「GLOCAL BEATS」(共著)、「大韓ロック探訪記」(編集)、「ニッポン大音頭時代」(著)のほか、2016年は新刊「ニッポンのマツリズム」を上梓するなど多くの音楽書に携わり、ラジオ番組にも多数出演。世界の音楽とカルチャーをディープに掘り下げてきたライター/編集者/DJの大石始が、パワフルでオリジナルな活況を呈するアジア各地のローカル・シーンの現在進行形に迫る連載〈REAL Asian Music Report〉。今回はイ・ランと柴田聡子という、日韓の女性シンガー・ソングライターが登場。去る11月に全国ツアーを共に回った2人の対談は愛と感動、そして笑いの連続! *Mikiki編集部
近頃、韓国のとあるシンガー・ソングライターが注目を集めている。彼女の名前はイ・ラン。86年、ソウル生まれ。ミュージシャンであると同時に映像作家であり、コミック作家であり、才能のある文筆家でもある彼女の名前は、熱心な韓国インディー・フリークの間では数年前からよく知られてきた。この9月には最新作『神様ごっこ』が日本でもリリースされ、日常に潜むありふれた情感を生々しく詩的な言葉で綴ったこのアルバムにより、これまで以上に広い層からの支持を獲得。ぶっきらぼうなようでいて、独特のユーモアと知性を感じさせるキャラクターもあって、日本のメディアで取り上げられる機会もだいぶ増えてきた。
そんなイ・ランの盟友ともいうべきシンガー・シングライターが柴田聡子だ。彼女も韓国でライヴを重ねており、イ・ランとは幾度となく共演を繰り返しているほか、同い年ということもあってプライヴェートでも仲が良いんだとか。そんな2人はこの11月、〈イ・ランと柴田聡子のランナウェイ・ツアー〉と題された日本全国7か所のツアーを決行。各地でソールドアウトが続出するなか、僕もツアー最終日となる11月29日の公演にお邪魔した。立錐の余地もないほどの満員御礼となったこの日の公演は、熱気と笑顔に溢れる素晴らしい夜だった(レポートは本稿の後半で)。
ここでは、そのツアーを直前に控える某日に行われたイ・ランと柴田聡子の対談をお届けしよう。脱線と寄り道を続けながら、最終的には生と死を巡るディープな対話へと至る8000文字対談。なお、イ・ランは通訳を通さず、すべて日本語で受け答えをしてくれた。
友達だけどラヴな感じ
――2人が初めて会ったのはいつ頃なんですか。
柴田聡子「2014年かな? (韓国のシンガー・ソングライターである)ドゥリンジ・オーが呼んでくれて、ソウルでライヴをやったんです」
イ・ラン「日本人の知人が〈柴田聡子っていうシンガー・ソングライターがライヴをやるから挨拶してきたら?〉とメールをくれて。〈柴田聡子? 誰?〉と思ったけど、私が大好きなキム・モギンさんも出演するというので、結局行くことになった。そこで〈こんにちは、イ・ランです〉って挨拶したんです」
――何ていうライヴハウスだったんですか。
柴田「ピンクムーンという猫のいるライヴハウス。そのときは空中キャンプ(ホンデのライヴハウス)でもやりました」
イ・ラン「その次の週に日本に行くことになっていたから、〈来週日本で遊びましょう〉と話してたんだけど、時間が合わなくて遊べなかった」
――イ・ランさんは柴田さんのライヴを観てどう思いました?
