*星空文庫

サリー

さっちゃん 作

  1. 奇襲
  2. サンマウス
  3. ドゥシュア

奇襲

ニュー・ラック・ヒルは犯罪の多い都市である。幾多のマフィアがひしめき合う。麻薬はこの街に集まり、肌の露出の多い女が客を呼ぼうと道端で腰をくねらせる。建物の外壁には芸術のかけらもない落書きが施され、そこらに酒が入っていたカンや瓶が転がっている。
薄暗い街灯が照らす路上では吐瀉物にまみれて寝ている小太りの男のズボンから15歳くらいの女の子が財布を盗もうとしている。すでにポケットから半分ほど出ている財布を男が起きないように慎重に取り出そうとしている。8割り方出たところで女の子の顔に軽く笑みが浮かぶ。その時、どこか遠くで風俗嬢のけたたましい罵声が響いた。おそらく客ともめたのだろう。大声をあげた風俗嬢は知らないだろうが、その大声のおかげで女の子は窮地に陥った。男が目を覚ましたのだ。女の子はすぐさま走って逃げれば捕まらないだろうが、ここは欲望の街。女の子はなんとか財布を引っ張り出そうとした。だが、そう甘くはいかない。男は粗暴に女の子の腕を掴むとそのままひねり上げた。男と女の子の腕の太さは一目瞭然。女の子はきゃっ、という短い悲鳴をあげた。なんとか逃れようともがいているが男はもう片方の手で女の子の口を塞ぎ、そのまま物陰へと女の子を引きずり込んでいった。
あのままでは女の子はレイプされるだろう。助けに行くこともできるが、今はそんなことをしている場合ではない。アレックス・シェパードはとあるマフィアの下っ端だ。下っ端といっても10人ほどの部下を従えるほどの地位にあった。シェパードはニュー・ラック・ヒルでも数少ないまともなホテル、ブンデバーホテルにいる。ブンデバーホテルの3階の廊下の窓からさきほどの女の子の一部始終を見ていたのだ。助けにいかなかったのは元々それほどお人よしでもないことに加え、今から一世一代の大仕事をしなければならないからだ。それはサリー・バリーの暗殺である。2週間前、女殺し屋サリー・バリーは麻薬の市場を広げようと画策していたシェパードの部下を皆殺しにしたのだ。殺された理由は部下たちがサンマウスファミリーのテリトリーに入ったからだ。サンマウスファミリーはニュー・ラック・ヒルでも上位層にあたるマフィアファミリーだ。ここ1年ほどでどういうわけかフリーだったサリーを囲い込み、さらに勢力を強めていた。サリーは今頃小太りの男の性器で汚されているだろう女の子とは違い危険な女だ。よくいる女殺し屋のようにターゲットに好意があるかのように見せて近づき、油断したところで殺すといった回りくどい真似はしない。シェパードも実際は見たことがないが伝え聞いたところによると、サリーの体格は185cm88kgと言われている。まず男に力負けなどしないのだ。それでいて身軽で銃やナイフの扱いが上手い。なのでサリーはターゲットを見つけ次第正面からあいさつし、問答無用で殺すのだ。ターゲットが抵抗しようがやけになってとびかかられようが、それを振り払うのはサリーにとって虫を手で払う程度のことなのだ。
