ビジュアルカルチャーをおもしろくする編集者たち
Vol.3 古屋蔵人
「映像作家100人 2013 -JAPANESE MOTION GRAPHIC CREATORS 2013」書籍/2013/BNN新社
これまで過去2回、新しい世代の編集者に話を聞いてきた中で、編集者が担う役割は、従来のいわゆる「編集者」からかなり変化してきたことがわかった。本やWebだけにとどまらず、デザイン、Webディレクション、映像、音楽、ゲームなど、フィールドを問わずに編集者が求められる役割は大きく変わってきた。第3回目となる今回は、現在、紙媒体の編集だけではなく、アートTシャツのECサイト「TEE PARTY」や映像作品なども手がけ、まさに既存の枠から飛び出て幅広く活躍されている編集者、古屋蔵人さんにお話を伺ってきた。
現在古屋さんはさまざまな企画や媒体、プロジェクトに参加されており、実に多彩な方面でご活躍されていますが、現在に至るまでにはどのような経緯を辿ったのでしょうか?
この業界に入ったいちばん最初のきっかけは、大学生のときにつくったグラフィックデザインの本「SIM Magazine」です。たしか大学の2年か3年くらいのときにつくったものですね。僕はもともと大学で雑誌部に所属していたんですけど、雑誌部といってもモチベーションはそれぞれバラバラだったりして、「気合いを入れて本気の1冊をつくりたい」と思っていたんですよ。それで、親から借金をしながらも、グラフィックデザイナーの草野 剛さんやデザイナーズ・リパブリックにお願いして、「グラフィックカルチャーマガジン」と称するものを完成させました。当時はまだインディーズの本を受け入れてくれる場所があったので、自分で書店を巡りながら営業をしていましたね。それで、2号目からは何とかお願いして、出版社から出してもらえることになったんです。
出版社などの組織に所属していたわけではなく、自分でゼロからつくりあげるというのは凄い意気込みですね。なにか最初のきっかけみたいなものはあったのですか?
当時「MONSOON」や「COLLIDER」という雑誌があったりして、インディペンデント雑誌がちょっとしたブームだったんです。単純に、自分もそれをやってみたいなと。あとは、のちにANSWRを設立した針谷建二郎さんに、アーティストの横山裕一さんや佃 弘樹さんを紹介してもらったりして、新しいことをやれそうな予感がありました。出版社の担当の方に「それ出しても良いけど、あんまり売れなさそうだから売れそうな本もつくってよ」と言われて(笑)。そういう条件で、田中圭一さんのイラストをフィーチャーした「失敗しない大学デビュー」という本をつくったり。その頃からビジュアルフリーペーパーの「SALmagazine」編集部で働き始めました。その後、フリーペーパーの廃刊とともにフリーランスの編集者になったという流れですね。
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