イ・ラン「そのときはあんまり日本語わからなかったけど、〈この曲、好きだ〉って思った曲が何曲かあった。〈○○かわいいね〉っていう曲(2012年作『しばたさとこ島』収録曲“カープファンの子”)。すっと耳に入ってきて、すぐに覚えちゃった。そのとき私のCDも柴田ちゃんに渡したんだよね?」
柴田「日本に帰ってからCDを聴いてみたら、1曲目で〈あ、この曲知ってる!〉って」
――ほー。
柴田「昔、韓国人の友達にもらった2曲のデータをずっと聴いていて、めっちゃいいなと思ったんですけど、ハングルを読めないので何ていう名前なのかもわからなくて。(イ・ランの)CDを聴いたらそれが彼女の曲だとわかったので、すぐに〈この曲、知ってます!〉とメールを送ったんです」
イ・ラン「そうそう、メールが来た」
柴田「アルバム(2012年作『ヨンヨンスン』)の1曲目の“よく知らないくせに”っていう曲。イントロが天国っぽくて好きだったんです、むっちゃ天国音楽!と思って(笑)」
――柴田さんは『ヨンヨンスン』の日本盤※ライナーノーツも書いてらっしゃいますよね。そこからすぐに仲良くなったんですか?
※イ・ランの新作『神様ごっこ』のリリースに合わせて、今年9月に新装パッケージで日本盤化された
柴田「それからしばらく会ってなかったんです。次に会ったのは……(東京・吉祥寺のカフェ&ショップ)キチムかな?」
イ・ラン「2014年(の9月)に日本へ行くことになって、〈誰とやりたい?〉と訊かれたので、柴田ちゃんの名前を挙げたんです。そこから仲良くなった」
――そういえば、2人は同い年なんですよね。
イ・ラン&柴田「ハイ(笑)」
イ・ラン「でも、最近まで知らなかった」
柴田「あんまり気にしてなかった(笑)」
イ・ラン「〈日本にこんなに可愛いシンガー・ソングライターがいるんだ! この子と仲良くなりたい!〉と思っていただけで、年齢とかバックグラウンドは関係なかった。日本の女の子はみんな可愛い感じだけど、柴田ちゃんは特に可愛い。韓国の女の子はもっとクールで強い感じだから」
――柴田さんはイ・ランさんのことをどう思ってました?
柴田「超美人だと思ってました。最初に会ったときからシュッとしていて、〈すごい美人がいる!〉って」
イ・ラン「ひひひ(笑)」
柴田「真っ黒の服で、クールな感じでした。こんな美人と仲良くなれて嬉しいです(笑)」
――だんだん褒め合いになってきましたね(笑)。
イ・ラン「レズビアンみたいな感じ(笑)」
柴田「フフフ(笑)」
イ・ラン「私、そのことは最初から考えてた。フライヤーでは私が柴田ちゃんの手を掴んで逃げようとしてるでしょ?」
――付き合っている2人がランナウェイしてる、と。
イ・ラン「そう。フレンドシップとラヴはほとんど同じだと思うし、柴田ちゃんは友達だけどラヴな感じ、セックスはしてないけどラヴなんです」
――なるほど(笑)。ちなみに、柴田さんは韓国には何回行ってるんでしたっけ。
柴田「2回行きました。2014年に行ったときは4か所でやって、2015年は3か所だったかな? ソウルではユア・マインドとヴェローゾというお店でやりました。ソウルも東京と一緒でいろんな場所がありますよね。1回目にいった空中キャンプは地下の溜まり場みたいなところだし、ヴェローゾはすごく立派な劇場。ユア・マインドは本屋さん。日本でも本屋さんでライヴをやることもあるので、そんなに違いは感じなかったかな」
――異国でやるうえでのプレッシャーを感じることもなかった?
柴田「そうですね。私の場合は日本語で歌っちゃうし、お客さんもそのまま受け入れてくれる感じがありました。あと、2015年のときは光州(クァンジュ)の謎のフェス(〈光州国際フォーク・フェスティヴァル〉)でもやりました。それもめちゃくちゃおもしろかった。おじいちゃんやおばあちゃんがたくさんいて、ステージもものすごく大きくて。ツアーを組んでくれたパク・ダハムさん※が私をねじ込んでくれたんです(笑)」
※ヘリコプター・レコーズ主宰。ソウル近辺の音楽イヴェントをオーガナイズし、日韓インディー・シーンの橋渡し役も務めている。ノイズ・ミュージシャンとしても活動
――ほかにはどういう人が出たんですか?
