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【相談】嘘は真実を曇らせる
最終発言2016/12/07 15:14:53 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/12/06 19:59:51
オープニング
●愚神出現!?
「ぐ、グライヴァーだ~!」
その日、トルコのとある町に少年の声がこだました。
「みんな、早くにげないと、ころされちゃうよ~!」
大通りを駆け抜ける少年は、よく通る声で何度も叫ぶ。
すれ違う人の一部は驚いたように身を竦めるが、だいたいの通行人は見向きもしない。1度は驚いた人々も、大多数の平然とした反応からすぐに落ち着きを取り戻し、頭に疑問符を浮かべて少年の声や背中を視線で追った。
「はぁ、はぁ、よし! これでまた、ぼくは『よち』できたぞ!」
10分ほど町中で騒いだ少年は、人通りの少ない路地裏で息を整え、拳を握りしめた。
ここで少し、少年の話をしよう。
彼は特別裕福ではないが健康に育ち、外で遊ぶよりも家の中で過ごす方が好きで、ちょっと内気などこにでもいる8歳の男の子。そして、ちょっとだけ正義感が強くて、夢見がちなところがあった。
少年が町中を騒ぐきっかけとなったのは、テレビ。彼はよく、ヒーローを見るかのごとくH.O.P.E.のエージェントが活躍する姿に熱い視線を送り、従魔や愚神を格好良く倒す光景に目を輝かせていた。
ここで、普通なら直接敵を倒すエージェントに憧れるところだが、彼はあまり争いを得意としていなかった。戦闘はおろか、口喧嘩もまともに出来ないほど大人しい性格の少年は、格好良いとは思っても自分がエージェントになることを想像できなかった。
だが、華々しく活躍するエージェントの活躍を何度も目にし、それに少しでも関われたらと思って目を付けたのが、『プリセンサー』である。
事件の発生直後、あるいは事前に従魔や愚神の存在を感知し、被害を広げる前にエージェントたちに危険を知らせるプリセンサーが、少年にとってはエージェントの次に格好良い存在に映ったのだ。
しかし、プリセンサーはリンカーとはまた別の特殊能力が必要であり、なりたいからなれる存在ではない。当然、なり方なんて見当もつかない。
そこで、少年が思いついた訓練が『なんかビビっときたら町のみんなに危険を知らせる』という方法。要するに『予知の真似事』である。内気な少年は最初こそ戸惑ったものの、1度やってしまえば度胸はつくもので、最近では全く臆することなく訓練を続けていた。
が、周囲の大人たちは『子供のイタズラ』としか認識していない。最初こそ少年の警告を真に受けていたが、確かな根拠があって言いふらしている訳ではないため、実際に愚神や従魔が出現したことはないのだ。
よって、少年は徐々に『ほら吹き坊主』として扱われるようになり、今では地元住人以外の人を驚かせる程度。さしずめ、現代の『オオカミ少年』と言った具合か。
「ふぅ。さて、おうちにかえろっと!」
少し休憩した少年は満足げな笑顔を浮かべ、帰宅のために一歩踏み出した。
少年はこの訓練で周囲から『嘘吐き』呼ばわりされていることを知っていたが、彼にとっては立派な訓練。いつか町のみんなを助けてあげるんだ! という気概から己のやり方を信じ、直感を磨くことをやめようとは思っていない。
少年だけが感じる手応えを残し、今日も平和な日常を過ごすものだと、誰もが信じていた。
『ほう? 私の出現を見抜くとは、なかなか見所のある少年ですね?』
だが、この日はいつもと違った。
「……え?」
気配も存在感も感じられない声に振り向き。
くしくも少年の『予知』が成功したことで。
『日常(うそ)』が『異常(マコト)』に、成り代わる。
●食われた羊
「た、たいへんだ!」
数分後、慌てて自宅に飛び込むと大声で騒ぎ立てた。家には仕事が休日でくつろぐ父親と、洗い物をする母親、それと幼い妹が昼寝をしていた。
「グライヴァーが出たんだ! ほんとうに出たんだ!」
「そうか、それは大変だな」
