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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

『終末世界ぶらり旅――まどろみから覚めて』

作者:プリースト
 世界は終わった。





 ――――ねぇ、■■■。わたしたちまたあおうね。これはその時に返してね。
 ――――うん。これは■■の宝物。■■だとおもって持って行ってね。




 まどろみから目が覚めた。ぼうと、天井らしき部分を少女が見ている。周囲から音はしない。四方を何かに閉じ込められており、露出している手足から感じる感触は金属質で冷たい。
 まるで棺桶の様だと少女、ドロシーは思った。記憶に靄がかかっており、目覚める前は思い出せないが、埋葬されるにはまだ早い。
 目を軽くこすると、天井らしき部分を手で推してみる。蓋は予想外にもあっけなく開いた。
 外に出て目に飛び込んできたのは鉛色の空。淀んで暗く、今にも雨が降りそうな曇天である。空気は湿っており、水気がドロシーの肌に纏わりつく。
 口を結んで周囲を見渡すと、見えるのはツインテールの少女の後ろ姿が見えた。
 ここら辺に住んでいるのだろうか?とドロシーは話を聞くべく、少女の肩に手を掛けた。
 振り向いた少女を見て、ドロシーは尻もちをついて後ずさる。
 少女は目を喪失しており、何もない眼窩がぽっかりとした穴をドロシーに曝していた。
 よろよろと少女がドロシーへ歩み寄る。まるで縋るかのように、ゆったりと腕をドロシーへ向けて伸ばす。
 彼女は何かを呟いているが、あまりにも声が小さすぎるため、ドロシーには聞き取れなかった。
 ドロシーが尻もちをついたまま、ずるりずるりと後ずさり、硬いものが背中に当たる。
 ちらりと視線を向けるとそこには自分が入っていたらしき棺があった。先ほどは気づかなかったが、中にはショットガンを無数に連結したものと棺桶が配置されてあった。
 咄嗟に、ショットガンを取り、少女に向ける。

「来ないで!」

 ドロシーが叫ぶが少女は止まらない。よろり、よろり、と。
 おぼつかない足取りで少女が近寄る。
 それを見たドロシーは涙を目に浮かべ。
 そして、引き金を引いた。無数の銃口から吐き出された銃弾が少女を一瞬でひき肉に変えた。
 ドロシーが信じられないものを見たかのように目を見開く。しかし、躰は止まらない、すぐにこの変則ショットガン――アンデッドガンのポンプを引き排莢、棺の中にあった銃弾を装填し、身を低くして周囲を窺った。
 まるで体と心が切り離されたかのよう。頭では何をしていいのか、何が起こっているのかわからないのに、体はまるで熟練された兵士のように正確に動く。
 前方良し、左右敵影なし、背後――。
 振り向いた瞬間、右腕に衝撃。小枝のように腕がはじけ飛び、肉が抉れ、血が飛び散った。傷口からは血でべったりと赤く濡れた骨が見えている。支えを失った右腕がぶらりぶらりと揺れた。
 不思議と痛みは感じない。咄嗟に棺の中に伏せるが、柩の上部が金属音を響かせ、穿たれる。
 何かないか視線で探ると棺の中にはなぜか、棺桶が一緒に副葬されていた。
 時間がない、棺桶の背を――なぜか持ち手がある――を掴んでスナイパーの方向に立たせ、防御する。傷口を見れば、何故か撃ってきた方向はわかった。放たれた弾丸は棺桶の蓋に弾かれる。左手に衝撃を感じるが、痺れはない、問題なし。
 次に何をすればいいのか本能でわかった。棺桶の陰から倒れた少女を掴むと、引き寄せ、腹部を引き千切り、傷口に張り付けた。
 色が若干違うものの、繋がった感触がして右手に感覚が戻ったことがわかる。2、3度右手を開閉して感触を確かめた。

