英国の欧州連合(EU)離脱に関して、ロンドンの金融街シティーの政治的運動は、おおむね英国とシティーに及びうるコストに焦点を合わせている。ほとんど触れられていないのが、欧州の金融センターの壊滅が同地域に引き起こすより広範なコストだ。
シティーの金融機関幹部らが即座に強く警告したのは、英国が現行の「パスポート」制度を維持する取り決めを交わさずに単一市場から離脱した場合に予想される金融業界での大量失業だ。シティーのロビー団体「シティUK」によると、「強硬なEU離脱」の場合にはEU関連の収入が最大50%減り、それに伴い税収も落ちるという。
だが、最大のリスクは、シティーに拠点を置く金融機関の個別の運命ではないといっていいだろう。たとえ減配を余儀なくされるような事態になったとしてもだ。最大のリスクは、EU離脱後の政策が金融サービスの値上がりという形で消費者と企業に降りかかりかねないコストだ。これは銀行と英国民だけでなくEU全域の預金者と企業に影響する。
国境をまたいで行うビジネスに新たな制限が課されるなど、いくらかの摩擦に伴うコストは避けられないかもしれない。だが、懸念されるのは、このプロセスが最小化されないということだ。EUと加盟各国は英国を懲らしめたいという願望から、あるいはおそらく自国の金融センターが恩恵を受けることを期待して、より広範囲の欧州経済を犠牲にしても、英国の金融ビジネスを切り崩すこと以外の目的にほとんど資さない施策を追求する恐れがある。
■銀行と顧客にコスト上昇をもたらす
その衝動を強くうかがわせる動きとして、EUは一部のユーロ建て証券の清算をユーロ圏内に限定する地域制限を再び持ち出そうとしている。この案に関しては英国が長い間反対し、数年前にEUの裁判所で阻止に成功した。
シティーに拠点を置く清算機関がユーロ建てデリバティブ(金融派生商品)全体の清算の約75%を手がけており、このような動きはもちろん直接的に英国に悪影響を及ぼすことになる。
そのような制限が課された場合に、EUあるいはより広範な欧州経済に多くの恩恵がもたらされるとは考えにくい。
欧州の清算インフラのシステムとしての強靱(きょうじん)性を確保するという表向きの目的の達成に、そのような立地政策はほとんど役立たない。一方、清算をEU域内に戻すことは流動性の分散につながり、現在ロンドンで進んでいるように多通貨で一つの清算拠点に積んでおくことが難しくなって、銀行(ひいてはその顧客)にコスト上昇をもたらす。業界の試算では、このような変更が実施された場合、同じ量の取引を支えるのに参加業者は770億ユーロを保証金に追加することを余儀なくされる可能性があるという。