風邪は誰でも知っている病気です。風邪をひいたことのない人はほとんどいないでしょう。けれども、風邪がどういう病気かを厳密に述べるのは難しいです。医学の教科書にはどう書いてあるでしょうか。
内科学の教科書の定番中の定番に「ハリソン内科学」があります。ページ数で2000ページ以上、重さで5 kgぐらいあります。デキる医学生はこれを原著(英語)で読むと言いますが、私が持っているのは日本語版。ちょっと古い版ですが、そこには次のように書いてあります。
・感冒common coldは、軽度で自然に寛解する上気道のウイルス感染である」
(ハリソン内科学 原著第15版)
シンプルな記述です。うん、まあだいたいそんなもんだろうなと思いますが、ちょっと引っかかります。みなさん、「風邪の原因の大半はウイルスだ」って聞いたことありませんか。原因の大半はウイルスですが、一部はウイルスが原因ではない風邪もあるってことです。「感冒は、軽度で自然に寛解する上気道のウイルス感染である」としてしまうと、非ウイルス性の感冒は存在しないことになってしまいます。新しい「ハリソン内科学」では記述が変わっています。
・非特異的上気道炎nonspecifc infections of the upper respiratory tract とは範囲の広い疾患群であり、全体として米国での外来受診の主要な原因となっている
・本症(※非特異的上気道炎)は、急性感染性鼻炎 acute infective rhinitis, 急性鼻咽頭炎acute rhinopharyngitis/nasopharyngitis,鼻感冒 acute coryza,急性鼻カタルacute nasal catarrhなどさまざまな呼び方で呼ばれ、すべてを含めて感冒common coldと呼ばれたりもする
(ハリソン内科学 第4版 原著第18版)
「上気道感染症は、細菌によるものは少数(約25%)」という記述もあり、非ウイルス性の風邪の存在を排除していない記述になっています。では、はじめから日本語で書かれた教科書ならどうでしょうか。「朝倉の内科学」もやっぱり定番です。
・かぜ症候群とは、上気道から下気道に至る呼吸器に急性の炎症性症状を起こし、およそ1週間程度で治癒に向かう症候群を指す
・かぜ症候群のうち、炎症が主として上気道に限局し、症状として、鼻汁、鼻閉などの鼻炎症状を主体とし、全身症状は少ない病型を普通感冒(common cold)という
(内科学第8版・朝倉書店)
「病因は80-90%はウイルスによるものとされる」(内科学第10版・朝倉書店)という記載もあり病原体で限定していません。いやでもちょっと待って。「かぜ症候群」と「普通感冒(common cold)」って違う概念なの?日本呼吸器学会のウェブサイトでも、
・かぜ症候群は、上気道(鼻、咽頭、喉頭)の急性炎症のみでなく、最近は下気道(気管、気管支、肺)にまで広がって急性炎症をきたす疾患を総称していわれます
(http://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=2)
とあります。肺にまで炎症が広がったらそれは肺炎であって、かぜ症候群ではないだろう、と私などは思います。ただ、一見風邪にしか見えなくても、中には肺炎を起こしており適切な抗菌薬投与を要する患者さんがいることに注意を促すには、定義を広げた「かぜ症候群」という概念は有用です。
いろいろ調べてみたところ、専門家の間でも、風邪の定義にはかなりの差があるようです。ですが、そもそも病気と健康の間の境界線はあいまいなものです。風邪とそのほかの病気との間にも明確な境界線が引けなくても当然です。定義をあいまいなままにしていたほうがむしろ実態に合うのかもしれません。
<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。
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