これは割と一般的に言っていいと思うんですが、メディア側の人たちは大抵「たった一つの言葉が世の中を動かした」とか、「世界を変えた一記事」みたいな構図が大好きです。
マスメディアの力の源泉は「影響力」であって、たくさんの人たちに読まれる、視聴されるというのが、直接的にも間接的にもマスメディアの権力を支えています。それだけに、「一つの報道が世の中を変えた」というのは、自分たちの影響力の大きさを象徴する構図として彼らに好まれやすいんだろうと思います。私自身、「報道をやるなら、自分の一記事で世の中を変えてやる、くらいの気概でやれ」という言葉を、実際にこの耳で聞いたことがあります。
早い話、「たった一つのセンテンスが引き金になって世の中が変わった」という筋書きは、マスコミ側の人たちの大好物なんですね。流行語大賞を見ていると、そういう意識が凄く露骨に出ているように見えまして、そういう意味では色々と面白いわけです。
で、この件はその端的な表出の一つであるような気がします。
この「保育園落ちた日本死ね」という言葉自体は、もともとはてな匿名ダイアリーに載っていただけの一エントリーに過ぎない訳ですが、この言葉に注目したメディアと一部政治家の方々が、激しくシングルイシュープッシュされたのは皆さま周知のとおりです。この発言者は俵万智氏ですが、彼女だけの言葉でないのは選考委員の面々を観ればお分かりでしょう。
なんでこれで山尾志桜里氏が受賞しているのかは意味不明といえば意味不明ですが、まあ今更のことなので置いておきます。
元々のはてな匿名ダイアリーの記事については、あれはあれで切実なことが書いてあって、記事としては重要な記事だったと思うんですよ。実際私、あの記事殆ど最初にブクマしたように記憶してますし。決して「見過ごしていい記事」ではなかったと思います。
ただ、この記事とは別に、この記事をプッシュした人たちについては色々思うところがあります。実際にこの「保育園落ちた日本死ね」という言葉が世の中を動かしたのか、というと、正直かなり疑問符というか、個人的にははてなマークが255個くらいついちゃう感じなんですね。むしろ待機児童問題の状況をややこしくしただけじゃないのか、という。
元々の待機児童問題がどういう問題であり、何を解決するべきであるのか、ということは、アルファブロガーであるとろろ蕎麦さんのエントリーが質量ともに充実した内容をまとめてくださっています。
で、そばさんもおっしゃっている通り、
なので、例の増田に端を発した動きもふーんで見てたんですけど、なんだか全然違う論点というか、違う私たちが困ってるのはそういう問題ではないんだ…というあさっての方向にどんどんいってしまって、なんだこれは…と思ってしまったので、ここに問題を整理しておこう、という記事です。
なのになぜか増田の人とか、それを利用する政治家さんが「私も認可に落ちた」とか言ってて、あたりめーだろそこは争点じゃないよむしろ黙っててくれとか思うわけです。
というのが「げに」という話でして。
待機児童問題自体は、ずっと以前からいろんな人達がいろんな形で解決に取り組んできた問題であって、勿論様々な形で方策もとられている一方、その方策自体が新たな問題を掘り起こしたりして、「状況自体は改善に向かっているんだけど予想外の障害も次から次へと出てきてまだまだ超大変」という状態が続いていました。一例として、下記ご参照ください。
まーこの問題自体、もともと「ロンダルキアの洞窟かよ」ってくらい入るのは大変だわ敵は強いわ落とし穴は多いわというエラい問題なわけですが、それでもたくさんの優秀な人達が解決目指して努力を続けていたわけです。
これが例えば、「皆に見過ごされていて、人も予算もついていない」というならまた話は別だったんですが、わざわざ「新たに注目を集める」必要なんてどこにもないくらいホットな問題だったのです。
それに対して、「保育園落ちた日本死ね」という言葉がどのように寄与したかというと、端的に言って「単に話をややこしくして問題を拡散しただけ」であるように思えてならないんですよね…。
そもそも、最初の時点で「日本死ねとは何事か」とか「この言葉自体が反日的」だとか、「あれは本当に母親が書いた内容なのか」とか、そんなの主要な問題と1ミリグラムも関係ないですよ感満載の明後日議論が花盛りだった訳ですが、「保育園落ちた」という部分に絞っても全く理解は広まらず、認可保育園がどうとか弱者救済がどうとか、それもともとの問題じゃないですよねお願いだから黙っててください、みたいな方向にガシガシ猪突猛進してしまった訳なんです。なんなんでしょうねアレ。
おかげで、今となっては「待機児童問題」自体がうっかりするとややこしい人達の攻撃対象になってしまい、「お前も反日か!」みたいなよくわからない非難を受けかねない状況になってしまっているわけです。こういう方向に世の中を変えたかったということなら大成功ですが、余計なこと言わないで引っ込んでてください感物凄いですよね。
実際のところ、「保育園落ちた日本死ね」という言葉が「いい方に」事態を改善に向けた要素ってなにか一つでもあるんですかね…待機児童問題がメインイシューになりやすくなったって、そんなもんもう10年前から変わらないでしょ今更何言ってるんスかって感じなんですが。
これは典型的な例ですが、どうも「たった一つの言葉が世の中を動かした」とメディアが言う時、その多くはメディアの自画自賛というか自意識過剰、ないし純然たる勘違いである場合が多いのではないかという気がしないでもないんですが、まあそれについてはまた項を改めたいと思います。
あ、流行語大賞自体に対してうんざりしている人は、選考委員の一覧を見るとあまり真面目に取り合おうとする気がしなくなるんじゃないかと思いますのでお勧めです。
今日書きたいことはそれくらいです。