今さら紫電改展示館レポ。
半月ほど前の話題ですが、ちょうど時間も取れたので、今更ながらにネタにしてみようと思いますw
→実物大「紫電改」制作へ…現存する部品組み込み 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
なお、読売新聞の元記事はもう消えてしまっているので、残っているGoogleキャッシュへのリンクも張っておきます。
→実物大「紫電改」制作へ…現存する部品組み込み 読売新聞(YOMIURI ONLINE/Googleキャッシュ)
あくまでGoogleのキャッシュですから、こちらもそう遠くないうちに消えるでしょうが、とりあえず今のところは見られるので、記事の内容はコチラでご確認を。
この記事によると、元川西の技術者や戦争遺跡の保全を進める団体と、兵庫県加西市が協力して、紫電改の現存部品を組み込んだレプリカ制作を進めているそうです。
制作されたレプリカについては、戦争史料を展示する施設での公開を計画しているそうですが、紫電改の現存機は国内に1機しかなく、しかもその展示施設が四国の端の端の交通の便の悪いところにあるので、レプリカとはいえ完成すれば大きな注目の的になりそうですね。
なお、加西市ってどこだろう?と思って調べてみると、中部方面隊の高射特科のメッカである、青野原駐屯地(小野市)のすぐ近くみたいですね。
展示施設が加西市にできるかは分かりませんが、青野原駐屯地には一度行ってみたいと思っていたので、もし加西市にできた場合は、青野原駐屯地に行くついでに見に行ってみたいところですw
…と、今日の更新はここでお終いではなく、いい機会なので忘れ去られていた話題を掘り返してみることにしますw
先程書いた、国内に現存する唯一の紫電改ですが、実は副委員長代理は昨年愛媛県愛南町の紫電改展示館まで見に行っていたりします。

行ったのが昨年5月の終わり頃、高知・愛媛への3日連続遠征の真っ只中で、後日詳細を書くつもりだったのがその後もバタバタしていて完全に存在を忘れていましたが、ちょうどいい話題が出てきたので、忘れていた詳細を書いてみることにしますw
なお、毎度のごとく長くなっているので、続きは追記にGO!
<<<<<追記ここから>>>>>
この時は、前日の高知港での特務艇「はしだて」一般公開の関係で、高知市内に宿泊していたのですが、高知駅を始発で出発して、JRと土佐くろしお鉄道の鈍行をひたすら乗り継いで、10時半過ぎに土佐くろしお鉄道の宿毛駅に到着しました。
ちなみに、鈍行ではなく特急を使ったとしても、高知から宿毛へ到着するのは10時半過ぎで変わらない(さらに言うと始発電車+特急電車を利用するのなら高松や岡山からも同じ時間着)ので、高知経由で公共交通機関を使う範囲においては、宿毛着10時半過ぎというのは全く同じになります。
そして、宿毛駅到着後は、駅前のバスターミナルから宇和島バスの宿毛⇔宇和島線(路線バスなのに県境を跨ぐ)に乗車し、愛媛県愛南町の御荘バス停で下車(11:20ごろ着)しました。
御荘バス停到着後は、次のバスの乗り継ぎまでちょっと時間があったので、四国霊場四十番の観自在寺を観光して、道の駅みしょうMICまで歩いて行って昼食を摂った後、道の駅最寄りの西海道路口バス停から宇和島バスの城辺⇔武者泊線に乗車し、展望タワー入口バス停で下車しました。
展望タワー入口バス停の到着は12:40ごろで、ここに紫電改展示館を含む、南予レクリエーション都市公園・馬瀬山頂公園の入り口があります。


ここから山道を歩いて10分程度で、ようやく馬瀬山頂公園および紫電改展示館へ辿り着きます。




紫電改展示館到着は12:55で、ここまで来るのに7時間以上費やしました(岡山・高松始発+特急でもほぼ所要時間は同じ)が、この交通の便の劣悪さがこの展示館最大の欠点でしょうね。
所要時間7時間というと、青春18きっぷのみで高松から名古屋まで移動できる時間ですから、そう言われるといかに交通の便が悪いかがよく分かると思います。
なお、自家用車を使えば高松からは4時間程度で行けるようですが、自分で4時間(往復8時間)運転するのと、座ったままで7時間(往復14時間)過ごすののどちらがいいかと問われれば…正直どっちも嫌ですね(^^;
それはさておき、ようやくたどり着いたので早速館内へ…入る前に、展示館の外にあった記念碑などの写真を紹介しておきます。



子供用遊具は当然紫電改…ではなく、なぜかF-4っぽいものに川崎緑っぽい塗装を施した謎の物体が置かれていましたw
あと、丸い円盤みたいなのは、足摺宇和海国立公園周辺図で、よく見ると展示館の紫電改の引き揚げ場所などが表示されていましたね。
そしていよいよ、紫電改展示館内部に侵入します。