 ドロシーには何が起こっているのかわからない。何故、自分が狙われているのか、この怪物の様な少女は何なのか、銃弾で撃たれても平気なのはなぜなのか、自らがどうして躊躇いなく動くのか。
 しかし、何かの本能的なものが訴えてくる。これから行う事とこれらの武器の使い方を。
 ドロシーは棺桶を掴むと、それを盾代わりに前方へ突進する。
 銃弾が続けて4発ほど撃たれるが、その衝撃では彼女の脚は止まらない。
 先ほどから同じような場所で衝撃を感じる。撃たれる方向が変わらないことから、どうやらスナイパーはその場から動いていないようだ。
 ならば、ただまっすぐに突っ込めばいい、その先にスナイパーはいるのだから。
 見ると、ガスマスクに身を包んだ人影が長い銃身を突き出してこちらを見ている。どうやら幾度と撃たれてるようで、ぼろぼろになった若緑色の軍服にはところどころ穴が開いている。そこから青紫に変色した体が見えている。先ほどの少女と同じように人間ではないようだ。
 あそこ!と思った瞬間、背中に衝撃。何かにのしかかれている。重みと不快な臭気、腐肉の塊が乗っているかのよう。
 身をよじり、体を左右に捩って、振り落とそうとするがなかなか離れない。右肩に湿った感触と同時に強い力で感覚がなくなる。食い千切られたのだ。
 銃声、ドロシーの右太ももが打ち抜かれる。弾が弾け、地面を刎ね、壁に激突した。踏ん張りがきかず、ドロシーの身体がよろめく。また、肩をかじられた。
 咄嗟にバランスをとろうとしたときにアンデッドガンの引き金を引いてしまう。数多のマズルフラッシュ、銃弾が壁のように発射された。
 通常の状態ならば――ドロシーでも不思議なのだが――アンデッドガンの反動は気にならないが、この場合は違う。バランスを崩してる時に発射してしまったために、反動でアンデッドガンに振り回されるかのように壁に激突してしまう。
 しかし、それが彼女を救った。
 ドロシーの背後に張り付いていた怪物――グールは壁にたたきつけられ、剥がれ落ちたのだ。
 グールはgrrrとうなりながら、ドロシーから後ずさる。狙撃銃からの銃弾がドロシーのすぐ左をかすった。
 よく見ると、目の前のグールと同じ怪物たちが壁の隙間からドロシーを見ている。
 否、グールに目はない。口だけがぽかりと空いた顔、あろうじて人型を保っているが、大雑把な四肢と指が見えているにすぎず、体のそこもかしこに苔のようなものが生えていた。
 それらは涎をだらりだらりと垂らしながら、唸り声をあげて、獲物であるドロシーを囲んでいた。


 ドロシーが後ずさる。その周囲をグール達が数体囲む。コンクリートの隙間から彼女を狙う怪物がにたりと笑ったような気がする。
 後ずさったドロシーの背に自らの棺桶が当たる。どうやら先ほどの位置まで戻ったようだ。金属製の棺桶に少し安堵を感じつつも、状況は変わっていない。
 棺桶の蓋にスナイパーの銃弾が当たり、弾かれた。
 グールたちは少しずつ、ゆっくりと近づいてくる。
 ドロシーがポンプを引き排莢、アンデッドガンを構え直した。肩が抉られているため少し斜めに銃が傾いているが問題はない。この銃は狙って撃つものではなく、弾をばら撒くものだ。ただ銃をまっすぐ向けて、引き金を引ければ事足りる。
 今のドロシーに気付く余裕はないが、痛みは不思議と感じていなかった。じくじくと避けた傷口からは血が溢れているが、それは奇妙な血であった。液体ではなく、粘液。どろりと染み出ている。

 グール達の四肢に力籠る、ドロシーがつばを飲み込み、口を結んだ。
 アンデッドガンの4つの銃口がグールを捉える。
 食欲しかない怪物であるグールはそれを意に介さない。
 仲間が、あるいは自らが撃たれようとも、彼らにあるのは目の前のドロシーに食いつき、むさぼろうとする意志のみだ。
 だらりだらりと口から唾液を垂らし、にたぁと笑っている。
 このままで数で圧殺されてしまうであろう。が、しかし、ドロシーがここから動くことはできない。
 なぜなら、棺桶の影から出れば、スナイパーの銃弾が待っているからだ。さきほどから機械的に棺桶に銃弾が撃ち込ま続けている。どうやら見逃してくれる気はない様だ。そももそもこの狙撃手に意思があるのかどうかも怪しいのだが。
 じわりと纏わりつくような、刃物をつきつけられたような嫌な感覚。ああ、これが殺意なんだとドロシーが思った瞬間、グールが身を屈め、たところで右端のコンクリ―トを破壊して現れた巨大な鍵爪に握りつぶされた。