厄介なのは戦闘能力だけではない。サリーはどこに居住地を置いているのか全く臭わせないのだ。奇襲をかけようにもどこにいるのか分からないので徒労に終わる。しかし、シェパードは今回奇襲をかけるチャンスを得た。今でも定住地は分からないが、今夜このホテルの三階の309号室にサリーが宿泊していることをかぎつけたのだ。部下が殺されてからありとあらゆるホテルや宿の従業員に大金を握らせたかいがあった。シェパードはなんとか共に奇襲をかけてくれる人員を2人、シェーンとチャンドラーを確保し、深夜3時になり確実にサリーが寝静まるのを待っていた。現在深夜の2時59分。もう一度手にしている拳銃に銃弾が装填されているか確認する。他の2人も同じ作業をしている。3人はしっかりと銃弾が装填されていることを目で確かめるとサイレンサーを装着し、安全装置を外した。
深夜3時。シェパードは奇襲を決行するため買収した従業員から譲り受けたカードキーを309号室のドアのスキャナーに挿す。ピーという間抜けな電子音の後、かちゃりと鍵が解かれた音が聞こえた。ゆくっりとドアノブを回し、ドアを押す。シェパードは扉を最後まで押し切り、他の2人に入るように合図した。2人はそそくさと部屋に入ると奥にあるベッドへと一直線に向かった。シェパードは万が一に備えドアの前で待機した。ベッドを見つけた2人は毛布が膨らんでいることを確認すると、そのまま膨らみに向かって発砲した。毛布をめくれば銃を持ったサリーに逆にやられてしまうかもしれないからだ。2人は何度も発砲した。たとえ急所に当たっていなかったとしても出血多量で死ぬように大量に撃ち込んだ。シェパードはサイレンサーで発砲した時の特有の銃声を聞きながらこの奇襲の成功を祈った。2人とも銃弾が空になるまで撃ち続けた。さすがのサリーもこれほど銃弾を撃ち込めば命はないだろう。2人は名の知れた殺し屋を殺したことへの興奮からか息が荒くなっていた。チャンドラーとシェーンは互に顔を見合わせて薄ら笑いを浮かべた。チャンドラーがサリーが死んだことを確認するためベッドへ近づこうとしたその時、シェーンが異変に気付いた。毛布から血がにじみ出ていない。あれだけ撃ち込めば毛布一面に血がにじみ出てもおかしくないのだが、毛布は初めて見たときから色を変えていない。サリーはまだ生きている。それをシェパードとベッドに向かって歩き出したチャンドラーに伝えようとしたその時、サイレンサーのついていない銃の発砲音が2つ鳴り響き、チャンドラーとシェーンの頭がふき飛んだ。
サリーは確かに2人が銃をベッドに撃ち込むまで寝ていた。しかし、ベッドの上では寝ていなかった。サリーは自分の家以外で眠る時は、奇襲をかけられた時のためクローゼットの中で立って寝るのだ。サイレンサーで銃声を小さくしようとも銃撃戦の中で生きているサリーにとってサイレンサーの音は警告音であり、たとえ熟睡中でも一瞬で目が覚めるのだ。目を覚ました後は、2人が銃弾を使い切る頃合いを見計らいクローゼットを内側から開け、パンツに挟んでいた銃で2人の頭を狙い通りふき飛ばしたのだ。シェパードはサイレンサー無しの発砲音を聞きつけ大急ぎで部屋の奥へと向かった。そこには頭のない2人の死体が横たわっている。開けっ放しのクローゼットの中はバスローブがかけてあるだけだ。シェパードは2人がしくじったことに舌打ちをせずにはいられなかった。確かにサリーはここにいるはず。早く見つけないとシェパードの命も危ない。シェパードは銃をいつでも撃てるように構えながらゆっくりと部屋の中を探索した。