

黒柳「西口さんから3階の事務所を1回、見学して来いって言われてさ。」

大川「お預かりするなら、党本部で預かりゃ一番もう安全だと思う。」

伏木「要するに、要するにね。もう、みんな、こうカーッとなった訳よ。それは分かるでしょう。......だから、やっぱりそれをだね。誠心誠意やっていった方がいいですよ。」

2005.5.16 電話

伏木「水曜(5月 18 日)は忙しいので、明日火曜日にしてくれ。」

矢野「こっちは先方に連絡しているところだ。そっちの都合だけ言うな。」

2005.5.17 20時ごろ矢野宅 大川・伏木・黒柳

大川「いや、これね。話し合い、今後のことも信義をもってきちんとやってもらえないと俺もね、役目つとまんねえからさ。」

黒柳「ちょっと、抜けてるか抜けてないかというのは失礼ですけどね。要するにこれがすべてかどうかも分からない訳ですよ。ただ、年数が抜けているということだけをいうのですよ。」

矢野「昨日、僕が手許にある引出、調べてこれだけ探してきたんだから、あとも、どっかにあるかもわからへん。」「僕は誠意をもって探す。」

矢野「女房にはこんなこと知らせない方がいいって。」「こんなことは、そら、うちの女房は信心しっかりしてまずけれどね、そりゃ女房にはね、こういうことあんたらに渡すこと言ってないんです。やばいですよ。」「俺はね、こういう余計なことはね、この4人だけでいいと思っているから。」

黒柳「あとは、いつ渡してくれるか。」

矢野「捜す必要があるから1週間後だ。」

○○「もしこれ 以外に残っていたら重大なことになる。」

矢野「足りない手帳を除けば、これですべてだ。重大なことになるとは、どういうことか。無礼ではないか。」

黒柳「重大なことと言えば分かるだろう。矢野さんの身に危険が迫る。」

矢野「また脅迫か。」

黒柳「そうだ。嘘をついたことになるから重大だ。そのために家探しをさせてほしい。」

矢野「お前、常識があるのか。家探しの捜査令状でもあるのか。」

黒柳「でないと俺たちは子供の遣いになる。是非、家探しをさせてくれ。」

矢野「こんな無茶をするとは、相当上からきつく言われているのだな。」

○○「俺たちの立場があるので。家の隅々まで見たと報告しなければ、藤井や大久保にしかられる。」
 

グラフSGI 1月号折込 新年メッセージ より

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)09時45分39秒
編集済
  益々お元気になられる池田先生の元とは言えない新年号で、奥様の姿が見られませんが如何されておりますか?

『表面の姿がどうあれ、生命の奥底では、私たちが相手の仏性に働き掛ける時、その仏性も、こちらの仏性に応えているのであります。

ゆえに、相手の可能性を信じ、語り掛けていくことです。祈り抜いていくことです。そこに、必ず仏縁が結ばれ、友情と信頼の花が咲き薫っていきます。これが法華経の精神であり、私たちの実践です。

各地で分断の危機が憂慮される今だからこそ、ありとあらゆる差異を超えて、世界市民を結ぶ創価の「人間尊敬」の対話によって、地球の未来を彩る「平和と共生の虹」を掛けていこうではありませんか!

さあ、一人一人が、永遠なる「地涌の青年」として、新たな友を呼び出し、新たな人材を育てながら、本年も「広布と人生の凱歌を!」と叫んで、私の新年のメッセージとさせていただきます。

2017年   元旦

創価学会インタナショナル会長   池田大作』


叫んだメッセージは、初めてです。
現場は、常に対話ですが、創価公達村ではサイレントアピールは、シカト、無視ですか?
サイレント・アピールする者、この板に投稿する者は、仏性の無い人間でもない奴らだ!と。