「はっ…………?」

 思わずドロシーが呆然とする。予期せぬ乱入者の登場にグール達も警戒したかのように、その場を飛びのいた。
 現れたのは巨大な鍵爪をつけた少女。金属製の腕を持ち、手そのものがその体躯と同じ大きさの鍵爪のような手となっている。
 赤いリボンのついた犬耳が頭部でぴくりぴくりと動いており、周囲の動きを窺っているようだ。
 フードを被っており、その顔は良く見えないが――上部に穴が開いている様で犬耳だけが出ている――ちらりとドロシーに視線を送った後に、ドロシーを守るように背を向けグールに対峙したことから敵ではない、と思われる。
 とりあえず、現時点で敵対はしないようだ。

「ドロシーでありますね? 自分はトトと申すであります」
「え、なんでわたしの名前を……?」
「自分はあなたの姉妹です。一度、落ち着いて思い出してみるとわかるでありますが……、とりあえず、今は敵アンデッドを倒してしまいましょう」

 そういうな否や、トトがグールに向って突進する。
 グールを捕まえたかと思うとその鍵爪で握り潰し、肉片を投げつけ、薙ぎ払う。それだけの単純な動作であるが、力が段違いなようでまるでグールが紙のように引き裂かれていく。
 獣の唸り声のような断末魔が響いた。ひき肉のように血と骨と肉と腸が入り混じったナニカとなった死体が地面に落ちている。
 その間、ドロシーは棺桶から身を乗り出し、アンデッドガンでスナイパーのいるビルを射撃し、威嚇する。
 グールが唸り声を上げて、トトに向って走り出し、飛び掛かるが、トトはそれを小石を掴むように捕え、握りつぶした。



 
「投げられるとは思ってなかったよ……」
「あれが一番早かったのであります」

 その後、トトが向かってくるグールをつぶしてる間に、大半のグールたちは逃げてしまった。残ったスナイパーをどうしようかドロシーが考えていると、トトがドロシーを持ち上げ、スナイパーのいる付近へと投げつけた。
 悲鳴を上げながら飛ぶドロシーであったが、幸いなことに一緒に投げられた棺桶でスナイパーの銃弾を防ぎながら宙を飛んだのでダメージはほとんど受けなかった。
 むしろ、壁に激突した時の衝撃で意識が飛びかけたほうがダメージが大きかった気がする。腰につけたぬいぐるみがなければ大きな尻もちをついていた。ドロシーはじとーとした視線をトトに向けるが、トトはどこ吹く風だ。

「それで、トト。あなたがわたしの姉妹ってどういうこと?」
「……そこからでありますか、嘆かわしい。まずは落ち着いて、よく思い出してみるであります」

 そもそも落ち着く時間がなかったんだけど、という言葉を飲み込み、ドロシーはこれまでの経緯を思い出そうとしてみる。
 名前はドロシー、姓は――。

「あ、あれ……っ」

 記憶に靄がかかったように、思い出すことが出来ない。
 ぼやけた写真のように記憶がはっきりとしない。何故、ここに居るのか、どうしてこうなったのか、全く持って分からなかった。
 過去などなにもなく、一瞬前に自分が造られたような気持ちになるが、同時に、この失われた記憶を取り戻さなくはならないという強い警鐘が脳に響いてた。
 必死に思い出せたのは、自らがドールという死体を粘菌で動かしてる生体機械のようなものの一種で、目の前のトトは自らの仲間であること、そして――エメラルドの都に向かう、ということだけだ。


「エメラルドの都……、ドール?」
「あなたが思い出せたのもそれだけでありますか。自分も似たようなものでありますが……。とりあず、自分はあなたの導き手としてつくられたようでありますので、どこへ行けばいいのかはわかるのであります」
「初めに出てきた怪物……、怪物?もドールなのかな」
「いえ、先ほどのグールやスナイパーはアンデッドであります。粘菌で動いてるのは自分たちと同じでありますが、彼らには意志がありません。自分たちは創造主であるネクロマンサーから、意志や知識を与えられ、この状況を受け入れやすいように調整されて作成されているのであります。」
「ただ、一番初めの少女、バンシーは………自分たちの成れの果ての姿であります」
「なんだろう、蘇生とか、ネクロマンサーとか本当は驚くべきことなのに、それが当たり前に思えるわたしがいる
「調整の結果でしょうね」
「………どうして、そこまでしてわたしやトトを蘇生させたのかな」
「わからないであります。先ほど言ったのも刷り込まれた知識に過ぎないので」
「わからないことだらけだね、わたしたち。うん、けど」
「?」
「エメラルドの都に向ってみよ。わからないことだらだけど、前に進んでいたら何かわかるかもしれない。ネクロマンサー……? って人に会えたらどうして作ったのかもしれない。だから、行こう」





