ブログをやめるように言われたけれども、どうしても認識が違うよなあ・・・
私は、どうして日立製作所から懲戒解雇されるに至ったか?というと、伊達娘とかAKBの中高生に対して、
「日立製作所がやっていることは、日本がぶっ潰れるほどの大問題だ!」
と言いながら、日立製作所も経済産業省もその他マスコミ等々も隠蔽してきたことを、徹底的に糾弾するんだと言って、フツーのヒトならば日立製作所の地位を選ぶところ、私はAKBの中高生の感性を選んだ。
だからといって、明示的にAKBの中高生が私を応援してくれているわけではないけれども、それでも、現実的には私を応援してくれている、そこの実感が、いっくら説明しても、どうしても伝わらん。
それは、私がブログを書いている結果として、みんな言うように、そのへんのヒトと共闘できない理由になるのではなく、
むしろ人々が、組織に結集したからとして、インターネットでさまざまに訴えてきた、AKBの女の子の置かれた辛い立場から目を背けるのか!、と私に向かって思うと思うねん。
それは、何人が思うかはワカラン。
もしかしたらレーニン、じゃなくて、・・・いや同じかw 0人かもワカラン。
けれどもそれは、私の人生を懸けたプライドとして、相容れんとどうしても思う。
いま組織化を考えるからとして、人生として無視できんよなあ。
一般的に、ヒトがブログを団結破壊と思うのって、伊達娘も感想を書いとった、"何者"のように、同輩とか弱い者に対して悪いように愚痴を書きまくることやと思う。
私は、弱者を悪くは書かん。
権力をかさにきた、強者を悪く書くことはあるけど。
私かさにきるヤツが、何にも増して嫌いやし。
【追伸】
そういえば、その議論で、大西弘子について言ったけれども、そのヒトは、”一般的に考えて”大西弘子がおかしいのではなく私の姿勢がおかしいと言った。
けれども、私は、改めて考えると、さらに他のヒトから、大西弘子からのハガキだかなんだかを見て、私と比較して、大西弘子はどうも認知症らしいと言われていて、それも違うなあと思ったけれども、そんな情報もまた共有されてない。
上に立つ者ほど、一般論ではなくて具体論で判断できるべき、と思う。
だって、上に立てば立つほど、一般論で判断できんものごとに遭遇するはずで、逆に言うと、一般論で判断できんものごとに対して、真摯に向き合って判断できることこそが、実践に関して重要と思う。
あとそれでやっぱ言いたいけど、
①目の前のヒトが主張していること
②一般論
この2つが相対する場合、すぐ②を信じてまうのは一般人やけど、ホンマにリアルに討論できる人間は、②も想定してまうのは事実やけれども、①が真実かどうか?を究極に検討できると考える。
その上で私は、やっぱまだブログ書かざるを得んなあと思うてまう。
人々が、①を考えられるようになるまで、苦闘が続くと思う。
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