昭和54年に南宇和郡城辺町久良(現在の愛南町久良)の長崎鼻から200m、水深41mの海底から引き揚げられた旧海軍の局地戦闘機「紫電改」を展示する施設で、あくまで紫電改が主役の施設なので、1室だけの展示室の中央に紫電改が鎮座し、周囲に関連する物品を展示するという形になっていました。
で、主役の紫電改ですが、舐めるように全周から写真を撮ってきたので、とりあえずその中から全景の写真数枚を掲載しておきますw







さらに、折角舐めるように撮ってきたので、周囲をグルグル回るアニメーションGIFも作ってみたw

引き揚げ当時の姿を残すために、最低限の修理と塗装・防錆処理しか行われていないそうで、実際に資料館内に引き揚げ時の写真も残っていますが、本当にほぼこのままの姿で引き揚げられたようです。
外回りをぐるっと一周回って見た限りでは、プロペラブレードの曲がり以外には大きな損傷もなく、機体トラブルを抱えながらの不時着水を完璧にこなすあたり、いかに343空が精鋭揃いだったかを窺い知ることができますね。
なお、パイロットの方については特定されておらず、1945年7月24日の豊後水道上空迎撃戦の未帰還機6機のいずれかとされており、その6名の方の写真が機首正面下部に掲示されていました。
それでは、全体の写真はこのくらいにしておいて、各部の詳細な写真も載せていくことにします。
発動機周辺



操縦席周辺


主翼上面

尾翼周辺


降着装置周辺



20ミリ機銃

主翼下ハードポイント

アンテナ支柱・アンテナ線

胴体側面国籍マーク

紫電改の本体はこんな感じでしたが、これ以外にも展示館内には紫電改の機内部品や、紫電改・343空にまつわる資料などが展示されていたので、それも合わせて紹介しておくことにします。
紫電改の燃料タンク・機内部品など



紫電改の機体解説・引き揚げ関連資料など

343空関連資料など

昭和20年2月ごろの343空(松山基地)再現ジオラマ

慰霊碑・折り鶴

写真を載せたのはほんの一部ですが、これ以外にも資料や模型などのいろいろなものが展示されていました。
それと、この資料館で唯一と言っていいくらい紫電改と関係がない展示物として、こんなものも展示されていました。

艦上攻撃機「天山」(一二型)のプロペラでした。
これは昭和53年に西宇和郡三崎町(現在の伊方町)の海から引き揚げられたものだそうで、機体の細かい素性は分からないものの、この展示館の資料のひとつとして置かれていました。
といった感じで紫電改展示館の展示物を一通り写真に収めて、土産物コーナーでいくつか記念品を購入した頃には、閉館時間の17時も間近になっていたので、展示館を退出することにしました。
その後は、まだ帰るまでに少し時間があったので、馬瀬山頂公園内の展望台へ向かってみました。


