香港の梁振英行政長官が当選すれば2期目となる次期行政長官選挙に出馬しない意向を表明した。同氏はかつて、自由で開かれた香港と中国共産党の指導部との間の溝に橋を架ける力を備えた唯一無二の存在とみなされていただけに、このような結末を迎えたのは残念だ。
梁氏がその架け橋になれなかったことは、ドナルド・トランプ米次期大統領に対する重要な教訓となる。トランプ氏は中国とのこれまでの外交関係を覆すと脅している。同氏は、台湾の蔡英文総統から祝福の電話を受けたわずか9日後に、米中外交で数十年間維持されてきた「一つの中国」の原則に縛られるべきかどうかを公に議論した。
トランプ氏への教訓はこうだ。圧力で中国政府に「一線」を越えさせようとするのであれば、自己責任でやることだ。
梁氏は2012年に行政長官に就任する何年も前から、海外からの訪問者に対し、本当の香港を見たければ、香港の有名なビジネス街や観光エリアから出て遠く離れた場所に行く必要があると話していた。
同氏は、トラムに乗って英皇道(キングスロード)沿いを東に向かい、●箕湾(●はたけかんむりに小に月、そうきわん)まで行くよう助言した。そうすることによってのみ、香港の大半の人が暮らす窮屈な実情を把握できるようになる。香港は表向きは、少なくとも1人当たりの国内総生産(GDP)では、世界で最も裕福な都市の一つといわれているにもかかわらずだ。
梁氏は、所得格差の統計についてよどみなく話す。ここから、香港が誇る高い1人当たりのGDPが何ら意味の無いことが分かるのだ。また、一部による独占の力についても熟知している。これは、香港が世界で「最も自由な経済」であると長くいわれてきたこととは矛盾する。
同氏は行政長官になる前から、分断化とまひが進む香港の政治をさらに悪化させている社会経済的な分断について理解していた。それだけでなく、長年の親中派でもあり、中国共産党の内部構造について独自の眼識を備えていた。
■梁氏からの異例の贈り物はついえた
梁氏に近い人々によると、同氏は非公式の場で、中国共産党は「ゼロリスク」で結果を得ることを好むと強調したと言う。許容範囲以上のリスクを取るよう中国政府に求めるのは、特に香港の政治の文脈においては、同氏にとって常に最大の関門だった。
梁氏と2人の元行政長官は、親中派が大多数を占める約1200人の「選挙委員会」により選出された。中国政府は17年の行政長官選挙を普通選挙で行う案に同意したが、一方で、最終候補者は選挙委員会があらかじめ承認した人物でなければならないと主張した。民主派は中央政府と親密なつながりを持つ同氏を長年信頼していないが、この計画は梁氏から民主派陣営への異例の贈り物だったといえる。梁氏は香港の登録有権者に対し、自身をクビにする力を与えようとしたのだ。