母ちゃんです。
母ちゃんは、人の汚ない感情からくる言葉
や、人を陥れるだけの言葉、そして、人を傷
つけるような言葉は一切信じない。
もちろんどれだけ演技をしても、自分が助か
りたいなどの感情からくる嘘は見抜けてしま
う。
母ちゃんに嘘は通用しない。
例外がある。
悲しいや辛い、信じてほしいという感情だけ
は、それを一切見ていなくても、信じるよう
にしている。
それは、母ちゃんが子供の頃にどれだけ訴え
ても、大人は誰も信じてくれない、助けてく
れないという経験からきている。
人は、正しく声をあげても、ずるい人間の言
うことを真実やと思う。
卑怯なことだけはどうしても嫌だった母ちゃ
んは、いつもその影で傷つく人達を、守り続
けた。
自分はそんな人間には絶対ならん、正しく声
をあげる人の言葉は、何があっても信じてや
ると、そう決めていた。
母ちゃんが親に捨てられたのは、高校生の頃
やった。
その頃は、アルバイトをしながら生計を立て
て学校に行っていた。
父親が選んだ趣味の悪い女は、世間体のため
なのか、古いボロアパートを母ちゃんに用意
した。
それと、脱水機能が使えなくなった壊れた中
古の洗濯機も。
正直言ってその頃は、お金が本当になくて、
随分苦労した。
学費は出してくれていたが、他は全て自分で
稼がんとあかんかった。
学校の行き帰りは、家を出された時に乗って
きた自転車があったのでそれで通ったが、水
道光熱費、食費などは、自分で稼いだ。
とにかくいつもギリギリの生活を送ってい
た。
自由になるお金は、ほとんどなかった。
遊ぶ友達は多かったけど、母ちゃんはそのこ
とを一人の親友にしか話してなかった。
つまり、母ちゃんの家庭の事情を知っている
人は、その子を除いては他におらんかった。
それでも自由であることと、もう何にも怯え
なく過ごせる毎日が、母ちゃんにとってはと
ても幸せやった。
壊れた洗濯機や何もない部屋には、少し虚し
さを覚えたけど。
学校に行きながら働く毎日はとても大変やっ
けど、その他にも友達と遊ぶ時間や彼氏と過
ごす時間と、とにかく時間がなかった。
間から、コッソリ飲食店でのアルバイトを続
けた。
友達に言えば、気にさせてしまうんじゃない
かと思ったので、母ちゃんはこのことを言わ
ないように、感じさせないように気をつけと
ったな。
でもそんな生活は長くは続かんかった。
支払いができやんことも多くなり始めて、母
ちゃんは学校を休んで、一日バイトで働いて
いたりした。
勉強なんかさらさらしなかったので、物理の
テストは全く意味が分からず、いつも白紙で
出した。
当然、物理の先生からはいつも目をつけら
れ、追試というのをしてもまた白紙で出すの
で、怒られ続けた。
だって意味ある?
生きていくのに物理の何がいきんの?
そんなことを思っていた。
先生に怒られるのは全く何とも思わんかっ
た。生ぬるかった。
あまり寝てないので授業中もとにかく寝る。
寝とるのが見つかると、先生達はそれぞれの
怒り方で母ちゃんを怒った。
生意気で誰にも媚びやんだ母ちゃんは、先生
にはあまり好かれやんかったな。
大人はとにかく嫌いやった。
後に、母ちゃんの心に大きな存在として残る
担任の先生をのぞいては。
担任の先生は、スポーツマンタイプの熱い男
の先生やった。いくつやったんかは知らんけ
ど、自分の親ぐらいの歳やったと思う。
母ちゃんはあんまり知らんかったけど、何で
知らんかったかというと、学年があがって新
しいその担任の先生になっても、遊びにいっ
たりバイトしたりと、あんまり顔を合わした
ことがなかったんや。
友達らは、母ちゃんが遊びにいくために学校
を休んどると思ってたので、そんな母ちゃん
でも、母ちゃんらしいといっては、笑って受
け入れてくれていた。
本当にありがたかったな。
不真面目な母ちゃんを楽しんでくれていた。
ただその担任だけは違っとった。
母ちゃんがバイトが続いてやっと学校に行っ
たりなんかすると、友達らは「母ちゃん来た
~。いぇーい。」とか盛り上がってくれるん
やけど、だから母ちゃんも、「来たよーん」
とかってふざけるんやけど、その担任だけは
わざわざ母ちゃんの肩に手を置いて、「よく
来てくれたな。嬉しいわ。ありがとう。」と
か言ってくる。
母ちゃんは、なんやこいつ、うざいな。と、
いつもそれを嫌った。
母ちゃんを見るときは、教えてない母ちゃん
の事情を知っとるかのような優しい目をする
ので、それがうざくてうざくて、母ちゃんは
担任には特に反抗し続けた。
担任だけは寝とっても怒らんかったので、そ
れをええことに、担任の授業はいつも寝てい
た。
あんたやってどうせそのへんの大人と変わら
んやろ。今だけやろ。いつまで続けられるん
や、それ。早くしっぽ出せ。とか思っとっ
た。
本当は優しい人やと気づいとったけど、母ち