考えられるのはベッドの下だ。ベッドに近づき、ゆっくりとかがみベッドと床の間にサリーがいないか確認する。そこには小さなほこりが2~3個ほど転がっているだけでサリーの姿は見当たらなかった。シェパードはここでなければどこにいるのか不思議に思いながら立ち上がった。銃声がしたのでもうじきこの部屋にも人が来る。その前になんとかサリーを始末しなければならない。シェパードは首を左右に振るがどこにも手がかりはない。顔を正面に戻し、なにか手はないかと目を閉じて考える。のどぼとけに冷たい何かが当たる。その冷たい何かが一瞬で首の端から端まで移動すると首から下に何か温かい液体が流れ始めた。血だ。シェパードは何が起こったか分からず、なんとか血を止めようと両手で首を抑えるが、深く切られた動脈から噴出した血は留まることを知らない。あっという間に貧血状態となりシェパードは立っていられなくなった。崩れるようにして倒れつつも、何とかベッドを背もたれにして床に座った。足を前へと放り投げた不格好な姿勢だが、この体勢が一番楽だった。あまりにも急なできごとにシェパードは混乱し狼狽していた。息をするにも首の切り傷からヒュー、ヒューと空気が漏れるだけである。もはやなす術もなく茫然と部屋の壁を見ていると血の雫が上から滴り床へと落ちた。血が落ちてきた方へと顔を向けるとそこにはそこにはコウモリのように照明に足をかけてぶら下がっているサリーがいた。右手にはシェパードの首を裂いたナイフを持っていた。シェパードは部下を殺されたことと自分への仕打ちに対しての恨みから罵詈雑言の限りを尽くそうとしたが、首から空気が漏れ、出血がいっそうひどくなるだけだった。サリーは軽い身のこなしで床へと降りると、かがんでシェパードと顔を突き合わせた。
「あたしに奇襲をかけるなんて100年早いんだよインポ野郎」
シェパードは悔しさに顔を歪ませるが何も言い返すことができない。サリーはそんなシェパードに唾を吐きかけた。
「治るといいね。その傷」
サリーは自分の首に人差し指を当て右から左へ移動させ、にっこりと笑った。部屋の外から複数人の足音が近づいてくる音がする。おそらく警察だろう。サリーはシェパードの前から立ち去り、部屋の窓を開けて飛び降りた。3人の警官が部屋に入った時には3つの死体以外には何も残されていなかった。
サリーにとって久しぶりの奇襲だったが、なんてことはなかった。この程度の奇襲なら回避することは朝飯前だ。薄暗い街灯が照らす路上を歩きながらナイフについた血を唯一身に着けているパンツで拭いていた。突如物陰からくぐもった声が聞こえまだ奇襲は終わっていないのかと咄嗟に銃を構えた。のそのそと小太りの男が物陰が現れる。普通ならパンツ一丁の女がいたら思わずニヤリと笑ってしまうものだが、その女がこちらに銃を構えた185cm88kg女なら話は別だ。小太りの男は両手を挙げた。サリーが銃を横に振り立ち去るよう促すと、一目散に小太りの男は走って逃げた。サリーはほっと一息ついたが、再び物陰から人の声が聞こえると銃をそちらへと向けた。ゆっくりと物陰へと入って行くと、年端のいかない15歳ほどの女の子が膣から精液を垂れ流して倒れていた。何度も殴られたのだろう顔はひどく腫れて口からは血が垂れている。サリーは銃を下し、女の子へと背を向けて立ち去った。