「帰ったら、ちゃんと手を洗いなさいね?」
しかし、少年の言葉に誰も驚かないし、耳を貸さない。いつも外れる『予知』のおかげで、彼の言葉にはもう説得力などなかった。
「ほんとうだって! しんじてよ!」
「わかったわかった」
「あまり大きな声を出さないで。この子が起きちゃうでしょ?」
額に汗を浮かべ、瞳に涙をためつつ必死に訴えても、届かない。
父親は少年を見ることさえなく、母親は昼寝中の妹を気にするだけ。
すぐそこにある確かな脅威に、誰も耳を傾けてはくれない。
「早くにげて! じゃないと……」
なりふり構ってられず、少年が父親の懐に飛び込んだ。
そして。
「……ぇ?」
『私に殺されるらしいですよ?』
声音が変化し、少年がいつの間にか手にした鋭いナイフが、父親の腹部を貫いた。
●『予知』の予知
「プリセンサーが愚神の出現を予知しました」
H.O.P.E.アレクサンドレア支部の会議室にて。
愚神出現の報が職員の口から集まったエージェントたちに知らされたのは、少年と愚神が邂逅する数時間前。
「場所はトルコのイスタンブールにほど近い都市です。具体的な出現位置と時間は把握できていませんが、遅くとも12時間以内には現れると報告を受けています」
どうやらプリセンサーは夢でそれを見たらしく、曖昧なイメージしか伝えられないらしい。わかっていることは、デクリオ級程度の強さで数は1体、そして生物には憑依していない状態だということくらい。
「町の周辺ではなく町中で感じたということから、愚神が現れればパニックになることが予想されます。皆さんには愚神討伐を行ってもらうことになりますが、必要に応じて住民の避難誘導もしていただきます」
被害を抑えるためには当然であり、エージェントたちも即座に頷く。
「移動は飛行機で空港のある都市へ向かってもらい、そこからはこちらで用意した移動車両を利用してください。よろしくお願いします」
その言葉を背に、エージェントたちはすぐさま現場へ急行した。
「ぐ、グライヴァーだ~!」
到着後、エージェントたちは困惑する。
今まさに避難誘導を開始しようとした矢先に響く少年の声と、それに無関心な大人たちの反応に。
解説
●目標
愚神討伐・一般人の救助
●登場
未確認愚神…デクリオ級程度の強さということ以外は詳細不明。町中に出現すると予知され、出現時は憑依しておらず数は1体。
(以下PL情報
外見は奇術師風の成人男性。身体能力はあまり高くないがライヴス隠蔽技術に優れ、特に憑依対象の中に潜むことでライヴス反応をかなり薄めることが可能。主な武器はライヴスで生成した投げナイフ。
能力…回避・移動・イニシアチブ・特殊抵抗↑↑、攻撃・防御↓
スキル
気配断ち…憑依対象を隠れ蓑とし、ライヴスゴーグルなどであれば誤魔化せるくらい自身のライヴスを極限まで希薄にする。意識の表出や『奇襲』発動で自動解除。
奇襲…射程1~15。単体物理。『気配断ち』中に行う不意打ち。基本的に1度のみ。命中→狼狽BS付与。
分岐ナイフ…射程1~15、範囲3。範囲魔法。投擲後、ランダム軌道で2倍ずつナイフが分岐・増殖。
スタン…射程0、範囲5。単体魔法。強烈な光と音による目眩まし。特殊対抗判定→衝撃BS付与)
●状況
トルコ西部の都市。休日の昼間の町中にはほぼ地元住人がおり、PC以外の来訪者は多少見かける程度。観光名所への中継地点にあたり、都会すぎず田舎すぎない町並み。
PCたちは現場到着直後、少年の注意喚起の声と無反応な大人たちを認識するも、愚神の出現は未確認。
現状の手がかりは以下2点。
・職員からの情報を聞いた時点より『12時間以内』に出現
・ほぼ確実に『町中』に出現
住人たちは少年の『予知訓練』によって愚神・従魔出現情報は何度も耳にしており、ほとんどが『少年の嘘』だと思いこんでいる。また、到着時のPCたちは少年と遭遇しておらず、『●食われた羊(PL情報)』はほぼ不可避。
プレイング
リプレイ
●『予知』の声と避難の声
エージェントたちが現場に到着すると、すぐに違和感は目に付いた。
「なんだか妙だな」
