2カ月半の夏休みを終え、8 月中旬に新年度がスタートしたフィンランドの総合学校(1年生~9年生、7~16歳)。今年から10年に1度のカリキュラム改正が実施されることもあって、国内外で注目を集めている。日本でもプログラミング教育が導入されることなどは報道されているが、欧米では「科目別教育が全廃」など誤報が続き、混乱が見られる。駐日フィンランド大使館では、フィンランド外務省が作成した記事をもとに、新年度から始まった新しいカリキュラムのQ&Aを作成した。
質問1:フィンランドの学校では、科目がすべて取り払われ、テーマ別(phenomenon-based learning)の教育が行われるというのは本当ですか。
テーマ別授業が学習法のひとつとしてあるのは事実ですが、算数や歴史、音楽といった科目が消えるわけではありません。新カリキュラムでは、複数の教科にまたがった横断的な教育を行う時間を最低でも1回設けることを義務付けています。「地球温暖化」や「欧州連合」といったテーマを、数週間にわたるひとつのプロジェクトとして学ぶことになります。
質問2:教室という物理的な枠まで取り払われると聞いたのですが・・・。
教室のなかだけで教育が行われるわけではありません。教室外でどのような教育が行われるかは、学校や教師に委ねられています。「教育学的な方法は変わりました。生徒はもう同じ場所にずっと静かに座っている必要はなくなり、どこでどのように学びたいか自分たちで選べるようになります」と、フィンランド国家教育委員会で基礎教育課を率いるアンネリ・ラウティアイネンは言います。「新設の学校には廊下がないところもあります。将来は、囲われた教室という空間自体、必ずしも必要ないのかもしれません。学びはあらゆる場所にあるのですから」
質問3:生徒自身が学習の目標を設定すると聞きました。能力のある子どもが楽をするために低い目標を掲げ、結果的に可能性の芽を摘むことにはなりませんか。
そんなことはありません。新カリキュラムには学習目標や、高い能力を測る基準が明確に記載されています。教師も各生徒と話し合い、目標をどこにするのか一緒に決めます。「今までの問題のひとつは、生徒がなぜ特定の成績をつけられたのか必ずしも理解していない点にありました。生徒を積極的に話し合いに巻き込むことによって、彼らのモチベーションを上げられます」と、ラウティアイネンは説明します。
質問4:暗記による教育の重要性はないがしろにされるのでしょうか。
もちろん、なかには九九など暗記が必要な学習もあります。「新カリキュラムでは、教師がいったことをオウム返しにするよりも、批判的に考えたり、学習方法を学んだり、新技術を使いこなすといった将来に必要なスキルを育てることに焦点を当てています」と、ラウティアイネンは言います。「世界は常に変わっています。それに合わせて学校や学習法も変わらなくてはなりません」
質問5:新カリキュラムでは、有効だった古い学習法までも放棄するのでしょうか。
「フィンランドの学校が他国と違う大きな点は、自治体や学校、教師が、生徒が何をどうやって学ぶのか決められるということです」と説明するのは、フィンランド教育の専門家で、現在はハーバード大学教育学大学院で客員教授を務めるパシ・サルベリ。教え方の決定権は現場にあり、生徒たちにとって何がベストかはそれぞれが判断できることになっています。「どうやら世界中の人々は、フィンランドが社会主義国家で、ヘルシンキの実力者がトップダウンですべてを決めていると勘違いしているようですね」と、サルベリは笑います。
質問6:宿題はまったく出ないのですか。
いいえ、宿題はあります。フィンランドは他国に比べると学習時間が少ないので、家庭での復習も少しはあったほうがよいと考えています。
質問7:小テストや試験もないと聞いたのですが。
いいえ、テストをやることはあります。ただしテストの結果だけが、成績表に反映されるわけではありません。生徒の評価は継続的に行い、子どもたちを的確に導き支援します。「テストは学習の一部分であり、その要ではありません。プロジェクトを実行させたり、人前でプレゼンテーションを行うことによって、学習の成果を発表できます。試験に落ちても、再試験に向けて勉強し直す間にいろいろ学べることもあります」と、ラウティアイネンは言います。
質問8:新カリキュラムによって、教師に多大な負担がかかるのではないですか。
確かに、教育メソッドを変える必要は出てくるでしょうし、それには時間がかかるでしょう。「教師にとって最大の課題は、求められる役割が変わることです。教師は単なる情報提供者ではなくなり、生徒もただ受身の聞き手に徹するわけではなくなります。私たちは学校が、互いに学び合えるコミュニティになってほしいと考えています。これにはもちろん、大人が子どもから学ぶことも含みます」と、ラウティアイネンは説明します。
質問9:新年度からプログラミングも必修化されましたが、少なくとも教師にはプログラミングのノウハウが必要になるのではないですか。
プログラミングは独立した科目ではなく、すべての科目に横断的に取り入れられます。算数での導入が多くなりますが、音楽や体育にも登場します。1~2年生では正確な指示・伝達を行う方法や論理的な思考を学び、3~6年からはコンピュータやタブレットを使って簡単な動作を習います。7~9年生になるとアルゴリズムについて考え、プログラミング言語を最低1つ学びます。「教師がプログラミングについて詳しくなる必要はありません。彼らの役割は、ファシリテーター(進行役)のようなもの。生徒たちが自由に学び、失敗し、また起き上がって学ぶ。そうした環境を整え、ときにガイドしてあげればいいのです 」というのは、フィンランド国家教育委員会のレオ・パハキン教育参事官。新カリキュラムでプログラミングに関する記述を担当したチームのチームリーダーを務めました。
質問10:新カリキュラムによって、OECDの学習到達度調査(PISA)によって得られた「学力世界一」の評判が落ちるのではないですか。
そうかもしれませんが、それがどうしたというのでしょう。「フィンランド的考え方では、PISAランキングの意義は取るに足りません。PISAは血圧測定のようなもので、時々自分たちの方向性を確かめるうえではよいですが、それが永遠の課題ではないのです」と、教育専門家のサルベリは断言します。「教育上の決定を行う際、PISAを念頭に置いてはいません。むしろ子どもや若者が将来、必要とする情報こそが大事な要素となります」
フィンランド基礎教育の豆知識