この世は所詮「弱肉強食」。
強き者だけが生き残り、弱き者は滅びる。
社会の残酷さをあらわした言葉ではあるが、果たしてそれが自然の摂理なのだろうか?
Yahoo!知恵袋に、弱肉強食がなぜ人間の社会では行われないのか? という質問があった。
弱者を抹殺する。
不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います。
自然界では弱肉強食という単語通り、弱い者が強い者に捕食される。でも人間の社会では何故それが行われないのでしょうか?
文明が開かれた頃は、種族同士の争いが行われ、弱い者は殺されて行きました。
ですが、今日の社会では弱者を税金だのなんだので、生かしてます。
優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理ではないのですか。
今の人間社会は理に適ってないのではないでしょうか
質問があったのは2011年6月1日になるが、説得力のある回答なので、ご紹介させていただきたい。
え~っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません
弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません
虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています
***
自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です
個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです種レベルでは「適者生存」です
この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです
(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)
回答者は、自然界は弱肉強食ではないと指摘。ウサギが繁栄し、トラが絶滅の危機に瀕していることを例に挙げる。
種レベルでは、「弱肉強食」ではなく、「適者生存」で成り立っているというのだ。
さらにこう続ける。
「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです
そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです
10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります
「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります
人間の生存戦略は、、、、「社会性」
生物それぞれに生存戦略がある。人間は「社会性」が戦略だという。
高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略ですどれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました生物の生存戦略としては大成功でしょう
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)
人間は、子孫の繁栄の可能性を最大化しているわけで、生存戦略として大成功している。
「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ
あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です
例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです
遺伝子に優劣はなく、あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」。
(中略)
アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということですその「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです
だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです
画像出典:Flickr(survival by Christophe Kiciak)
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参照:Yahoo!知恵袋
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この記事に関するまとめ
周りの環境に適正できる強さと、強いを履き違え虚勢を張り適正出来ない弱さと考えますと、やはり自然界は様々な弱肉強食意味での弱肉強食ではないかと考えます。適正能力という一言で片付けられるという事は、様々な意味での強者から創り出す流れに、逆らえない弱者と考えます。仮にサバンナでの流れを例に考えますと解りやすいかと思われます。