サンマウス

ニュー・ラック・ヒルは犯罪の多い都市だ。この街ほどマフィアファミリーが終結しているところはないだろう。その中でもサンマウスファミリーはニュー・ラック・ヒルでも有数のマフィアファミリーだ。現在ファミリーを牛耳っているコートニー・サンマウスが中堅程度だったサンマウスファミリーを大きくした。150ほどの下部組織を従え構成員は全て合わせると3000人はくだらないだろう。ここまでファミリーを大きくするために多くの犠牲を払ってきた。74人の友人と妻を2人失った。失った友人の内の半分と妻1人はコートニーが自ら手を下したものだが。68歳で頭髪も髭も真っ白になった今もなおコートニーは現役だ。いや、現役でいなければならない。自ら手を下していない方の妻との一人息子、ビクターは44歳だが、学も腕っぷしも根性も人としてまともな感情も持っていない。毎日遊びほうけていきずりの女を寝室に呼び込み昼すぎまで出てこない。そんな息子のいいところを1つだけ挙げるとするなら顔のよさだろう。ハリウッドで何度か主演の映画を撮ったと言っても通用しそうな美貌の持ち主だ。実際、昔は俳優になろうとしていたが、セリフも覚えられない上に女優を志す若い女を散々たぶらかしためその道は断念した。俳優にはなれなかったがその美貌のおかげでサリーを口説くことに成功したことはビクターの唯一の功績と言っていいだろう。雇おうとすれば札束がいくらあっても足りないサリーがほぼ無償でファミリーのために動いてくれるのはうれしい誤算だ。ここ1年ほどでさらに規模を大きくすることに貢献してくれた。
実を言うともう一人貢献してくれている人物がいる。それがコートニーの目の前でくたびれたジャケットを羽織ってテーブルの向かいに座っている隻腕の男、ドゥシュアだ。中国系の血を引くドゥシュアは2年前にコートニーの前に現れた。それまで、サンマウスの下部組織がドゥシュアのバックについてビジネスの手助けをしていたが、あまりにも規模が大きくなりすぎたためコートニーに直接バックにつくように求めてきたのだ。最初は断るつもりだったが、関わっている人間やビジネスの内容を聞くと60を過ぎてから消えかけていた野望という炎が再びコートニーの中で燃え盛った。ドゥシュアのビジネスの手助けは危ない橋だが黄金へと続いていた。コートニーはドゥシュアに直接会い、バックにつくことを伝えた。その時のドゥシュアの名前の通り毒蛇のような鋭い目は今でも脳裏に焼き付いて離れない。
ドゥシュアは毎月末深夜に、ファミリーがバックについていることへの見返りを自ら直接持ってくる。今、その見返りの金額があっているかコートニーの部下が別室で数えている。この間ドゥシュアは笑顔を絶やさない。対峙するコートニーの仏頂面とは対照的だ。いつも部下が金額を数えている時間2人は対面して座っているが、特に何を離すと言うことはない。互いに、この部屋の外の事へと思考を飛ばしている。コートニーの後ろの扉が開き、スーツを着たコートニーの部下がコートニーの耳元で金額が合っていたことを伝えた。コートニーは軽く頷くいた。
「今月もきっちり40万ドル支払いましたんで、来月もたのみますぜ旦那」
沈黙に耐えきれなくなったのかドゥシュアがしわがれた声でコートニーへと話しかけた。
「もちろんだ。来月も頼むぞ。」
コートニーはじっとりとドゥシュアを目で射抜いた。たいていの人間はこうすると多少は緊張を顔に表すのだが、ドゥシュアは全く動じない。
「へい。分かりやした。それでは私はこれで失礼させていただきやす」
ドゥシュアは椅子から降りると深々と頭を下げ一礼するとそそくさと部屋から出ていった。
「あの男が下手に出てくると気持ちが悪いな」
部下にそう愚痴るとコートニーもゆっくりと椅子から立ち上がり部屋から出ていった。一人になってゆっくりとブランデーを飲みながら読みかけの小説を読もうと思い書斎へと向かった。重厚な扉の鍵を開け書斎に入ると、奥にある机に飲む予定だったブランデーが入ったグラスを傾ける大きな女がパンツ一丁で座っていた。サリーだ。唖然としているコートニーにサリーは微笑んだ。