プリセンサーの予知を受けて急いで駆けつけたはずが、すでに愚神の危険を勧告している声と、それら一切を無視している市民たちの様子に、真壁 久朗(aa0032)は怪訝そうな声を上げる。
「只事では無い声でしたが、調べてみましょう!」
セラフィナ(aa0032hero001)の言葉をきっかけに、エージェントたちはひとまず、愚神捜索と並行して現状把握に走る。
聞き込みの結果、大声を上げる少年が有名な『嘘吐き』と認識されていること。また、嘘の内容がいつも『愚神の出現』であり、地元民が聞き飽きるほどのうたい文句であったことも判明。
「H.O.P.E.に所属するプリセンサーの予知精度は極めて高いが、どうやら今ここではそれが信用されていないようだ」
「やはり、あの男の子の声が原因でしょうか……?」
リーヴスラシル(aa0873hero001)が不穏な傾向に気づき、月鏡 由利菜(aa0873)も今1度少年の声に耳を傾ける。
「有り得る。愚神の居場所も正体も分からない状況だ、まずは一般人を避難させるぞ」
「はい。ただ、今回の愚神がもし狡猾なタイプとなれば、これだけ目立つ行動を取る少年を放っておくかどうかが懸念ですね」
が、だからといって何もしない道理はない。リーヴスラシルの素早い判断に、由利菜は同意する一方、少年についても言及する。
「予知で把握できれば対策もとれたが、な」
「とにかく、現状では情報が少なすぎます。狙いは少しでも絞ったほうがいいでしょう」
「そちらは俺たちが行く。月鏡たちは避難誘導を頼む」
正体不明な敵への不安を漏らすリーヴスラシルと由利菜に答えたのは久朗。彼も少年を気にかけていたようで、追跡を買って出る。
そうしてエージェントたちは即座に役割分担を済ませ、散開。通信機での情報共有を行いながら、いつ戦闘になってもいいよう警戒を強める。
「たまたまだと思う、Alice?」
久朗が先頭を行く少年追跡組に混じったアリス(aa1651)は、Alice(aa1651hero001)へ問う。『少年の嘘』と『今回の予知』の一致は果たして偶然か、必然か。
「どうかなアリス。確認してみないと分からないな」
それにAliceは明言を避ける。どのみち、少年と接触すればわかるだろう。こちらに利がある存在か、否か。
互いを理解し同時に頷き、アリスとAliceは少年を追う。
「近場だから参加しましたが、何とも面倒なことですね」
さらに後ろには共鳴済みのモニファ・ガミル(aa4771)が続く。トルコは地元のエジプトから近いからと送り出されたが、裕福な家庭で育ち戦闘経験ほぼ皆無の彼女は身の振り方もまだ曖昧。とりあえず先輩エージェントに追従している形となる。
「俺たちはH.O.P.E.のエージェントだ」
「この地に愚神の脅威が予知されたのだよ。汝のような周辺住民に避難を呼びかけている」
別の場所では、八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)が避難誘導組として由利菜たちと行動。カゲリの簡潔な自己紹介後、ナラカはエージェント登録証を提示し状況を説明する。が、やはり『少年の嘘』が原因か、住人の反応は薄い。
「私達はHOPE東京海上支部の要請で、この地に出動してきました。子供の件とは無関係です」
「東京海上支部のプリセンサーの予測だ。数時間以内に愚神が事件を起こす。その前に民間人は素早く避難を完了させて欲しい」
同じく登録証とH.O.P.E.制式コートを見せて説得に加わる由利菜とリーヴスラシル。こちらの真剣な態度から少年の声よりは聞いてくれるが、やはり普段より人々の反応は格段に悪かった。
「この時代に、まさか童話みたいな話に遭遇するとはなぁ。……オチまで同じじゃないですよね」
カゲリや由利菜と別行動の九字原 昂(aa0919)は、共鳴状態で1人役場を目指す。避難誘導の人数的な限界を考慮し、行政の力を借りることにしたのだ。信用を得るために依頼で作成された書類のコピーも用意し、町中を疾駆する。
「戦いだとまだ不安なボクたちも、避難を呼びかけるくらいなら大丈夫ですよね!」