適正能力が…などという結論を出し納得してしまうのは弱者ではないでしょうか?
三行で頼む
ウイルス最強
医学の発達で淘汰されるべき疾患も助けている。
死なせてあげるのも、幸せの一つ。
逆に各種動物を絶滅させてきたのも
人間の経済至上主義からくるエゴ。
決して淘汰されるべき遺伝子ではなかったはず。
うん…そうかもしんまい。でも私の生活は変わらなさそう。だいたい、文章長いよ(笑)全部想像でしょ?人類なんて未知の力で一瞬さ。
その理由は、人間という生物だけが、情緒の中に自分より弱い者(他の生物も含む)を哀み、守ろうという感性がある動物だからです。その感性をすべての人間が活かしているとは限りませんが、幸いのことに、社会の秩序を司る分野に関わる人々は、本人の意思かどうかにかかわらず、この感性を持ったリーダーたちに従っているから、人間界の弱者は抹殺されないのでしょう。
正しい答えは無いと思います。数多の人が出来る事を行動すれば、いいと思います。そこでも漏れてしまう側が出てしまうのだから。
裏側が無いなら表も無い
コメント1が負け惜しみにしかみえないw
理にかなっていなければ、質問者が淘汰しに行けば良いだろうに。
法律でも、殺人は罪だと定められてるが、逆に言えば罰を受けるの覚悟であれば殺しても良いって事だし?それこそ「弱肉強食」体現してきたら良いじゃんw
そんな質問するぐらいなら、社会の仕組み変える努力でもせいやw
端的に言ってくれ
理にかなってんのかどうかを
ちょっと長いなあ
いまが人間が生き延びてきた結果であり、流れに逆らっても淘汰さえるだけ。人類の歴史から見れば、人間の寿命など一瞬でしかない。
回答者は「弱者を生かすことによる種としてのメリット」を主に論じている。
例えば鎌状赤血球症という遺伝病は、赤血球が変形し、酸素を運びにくくなって貧血を起こす。
行動不能を生み出す形質だから当然襲われやすい。
しかし、この病気を持つ人はマラリアに抵抗性を持つ。
もしもマラリアが無ければ淘汰される性質だが、生存に有利に働くこともある。
このように、どこで何が生きてくるかわからないのが遺伝子の世界。
弱者というのは遺伝的多様性を内在させているから、種としての人類が滅亡しないためには、
そういった一見弱者とみなされる個体が必要なのだといいたいのだと思う。
回答の例としては、鎌状赤血球症という遺伝病がある。この病気は赤血球が変形し、酸素を運びにくくなって貧血を起こす。
行動不能を生み出す形質だから当然襲われやすい。
しかし、この病気を持つ人はマラリアに抵抗性を持つから、マラリアによる全滅を防げる。
どこで何が生きてくるかわからないのが遺伝子の世界。
種として人類が滅亡しないために、そういった一見弱者とみなされる個体も必要だといいたいのだろう。
あ、投稿が二重に・・・失礼。
十分端的。進化論だけで、生物学に精通した人が読むことを前提とした上でも1冊の分厚い本になるほどの話なんだから、数行に纏められてたらまとめたヤツが理解不足よ。
これでもかなり短くしか言ってないのに文が長いとか言っちゃう低脳はこんな記事見てないでオナってろよどうせ理解できねえんだから
コメント欄の長文書けば頭良いと思ってるやつらな
文をまとめる力が無いのかな?
闘争は人間に必要な本能だが、本来それは自然や他の種族に向けられるためのもので、実際人間同士の危険性より自然の脅威が勝っていれば大多数の人間は呉越同舟協力を選ぶ。
文明が発達し自然の脅威が薄まってしまったから闘争本能が同種に向けられるようになってしまったのである。アレルギー反応と同じことである。
戦争を無くすために意思自体を除いてしまうと、いざ自然に放り込まれた時に生き残れなくなってしまうであろう。
要するにみんな頭いいね!って事
こんな考え方好きです。これが真実に近いことならば、私にも世の中のあらゆる事を受け入れる勇気が湧いてくる。そんなお話
子孫を繁栄させる能力のない人は適者ではないってことなのかな
わかりやすくまとめてある
障害者や老人を弱い、お荷物と言って切り捨てたら次に切り捨てられるのは鬱病患者や定年後の人間、無職の引き篭もりなどで
その次は年収が一定以下の人間、見た目の悪い人間、体力のない人間ですね
切り捨てによる効率化は終わりがない
とはいえ若い労働力が障害者や介護などの社会的弱者の保護の為に疲弊してしまうのもそれはそれで問題ありで
今回の障害者殺人事件などは犯人1人の問題にして終わらせられる物じゃないでしょうね
>せる能力のない人は適者ではないってことなのかな
それも環境の変化次第ではどう転ぶかかわからない
この程度の分量で長いって文句垂れてる人たち、普段何読んでるの??
ニュースサイトの記事の見出し程度の字数じゃないと読めないの???
適者生存とは強者が生き残ることではない
その理屈では強靭な力を持つ恐竜が滅びより劣っていた哺乳類が繁栄している理由が説明できない
進化も生存も意志なんてものはなく「偶然」「たまたま」の連鎖による産物でしかない
更に言えば全ての固体が繁殖しなければいけないというのも間違いだ
それじゃあ地球上に大量に繁栄しているアリは殆どの固体が自ら子供を生んでないぞ?