だから、可能性を信じないし、徹底的に表面的にはシカト・無視、裏では財務をふんだんに使い込んで、監視・盗撮・ネット妨害・内弁慶に役職を楯に密告通謀を勧奨する。

全く「ダイアローグ(対話)」を放棄して、恥部隠しに狂奔しているだけで、2017年が明けてしまいます。明年からは、勃樹を各部代表者会議やら海外遊行やら大きな会合に出して挨拶などされませんよう勧告いたします。

P.S.    忘れるところでした。SOKAネットの会則前文に明記されております「日蓮世界宗創価学会」の創価学会インタナショナル会長  池田大作先生の揮毫が、未だ公表されておりません。もう二年目を迎えますが、創価公達村では御法度なのでしょうか?それとも勃樹先生になってからの開闢なのでしょうか?御披露目を宜しくお願い申し上げ奉りマス!
 

公明議員のカジノ法案への賛否投票情報

 投稿者:感性  投稿日:2016年12月20日(火)09時26分51秒
編集済
  >参院新人議員6名中5名がカジノ法案に賛成  投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月20日(火)09時0分50秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61814

議場での投票に党議拘束がかけられていない場合は当然、公明新聞という機関紙で
衆参の全公明議員の投票情報(誰がどちらに投票したか)が公開されていなければならないと思うのですが、実際はどうだったのでしょうか?
公明発信のネット情報を見る限りではそこまで開陳していないようですが・・・(違っている場合はどなたか御指摘願います。)

むろん当事者として公明党がこのことは発信すべきであり他のメディア等が発信しても党に関わる公開性に関しては意味がありません。投票行動は公務です。党はしっかり自ら開陳したのでしょうか?

それともそもそもが内外部対策としての茶番投票であるということで各議員の投票行動については意味がないということで非開示になっているのでしょうか?


民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ③  投稿者:感性  投稿日:2016年12月 4日(日)01時36分40秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61043
 

参院新人議員6名中5名がカジノ法案に賛成

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月20日(火)09時01分50秒
編集済
  学会員はカジノ法案に賛成というイメージが世間に残った。
宗教団体がギャンブル推進なんて、イメージが悪いですよね。
何よりも、ギャンブル依存症を家族に持つ方は、胸が痛まれたとお察し致します。

カジノ法案に賛成した中で、新人議員が5名いました。
それも、新人女性議員全員が賛成とは不自然極まりない。

新人議員なら、山口代表や党の方針に従わざるを得ないと思う。
山口代表はカジノ法案に反対です。
ならば、自主投票とはいえ先輩議員に相談し、公明党の方針や山口代表の意向を考慮するのが普通だと思います。

2016年8月1日に、初登院した時の抱負を再確認すれば、更に違和感を感じる。
この数か月間でカジノ法案に賛成した5名が、民意を察する事が出来なくなったとは思えない。
新人議員が公明党の初心を忘れるとは思えないからです。

カジノ法案の世論調査を見れば、この5名は民意を代弁していない。
誰かの策略なのか、それともこの5名は初心を忘れたのか疑問が残ります。


■初登院した時の抱負

【カジノ法案に賛成】

高瀬弘美さん(福岡選挙区)「福岡の皆さまの真心のご支援にお応えするために、一つ一つに全力で取り組んでまいります」
伊藤孝江さん(兵庫選挙区)「皆さまのご期待に応えられるように全力で、公明党らしく、自分らしく頑張っていきます」
三浦信祐氏(神奈川選挙区)「科学技術の進展で日本が成長できるよう、全力で働く」
熊野正士氏(比例区)「医師として働いてきた経験を生かし、がん対策の充実や介護基盤の強化などを前に進める」
宮崎勝氏(比例区)「『大衆とともに』『現場第一』の公明党議員らしく、すべてに全力で取り組む」