 曇天。のしかかって来そうな色の空が広がっている。
 かつて世界は人道的な戦争を達成した。誰も死なない戦争を達成したのだ。それはそうだろう、何故なら全員死んでいるのだから。
 ネクロマンシー。粘菌を用いて死体を操る技術により誕生した死者の軍勢同士による戦闘。詳しく思い出すことはできないが、世界戦争の末期には最終的にアンデッドを造るために生者を徴用するというあべこべの結果すら生み出すほど闘いは激化していった。
 そして、「人道的」の様相をかなぐり捨て、最後には広域破壊兵器――すなわち核兵器による全面戦争が起り、人間が住むことのできない世界となった。
 思い出は全くないのに、このような知識を思い出せることが不思議に思いドロシーは首をかしげる。

 しかし、考え続けても仕方がないので何か話題がないか視線を巡らせる。
 先ほどの廃ビル群を抜けて草場。葉の色は緑ではなく枯草色。異常なまで成長を遂げており、ところどころ黒の斑点が浮いた細草が人の背丈の倍以上も伸びている。
 グールの例を見るように、なんらかの生物はいるようで、それらの生物が幾多も通った後の草が薙ぎ払われており、それがちょうど道のようになっていた。
 なんとなしに自らの肩をドロシーはさする。先ほどの戦闘で食い千切られはずであるが、トトが倒したグールの肉片を引きちぎりドロシーの肩につけると、肉が馴染み、再び動かせるようになった。脚も同様である。
 動くようになったのはうれしいのだが、同時に人間ではないことをつきつけられたようで心中としては複雑である。
 そういえば、と、ドロシー。

「ありがとう」
「………? 藪から棒にどうしたのでありますか」
「お礼をいってなかった」
「要りません。仕事上のパートナーなので、片方が失敗すればこちらも足を引っ張られるだけのこと」
「それでもありがとう。助かったよ」
「…………そうでありますか。まぁ、あなたが勝手にお礼を言う分には好きにすればいいかと」

 フードを被っているためトトの表情は見えない。ただ、フードから出ている犬耳がぴくりと動いただけだった。
 ドロシーは少し微笑み、そして、いいようのない嫌な予感にぞくりと背中を震わせた。
 根拠はない。のだが、ちりちりと焼けつくような感覚がドロシーにこれ以上進んではいけないと告げている。
 思わず、トトの背中を掴む。

「どうしたのでありますか?」
「いや、……えーと、えと。どう、とは言えないのだけど、なにか嫌な予感がするんだ」
「……考慮してみましょう」

 トトが止まり、周囲を警戒する。ピンと張った犬耳が、ピクリピクリと動き周囲の音を探っている。
 表情がほとんど変わらないトトであるが、その分、犬耳の動きのえらく小動物的な動作が大きな落差を作り、ドロシーの頬が知らない内に弛んでいた。

「可愛いね、トトの犬耳」
「生体式レーダーであります」
「え、でも、どう見ても犬耳……」
「生体式レーダーであります」
「犬耳って認めようよ」
「生体式レーダーであります」
「うん、……もうそれでいいよ」

 ドロシーはジト目になる。トトのせわしく動いていた犬耳を止まる。

「何か近づいてきてる様でありますね」
「どうしよう。ここで待ってみる?」
「いえ、危険を冒す必要はないであります」

 そういうと二人は近くにあった岩陰に隠れる。
 枯草の中からそっと道のほうを窺った。
 少し間が空く。ドロシーの嫌な予感がさらに強くなった。

 道の奥から巨大な蟲があらわれる。
 10m以上はあるのではないかと思われる巨躯を、そそり立つかのような無数の脚で蠢かすようにして移動している。
 巨大なゲジゲジである。くすんだ黄黒色の脚が高速で動く姿に嫌悪感を抱いたのかドロシーの顔が歪む。思わず、トトの腕を強く握ってしまった。
 対するトトは件の蟲がこちらに向ってこないか、注意しているようだ。
 それは巨体をくねらせて道を突き進んでいる。顎が異常に発達しており、挟まれたらトトの鍵爪すら噛み砕かれそうであった。