「あら、お帰りなさいパパ」
「ああ、ただいま。サリー」
コートニーは動揺を悟られないようにできるだけ声を抑えて返事をしようとしたが、少し上ずってしまった。部下にはこの書斎へは誰も入れるなと伝えてあるし、鍵も肌身離さず持っている。にもかかわらずサリーはさも当たり前かのようにこの書斎でコートニーを迎えた。コートニーが扉の前から動けないでいると、サリーは机から降り、腰をくねらせながらコートニーの方へと近づいていった。パンツに挟まっている銃がカチャカチャと音を立てる。
「ねえ~パパ~。ビクターが~全然結婚の話してくれないの~~ひどくな~い?」
サリーはコートニーの目の前まで来るとグラスをコートニーの口へと押し付けブランデーを飲ませた。サリーの威圧感に負けたコートニーは少し口を開けて恐る恐るブランデーを口内へと入れた。本来なら芳醇な香りを楽しめるはずだが今はそんな余裕はなかった。コートニーはグラスを押し付ける手をゆっくりと押し返した。
「そ、そうなのかね。また、ビクターに言って聞かせるよ」
サリーはにっこり笑った。
「え~~でもぉ~~~」
そこまで言うと急に真顔になりグラスを思いっきり床へと投げつけた。グラスが割れる音が書斎の中に響き渡った。コートニーは短い悲鳴を上げて身を縮こまらせた。百戦錬磨のマフィアのゴッドファーザーもニュー・ラック・ヒルでは無敵のサリーの前ではただの無防備な老人だった。サリーは自分の顔をコートニーの顔に突き合わせ悪魔も凍り付くような冷たい視線を向けた。
「それ、5日前も言ってたよな。それなのにまだあいつから何も話がないんだけど。どうなってんの?」
コートニーはごくりと唾を飲んだ。後ろのドアの向こう側からグラスの割れる音を聞きつけた部下たちが書斎へと走って来る音が聞こえる。コートニーは早くこの間に割って入ってくれと思わざるを得なかった。
「こ、今度はちゃんと言って聞かせる約束するよ。だから、今日は引き取ってもらえるかな?」
「本当だろうな?次はないと思えよ」
コートニーは黙って首を何回も縦に振った。ドアの向こうからようやく駆け付けた部下が何度もノックする音が聞こえる。
「大丈夫ですか?ガラスか何かが割れる音が聞こえましたが?」
コートニーは大声で中に入ってきてくれと言おうとするとサリーが人差し指をコートニーの口に当てた。声を出さずに口を動かしている。口は「入るなって言って」と言っているように動いている。コートニーは従うしかなかった。
「なんでもない!手が滑ってグラスを落としただけだ!私の時間を邪魔するな!入って来るんじゃない!」
ドアに向かって大声で叫んだ後再びサリーの方を向いた。サリーはまたにっこりと笑っている。
「そうですか。大変失礼しました」
部下はそう言い残すと書斎の前から立ち去っていった。サリーは満足そうにコートニーを見て不敵な笑みを浮かべている。
「それじゃビクターに結婚のことについて真剣に考えるように言っといてね。パ・パ」
サリーはビクターに再び迫ると頬の髭がうすい部分にキスをした。サリーが立ち去ろとドアを開けると何かを思い出したかのように書斎の中で茫然と立ち尽くしているコートニーを振り返った。
「そういえば今日奇襲にあったんだ。あの間抜け面は確かフリーマンファミリーの下についてるシェパードだったと思う。他にいた2人は知らないけど。近々フリーマンファミリーと一悶着あるかもね」
そう言い終わるとサリーはドアを閉めて書斎から出ていった。コートニーはキスをされた頬についた微かな唾液を手でぬぐい取った。時間にして僅か10分ほどのできごとだったがコートニーのプライドをへし折るには十分な時間だった。ドゥシュアと違ってサリーには圧倒的な戦闘能力からくる傲慢がある。そして誰もその傲慢をたたき割ることはできない。この1年間のサリーのファミリーへの貢献は計り知れないがいよいよ関係を打ち切る時が来たのかもしれない。元々あんな化け物のような女とビクターは結婚するつもりは一切なく、コートニーもサリーを義娘にするつもりは最初からない。今やサリーはサンマウスのガンだ。ガンは切り取らなければならない。

