実際、名所江戸百景は他の浮世絵よりもちょっと手がかかってる。
主版と呼ばれる輪郭線の板は裏をつかわず片面で板一枚、それ以外の色板と呼ばれる板は両面使って4枚8面。
合わせて9版ほど彫る。
それを、複数回摺ったり、版の一部分だけ別に摺ったり、ぼかしの部分だけ別に摺ったり、そんなこんな10数度摺りで出来上がる。
名所江戸百景は、色数もぼかしも滅茶苦茶多い。
この後、明治大正時代には新版画と呼ばれる、浮世絵のテクニックを使って水彩画のような絵を作るムーブメントまで、作品にかかる手間暇は増えていった。
それと、何と言っても凄まじいのが、雑誌だ。
今でも週刊漫画雑誌に時々入ってる、A4サイズのミニポスター、あれがすごい。
20度摺りを超える凄まじいものを、刊行に間に合うように、毎月彫って、そして刊行部数の数だけ、要するに何千枚も摺った時代がある。
一番すごいのは、「國華」という美術雑誌で、50~120度摺りの絵が入っていたからというからヤバいを通り越してぞくぞくする。
単純に当時もっとも優れた印刷技術が木版で、人件費が滅茶苦茶安かったからだろうけど、「甘栗むいちゃいました」の甘栗が人力で剝かれてることを知ったときの数倍ビビる。
しかし実は、川瀬巴水も、國華も、綺麗だと思うがズキュンとこない。
板にして5枚以内というのは、これ以上省略すると物足りなくなる、これ以上使っても美しさはほとんど上がらない、という極致なんじゃないかと思う。
摺りにしたって、少ない版、少ない色数で、いかに画面に奥行きをもたせるか、ピンポイントのアクセントを効かせるかが目的だと思う。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/cb/477b20136b0249af2a5453d4defdf91d.jpg
夜の黒から朝日の赤に変わる山肌、透き通るような穏やかな微風の空気感、薄雲の空
おそらく通算で一番売れた浮世絵で、通称赤富士、葛飾北斎の「凱風快晴」
最近作られた21版45度摺りのこの浮世絵とくらべてみると、北斎がいかに少ない板でいろいろなことを表現する絵師だったか、凄さがわかる。
http://www.hobbystock.co.jp/ukiyoe/images/area08_products01_box.png
さて、名所江戸百景の話を戻すと、名所江戸百景は版が多い分、ちょっとうるさいところがある。
浮世絵が31文字の通常の短歌だとすると、自由律詩に近いような。
それでも、名所江戸百景が広重最終形であることは否定できない。
浮世絵にハマったころは、「浅草金竜山」みたいな、特殊効果をふんだんにつかった豪華な絵が好きだったけど、一周するとやっぱり最高傑作は「大橋あたけの夕立」だと思うようになった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%A4%A7%E6%A9%8B#/media/File:Hiroshige_Van_Gogh_2.JPG
この絵の主役は雨!
これ、主版(輪郭線の版)だとこんな白けるつまんない絵なんですぜ?
https://www.adachi-hanga.com/staffblog/img/blog/wadai03_09.jpg
かなり値段は張るけど、オークション会場とかに行くと現物を生で手に取れるんで、ぜひ。
手に取って近くでみるとよくわかるんだけど、縦の線と斜めの線。
縦の線はやや太く、斜めの線はやや細く、画面のなかに複数のレイヤーが現れて奥行きがヤバい。
不安にさせる夕立の暗がり、川の水深の深さ、前後に、左右に、上下に、奥行きギュイーン、俺の心はビンビンビンビン、ウヒョー!
って感じになる。
そりゃゴッホも模写するのわかるわ。
ウキウキ浮世絵~! ワタクシ!中山道広重美術館に行って参りましたわ。 動の葛飾北斎、静の歌川広重の広重ですわ。 このたびは特別展「絵師広重の歩み 前期」が開催されていて...
三ヶ月ぶり二度目の中山道広重美術館リターンズですわ! 前回が「絵師広重の歩み」前編で、今回は後編ですわ。 中編なんてありませんでしたわ。いいですわね? 解説を読む読むと...
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版画の色彩というのはちょっと異常なものだ。 デジタル塗りのような均一な塗りが可能なうえに、デジタル塗りのようなグラデーションも作れる。 正しくは、塗るのではなく摺るという...