ただ、「ジャンプの進化は予想以上に速かった」と国際スケート連盟(ISU)ジャッジの岡部由起子さん。岡部さんはペアとシングルのルールを決めるISU技術委員会の委員でもある。
15年世界選手権では羽生やハビエル・フェルナンデス(スペイン)が1試合で2種類計3~4度の4回転ジャンプを跳ぶのが最高だった。それが昨季は合計3種類6回の4回転ジャンプを跳ぶ金博洋(中国)が登場、羽生やフェルナンデスも計5度跳ぶようになり、今季は羽生も3種類6度、さらに17歳のネイサン・チェン(米国)が計4種類7度に挑み、技術点は急速に伸びている。
フェルナンデスらは4回転ジャンプの数を抑え、演技の質を上げる方向にシフトしている=ロイター
しかし、演技構成点には大きな変更はなかったため、技術点と演技構成点のバランスが悪くなってきた。そのためか、10年以降、演技構成点は少しずつ右肩上がりに伸びている。バンクーバー五輪のころは演技構成点で9点台が出るとどよめきが起き、トップ選手でも7点台は珍しくなかったが、現在はトップ選手なら9点台は当たり前、10点満点も頻繁に出ている。
■「よいと思ったものにきちんと点を」
難度の高いジャンプを跳ぶ数が増えると、ジャンプに気をとられ、演技に味を出すトランジションやエッジワークがおろそかになり、スケート用語でいう「スカスカのプログラム」になりがち。結果、ブラウンのようなジャンプ抜きでも「心に残る」演技が減っている。
「価値点の高いジャンプを跳べる選手が増えたためにゆがみを感じる人もいる。関係者の間でも『演技構成点の要素を上げないと釣り合いがとれない』という話は出ている。まだ新たなことは全く決まっていないし、シーズン中なので活発な議論はされていませんが」と岡部さん。ジャンプの得点を下げることはないとしつつ、「(価値点の高い)ジャンプさえ跳べれば勝てるというのはフィギュアスケートの方向としては正しくない」。現時点では、ジャンプの成否にかかわらず、「演技構成点の5要素のうち、どれが失敗によって影響して、どこが一番優れていて、どこが一番弱いのか、見極めないといけない。ジャッジには勇気を持って、よいと思ったものにきちんと点を出すように指導している」と岡部さん。しかし、ロシアや北米のような、ジュニアからトップまで様々なレベルの選手が多くいるフィギュア強国と、競技人口が少ない国ではジャッジに技量差があり、残念ながら事前に過去の試合のスコアシートをチェックするジャッジもいる。簡単にはいかない。
喫緊の問題として、高難度ジャンプが増えたことに伴い選手の故障リスクも高まっている。まだ体ができていないジュニア年代は特に心配だ。18年平昌五輪後まで大きなルール改正はないものの、そろそろ反動が出る時期かもしれない。昨季終盤からそうした傾向が得点にも出ている。そんな風向きも読んだか、ベテランの域に入るパトリック・チャン(25、カナダ)は4回転ジャンプの数をSP、フリー計2種類4本、フェルナンデス(25)も同5本に抑え、ミスなく演技の質を上げる方向にシフトしている。
欧州選手権、四大陸選手権、世界選手権と、最高格のISUジャッジが採点する大舞台が続く後半戦は、平昌シーズンの傾向を占う機会となる。
(原真子)