「シデムシの亜種……でありますか……?」
「シデムシ?」
「10mほどの個体によって低い知性すらもっている百足の変異昆虫であります」
「できれば見たくないかな」

 長い触手で地面を探りつつ、高速でそれは移動している。もし、何も気づかずに進んでいたら今頃は背後から顎でかみつかれていたかもしれない。
 トトがドロシーを抑えつけて地面に伏せる。ドロシーは鍵爪につぶされる形となり、ぐえっと声をもらしていた。
 岩に触手があたる。それは鞭のようにしなり、巻き付くように岩の背後まで探ってきた。もし伏せていなかったら見つかっていたことだろう。

「行った、……かな?」
「静かに」

 トトがドロシーの口を塞ぐ。ドロシーは巨大な鍵爪で顔を覆われる、潰されるかと思った。
 巨大なゲジゲジはトトとドロシーには気づかずに道を直進し、小高い丘の向こうへ走り去った。
 少し間を開けてから、トトとドロシーが道に戻ってくる。近くの草がなぎ倒されていた。

「危なかったね」
「もしかするとこの道は、あの蟲の巡回路なのかもしれないのであります」
「じゃあ、草村の中を通ったほうがいいのかな」
「それはそれで危険な気がするのでありま――」

 断末魔のような言葉にならない悲鳴が聞こえ、トトの言葉が途切れる。ドロシーは反射的に腰にぶら下げていたアンデッドを悲鳴の方向へ向けた。
 トトがドロシーの盾になるように彼女の前方に立つ。
 二人はじりじりと周囲を警戒しながら、先ほどの巨大げじげじが走り抜けた丘のほうへ近づいていく。
 見ると、二匹の蟲が死闘を繰り広げていた。
 周囲の草に溶け込むような枯草色の体色をした、人間の倍の大きさはあろうカマキリが先ほどの巨大ゲジゲジを鎌で抑えつ、巨大な顎を突き立てている。
 巨大げじげじはその長い体をカマキリに大蛇のように巻き付け、脚に噛みついていた。
 優勢なのはかまきり。草の中に潜み、横からげじげじに奇襲をかけたようだ。
 げじげじは必死になって締め付けている。が、カマキリはそれを気にせず、げじげじの腹部に噛みついては、赤黒い肉にかじりついている。

「ねぇ、トト。わたしたち気づかずに進んでたら……」
「横からカマキリに奇襲されて、後ろからげじげじの追撃を喰らっていたでしょうな」
「…………」
「なんにせよ、いまのうちに走り抜けるであります」

 丘を越えた先、草村の出口はすぐそこだった。 



 曇天の空であっても時間はわかる。日が落ちて来たのか、先ほどまでより暗くなってきた。
 夜が近づいてきたためだろう、あまり高くはない気温がさらに落ち、冷え込んできた。淀んだ風がひんやりと感じる。
 砕けたコンクリートの道、凹んだ道路、そこらかしこに銃弾が転がっている。
 黒く変質した血痕がそこら辺に残っているが、死体が残っていないのはさきほどの蟲のような存在が食べたためだろうか、考えても答えは出なかった。
 曲がり焦げた鉄棒が露出した壁の間を二人は歩いている。
 目覚めた時から今まであったためだろうか、少し疲れをドロシーは感じた。トトは、分からない。彼女は何も言わず、合ったときと同じ無表情で歩いていた。

「ねぇ。トト。少し疲れたから、今日はどこかで休まない?」
「ふむ………その提案を飲みましょう。さすがに昼夜問わずの進行は行動に支障をきたすであります」
「トトは真面目だね」
「あなたが考え無しなだけです」
「む」

 トトの言いように、ドロシーが口をとがらせる。何か云おうとして、まだ、トトのことをほとんどしらないことにドロシーは気づいた。

「トト、そうい――」
「提案、あの廃墟で休息をとるであります?」

 僅かに赤い塗装が残っているだけの古びた廃墟。あまざらしにされた岩には苔のような生えており、野生の植物らしきものが巻き付くように生えていた。
 住居としてはお世辞にも快適とは言えないが、外で休むよりはましといえた。