宇和海展望タワーはすでに営業時間が終わっていたので、残念ながら登ることはできませんでしたが、山頂展望台からは久良湾・宿毛湾を一望することができましたね。
なお、展望台からの眺めの写真に赤いバツ印が入っていますが、だいたいこの場所が紫電改展示館の紫電改が引き揚げられた場所で、展示館の紫電改はこの引き揚げ現場の方向へ向けて設置されているそうです。
そして、17:20頃まで馬瀬山頂公園内をうろついた後は、来た道を逆に辿って高知まで戻りました。
なお、帰りについては、愛南町から宿毛へ戻るバス(御荘18:29発、宿毛駅19:07着)が遅れて、危うく宿毛発の電車に乗り遅れるところでしたね(^^;
ちなみに、宿毛から高知・高松・岡山方面へ戻る電車は、副委員長代理も乗った19:16の特急あしずりが終電なので、リスクを犯したくない人は、愛南町から宿毛へ戻るのは1本前のバスを使ったほうが無難かと思います。
…まぁ、1本前に乗ろうとすると紫電改展示館には2時間半くらいしか滞在できなくなってしまうので、そのあたりのリスクコントロールはかなり微妙なものなのですが(^^;
といった感じの、今さらの紫電改展示館見学レポでした。
日本国内に現存する唯一の紫電改ということで、何年も前から見に行きたいと思っていましたが、ようやく見に行くことができましたね。
副委員長代理が棲息する四国島内にありながら、恐ろしく交通の便の悪い展示施設で、高知遠征のついでに無理やりぶっ込んだものの、それでもやはり結構ギリギリな日程になってしまいましたね(^^;
もう少し交通の便が良ければ見に行く人も増えると思いますが、周辺人口なども考えるとそのあたりの改善は厳しいだけに、今回レプリカの制作が発表されたことで、より手軽に紫電改を見ることができるようになればいいですねw
→実物大「紫電改」制作へ…現存する部品組み込み 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
なお、読売新聞の元記事はもう消えてしまっているので、残っているGoogleキャッシュへのリンクも張っておきます。
→実物大「紫電改」制作へ…現存する部品組み込み 読売新聞(YOMIURI ONLINE/Googleキャッシュ)
あくまでGoogleのキャッシュですから、こちらもそう遠くないうちに消えるでしょうが、とりあえず今のところは見られるので、記事の内容はコチラでご確認を。
この記事によると、元川西の技術者や戦争遺跡の保全を進める団体と、兵庫県加西市が協力して、紫電改の現存部品を組み込んだレプリカ制作を進めているそうです。
制作されたレプリカについては、戦争史料を展示する施設での公開を計画しているそうですが、紫電改の現存機は国内に1機しかなく、しかもその展示施設が四国の端の端の交通の便の悪いところにあるので、レプリカとはいえ完成すれば大きな注目の的になりそうですね。
なお、加西市ってどこだろう?と思って調べてみると、中部方面隊の高射特科のメッカである、青野原駐屯地(小野市)のすぐ近くみたいですね。
展示施設が加西市にできるかは分かりませんが、青野原駐屯地には一度行ってみたいと思っていたので、もし加西市にできた場合は、青野原駐屯地に行くついでに見に行ってみたいところですw
…と、今日の更新はここでお終いではなく、いい機会なので忘れ去られていた話題を掘り返してみることにしますw
先程書いた、国内に現存する唯一の紫電改ですが、実は副委員長代理は昨年愛媛県愛南町の紫電改展示館まで見に行っていたりします。
行ったのが昨年5月の終わり頃、高知・愛媛への3日連続遠征の真っ只中で、後日詳細を書くつもりだったのがその後もバタバタしていて完全に存在を忘れていましたが、ちょうどいい話題が出てきたので、忘れていた詳細を書いてみることにしますw
なお、毎度のごとく長くなっているので、続きは追記にGO!
<<<<<追記ここから>>>>>
この時は、前日の高知港での特務艇「はしだて」一般公開の関係で、高知市内に宿泊していたのですが、高知駅を始発で出発して、JRと土佐くろしお鉄道の鈍行をひたすら乗り継いで、10時半過ぎに土佐くろしお鉄道の宿毛駅に到着しました。
ちなみに、鈍行ではなく特急を使ったとしても、高知から宿毛へ到着するのは10時半過ぎで変わらない(さらに言うと始発電車+特急電車を利用するのなら高松や岡山からも同じ時間着)ので、高知経由で公共交通機関を使う範囲においては、宿毛着10時半過ぎというのは全く同じになります。
そして、宿毛駅到着後は、駅前のバスターミナルから宇和島バスの宿毛⇔宇和島線(路線バスなのに県境を跨ぐ)に乗車し、愛媛県愛南町の御荘バス停で下車(11:20ごろ着)しました。
御荘バス停到着後は、次のバスの乗り継ぎまでちょっと時間があったので、四国霊場四十番の観自在寺を観光して、道の駅みしょうMICまで歩いて行って昼食を摂った後、道の駅最寄りの西海道路口バス停から宇和島バスの城辺⇔武者泊線に乗車し、展望タワー入口バス停で下車しました。
展望タワー入口バス停の到着は12:40ごろで、ここに紫電改展示館を含む、南予レクリエーション都市公園・馬瀬山頂公園の入り口があります。
ここから山道を歩いて10分程度で、ようやく馬瀬山頂公園および紫電改展示館へ辿り着きます。
紫電改展示館到着は12:55で、ここまで来るのに7時間以上費やしました(岡山・高松始発+特急でもほぼ所要時間は同じ)が、この交通の便の劣悪さがこの展示館最大の欠点でしょうね。