【カジノ法案に反対】

里見隆治氏(愛知選挙区)「愛知の皆さまから頂いた声を政策として形にすべく、全力を尽くす」


(上記コメントは公明党ニュースより抜粋)
https://www.komei.or.jp/news/detail/20160802_20837


さあ、現場へ 参院選で当選した新人6氏が始動
https://www.komei.or.jp/news/detail/20160717_20691


~~~~~~~


>カジノ法案、公明党議員2/3賛成  投稿者:桃太郎

衆議院議員35名中22名賛成、
参議院議員25名中18名賛成、
合計60名中40名賛成しました。
丁度、1/3反対、2/3賛成
まるで作られた数字のようですね。<

>ガス抜きですよ そして作った数字  投稿者:純白のしろ
賛成に回ったのは 若い議員か立場の弱い議員だと思われます<


>公明党の参院議員のカジノ解禁法案の賛否は以下の通り。(敬称略)

 【賛成】秋野公造▽伊藤孝江▽石川博崇▽河野義博▽熊野正士▽佐々木さやか▽杉久武▽高瀬弘美▽竹谷とし子▽谷合正明▽長沢広明▽新妻秀規▽西田実仁▽平木大作▽三浦信祐▽宮崎勝▽矢倉克夫▽山本香苗

 【反対】魚住裕一郎▽里見隆治▽浜田昌良▽山口那津男▽山本博司▽横山信一▽若松謙維<


カジノ法案に賛成した女性議員
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61764

 

二十一世紀への対話31

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月20日(火)08時26分34秒
  ◆◆ 第二章 人間を取り巻く環境

◆ 1 人間と自然

【池田】 仏法では、自然界そのものが独自の生を保つ生命的存在であると説いています。そして、人間は、環境である自然と融和して初めて、ともに生を営み、享受できるのであって、それ以外に自己の生を創造的に発揮させる方途はない、と教えています。
仏法の“依正不二”の原理は、このような自然観に立って、人間と自然とが互いに対立する関係にあるのではなく、互いに依存し合う関係にあることを明らかにしているわけです。主体と環境の関係を分離して対立的に考えるならば、両者の真実の姿をとらえることはできません。しかも、環境とは一定不変の固定的なものではありません。たとえ同じ自然、同じ土地であっても、そこに存在する生命の主体によって、環境の存在意味がまったく違ってきます。たとえば、人間には人間の、鳥には鳥の環境があります。また同じ人間でも、環境は一人一人にとって独自のものです。その意味において、生命主体とその環境とは、一体不二の関係に立っているわけです。
仏法は、この渾然一体となった主体と環境の関係を追求していって、ついに、その原動力を宇宙に脈動する生命力に見いだしています。

【トインビー】 なるほど。しかし、ギリシア語やラテン語の教育を受け、キリスト教以前のギリシア・ローマ文学を学んだ西洋人にとって“依正不二”という概念は、馴染みのないものではありません。なぜなら、その理念は、やはり、キリスト教以前のギリシア・ローマ世界における世界観だったからです。
 

3人の息子を育て認知症の両親の介護をしてきた信頼される保育園園長

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月20日(火)07時07分34秒
  (愛知県・井田さん 女性57)


井田さんは、愛知県で市立保育園園長を務めている。園児のお母さんたちの悩みに、丹念に耳を傾ける気配り先生として信頼を集めている。

生活リズムの変化、両親の就業形態の多様化、朝食の欠損など食生活の乱れ、核家族化や母子家庭の増加など、幼児の発育を不安定にさせる要因は増えている。育児ノイローゼ、乳幼児虐待など、人にいえない悩みを抱える母も少なくない。

井田さんは語る。「親が精神的に安定し、明るい家庭は、温かな育児ができます。だからこそ、お母さん方の不安や苦しみを理解し、寄り添ってあげたい」

◇長男のぜんそくに悩み、そして学んだ

井田さんは3人の息子を育て上げた。その経験は、保育士としての成長につながってきた。特に、長男は幼いころ、ぜんそくを患った。最初は、発作が起きるとあわててしまい、背中をさすることしかできなかった。「一体、どうすればいいの…」

