1年前、中国は国際通貨の地位をめぐる戦いに勝利したことを祝っていた。人民元を準備通貨に採用するという国際通貨基金(IMF)の決定を受け、改革派の当局者らはドル、ユーロ、円、ポンドと肩を並べる人民元の国際的威信を、共産党指導部に市場改革を受け入れさせることに利用した。
その後の展開は、人民元を「自由利用可能通貨」としたIMFの判断には無理があったことをうかがわせている。それまで10年間、人民元の一貫した上昇が中国への外資流入を後押ししていた。それが今、成長の減速、莫大な企業債務、繰り返す資産バブル、習近平国家主席の反汚職運動をめぐる懸念が資本の流出に拍車をかけている。
10月までの1年間の純資本流出額は約5300億ドルに及ぶと推計される。中国政府は、人民元の下落を抑える臨時の資本規制と市場介入で対応している。だが、それでも人民元はじりじりと値を下げ、企業と個人が資金を引き揚げるべき理由がさらに増している。
中国政府は人民元の下落に一回限りの大幅な切り下げ、あるいは変動相場制への移行で対処することが可能だ。理論上は投資家がさらなる切り下げを予想しなくなり、資本流出が収まることになる。そして、外貨準備の減少を伴わずに人民元は安定する。
この解決策には大きなリスクが伴う。まず、政治的な火種となる。トランプ次期米大統領は中国を為替操作国として認定すると脅し、自分自身の政策構想が生み出したドル相場への影響を中国のせいにしようとしている。いま人民元を安くすれば、米国の新政権に攻撃材料を与えることになる。中国は人民元安でなく人民元高のために介入してきたという事実も、政治的には脚注扱いにしかならない。
第二に、そのような急進的な措置は、中国とアジアの貿易相手国を経済的に揺るがしかねない。突然の切り下げは行き過ぎになる恐れがある。アジアにあふれるドル建ての負債が一夜にして大きく膨らむことになる。それに、そもそも効果が出ない可能性もある。資本流出が止まるのは、投資家が切り下げは一回限りだと確信した場合に限られる。下げ幅が小さすぎれば再度の切り下げ観測を呼び、下げ幅が大きすぎればパニックを引き起こす。当面、現状の「ダーティーフロート」(管理変動相場制)が最善策かもしれない。
■資本規制の強化は避けるべき
中国当局は人民元の下落に歯止めをかけるために、外貨準備と経済効率、改革計画にかなりの犠牲を払って介入している。この状況は、2015年半ばと今年初めに世界の市場を驚かせた人民元の急落──中国当局の政策をめぐる混乱と成長減速の不安を伴った──よりは落ち着ける。
しかしながら人民元には、無用な混乱を伴わずにできる限り早く持続可能性の高い水準に達することが望まれる。人為的に強く(あるいは弱く)保たれている限り、中国の資本収支に及ぶ圧力は残り続ける。
したがって中国政府は、すでに実施している資本規制の強化は避けるべきだ。外国への旅行や留学、海外資産への投資に対する制限は特に懸念される。優先すべきは資本流入を妨げている根本的な問題、すなわち負債まみれで競争力のない国有企業、脆弱な銀行部門、経済的ナショナリズムの政策という問題に対処することだ。
その一方で米国政府には、すでに危うさをはらんでいる中国との関係にさらなる緊張を加えるのではなく、中国政府が人民元を支えるために傾けている努力を認めることが望まれる。
(2016年12月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.