「夜になると中の探索は困難になるであります。先ほどの蟲のような危険な存在いるかもしれないので早めに探索をすまわせてしまうであります」

 トトが躊躇いなく廃墟へと入っていく。ドロシーはその後を慌てて追いかけて行った。



 薄暗い屋内を歩く。螺旋状に配置された階段を登り、2階の大きなテラスに出てみる。そこから庭のような場所を眺めてみるときのこ状の傘のような避暑地があった。
 トトがたまに屋根を警戒していたが、扉を開けた際に蔦が落ちて来ただけで特に問題なかった。
 蔦が落ちてきたときに、背中が一瞬跳ね上がったことをドロシーは見逃さなかった。それを指摘すると、トトは「なんでもないであります」と言い、しばらく口をきいてくれなかった。
 幸い、廃墟の中には何にもないようであった。判読不能な落書きや白線で描かれた装飾がある広い部屋で今夜を過ごすことにした。
 廃墟に生えていた植物を引っこ抜き、外に落ちていた木々を集めて、アンデッドガンで火をつける。弾は心配する必要はない、そこら辺に未使用のものが落ちているのだから。
 現に廃墟の物陰を見てみてると、未使用の弾丸がごろごろでてきた。

 金属の骨だけになったベッドの上に放置された布団があったので、ドロシーが持ってくる。ベッドはいくつかあったのだが、トトがそれを掴もうとするとフレームごと拉げさせてしまった。

「どうして1枚だけなのであります?」
「こうする」

 トトの隣に座ったドロシーが布団を広げ、二人で包まる。炎の温かみが布越しにつたわってきた。それ以上に隣のトトが温かったが。
 困ったようにトトは腕の置き場を探し、溜息一つをついて、ドロシーの背後に腕を回した。犬耳がぺたりとへたれている。
 トトの褐色の、そして、白色がつぎはぎされた白い肌が火の光に炙られ、ゆらめいていた。


「お腹、すかないね」
「ドールは粘菌で動いてるので、光合成さえすれば栄養の補給は不要であります」
「トトはいろいろと詳しいね。なんでそんなに知ってるの」
「説明が難しいのでありますが………、まぁ、あなたより記憶が残っているせいかと」
「なんでわたしたちこんなところにいるんだろうね」
「それはわからないであります。自分が覚えているのは、ドロシー、あなたを導くという使命だけでありますから」
「導くって……、どこへ?」
「今は、エメラルドの都へ。それ以外はわからないであります」
「わからないことだらけだね、わたしたち。わたしは過去のことをほとんど思い出せないのだけど、トト、あなたは何を覚えてるの?」

 トトは答えず、ドロシーから目をそらすと、耳につけているリボンを摩った。

「ドロシー」
「うん?」
「このリボンに見覚えは?」
「うーん……かわいいリボンだとは思うよ。ただ、それだけ」
「そうですか。では、そのぬいぐるみには?」
「こっちも同じかな。可愛いとは思うけど……」
「そうであります……か」

 トトが感情の分からない視線を向けてくる。それは生身ではなく眼球の形をしたカメラアイであった。
 瞳孔のかわりのレンズが機械的に収縮し、ピントをドロシーに合わせた。感情を写さない機械の瞳にはドロシーが写っている。
 トトは相変わらずに鉄面皮である。面をかぶっているのではないかと思えるほど表情が変わらない。 

「大丈夫」
「なにが、でありますか?」
「大丈夫だよ、今は思い出せないけどきっと思い出すから。だから、そんなに心配そうな顔をしないで」
「いつも、この顔であります」

 トトが視線をそらした。
 それにドロシーが笑って、二人はしばらくの間無言だった。
 火が燃える。木の燃える、ぱちりぱちりとした音が響いていた。
 淀んだ風の音。草場がすぐそこなのに蟲の啼く声が聞こえてこない。
 ただ時間だけが過ぎていく。しかし、それを嫌だと思う気持ちにドロシーはなれなかった。トトもきっとそうだ、とドロシーは奇妙な確信を持っている。
 だからいまは、いまはこの訪れてきた微睡に身を任せようと、ドロシーは思った。

「トト」
「どうしたのであります?」
「おやすみ」
「……おやすみであります」

 ドロシーはトトに身を預けると静かに瞳を閉じる。
 火の温かさと隣の暖かさ、その二つがとても心地よくて。
 そして、うつつの世界へと意識を手放していった。

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