コメントに社会が生かしている弱者が湧きまくってるお陰で回答の信憑性が高まってるの面白いな
「社会性」という武器を持って他の生物より優位を得たヒトは、
その「社会性」に過度に特化していって滅ぶのかもね。
しょうもないコメント書くしか能がない我らも生活・適応できる社会が続けばいいね
種の存続の基本的な原理くらいは知っていないといけないこと。
でも、弱者を生かすことを「生存戦略」で論じてはいけない。
これじゃ、障害者を殺害した犯人と根は同じ思想。
こんな記事を賞賛するやつは単なる偽善者だね。
これ、逆に考えれば「社会性のない人間」は淘汰されてもやむなしとも言えないだろうか。(引きこもりやADHDなどの発達障碍者も社会性があまりないわけですし) 嫌な言い方をするとそういう人たちは足の無いウサギや牙が無い虎にあたるから、死ぬのは当然という事になりそう。
回答者みたいな文章が書ける人と、友達になりたい。頭いいなぁ。。。
弱肉強食。
喰われたものは弱い。
食ったもんは強い。
>>「最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです」
社会で協働できないのであれば、不要である事の裏返し
重度な精神障害者は適応変化ではなく、欠損なので
社会では不適格という答えは出ている
自然界でも重大な欠損のある個体は放置され死に至る
優しさのある回答だが、本質とは異なった導きになっている
ただ、どこまでが重度であり、軽度であるか線引きができないので
このようなシステムとして受け入れているだけに過ぎない
個人的意見では
社会的犯罪(多数が迷惑だと思う行為)を犯した個体は
健常者であろうと障害者であろうと同じ罪に処すべきだ
その上で拘束、懲役の環境を各自に適応した施設で行えば良い
障害者無罪の現状は被害者を泣き寝入りさせるだけで
障害者への理解から遠ざかる大きな原因となっていると思う
生存戦略のために弱者を生かすことが正しいというコイツの考え方もあれば、すべての人間がまともに生きるための食料、生活を維持するための生存戦略のために弱者を抹殺する考え方を持つことは一緒。
結局自己の利益のための行動でしかない。
道徳的に死なすわけにはいかないだけ。それが人の心
コイツの考え方は人間以外の種が絶滅してもいいと言う考え方
この文章は、「適者生存」の話と「社会性」という生存戦略を併記した時点で、論理破綻を起こしています。
そもそも「適者生存」は結果論の話であるのに対し、「社会性」という生存戦略の話は手段のはなしになっており、同じレベルで比べるものではない。
こいつやるなぁ。
思慮深い。同じ年代だったらやばいね。
思考を止めないように、Doしようと思いました。
理解できてないバカが頓珍漢な反論してて笑う
多種多様過ぎて一々指摘しないけど、よく読めまずはw
自分も障害者のうちのひとりだから、ここでいうところの弱者やな。けど、自分が他の人よりも突出してる部分もあるから、弱い人も強い人もそれぞれ補いあっていきていけばいいんじゃないかな?
普段役に立たない場面でも、災害や特殊な状況下で目覚める才能があるかもしれないし、そういうことも考えてのさまざまな障害や能力があると思う
少なくともいわゆる弱者に関わることで普段なら気にならないことに目を向けるきっかけになると思う。そこから周りの人に影響を与えられるなら生きる意味もあるはず。ヘレン・ケラーのように有名なひともいるし、いろんな人がいるからこそ、社会は輝くんじゃないかな?
質問者に対する回答としては正しいでしょう。
まず、論理的に破綻しているのは質問者です。
自然界と人間社会を混同していますね。
種の生存戦略が弱者を生かし多様性を残すことならば、とにかく自分と変わったやつとか弱者とセックスしたくなるはず。
そもそも種が生存戦略を持っている、ということ自体が仮説。
強者生存ではなく適者生存というのは合っているだろう。
そもそも虎は人間のせいで絶滅の危機に瀕してるわけだが。
その時点で弱肉強食になってる
質問と回答がズレてね?
