ページの先頭です

オランダの事例から

社会保障費の増大にどう向き合うか

2016年12月6日 社会政策コンサルティング部 齊堂 美由季

はじめに

オランダの医療・介護制度と聞いて、具体的なイメージがわく方は多くないだろう。この国の象徴である巨大な風車小屋が立ち並ぶ光景は、国土の約2割が風車で排水を行い形成された干拓地であることに由来している。大西洋に面した海運業の盛んな国であり、面積は九州と同程度、人口は約1600万人と、決して大国ではない。

一方でオランダは、1960年代に世界に先駆けて長期療養を対象とした公的医療保険制度を開始した、医療・介護保険制度の先進国でもある。認知症患者は2014年時点で推計25万人(65歳以上人口の約5%)とされており、そのうち5割が単身世帯であるにも関わらず、全体の約7割が在宅での生活を送っている。本稿では、日本と同じ社会保障費の増大という課題に取り組んでいるオランダの、近年の医療・介護制度の変化の概略を紹介する。

オランダの医療・介護保険制度

オランダの医療・介護保険制度は、(1)介護や障害等による長期療養をカバーする強制加入の長期医療保険、(2)通常の医療をカバーする強制加入の短期医療保険、(3)前述の(1)と(2)を補完する任意加入の追加保険の3層で構成されている。

医療・介護保険の他にも、社会支援法(自治体が家事援助やソーシャルワーク等を提供)と公衆衛生法(自治体が設置する保健センターが予防・健康増進・ヘルスプロモーションを実施)を根拠法として、自治体の責任の下で様々な医療・介護・福祉サービスが提供されている。

加えて、オランダの医療・介護の重要な担い手となっているのが「マントルケア」と呼ばれる、家族や友人、近隣住民といった、本人の持つ個人的なネットワークの中で行われる私的な支援である。オランダでは伝統的に地域住民同士の助け合いが根付いており、ボランティア活動も非常に盛んである。

医療・介護制度改革の動き

かつてオランダの高齢者ケアの中心は、施設ケアであった。しかし、社会保障費用の増大を背景に、1980年代からは「住まいとケアの分離」を目指す方向へとシフトした。これにより高齢者が過ごしやすい住環境と外部の事業者によるケアサービスを組み合わせた高齢者住宅が普及した。また、認知症の人のための小規模グループホームの整備も同様に進められてきた。一方、24時間の見守りや医療・看護を提供する、ケアホームと呼ばれる従来型の施設についても、認知症の人の意思や人間らしい暮らし方を重視した新しい形の施設が1990年代以降に生まれ、普及し始めた(*1)。

さらに近年では、「施設から地域へ」の流れも加速しており、施設ケアから在宅ケア、専門職のケアから家族や地域住民・ボランティアによるケアへと移行している。この流れを象徴する出来事が、24時間の見守りを必要としない人への在宅ケアを長期医療保険の対象から自治体事業へと移管した2015年の社会支援法の改革である。これは、長期医療保険の保険料率の増加抑制を目的としたものだが、単に保険から自治体事業へと予算を付け替えただけではない。この改革後に自治体に配分された予算は、それまで長期医療保険で24時間の見守りを必要としない人への在宅ケアに支払われていた保険給付費の60%程度となり、事実上、公的支援が大幅に縮小されたのだ。

予算の縮小に伴い、自治体では軽度者に対するケアを地域住民の助け合いの中で賄うための様々な施策が行われるようになった。例えばオランダの政治的中心であるデン・ハーグ市では、支援が必要な人とソーシャルワーカーが話し合い、その人の支援ニーズを賄える個人的なネットワークがあるかどうかをアセスメントするという取組みを行っている。個人的なネットワークで賄いきれない場合には、ウェブ上で市民ボランティアとのマッチングを行い、行政がネットワークの構築を支援している。

さらに在宅ケアを提供する事業者にも効率的な運営が求められている。政府は、ケアの質と経費節減を両立し、近年急成長を遂げている在宅看護・介護事業者BuurtZorf(*2)の運営手法を「BuurtZorfモデル」として、普及を促進している。

最後に

オランダでも日本と同様、社会保障費の増大を背景に、地域による支援を前提とした高齢者施策に舵が切られている。筆者が現地を視察した際は、ボランティアに慣れ親しんだ国民性やワークシェアリングの普及を背景に、地域による支え合いが住民に比較的スムーズに受け入れられている印象を受けた。視察先であるデン・ハーグ市では、軽度の要介護者に対する日常生活支援の予算削減に対して一時不安が広がったそうだが、自治体が支援ニーズとボランティアとをつなぐ仕組みを取り入れ、2年間をかけて根気強い住民説明を行った結果、新制度の運用は予想よりも上手くいっているとのことであった。

将来的な社会保障費増大に正面から向き合うオランダ。大胆な改革を行いながらも、丁寧な制度設計と国民への説明により合意形成を行っている同国の姿は、わが国にも大きな示唆を与えるものではないだろうか。


  1. *1新たなケアホームの代表格としては「認知症の人の村」と呼ばれるHogeweyがあげられる。
    認知症の村ホフヴェイ Hogewey
  2. *2BuurtZorfはオランダ全土に拠点を持つ在宅看護・介護事業者で、ケアの質と効率的な経営を両立させ、急成長を遂げている。
    在宅看護・介護組織 ビュートゾルフ BuurtZorg
ページの先頭へ