柴田「デーモン&ナオミや韓国のレジェンドであるキム・ドゥスさん※、テニスコーツも出てました。キム・ドゥスさん、最高でしたね」
※韓国のフォーク・シンガー。ギャラクシー500のデーモン&ナオミが主宰するレーベル、20|20|20から2006年にリリースされたコンピ『International Sad Hits Volume One』にはトルコのフィクレト・クズロクや三上寛、友川かずきと共に彼の楽曲が収録された
イ・ラン「当日の朝まで柴田ちゃんと一緒に遊んでたんだけど、私は結局行かなかったんです。あとから写真を見たら、行けば良かったな~って(笑)。テニスコーツの曲で〈カチカチカチ……〉って出てくる曲があるけど(2015年作『Music Exists Disc 1』収録曲“光輪”)、〈カチ〉は韓国語で〈一緒に〉という意味なんです。〈カチカチカチ……〉って歌い出したら、みんな〈一緒に何を歌えばいいんだろう?〉と思っていたらしくて(笑)」
柴田「フフフ(笑)、おもしろいね」
――お客さんの反応はどうでした?
柴田「ノリがいいですよね。普段の私のライヴはシーンって感じだけど、韓国だとみんな楽しそうに笑ってる。お客さんの反応がダイレクトだし、ステージに向かって何か言ったりするんですよ。みんな明るい感じですよね」
――イ・ランさんはどうですか? 日本と韓国の違いを感じることはあります?
イ・ラン「日本のお客さんは静か。最初ライヴをやったときは、拍手がアンコールを意味していることを知らなくて、アンコールもないのかとびっくりした。あと、ライヴが終わったらみんな〈イ・ランちゃん、可愛い〉と言ってくれるんだけど、韓国では女性に〈可愛い〉とは言わない。〈綺麗〉とか〈美しい〉は言うけど、可愛い=子供みたいなイメージだから」
柴田「なるほどね」
イ・ラン「いまは〈可愛い〉が日本では褒め言葉だとわかったから、〈イ・ランちゃん、可愛い〉と言われたら(澄ました顔で)〈ああ、オッケー〉って(笑)」
――イ・ランさんはこれまで日本に何回来てます? かなり来てますよね。
イ・ラン「今回、パスポートのスタンプをカウントしてみたら11回だった」
柴田「むっちゃ来てるね」
イ・ラン「5年前ぐらいに1年間で3回ぐらい来たこともあった。ヤマガタ・トゥイークスターと一緒に来たこともあるし、普通に遊びに来たこともあるから」
――友達も相当増えたんじゃないですか。
イ・ラン「逆に少なくなった」
柴田「なんで?」
イ・ラン「一瞬200人ぐらいに増えたんだけど、そこからカッティングしていったので(笑)」
柴田「えっ、怖い~(笑)!」
イ・ラン「大丈夫、柴田ちゃんはランキングが上だから(笑)」
――ランキングの下のほうをカッティングしていったんだ(笑)。
イ・ラン「言葉がわかるようになって、嘘つきの人とかをカッティングしていった(笑)」
――柴田さんも韓国で友達が増えたんじゃないですか。
柴田「いやー、私、本当に友達ができなくて……イ・ランちゃんぐらい(笑)」
イ・ラン「大丈夫、私とパク・ダハムがいればソウルのことは全部わかるから」
私は生き方としてアーティストを選んでるだけ
――2人は音楽面でいくつかの共通点があると思うんですよ。まず、ひとりで音楽制作をしちゃうところ。イ・ランさんはGarageBandで録音した音源をネット上にアップして注目を集めましたけど、柴田さんも『いじわる全集』(2014年作)はほぼ一人でやっていますよね。
イ・ラン「私は友達に聴かせるために録音した。録って、Eメールでみんなに送って」
――世の中に発表するためのものじゃなくて?
イ・ラン「そう。みんな(友達)からのコメントが欲しかった。だから、夜にみんなにメールして、朝起きたらメールをチェックする(笑)。日記を載せていた自分のサイトにその音源もアップするようになって、それをパク・ダハムが聴いたのが音楽活動を始めるきっかけだった。だから、最初は作品という感じじゃ全然なくて、日記みたいなもの」
――柴田さんの場合は?