ドゥシュア

ニュー・ラック・ヒルは犯罪の多い都市だ。その犯罪の中枢ともいえる35階建てのコートニービルから小柄な男が出てくる。よれよれの帽子を左腕で抑えうつむきながら歩道をそそくさと横切り車道に停まっている黒い高級車へと向かう。男のコートには右腕が入っておらずひらひらとなびいている。男が車の前で立ち止まると、後部座席のドアが開き男はカバン車へ放り込むと続いて自分ものそのそと入り込んだ。
「おかえりなさ~~いパパ。遅かったね~~」
後部座席の奥に座っていた短髪の女がドゥシュアに抱き着く。女の身なりはまるで娼婦のように派手で各指に大きな金色の指輪がはめられている。
「ただいま、わが娘、ビビアナ。パパが待ち遠しかったか?」
そういうとドゥシュアはビビアナの顔を引き寄せると、自らの乾いた唇をビビアナのハリと潤いのある唇へ押し付けた。さらにドゥシュアはビビアナの口内へと舌を侵入させたが、ビビアナは拒むどころかそれにこたえるかのように自ら舌をドゥシュアの舌と絡ませた。運転手はそしらぬ顔で車を発進させた。
ドゥシュアとビビアナは実の親子である。ドゥシュアはかつて大きな中国系マフィアの下っ端だった。このころは両腕があった。頭もキレ、小柄でも負けん気が強くカリスマ性もあったため幹部候補と言われていたが人間を残虐な方法でいたぶるという趣向があった。それがあまりにもひどいため厄介に思ったマフィアの上層部はドゥシュアにある指令をだした。
それはメキシコの麻薬カルテルの殲滅だった。取引相手だった麻薬カルテルが力をつけマフィアの言うことを聞かなくなり、日に日に要求も増してくるので殲滅してほしいとマフィアの幹部はドゥシュアに頼んだ。50人ほどの部下を引き連れドゥシュアは喜び勇んで麻薬カルテルへのアジトへと向かった。一方でマフィアは麻薬カルテルの連中に1人の中国系の部下が暴走してアジトへと向かってるから迎え討ってほしい、成功すればそちらの要求を飲むと話していた。マフィアは2つの面倒ごとが共倒れするように仕組んでいたのだ。ドゥシュアはマフィアから受け取った適当な装備で国境を越えアジトへと猛進していった。それから1年の間ドゥシュアからも麻薬カルテルからもマフィアに連絡が来なくなり、幹部たちは共倒れしたのだろうと見事に企みが成功したことに喜んでいた。
しかし、ドゥシュアは生きていた。ドゥシュアは自分がマフィアの幹部たちから疎ましく思わていることを知っており、50人では麻薬カルテルを殲滅することなど不可能だともわかっていた。そこでドゥシュアはマフィアから送られてきた安っぽい装備の他に自分で大量に火薬を買い、それを詰んでメキシコへと向かっていた。いざアジトへ着き戦闘が始まるとドゥシュアは小柄な体を部下の後ろへと回り込ませ味方を盾にしながら麻薬カルテルのアジトの駐車場へと向かった。味方がほぼ死に絶えた中でドゥシュアは死んだ麻薬カルテルの下っ端の服を剥いでその服を身に着け、麻薬カルテルの幹部及びボスがいる部屋へ入り敵の援軍が来るから車で逃げるように促した。大急ぎで麻薬カルテルの幹部が車の乗りこむ中、ボスも適当な1台に乗りこもうとしたがドゥシュアはそのボスの腕を引き別の1台へと乗せ自らハンドルを握った。ボスが後部座席のドアを閉めた途端ドゥシュアは車を急発進させ、手元にある爆薬起動装置のボタンを押した。幹部が乗っていた車が全て大きな爆炎に包まれ他の幹部たちが全員死んでいくのを尻目にドゥシュアとボスが乗った車は荒野を猛スピードで駆けていった。
ボスは少しの間茫然としていたが我に返ると、運転手が怪しいことにようやく気づき腰につけていた銃で運転手を殺そうとしたがいくら腰周りを手でまさぐっても銃を見当たらなかった。ドゥシュアはボスの腕を引くときすでに銃を奪っていたのだ。ドゥシュアがその銃を見せびらかすように片手で取り出すとボスにつきつけ自宅へ案内するように脅した。マフィアから見限られたドゥシュアはボスの持っている金目のものをすべて奪いそれを元でに新たな仕事を始めるつもりだった。ボスはなす術もなく自宅へとドゥシュアを案内した。