『とはいえ、すでにこの町にいたピエロのおかげで、こちらも動きにくくなっていますがね』
また別の場所では、あらかじめ共鳴したハーレキン(aa4664)とマーダークラウン(aa4664hero001)が避難誘導を続けている。ハーレキンは依頼の完遂に意欲を示し、マーダークラウンは避難が遅れる原因である少年を道化(ピエロ)と揶揄する。
共鳴状態なのは、愚神が出現してもすぐ対応できるようにするため。モニファ同様まだ新人で、特に外見相応の幼さが残るハーレキンが、突然の出来事に即応できるか不安が残るためだ。
「このままでは、人々へ被害が広がるかもしれません。それだけは、何としても避けなくては」
ハーレキンと行動するのは、こちらも共鳴済みのT.R.H.アイーシャ(aa4774)。彼女もまた、新人エージェントである。愚神が画策したテロにより父親と手足を失ったイラク人の彼女は、この町の状況と当時の自分を重ねて焦燥の色を濃くする。
「どうにかして、町の人たちに危険を知らせられないでしょうか? たとえば、被害を疑似的に起こして見せるとか……」
「それって、どうやるんでしょう?」
「それは……」
ハーレキンの純粋な疑問に、アイーシャは答えを出せない。この場にいるのは経験の浅い新人2人。漠然とした考えは浮かんでも、具体的な方法がすぐに思いつくはずもない。
『ほう? 疑似的にでも被害を、ですか……』
しかし、良くも悪くも見た目に即した狡猾さを備えるマーダークラウンは、アイーシャの言葉に一計を案ずる。もし彼の姿が見えたなら、殺人ピエロの魂を中心として顕現したに相応しい、暗い笑みを浮かべながら。
●無垢なる道化と狡猾なる道化
「こんにちは。そんなに慌てて、どうしたのですか?」
それからすぐ、久朗たちは少年を見つけセラフィナが話しかける。一度少年の声が途切れて見失いかけたが、アリスが地元住民に『嘘吐き少年』の住所等を聞き出しており、そちらへ向かう最中に遭遇できた。
「にげて! グライヴァーがこの町にいるんだ!」
すると、少年は同じ台詞を違う声音で放つ。焦りと恐怖が混ざり、何かを確信した表情だった。
「それはあなたが予知を見たから?」
「それとも、別の何かを見たから?」
そんな少年にアリスは小首を傾げ、Aliceは反対側に首を傾げる。賭け事を得意とする2人は効率や合理性を求め、人を欺き騙す方法を好み、知っている。だからこそ『愚神に殺される』のではなく、『愚神がいる』と断言した微妙な変化を逃さなかった。
「さっき、むこうにいたんだ! ほんとうなんだ!」
それに返った答えは、『実際に見たから』。この時点でアリスもAliceも、少年の予知が信憑性のないものだと判断し、興味をなくした。
「早くしらせないと!」
「あ、ちょっと!」
すると、少年は再び走り出し、モニファの呼びかけも無視して走り去る。そちらは少年の家がある方向だ。
「追うぞ」
久朗の指示で再び少年を追跡。家はすぐそこだったようで、少年が玄関扉の奥へ消えたのと、久朗たちが家の中を覗いたのは同時だった。
「きゃあああっ!?」
直後、女性の絹を裂くような悲鳴が響いた。
「どうした!?」
すぐさま中に入った久朗たちが見たのは、少年が父親の懐に入り、ナイフらしきもので腹を刺している光景。
「何をしているんですか!?」
咄嗟に反応したのはモニファ。久朗・アリスの共鳴と同時、少年の襟首を掴むと人外の怪力で外へと放り投げた。
「愚神が現れたよ。憑依対象は嘘吐き少年」
それを追いながら、アリスは通信機を使って方々に散る仲間へ愚神出現を短く簡潔に報告。モニファとともに外へ出ると、奇術師風の成人男性となった少年と相対する。
「予知の少年の次はH.O.P.E.ですか。何とも賑やかな日ですね」
「すぐに静かにしてやる。貴様を倒して、な」
遅れて、少年の父親の応急処置を終えた久朗も飛び出し、相対する。
直後、町全体に愚神出現と避難を促す放送が、町中に響きわたった。
「遠慮しましょう。私は賑やかな方が好きですから!」
すると、愚神は背後の家の窓をナイフで破壊し、逃亡。
「待ちなさ、っ!?」