井田さんは「大地はささばはづ外 るるとも虚空おおぞら をつなぐ者はありとも・潮のみ満 ちひ干 ぬ事はありとも日は西より出い づるとも・法華経の行者の祈りのかな叶 はぬ事はあるべからず」(御書1351-18祈祷抄) との御聖訓を何度も読み返し、唱題に励んだ。

その結果、子どものつらさを分かってあげる。「一人じゃない」と安心させる。…愛情が特効薬だと気づいた。病気の治療も功を奏し、小学校を卒業するまでに、ぜんそくは完治した。そうした経験を生かし、井田さんは保育園でも、病弱な子どもたちに自信をもって、かかわれるようになった。

◇週末は名古屋から長野県の母のもとへ

1988年(昭和63年)夏、長野県の山荘で夫婦で管理人を務めていた井田さんの母が、脳腫瘍で病に伏した。状態はにわかに悪化し、名古屋からかけつけた娘の顔もわからない。井田さんは、御本尊に快方を祈った。本紙の購読推進にも力を入れた。

約1カ月後に行われた手術は、家族、同志の懸命な祈りもあって、無事に成功した。リハビリの結果、母の記憶はある程度戻り、日常会話もできるまでに回復した。

弟夫妻が両親の近くに住んでいた。ウィークデーは弟夫妻が母の面倒を見てくれた。保育園が休みの土・日は、右半身に不自由が残った母の介護に長野県へ通った。井田さんの主人(支部長57)も協力してくれた。3人の息子たちも、折りあるごとにおばあちゃんをいたわった。家族みんなの互いへの思いやりが深まった。     1989年12月、母は亡くなった。

◇父、脳梗塞から認知症へ

1990年3月、母の死去から3カ月後、父が脳梗塞で倒れた。一命を取り留めたが、後遺症が残った。計算ができなくなり、次第に自宅のある場所がわからなくなった。8カ月間、名古屋に連れてきていっしょに暮らした。

平日は、昼休みに一度、保育園から帰宅した。父がいなくなっていることもあった。必死で近隣を探し回った。息の詰まるような毎日。苦悩と、たった一人で向き合う孤独感。

「保育士をやめるいかない」と、心が折れそうになったことも一度や二度ではない。そのたびに夫や息子たちに励まされ、再び父と向き合うことができた。自宅療養が難しくなり、父は再び、入院した。

認知症が進行して、暴れることもあった。父の感染症や疥癬が原因で、ほかの患者から距離を置かれたり、介護士に断られたりもした。医師に「うちの病院では無理」と告げられ、転院も経験した。

そんなある日、地区婦人部長が見舞いに来た。「おじいちゃん、元気? 井田さんも元気?」 力強く励ましてくれる真心が、何よりうれしかった。久しぶりに心が晴れ晴れとした。父は倒れてから6年間寿命を延ばして亡くなった。

父母の闘病を支えた経験は、いつしか、井田さんの「心」を鍛えていた。人の痛みがわかる自分に成長していた。井田さんは思った。「私が保育士になれるよう苦労して学校に出してくれたのも、保育士としての活躍を一番喜んでくれたのも、父母だ。介護の経験を糧に、幼児教育の使命の道を全うしよう!

現在、井田さんは、中部教育部の幼児教育部長を務める。母親たちの教育相談を受ける「ぽかぽか広場」の中心者として力を注ぎ、好評を博している。「直面する課題が困難であるほど、勝利への一念は強くなる…。私が実感してきたことを、一人でも多くのお母さん方に実感してもらい、親子ともに幸せになってほしい。そう願う毎日です」

2006年2月7日
 

わが友に贈る 2016年12月20日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年12月20日(火)07時04分5秒
  仕事に奮闘する友よ
賢く健康第一で
全てに真剣勝負で臨め!
誠実の振る舞いには
必ず「信用」が残る!
 

過剰接待に溺れるフジテレビ社員(-_-)過剰◯◯でダメ組織になった創価公達村(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)05時51分51秒
  金や女に弱い高学歴で高収入な創価公達(-_-)

自民やら財界・官界・マスコミに過剰接待されて有頂天になり、何でもベラベラ喋り、危機管理も責任認識も未来志向も無い呑気で内弁慶な極楽世界ですね。

或る筋から、変な情報が漏れ始めています。御気をつけ下さい、まずい事になりますよ~
 

ひらがな御書について

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年12月20日(火)03時03分50秒
編集済