柴田「私の場合は相談する友達もいなかったから(笑)、自分でやるか、と」
イ・ラン「(唐突に)柴田ちゃん、どうやってギター上手になったの?」
柴田「ええっ(笑)?」
――いきなり(笑)?
柴田「いやいや~、いまでもヘタでしょ。コンプレックスあるし」
イ・ラン「上手でしょ? 今回のツアーのために一緒に曲を作ったんだけど、柴田ちゃんが作ってくれた曲のコードが全然わからなかった」
柴田「あっ、コード送るの忘れてた(笑)!」
イ・ラン「柴田ちゃんギター上手だから、全然わからなくて(笑)。私、ABCDEFGしかわからないし。何のコード?」
柴田「ごめんごめん、後で送る(笑)!」
――今回のツアーのために作ったその曲はどんな内容なんですか?
イ・ラン「レズビアン・カップルのランナウェイの歌」
――本当に?
イ・ラン「うん、もともと今回のツアーもそのイメージで始まったから。すべての仕事を投げ捨ててランナウェイする。でも、そんなに元気な感じじゃなくて、ダウナーな感じ。おもしろい曲だった!」
柴田「本当に? 良かった!」
イ・ラン「福ちゃん※、2人のアルバムを作ってください」
※イ・ランの日本盤をリリースしている、Sweet Dreams Press代表の福田教雄
福田「えっ?……ああ、もちろん」
イ・ラン「やったー!」
柴田「えっ、超楽しそう!」
――そんなに簡単に決まっちゃうんですか(笑)。
イ・ラン「歌詞はレズビアン・カップルの話にしよう(笑)」
柴田「いくらでも書けるよ(笑)」
イ・ラン「フレンドシップかラヴかわからないギリギリのところで」
柴田「いいと思う!」
――話がまた脱線しちゃいましたね(笑)。今回、2人にそれぞれの国のお気に入りのアーティストを紹介してもらおうと思ったんですよ。柴田さんはどうですか?
柴田「一緒にやったキム・モギンさんは好きですね。言葉はわからないですけど、メロディーが入ってくるんですよ。キャッチー」
イ・ラン「キム・モギンさん、歌はすごく柔らかくて温かいけど、歌詞はすごく冷たくて怖いの」
柴田「そうなんだ!」
イ・ラン「“不便な食卓”という歌なんかは〈あなたと私は一緒にご飯を食べたけど、赤の他人です〉という内容。それをめっちゃ柔らかく歌う。最初に観たときはマジメな感じだしおもしろくないな~って思ったけど(笑)、歌詞がわかるようになったら鳥肌が立った。超怖くて、めっちゃ好きになった」
――イ・ランさんのお気に入りのアーティストは?
イ・ラン「まずは柴田ちゃん(笑)。テニスコーツも大好きです。さやさんの歌が好きで。あと、最近はラッパーの女の子2人組が好きです。なんて名前だっけ?」
柴田「Y.I.Mでしょ?」
イ・ラン「そうそう、超カワイイ~」
――イ・ランの最新作『神様ごっこ』についてはいかがですか?
柴田「いくらでも喋れるぐらい大好きです。曲も歌詞も大好きだし、すごいアルバムだと思う。あと、長編エッセイ※もすごくおもしろい。ヘヴィーな内容なんだけど、そこが笑いに変わる瞬間がある」
※『神様ごっこ』にはイ・ランが日々の葛藤を綴ったエッセイと歌詞対訳を掲載した、70ページのブックレットが付属している
イ・ラン「悪いところは?」
柴田「えっ、あんまりないなあ(笑)」
イ・ラン「韓国ではネットで悪口も書かれる。〈演奏がヘタすぎ〉〈歌の練習してるのか?〉とか。私は〈練習? してるわけないじゃん〉って答えているけど(笑)」
柴田「返すんだ(笑)」
イ・ラン「だって音楽を専門でやっているわけじゃないのに、なんで練習するの? 私は生き方としてアーティストを選んでるだけなので、練習はしない(笑)」
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