ゃんはあまりにも大人を嫌いすぎとったんや
な。
大人に優しくされるのは、心底うざかった。
一人だけ事情を知ってる親友との間に、嬉し
かった思い出がある。
母ちゃんに会いに、学校休んで母ちゃんのア
パートで待っとってくれたことや。
でもその日に限って母ちゃんは学校に行って
いたので、よくそのたまたまに当たったなと
か言いながらも、その気持ちが本当に嬉しか
ったんを覚えとる。
すれ違いが燃えるなとか、そんなアホなこと
言って笑っとった。
あんなに好きやった勉強に興味もなくなり、
まあそれは遊びに夢中やったんもあるけど、
生活のために毎日バイトに追われる日々が続
いた。
お金はないけど、それでも友達と遊ぶお金は
削れやん。
母ちゃんは、その時はもう心底疲れていた。
学校に行きながら働く毎日に、何の意味もな
いような気がしてならん。
友達にいらん心配かけたくないと思う気持ち
からついた嘘は、母ちゃんを苦しめた。
とにかく疲れていた。
担任のところに行って、「ちょっともう学校
辞めます。お金ないで無理。」と伝えた。
担任は、「何でや。理由を教えてくれ。」と
言った。
母ちゃんは、「親がお金出さへんで働いて生
活しとる。もう限界や。」と言った。
担任は、「それは本当か?」と聞いてきた。
母ちゃんは、どうせ信じへんやろけどと思い
つつ、「嘘とちゃう。本当や。」と言った。
担任は、まっすぐこっちを見て、「お前の言
うこと信じる。」と、言った。
それと、「ちょっと決めるのまだ待ってくれ
るか。」と言って、その日は終わった。
何日かして担任に呼ばれた。
それが学校やったのか、どこやったのか、正
直覚えてない。
でもその横には、見たこともない知らん女の
人がおって、担任が奥さんやと紹介してくれ
たから、あれはきっと学校じゃなかったと思
う。
担任が静かに話し出した。
「この人はうちの奥さんや。うちの奥さんは
高校中退しとってな、随分苦労したんや。だ
からお前には学校続けさせてあげたい。お金
は俺が出したる。夫婦で話し合ったんや。心
配せんでええ。」
母ちゃんは、
「そんなんしてもらうの嫌です。いいです。
やめます。」
と言って、何度も言ってくれる担任の言葉に
心入れることなく、キッパリと断った。
その時の担任の言葉と自分の感情だけは、今
でもはっきり覚えている。
母ちゃんは、嬉しいとかという気持ちより、
もう誰にも縛られたくない。誰かに遠慮して
生きるのはもう嫌やと、そう思ったんや。
何日後かして、母ちゃんは知った。
担任が父親と新しい女に、「お前達は最低
や!」と怒鳴ってくれたらしい。
それを知れたのは、母ちゃんを邪魔やと言っ
て捨てた女が、あんたのせいでこんなこと言
われたと、母ちゃんに文句つけてきてくれた
おかげや。
知れて良かった。
母ちゃんはバイトをもう一つ増やした。
それから何年経ったか、母ちゃんは塾の先生
になった。
あのときの担任と同じような先生になりたか
ったから。
担任と同じ、子供の気持ちに寄り添える大人
になりたかったから。
随分苦労して努力したけど、母ちゃんは、夢
を叶えた。
母ちゃん自体が型にはまらん性格やったのも
あってか、母ちゃんの授業は人気やった。
生徒達からは、たくさん手紙をもらった。
一緒に遊びにいっては、プリクラなんかもよ
く撮った。
他のクラスの子供らも、母ちゃんのクラスに
うつってくるようになったので、他の先生か
らは嫉妬されて、いらんこともされた。
何とも思わんだけど。
担任の顔はあんまり覚えてない。接したこと
もほとんどなかった。
あんまりいい生徒じゃなかった。
それでもその担任は、そんな母ちゃんの言葉
を、見やんでも信じてくれた。
先生、
あの時は、大変お世話になりました。
あの時、私の言葉を信じてくれたこと、今で
も忘れません。
父親に意見してくれたことも、本当に嬉しか
ったです。
あんまり知らない一人の生徒のために、どう
してあそこまでしてくれたのか、今だにあれ
は夢だったんじゃないかと思う時もありま
す。
失礼な態度をとってすいませんでした。
ちゃんとお礼が言えず、すいませんでした。
先生、
私は先生のような大人になりたくて、あの時
のことを忘れずに生きようと、ここまできま
した。
大人になってくにつれて、そして親になっ
て、先生が言ってくれたことがどれほどのこ
とやったのか、それが分かれば分かるほど、
どうしてあの時あんな言い方をしてしまった
のかと、自分を責めています。
先生に会いたいです。
先生に会いたくて、お礼が言いたくて、それ
でも探しても探しても、まだ先生に会えてい
ません。
私はこれからも変わらず、辛い人悲しい人の
言葉は、見やんでも信じる人であり続けよう
と心に決めています。
先生からもらった優しさは、一生忘れませ
ん。
どうか会えるまで、元気でいてください。
先生、信じてくれてありがとう。