所要時間7時間というと、青春18きっぷのみで高松から名古屋まで移動できる時間ですから、そう言われるといかに交通の便が悪いかがよく分かると思います。
なお、自家用車を使えば高松からは4時間程度で行けるようですが、自分で4時間(往復8時間)運転するのと、座ったままで7時間(往復14時間)過ごすののどちらがいいかと問われれば…正直どっちも嫌ですね(^^;
それはさておき、ようやくたどり着いたので早速館内へ…入る前に、展示館の外にあった記念碑などの写真を紹介しておきます。
子供用遊具は当然紫電改…ではなく、なぜかF-4っぽいものに川崎緑っぽい塗装を施した謎の物体が置かれていましたw
あと、丸い円盤みたいなのは、足摺宇和海国立公園周辺図で、よく見ると展示館の紫電改の引き揚げ場所などが表示されていましたね。
そしていよいよ、紫電改展示館内部に侵入します。
昭和54年に南宇和郡城辺町久良(現在の愛南町久良)の長崎鼻から200m、水深41mの海底から引き揚げられた旧海軍の局地戦闘機「紫電改」を展示する施設で、あくまで紫電改が主役の施設なので、1室だけの展示室の中央に紫電改が鎮座し、周囲に関連する物品を展示するという形になっていました。
で、主役の紫電改ですが、舐めるように全周から写真を撮ってきたので、とりあえずその中から全景の写真数枚を掲載しておきますw
さらに、折角舐めるように撮ってきたので、周囲をグルグル回るアニメーションGIFも作ってみたw
引き揚げ当時の姿を残すために、最低限の修理と塗装・防錆処理しか行われていないそうで、実際に資料館内に引き揚げ時の写真も残っていますが、本当にほぼこのままの姿で引き揚げられたようです。
外回りをぐるっと一周回って見た限りでは、プロペラブレードの曲がり以外には大きな損傷もなく、機体トラブルを抱えながらの不時着水を完璧にこなすあたり、いかに343空が精鋭揃いだったかを窺い知ることができますね。
なお、パイロットの方については特定されておらず、1945年7月24日の豊後水道上空迎撃戦の未帰還機6機のいずれかとされており、その6名の方の写真が機首正面下部に掲示されていました。
それでは、全体の写真はこのくらいにしておいて、各部の詳細な写真も載せていくことにします。
発動機周辺
操縦席周辺
主翼上面
尾翼周辺
降着装置周辺
20ミリ機銃
主翼下ハードポイント
アンテナ支柱・アンテナ線
胴体側面国籍マーク
紫電改の本体はこんな感じでしたが、これ以外にも展示館内には紫電改の機内部品や、紫電改・343空にまつわる資料などが展示されていたので、それも合わせて紹介しておくことにします。
紫電改の燃料タンク・機内部品など
紫電改の機体解説・引き揚げ関連資料など
343空関連資料など
昭和20年2月ごろの343空(松山基地)再現ジオラマ
慰霊碑・折り鶴
写真を載せたのはほんの一部ですが、これ以外にも資料や模型などのいろいろなものが展示されていました。
それと、この資料館で唯一と言っていいくらい紫電改と関係がない展示物として、こんなものも展示されていました。
艦上攻撃機「天山」(一二型)のプロペラでした。
これは昭和53年に西宇和郡三崎町(現在の伊方町)の海から引き揚げられたものだそうで、機体の細かい素性は分からないものの、この展示館の資料のひとつとして置かれていました。
といった感じで紫電改展示館の展示物を一通り写真に収めて、土産物コーナーでいくつか記念品を購入した頃には、閉館時間の17時も間近になっていたので、展示館を退出することにしました。
その後は、まだ帰るまでに少し時間があったので、馬瀬山頂公園内の展望台へ向かってみました。
宇和海展望タワーはすでに営業時間が終わっていたので、残念ながら登ることはできませんでしたが、山頂展望台からは久良湾・宿毛湾を一望することができましたね。
なお、展望台からの眺めの写真に赤いバツ印が入っていますが、だいたいこの場所が紫電改展示館の紫電改が引き揚げられた場所で、展示館の紫電改はこの引き揚げ現場の方向へ向けて設置されているそうです。
そして、17:20頃まで馬瀬山頂公園内をうろついた後は、来た道を逆に辿って高知まで戻りました。
なお、帰りについては、愛南町から宿毛へ戻るバス(御荘18:29発、宿毛駅19:07着)が遅れて、危うく宿毛発の電車に乗り遅れるところでしたね(^^;
ちなみに、宿毛から高知・高松・岡山方面へ戻る電車は、副委員長代理も乗った19:16の特急あしずりが終電なので、リスクを犯したくない人は、愛南町から宿毛へ戻るのは1本前のバスを使ったほうが無難かと思います。
…まぁ、1本前に乗ろうとすると紫電改展示館には2時間半くらいしか滞在できなくなってしまうので、そのあたりのリスクコントロールはかなり微妙なものなのですが(^^;
といった感じの、今さらの紫電改展示館見学レポでした。
日本国内に現存する唯一の紫電改ということで、何年も前から見に行きたいと思っていましたが、ようやく見に行くことができましたね。
副委員長代理が棲息する四国島内にありながら、恐ろしく交通の便の悪い展示施設で、高知遠征のついでに無理やりぶっ込んだものの、それでもやはり結構ギリギリな日程になってしまいましたね(^^;
もう少し交通の便が良ければ見に行く人も増えると思いますが、周辺人口なども考えるとそのあたりの改善は厳しいだけに、今回レプリカの制作が発表されたことで、より手軽に紫電改を見ることができるようになればいいですねw
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