車をとばして数十分後派手さはないがこぎれいでそこそこの広さがあるボスの自宅へと到着した。ドゥシュアは銃をボスに突きつけながら車を降りるように命令し自宅を案内させた。自宅に入って行くと警備の人間がいたがボスに警備に武装を解くように命令させ、丸腰の警備の頭に銃弾を撃ち込みさらに奥へと進んでいった。ボスはひたすらここに金はない、銀行に全て預けてあるとドゥシュアに話していたが、ドゥシュアはこの手の人間が全額銀行に金を預けるほど人を信用していないことは分かっていた。ドゥシュアは黙って金庫の場所を教えろと何度も命令したがボスは首を横に振るだけだった。リビングまで進んだドゥシュアは頑なに金庫のありかを教えないボスに堪忍袋の緒が切れ片方の膝の裏に銃弾を撃ち込んだ。大きな悲鳴が上がったがそれでもボスは金庫の場所を教えようとはしなかった。どうやら死んでも金庫の場所を教えないだろうことをドゥシュアは悟った。マフィア時代にも経験したこがあったが追いつめられもうじき死ぬと分かった人間は最後の最後に嫌がらせを行うのだ。警備を殺し、ボスの膝を撃った銃声はここからそう遠くない場所にあった家にも聞こえているはずでチンタラしていると警察が来る。それをボスは狙っているのだろう。ドゥシュアの顔にも焦りの色が出始めたその時、ドゥシュアの背後から子供の声がした。
振り向くと、後ろにはパパと何度も叫びながら走って来る男の子がいた。ドゥシュアはすぐさま男の子に銃口を向けるとボスはスペイン語で早口で何かを話している。この男の子がボスの息子と分かったドゥシュアはひたすら大声でまくしたてるボスの耳元で金庫のありかを言えば息子は助けるとつぶやいた。ボスは目を閉じ呼吸を整えると自分の部屋へと案内を始めた。ドゥシュアは男の子の手を掴むと頭に銃をつきつけ一緒に連れていった。ボスの部屋へと到着するとボスは本棚の下の部分が金庫だとドゥシュアに告げた。ドゥシュアは金庫を開けるように命令した。ボスは一瞬ためらったがドゥシュアが男の子の頭を乱暴に揺らすと急いで金庫に近づき鍵を開けた。中には大量の札束が入っていた。金庫を開けドゥシュアに息子を開放するように告げようとボスが振り返った瞬間にドゥシュアは銃の引き金を絞りボスを殺した。自分の父親が目の前で殺され泣き叫び暴れる男の子を銃で幾度も殴り大人しくさせてからドゥシュアは金庫の金を懐にしまっていた麻袋に詰め込んだ。再び男の子の頭を掴み男の子の歯とボスの脳みそが散乱する部屋を後にした。
警察が来る前にこの家を離れようと速足で玄関へと向かうと一人の女が丁度家から出ようとしているところに出くわした。ドゥシュアは女に停まるように命令した。女はドアノブにかけていた手を上げドゥシュアの方へと向き直った。その時ドゥシュアに衝撃が走った。なんと美しい女だ。筋の通った鼻に少し垂れた大きな目。唇はハリと潤いがあり、小麦色に焼けた肌との色合いがすばらしい。高く上げている両腕についている二の腕の肉もドゥシュアの好みだった。男の子がママと叫びこの女がさっき殺したボスの女房だと分かったが、そんなことはどうでもよかった。ドゥシュアはは何度もママと叫ぶ男の子の口に銃を入れ発砲し殺すと。、素早く銃を女に向け自分についてくるように命令した。ドゥシュアは女の名前を聞いた。女はビビアナと答えた。
ドゥシュアはビビアナを縛り上げ車に乗せメキシコを脱出した。ドゥシュアの頭には新しビジネスを始め大金持ちになった自分とその横で笑みを浮かべるビビアナの仲睦まじい姿がくっきりと浮かんでいた。

『サリー』

『サリー』 さっちゃん 作

  • 小説
  • 短編
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-03-27
Copyrighted

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