・弱肉強食とは基本的に種間の話であって種内の話ではない。
・他の種も種内ではある程度弱者を守っている(妊娠中の狼とか)。
の2点で解決する質問だと思うんだけど。
人間同士の争いは、他の種でいう共食いみたいなものでしょ。豊かなときにはあまり起こらないし。
久しぶりに良い文章を読んだ。
生存競争において多様性は必須であり、現代の弱者を保護する動きもまた生存という意味では正しい。
そう考えると障害者や弱者の保護は種の保存として適当な動きであるというのは納得。
この反論、対論は種の保存という未来的な事柄の検証が必要な為反論は容易ではない。
1パーセントの法則みたく結果論でしか言えないが論破するのは不可能。
この回答を批判してる人って何で内容を理解しないまま反論するんだろうか?この人は「人間は個体としては弱いから社会を作って生き延びる」と書いている。そこには「社会的に不適格だから生き延びられない」という思想はない。例え社会的不適格者であっても、人類全体として保護されるべきものだということを言っている。
「~人間という生物だけが、情緒の中に自分より弱い者~を哀れみ、守ろうという感性がある動物~」>
動物を扱ったバラエティーや紀行もののテレビ番組で、弱い者を助けるシーンが報じられるので、人間だけではないと思います。
「子孫を繁栄させる能力のない人は適者ではないってことなのかな」>
初め、これ読んで、そう言うことになるのかなと、心配になった。
でも、
「>それも環境の変化次第ではどう転ぶかかは分からない」>
と原文から考えると、個体レベルで論理を適用すればそう見えるかも知れないけれど、子孫を反映させていない人も環境に適応するために獲得してきた社会性により、種としては現在のところ適者なのではないかと思います。
極めて危険な考え方ですね。
こういう生存戦略的な発想がヒトラーの優生学思想につながり、人種や弱者の差別を生んでいったことを知るべきです。
この考え方を賞賛しているおバカさんたちは、生存戦略上不利となったら、弱者抹殺もやむ無しという結論に達する危険性もあることに早く気づいて欲しいですね。
優勢、劣勢じゃなく、一人の人間が生きるために、どれだけの生命が必要か考えるべき。
自然界では、激しい淘汰や環境圧力で個体数が調整されるけど、人間はほぼ無敵だもん。
弱者にだけ責を負わせるのは絶対反対だけど、人間の生命だけを尊重して、淘汰を否定する事には違和感を感じる。
人間はコストがかかり過ぎだよ。
まず人間の赤ん坊なんか一人じゃ生きられない最弱の生物なんだから真っ先に抹殺しないとな
生まれる子は端から皆殺しよ
憲法第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
唯一、人間だけがお互いを支えあいながら生きていくことができる動物である。そこが、他の動物とは大きく違っているところである。障害を持っていようがなかろうが、差別や区別のない社会を創造していくことが人類に与えられた使命である。
格好いいのは、弱い境遇でも強く生きようとすることじゃないかなあ。
一つの問題として考えるから難しいんだと思いますよ。
憲法にも書いてありますが、「権利」は全ても人・動物にもある事です。
「権利」の問題と「適者生存」とは別の問題です。
2つの問題を1つに並べて考えるからただの「口喧嘩」にしかなりませんwww
説得力?理系の方の説明っぽいね、話が長すぎる。
「自分たちがいつ弱者になるか分からないから、弱者を切り捨てない社会にしてます」でイイのでは?
弱肉強食で有る事には変わりないのだが、社会学を専攻されている方は、机上の論理と現実に折り合いを付けるのが苦手な様で、福祉関係にそんな人は多いですね。
説明が長いと文句をつける人たちは、テクニカルターム満載の端的な論述で理解できるのだろうか…
それはともかく、野生生物でも助け合いは普通にやっているので(群れをつくるタイプは特に)、弱肉強食をやたら強調すること自体がナンセンス
それと、NSDAPの優生思想を持ち出すなら、せめてカール・ビンディングの論文くらいは読んでおこう。弱肉強食を前面に押し出すナイーブなロジックを展開していたわけではないよ。
なすべきなしたことではなく、
命そのものに価値を見いだせなければ
人の文化・文明は発展してこなかったろうし
自らの生きることにも
価値を見いだせないことになる
人の命はコストで図るものじゃない
残虐性と寛容の両面を併せ持つ存在として
自らを省みるとともに
社会を見つめる必要がある
表裏の関係は瞬時にして変わることも
理解せねば明日は我が身にも降りかかる
その時自分は生きていたいと願うのか・・・
生物が子孫を増やすのは単に遺伝子の仕組みであって、別に本源的な問題とかではないと思う。
要するに、人間どうしの間で『弱肉強食』を成立させない事によって、人間が自然(=人間以外の生物)に対し、弱肉強食でいう強者の立場に立てると。…そんな感じ?
強いから生き残るんじゃなくて、適してるから生き残る。だが今適しているからといって、それが適さなくなることもある。だからできるだけ多くのパティーンの人間を保護しようぜ!ってことでおk?
3行でとか言っている奴、頭弱すぎ
大富豪ってトランプの遊びは二次元論だけど、それ故分かりやすい。
強い⇒現状に適している。弱い⇒現状に適していない。
革命という環境変化で強弱が逆転した時、弱い手札が無ければ詰む。
変化がなければ?上がり札として自分が場に出せる。