https://www.jstage.jst.go.jp/article/studienzuhegel1995/1998/4/1998_4_23/_pdf
うわ懐かしい!大学時代にお世話になった事実上の「もうひとりのアニメの師」、岩城先生の論文が出てきた!
やりましたなぁ、議論しましたなぁ、ヘーゲルの「芸術終焉論」。
うわ懐かしい!大学時代にお世話になった事実上の「もうひとりのアニメの師」、岩城先生の論文が出てきた!
やりましたなぁ、議論しましたなぁ、ヘーゲルの「芸術終焉論」。
懐かしいなぁ。
まぁ簡単に言うと、この論の主旨は「芸術の成長はストップしましたよ!」ということだ。
だから世界から芸術が一切合切なくなるという訳ではない。
しかしヘーゲル的には「歴史主義」すなわち「進歩史観」がすべてだったので、進歩が止まったらハイおしまい、ということだ。
進歩が止まった理由は哲学・宗教などによる「精神の進化」に芸術の「形式の進化」が追いつかなくなり、まぁ精神の進化(深化)にとって、芸術はお払い箱になった、ということだ。哲学や宗教で事足りる、と。
このベースにあるものは、人間の精神世界を表現する三大要素が哲学・芸術・宗教である、というヘーゲル独自の定義なのだが、まぁとにかく、「芸術が終わるだとぉ!?」と後々までスキャンダラスに取り上げられ、美学をやる上では必ず通らなければいけない議題となった。
・・・と、記憶しているのだが、結局良く解らなかったな、この議論。
なんかこういうのを思い出すと、今の仕事にまったく役に立たないなぁ、と実感する。
だって今のアニメは「精神」が要らなくなったので。
逆にそれが「進化」じゃないか!と捉えると、もうポストモダン。
僕は「モダニスト」なので、どうしてもそこには乗れないのであります。
(前略)芸術は、思想の真面目さを、思想の情熱ともども和らげるものなのですから。芸術は情熱を表現すべきですが、しかしこのことが芸術を通して生じることで、情熱はまさに和らげられます。 (『筆記録』より)
まぁ簡単に言うと、この論の主旨は「芸術の成長はストップしましたよ!」ということだ。
だから世界から芸術が一切合切なくなるという訳ではない。
しかしヘーゲル的には「歴史主義」すなわち「進歩史観」がすべてだったので、進歩が止まったらハイおしまい、ということだ。
進歩が止まった理由は哲学・宗教などによる「精神の進化」に芸術の「形式の進化」が追いつかなくなり、まぁ精神の進化(深化)にとって、芸術はお払い箱になった、ということだ。哲学や宗教で事足りる、と。
このベースにあるものは、人間の精神世界を表現する三大要素が哲学・芸術・宗教である、というヘーゲル独自の定義なのだが、まぁとにかく、「芸術が終わるだとぉ!?」と後々までスキャンダラスに取り上げられ、美学をやる上では必ず通らなければいけない議題となった。
・・・と、記憶しているのだが、結局良く解らなかったな、この議論。
なんかこういうのを思い出すと、今の仕事にまったく役に立たないなぁ、と実感する。
だって今のアニメは「精神」が要らなくなったので。
逆にそれが「進化」じゃないか!と捉えると、もうポストモダン。
僕は「モダニスト」なので、どうしてもそこには乗れないのであります。
(前略)芸術は、思想の真面目さを、思想の情熱ともども和らげるものなのですから。芸術は情熱を表現すべきですが、しかしこのことが芸術を通して生じることで、情熱はまさに和らげられます。 (『筆記録』より)