  菊川氏は協力を必要無いとのことだそうで・・・6時53分一分削除しました。

妙門妙利さま、SaySaySay ?さまの投稿も一理あると思い、書き込みします。
管理人様の、注意も無いところを見ると、荒らしでもなさそうですし・・・。

先ほど、菊川氏のひらがな御書を拝見しましたが、相当進んでいるじゃ無いですか。
私の出る幕はありませんよ。

私は一人ですので、色々な事は出来ません、今、現在知って欲しい御書や講義録、
現代文をひらがな化することが、大事と考えています。
御書をひらがなで読んで、意味が分かる人だけではありません。
現代文で読み、解釈講義を読まねば、日蓮大聖人の哲学は理解が難しいと思います。

だから、報恩抄講義録の平仮名化は済みました。
それは、ご本尊様のことが、分かりやすく、講義されているのです。
御義口伝講義録も、現代文と講義がなければ分からないでしょう。

それと、””腹堕、皆行の守””執行部は教学改定、ご本尊の認定をすることによって、
利益を出そうと株式会社的発想で動いています。

昭和52年前後より、深い教学は途絶えています、ゆえに、60歳前後の副会長が、
文底秘沈、円融の三諦、九織、用の三身、本有常住等々を知っているかどうか、
試してみたらどうでしょうか・・・?。

質問する時は、除名覚悟で聞いてくださいよぉ。「おおぉ・・・怖い恐い怖ろしいですなぁ」

「故に知ぬ、南無妙法蓮華経は、一心の方便なり、妙法蓮華経は、九識なり、
十界は八識已下なり」
この御書を副会長あたりに質問したら、教学レベルが分かりと思いますよ。

これは御義口伝の序品の所で、私が平仮名化している所です。
 

SaySaySay さま

 投稿者:妙門妙利  投稿日:2016年12月20日(火)02時10分15秒
  ご返事ありがとうございます。
菊川氏より、回答頂きました。
ひらがな御書サイトは公式から出るまでの繋ぎであることが前提で、すべての御書を網羅することはしないとのことですし、直接お会いできる方でないと連携は難しいと。

赤胴鈴之助さまの、ひらがなプロジェクトも今回はじめてお知りになられたので、やはり以前された質問は、何らかの原因で菊川氏の元に届いていなかったのだと思います。

同志といえど、立場の違いがあれば相互協力すら困難なことが分かりました。
少し寂しい気持ちになりましたが、まだまだ粘り強く対話はしていこうと思います。

 

ひかり様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月20日(火)00時30分42秒
  おっしゃる通りです!  

光輝さま

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月20日(火)00時12分45秒
  レスありがとうございます。

聖教1面のですね、あの顔を発見した時の嫌悪感たるやですね、


部屋の隅にゴキブリを発見した時の、あの「うわっ」といういまいましい「怒」、

アベちゃんが「ウラジーミル」とホザイた時の、あの「バカモノっ」という「蔑」、

「怒」と「蔑」両方が一気にきて、血圧が上がったような案配。



直行でしたよ、ゴミ箱に!

自分でも、こんなにハラダたしくなるとは。。。(苦笑)

 

ひかり様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月19日(月)23時43分25秒
  全面的に賛成します!  

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年12月19日(月)23時40分35秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

ニュースです、

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月19日(月)23時30分34秒
  創価学会元職員3名の外国特派員協会での記者会見
ユーチューブでの再生回数4020回

サイレントアピールの元職員3名のインタビュー
ユーチューブでの再生回数1184回

サイレントアピールの参加者インタビュー
ユーチューブでの再生回数1198回
 

同盟題目23時!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月19日(月)22時50分51秒
  よろしくお願い致します。

海外在住様