すぐさまモニファが窓へ近づいた途端、彼女の意思に反し後方へ吹き飛ぶ。
「なっ!?」
「っ!?」
久朗とアリスは目を丸くして、それを見た。窓から飛び出してモニファの全身を貫くだけでなく、分裂しながら自分たちへも迫る、複数の投げナイフを。
「うわあああっ!!」
重傷を負って倒れたモニファに住民が叫び、ようやく愚神の出現を現実と理解した。
「きゃあああっ!!」
同時刻。少年宅とは別の場所で、甲高い悲鳴が発生。
「な……っ!?」
放送が聞こえて住民が外へ出てきた瞬間、共鳴の主導権を得たマーダークラウンがメフィストでナイフを生み出し、アイーシャを刺していた。
「どうし、て?」
驚愕に目を剥くアイーシャだったが、すぐに疑問は新たな疑問を生む。体のどこにも異常がないからだ。
「(話を合わせてください。こちらは愚神で、そちらは被害者。後は言わずともわかるでしょう?)……ヒャハハハハ!」
周囲には聞こえない小声でアイーシャに告げた後、マーダークラウンはさらに周囲の気を引くため、狂ったような哄笑を上げる。目的は愚神の脅威を迅速に認知させることであり、彼本来の性質通り殺人を犯すピエロを演じる。
「……え?」
すると今度はハーレキンの姿に戻り、見る見るうちに表情を恐怖に染める。
「ち、違うよ! ボクじゃない!」
マーダークラウンが愚神であれば、ハーレキンは憑依された哀れな被害者。2人のピエロは見事に道化となりきり、虚構の事件を作り上げた。
「ぐ、愚神だぁ!!」
衝撃の光景は瞬く間に住民を恐怖に陥れ、我先にと避難へ走る。次々と逃げ出す姿は新たな住民の危機感を煽り、一気に町中へ伝播した。
「お疲れさまでした。もういいみたいですよ」
「……やるならやると、事前に教えてくれてもよかったでしょう?」
『敵を騙すにはまず味方から、とも言うでしょう?』
周囲に人影がなくなった後、ハーレキンはずっと刺された振りをしたアイーシャを起こす。起きあがった彼女は不満混じりの視線を向けるが、マーダークラウンは素知らぬ顔で嘯いた。とんだピエロである。
●追って追われて、騙し欺いて
「さて、他にも仲間がいるようですし、早急に立ち去るとしましょうか」
久朗たちから逃げた愚神は裏路地を駆ける。建物同士が近く密集するこの町は複雑な裏路地が形成され、姿をくらますのに適していた。愚神はそのまま、人知れずエージェントたちをやり過ごそうと考えていた。
「おや、僕たちから逃げきれるとでも?」
しかし、背後から聞こえた声に愚神が振り向くと、いつの間にか追従してきた昂が肉薄。EMスカバードから抜刀した弧月を、暗い裏路地に閃かせる。
「な、っ!?」
昂の『猫騙』で体勢を崩した愚神はさらに、先の通路から言いようのないプレッシャーを感じて足を完全に止めた。
「はあっ!」
直後、共鳴状態の由利菜が昂と挟撃する形で姿を現し、蒼華を手に愚神の背後へ接近。寸前で感じた気配は『守るべき誓い』によるもので、愚神の意識は彼女へ大幅に傾いていた。
「はっ!」
が、愚神は剣閃を見切ると、由利菜の肩を踏み台にして跳躍し、包囲を脱した。
『この動き、シャドウルーカータイプか!』
「ならば、絡め手が多い筈……っ!」
敵の能力を推察したリーヴスラシルの声に、由利菜が警戒を強めて追走しようと愚神へ振り向いた矢先。愚神の回避ざまに放たれていた無数の『分岐ナイフ』が頭上から落下。昂と由利菜を射程に収め、足を鈍らせる。
「これで……」
「逃げられると思った?」
挟撃を逃れた愚神だが、まだ包囲は解かれていない。いつの間にか民家の屋上に上がっていたアリスが、アルスマギカを構えてライヴスを解放。苛烈な獄炎が未だ中空にいる愚神へ伸びる。
「ちいっ! ……がっ!?」
「背中ががら空きだ」
『油断大敵、というものだよ』
素早くナイフを振るって炎を散らした愚神だったが、別の屋上から飛来した黒炎の斬撃に気づかず、背中を斜めに切り裂かれた。愚神が肩越しにそちらを睨みつけると、【奈落の焔刃】を振り抜いた状態で自身を見下ろすカゲリの、冷徹な視線と交差する。
連携攻撃で余裕をなくした愚神を『油断』と笑ったナラカには気づかなかったが、愚神は傷を負わせた人間への敵意を宿した眼光でカゲリを貫き、落下中に『分岐ナイフ』を投擲した。
「……っ」
追撃の構えを見せていたカゲリは迎撃に変更。瞬時に増殖したナイフを蹴散らすために腕を動かした。
「待て!」
「次から次へと、面倒な!」
愚神が地面へ着地した後、別の通路から久朗が現れフラメアの穂先が胴体を抉る。休む暇さえない怒濤の連撃に悪態を吐き、愚神は久朗へも『分岐ナイフ』を放って牽制、不利を悟って裏路地を脱した。
「……おや」
すると、愚神は真っ先に視界に入ったものに、小さく笑みをこぼした。
「っ! させませんっ!」
最初に追いついた昂が愚神の意図に気づき、『縫止』を放って動きを止めようとする。が、愚神は『縫止』の針に構わずそちらへ接近し、『捕まえた』。
「……」
「っ、卑怯な!」
「でも、この状況では有効な手段だね」
遅れて到着したカゲリ、由利菜、アリスが見たのは、逃げ遅れた女性を人質とする愚神の姿。片手で両腕を背後に拘束し、もう片方の手はナイフが握られ、女性の首元へ添えられる。
「このまま逃げるのは難しそうでしたからね。使えるものは何でも使いますよ」
気味の悪い笑みを浮かべた愚神は、怯える女性を盾にジリジリと後退。途中で『縫止』の針も抜き、体内のライヴスを正常に戻す。
「では、このまま失礼させて……」
「賑やかなのが好きなんだろう? まだ付き合ってもらうぞ!」
しかし、裏路地を回り込んで愚神の背後を取った久朗が、『パニッシュメント』の鋭い光を降り注ぐ。
「がっ! ぐぅ!?」
「動かないでください」
一瞬鈍った隙を逃さず、昂が『女郎蜘蛛』で愚神を『拘束』。『減退』効果も合わさって、動きを大きく鈍らせた。
「大丈夫ですか!?」
人質が愚神の手から放れたところで、由利菜が女性を救出。愚神からかばうように寄り添い、影刃『シュヴェルトライテ』を構える。
「詰みだな」
「後は焼かれて消えるだけ……?」
動かなくなった愚神へカゲリとアリスが近づきAGWを向けたところで、アリスが違和感を覚えて手を止める。
「……ええ、大丈夫です、よ!」
由利菜の後ろにいた女性が返事をした直後、愚神は元の少年の姿に戻り、代わりに人質だった彼女の手にナイフが握られる。
「月鏡!」
「っ!?」
すぐさまカゲリが由利菜へ注意を飛ばすが、意識外の『奇襲』に体が硬直していた。
「させるか!」
刃が届く寸前、由利菜の近くにいた久朗が両者の間に割って入り、愚神のナイフを受け止めた。
「くっ!?」
「あの一瞬で憑依対象を入れ替えたのか、抜け目のない!」
女性の姿のままだった愚神をフラメアで押し返し、久朗はライヴスを放出し威嚇する。
「ですが、奥の手は残っていますよ!」
『奇襲』の失敗を悟り、愚神は残り少ないライヴスを凝縮し、解放。強烈な光と音による『スタン』を放ち、逃げの一手に出た、はずだった。
「……何っ!?」
「奥の手が、何だって?」
それは全く平気な様子で久朗が愚神に回り込んだことから、失敗だと気づかされる。直前に久朗が放出したライヴスは『クリーンエリア』。まだ手段を残していた場合を考慮し、先手を打っていたのだ。
「くそっ!」
全ての手段を封殺された愚神は、再び久朗たちの猛攻にさらされる。たまらずもう一度裏路地へ逃げようとしたが、思わぬ伏兵が待っていた。
「先ほどの返礼です!」
そこにいたのは、重傷を負ったはずのモニファ。戦闘不能は避けられた彼女は、久朗の『ケアレイ』で持ち直し、追いついたのだ。手に握られた死者の書から白い羽が出現し、愚神へ向かう。
「ちっ、……はっ!?」
「はあっ!」
咄嗟に跳躍して躱した愚神だったが、間髪入れずに屋上から落下してきたアイーシャに気づき、落下の勢いを加えた一撃が眼前に迫る。
「遅、い……っ!?」
「おや、失礼しました。この子は少々、手癖が悪い」
何とか体を捻ってアイーシャの追撃から逃れた愚神だったが、直後に飛んできた黒いナイフは避けられなかった。通路の奥から、ぬぅ、と顔を出したのはマーダークラウン。手にはメフィスト人形が収まり、生み出したナイフを投擲したのだ。
「こ、の……っ!」
「終わりです」