引退した議員、活動する、しない。それぞれいると思います。
矢野、竹入問題が表面化した時、議員や元議員に対して、池田先生は厳しい指導をされていましたが、今の執行部はそうした厳しい姿勢は弱いと思います。
段々と先生のご精神が薄れているのではないでしょうか。
 

学会本部はなぜAさんを守るのか?Aが関わった金銭横領疑惑~

 投稿者:通行します  投稿日:2016年12月19日(月)21時56分36秒
編集済
  週刊金曜日

 

カジノ法案

 投稿者:くそ爺  投稿日:2016年12月19日(月)21時52分43秒
  世論調査で70%近くが反対しているのに、なんで公明党の2/3が賛成なのか理解できない。  

孫子の兵法にみる人を騙す技術

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2016年12月19日(月)21時32分0秒
  ※文面を書き上げて、出そうかやはりキャンセルしようか迷っていたちょうどそのタイミングに明瞭な功徳があったため『それが御本尊様の答えか』と思いなおしやはり出すことにしました

過去にも軽く話したかもだけど。
【なんの兵法より法華経の兵法を】というのは、こちらが相手に用いるべきは法華経の兵法が最善ですよ、ということなんです。
過程においても結果においても。

その上でですが。
日蓮仏法では、相手の意図を知る、というぐらいでしか『兵法』の知識は価値がないかな~と。
まぁでも、孫子の兵法でさえも、相手に損害を出さずに結果を得るのが最善の勝ち方、と結論されてますね。
それならば、結局は法華経の兵法が過程と結果において最善じゃん♪と感じるんですけどねぇ。
現代において最高の兵法は“法華経の兵法”でしょう。

【兵は欺道なり】
『しょせん戦いとは利己目的の騙し合いである』と、孫子の兵法にて「策の本質」をこのように結論されてるんですね。
もうこれだけでおよそ信仰の世界とはまるで別物であるのが感じ取れるものでしょう。
一念の方向性が全く逆になってしまうんです。

これまで掲示板では、数々の“アヤしい文面”がありました。
今回は、孫子の兵法についての本より一部分を出してみようと思います。
けっこう該当してるように感じられ『疑わしいもの』が過去ログにあったりします。
ちなみに何度も出す気はありません。
ワザワザ教育してやるようなものだから。
すでにこれまで掲示板で行われてるのを確認してる部分のみで引用します。

【超訳 孫子の兵法】 著者:許成準(ホ・ソンジュン)
発行 株式会社 彩図社

30ページ:計篇④
▼▼▼▼▼▼
戦いとは、敵を騙すことである。
強くても弱いフリをし、策があってもないフリを、敵が近くにいる時は遠くにいるフリを、遠くにいる時は近くにいるフリをすべきだ。
敵が利益を求めてる時は誘い出し、混乱してると見れば、敵陣を奪う。
敵の備えが充実しているならば防御し、強い時はこれを避ける。
敵が怒っていれば、さらに心を乱し、こちらを舐めているようなら、さらに油断させる。
敵が休もうとすれば疲れさせる。
敵が団結している時は、仲違いを起こさせる。
こうして敵の無防備なところを攻撃し、不意をつく。
以上のことは勝利に有利な体制を作る為に大切なことで、計画が流出しないように注意すべきだ。
▲▲▲▲▲▲

引用より、該当する部分をピックアップします。

・こうして敵の無防備なところを攻撃し、不意をつく。
・戦いとは、敵を騙すことである。
・敵が団結している時は、仲違いを起こさせる。
・敵が利益を求めてる時は誘い出し、混乱してると見れば、敵陣を奪う。
・敵が怒っていれば、さらに心を乱し、こちらを舐めているようなら、さらに油断させる。


上記のような世界にいたんじゃそりゃ基地の外にもなるわねぇ。
法華経の兵法と兵法では、そもそも一念の方向性が真逆。
運動会でよくある“つなひき”を自分一人で両方引っ張ってるような【矛盾】をやらざるえなくなるから。
“騙す”からには、人の心理・微妙な機微に熟知しないと成就できるもんじゃない。
そうなるには、真面目に信仰する必要があるのに、それをしない。
明らかに矛盾。支離滅裂。

人を騙すのは将棋などゲームの世界だけにして欲しいものです。
最近の例でいえば柳氏のような行状も“生兵法”というものでしょうねぇ。
“妙法”どころか欺道でしょう。
結果的に欺道よりも“妙法”のほうが優れてるのをただ証明する手伝いにしかなってないわけですから。
まぁそう感じたダレかさんが【相手に利する】と指摘したんでしょうねぇ?
違いますか?
指摘した人も【利】の言葉を言ったのでしょうから、その人というのは学会員でありながら欺道を思想の元にした人物、というのがこれで見えるわけです。

はて?それはダレでしょうか。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

元議員

 投稿者:海外在住  投稿日:2016年12月19日(月)19時54分20秒
  元議員の方たちは、落選したり、議員引退した人たちは
創価学会の地域に戻り、一兵卒として、誰よりも勇ましく
法戦に頑張っているのでしょうか?
退転してしまうとしたら、学会利用であり、裏切りですね。

 

News for the People in Japan

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月19日(月)19時48分19秒
  裁判 資料 News for the People in Japan

http://www.news-pj.net/siryou/saiban/index.html

ここの上から30番目にありました

・矢野絢也氏 控訴審判決全文 2009.3.27



一般社団法人 News for the People in Japanのトップページは

http://www.news-pj.net/index.html

怪しい団体ではないと思います。
 

黒柳さんなにやってるの

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月19日(月)19時33分8秒
  大川清幸(東京都議会議員(5期))(参議院法務委員長、参議院協会副会長、公明党顧問)
伏木和雄(公明党国会対策委員長、公明党中央執行副委員長)
黒柳明(公明党参議院議員団長、公明党副委員長、新進党参議院議員代表、公明党常任顧問)

前の投稿で大川清幸さんのこと大川清彦と書いていました。訂正します。


【矢野絢也氏 控訴審判決全文 平成21年3月27日午後1:30分 東京高等裁判所】

判決の主文の中にこれがあります
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3 原判決中、控訴人らの請求に係る部分のうち、被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(1) 控訴人らは、被控訴人矢野に対し、別紙物件目録記載の手帳及び関連資料を引き渡せ。
--------------------

矢野さんから取り上げた手帳を本人に返しなさいと言う判決。当たり前ですよね。
学会の建て直しを考える上で、いままでの公明党との関係を知らないとだめ。皆さん読みましょう。

Googleで「矢野絢也氏 控訴審判決全文」と検索をかけると一番上に出てくると思います。PDFをダウンロードできます。

--------------------
[PDF]- 1 - 矢野絢也氏 控訴審判決全文 平成 21 年3月 27 日 午後 1:30 分 東
2009/03/27 - 矢野絢也氏 控訴審判決全文. 平成 21 年3月 27 日 午後 1:30 分. 東京高等裁判所. 弁護士事務所の住所・電話番号等は個人情報のため省略しております。 事件番号【平成 20 年(ネ)第 650 号各損害賠償、手帳返還等請. 平成 21 年3月 27 ...
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これは【矢野絢也氏 控訴審判決全文 平成21年3月27日午後1:30分 東京高等裁判所】と題名の入ったPDFで26ページある文書です。

このPDFはページの最後にhttp://dakkai.org/yanoovictory.htmlと書かれています。このアドレスのdakkai.org「創価学会からの脱会を考える会」いまは閉鎖されている模様。

一般社団法人 News for the People in Japanの誰かが重要だと考えて保存したのか?


黒柳さんなにやってるの(黒柳さんの勇姿の動画を紹介しようと探したけど、一つもないですね、昔だからか、しょうがないのでこれになりました)
 

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