逃げるタイミングを失した愚神は、その後エージェントの包囲攻撃を受け続けた。最後まで抵抗し躱し続けたが、最後は昂が使用した『女郎蜘蛛』の『減退』により、ライヴスを消耗しきり消滅していった。
●間違った『予知』を越えて
結果的に、被害者は少年と少年の父親、人質となった女性のみ。少年と女性はライヴス減少による疲労、父親の刺傷も浅いもので済んだ。
そう、あくまで身体的な被害は。
「…………」
エージェントたちに保護された少年は、父親の怪我を前に言葉を失う。幼い彼にもわかっていた。これが、自らに課した『訓練』の結果だということを。
「……今回はお前が色々教えてくれたから、本当に助かった」
そんな少年へ、久朗が慰めのような労いをかける。愚神が消えた後、少年の『嘘』の理由を聞いたエージェントの立場からすれば、彼を追跡したからこそ愚神の蛮行に居合わせる事が出来たため、事実には違いない。
「だが、おまえの行動が父親を傷つけたのもまた、事実だ」
「八朔!」
しかし、カゲリは少年に対する久朗の気遣いなど関係なく、在るがままを語った。
「プリセンサーとは、予知と言う他者にとっては信憑性に欠けるものを指標とさせる職務だ。予知と言う力は必要だが、何より信頼関係が必要となる。だが、おまえは自身の『予知』で父親たちの信頼を失っていた。なるべくしてなった末路だろう」
カゲリは万象を肯定し、決して否定はしない。人に関しても同様で、カゲリにとっては誰もが対等であり、老若男女で区別しない。
「希望する職務に対して知識を深めようとしなかったのは、単なる怠慢でしかない。そして、それを知った今、道は1つではない」
「ぇ……?」
カゲリの辛辣な言葉に縮こまっていた少年だったが、最後の言葉に顔を上げる。
「プリセンサーの予知は経験則だけでなく、機械を用いた膨大なデータ処理でも行われているそうです」
先ほどH.O.P.E.へ確認を取った由利菜が少年へ振り向き、次いでアリスとAliceが口を開く。
「つまり、プリセンサーの感知方法は感覚だけに頼るんじゃない」
「機械的なデータ処理でも、リアルタイムの予知が可能なんだよ」
「適性検査があるかは知らないけど、絶対なれないわけじゃない」
「エージェントに関わるだけなら、オペレーターになる道もある」
「「わたしたちは、繋ぐだけならする。あとは自分で掴みなよ」」
少年の『訓練』は失敗したが、志した思いは間違いではない。間違いを経てなおプリセンサーを目指すのなら方法はあると、アリスとAliceはそれを示した。少年の気持ちには無頓着だが、将来的にこちらの利となるならばと、彼女たちは提言を残す。
「貫くも諦めるも自由だ。道はただ、そこに在る」
泣きじゃくる少年に、カゲリは背を向けた。人の意志と覚悟を愛し、ただ見守るだけのナラカも、黙したまま後に続く。
果たして、意志しかなかった少年に、覚悟は宿ったのだろうか?
それはきっと、少年にしか知り得ることのないことだろう。
事件以降。
トルコのとある町から『嘘吐き少年』の『予知(こえ)』が消えた。
最初は落ち着かなさを覚えた住人たちも、やがて『予知(こえ)』がない日々を日常だと認識していく。
だが、『嘘吐き少年』は『予知』をやめたわけではない。
『異常』が過ぎた『日常』の中で、あらゆる『予知』を進めていく。
彼は、ちょっと内気で、ちょっとだけ正義感が強くて、ちょっとだけ夢見がちだった、8歳の男の子。
争いが苦手でエージェントにはなれないという自覚があり、エージェントの助けになりたくて目指したのが、『プリセンサー』。
テレビの向こうのヒーローだったエージェントと出会い、厳しい現実の一端を知った今、町のみんなを危険にさらす『予知』はしない。
代わりに、彼の部屋では毎日のように、ノートと鉛筆で『予知』が行われている。
いずれ来る愚神の脅威を見抜くために。
勉強という『訓練(よち)』を重ねることで。
今度こそ、自分の『予知(こえ)』を届かせるために。
結果
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