終末世界ぶらり旅―赤黒い迷宮で―
「トト、右から来るよ」
「右、でありますか」
岩石できた壁の間をトトとドロシーは歩いている。
そのまま、疑わし気に右の壁を警戒しながらトトが前進していると、右の壁の一部が、地面に埋まり、中からゾンビが襲い掛かってきた。
寄生生物が周囲を飛び回り、臭気を漂わせながら、腐った肢体を動かしてゆらゆらと緩慢に襲い掛かってくる。
それをトトは掴むと、ぐしゃりと握りつぶした。血しぶきが飛び、かぎづめの間から、体液が垂れ下がる。紫がかった肉が指の隙間から洩れ、すかすかになった骨が塵のように風に流された。
嫌そうにトトが腕を振り、付着した異物を放り出し、壁に鍵爪を押し付け、肉片を擦り付けた。
迷宮。先ほどから歩いている岩石のような壁は、岩の様で岩ではなかった。壁を壊して進めないかトトが試しに壊してみたが、暗赤色の蠢く肉が周囲の壁から這い出て破壊された部分を埋めるため、何度毀しても進むことはできなかった。
「エメラルドの都って聞いてたんだけど、これじゃあ、エメラルドの迷宮だよ。しかも、壁がぜんぜんエメラルドじゃない」
「ただの施設を指す言葉のようでありますね。自分としてはまったくヒントも表記もなく迷宮に放り込まれて、あなたの勘だけを頼りに進んでる現状のほうが不満でありますが」
「じゃあ、トトが手がかり捜してよ」
「それがわかるなら、はじめからそうしてるであります。しかし、ずっと頼り切りというのも悪いでありますな」
トトがフードが出ている犬耳をぴくりと動かし、音を探る。しばし、無言。
ドロシーは周囲を見渡してみた。相変わらず赤黒い壁が続いている。ドロシー達の背丈の優に三倍もある壁は入ったときから全く変化はなく、変わり映えのない風景が飽き飽きと続いている。
地面も壁と同じ材質のようだ。滑らかで硬い。肌ざわりは悪くないが、掌をつけていると硬い殻の下で何かが脈打っているのわかる。
迷宮から見る空は相変わらず曇りのまま。巨大化した蜻蛉のような生物が空を飛んでいた。彼らは迷宮の中に入ってこないようであるが、迷宮の壁に昇ろうとすると襲って来るらしい。先ほど、トトに放り投げてもらったときは集団で襲い掛かられ、ドロシーは危うく死を覚悟した。
迷宮の内部は黒く変色した血らしき痕や弾痕の残りがある。外と同じく使われていない弾丸も散見した。アンデッドの襲撃が幾度もあっているので、もし自分たち以外に来た者たちも似たような目に遭ったと思われるのだが、死体が残っていない。
もしかすると、この駆動音は迷宮の死体を掃除している機械なのかもしれない。いずれにしろ正体不明の代物がうろついているのは気分が良いものではないが。
「やはりあの駆動音が続いてるでありますな」
「たまに近づいてきたり、遠ざかったりするんだよね。機械の機関音だとは思うんだけど、なんの機械なんだろうね」
「情報が不足しすぎているため、現時点ではわかりかねますが、あまり歓迎できる類ではないでしょうな。そもそも何のために徘徊しているのかがわからないでありますし」
「徘徊なのかな。どこかに設置されてて、わたしたちが近づいたり離れたりするかもしれないよ」
「いえ、今聞き耳を立てたところ音源の方が確かに移動していたので、何かの機械が複数体、動き回ってるのは確かだと思うであります」
「うーん、この前の蟲みたいなのにこんな迷宮で会ったら嫌かな」
「否定はできないでありますな」
「不安になっちゃう否定してよ。まったくトトは固いなぁ」
「ドロシーほど楽観的でないだけであります。実際、このような隘路であのような巨大生物に挟まれればかなりの窮地でありますしな」
「もう不安になっちゃうじゃない……。それにしても今夜はこの迷路で野宿かな。雨が降らないといいんだけど」
「可能性は高いでありますな。しかしどこが安全地帯かわからない場所で眠るのは危険であります」
「といっても、大分寒くなってきてるし、そろそろ日没じゃないかな。暗くなっても見えるのかな、わたしたち」
「闇夜であっても問題ないでありますよ。目には桿体細胞を多く移植され、暗くなっても目が見えるように作れてるであります」
「それも刷り込まれてる知識なのね……ところで桿体細胞ってなに?」
「暗いところで光を集める細胞でありますな。つまり暗闇でも問題なく見ることできるであります」
「むずかしいこと知ってるね。……それにしても死んでる体なのに眠るって不思議だね」
「アンデッドは本来、眠る必要はないでありますが、自分たちはあえて人間に近いように作られてるので、その機能が付与されてるようでありますな」
「お腹が減らないのはなんで?」
「自分たちを構成している粘菌が太陽光で光合成してるからであります。そのエネルギーがあれば行動するのに支障はないでありますよ」
「わたしたち起きてからいままで晴れた日を見たことないんだけど」
「いまのような曇天であっても光合成のための光としては充分であります」
「便利な体だね」
「同意であります」
「うーん、となると、この持ってきた布団、必要ないのかな」
ドロシーは腰に下げているショルダーバックに視線を落とす。布団はあの廃墟から、ショルダーバックは倒れているアンデッドからはぎ取ってきたものだ。
元は薬品っぽい瓶や付箋がはいっていたショルダーバックであるが、それらの代わりに無理やり布団を詰め込んだためか、ショルダーバックはまるく膨らんでいた。
廃墟から出て早数日、幾度かの襲撃や悪天候に見舞われ途中で別の廃墟の下で立ち往生したりしたが、トトの誘導に従いエメラルドの都に辿り着くことができた。
もっとも実際は都ではなく迷路であったが。
そういえば途中で食事をしていなかったが、空腹を覚えることはなかった。それは光合成により栄養を補給できるので食事を必要としなかったからである。
「今回は使わなさそうでありますな」
「そっか。残念だね」
「………、まぁ、ここからでたら使う機会もあるでしょう」
「うん、そのときはまた一緒に眠ろうね」
「………」
トトが前を歩きだす。彼女の表情はよく見えない。
しかし、僅かにフードがこくりと動いたのは見間違いじゃないと、ドロシーは思った。
「もう」
「素直じゃないんだから」
ドロシーがトトの後ろを追って歩き出した。
†
「……」
「……」
「………」
「………」
「…………」
「…………」
「ねぇ、トト」
「なんでありますか、ドロシー」
「ここ、さっきも通ったよね」
「………通ったでありますな」
迷宮の壁をドロシーが見る。そこには先ほどトトが突き刺したアンデッドの残骸が残っていた。
さきほどから同じところをぐるぐると回っていると感じた二人は何か痕跡を残そう話し合い、通常の傷では消えそうなので、そこらへんに倒れているアンデッドを壁に突き刺して様子を見ることにした。
それから数えること5回、この場所に戻ってきているのだ。
トトは相変わらずの無言、無表情であるが、実際は苛立っている様で、僅かに眉をひそめているようにトトは思えた。
「しかし、止まっていても仕方ありません。とりあえず、試していない道を試してみるであります」
「それなんだけど……」
「どうかしたのでありますか、なにか妙案があるとでも」
「いや、なんていうか初めてのはずなんだけど、見覚えあるんだよね。ここ」
そういって、ドロシーは左右、直角に分かれた道の真ん中に歩き出す。
そして、腰に下げているアンデッドガンを取り出すと、壁に向って射撃した。
発砲音。闇夜の中で一瞬、銃口が煌めいた。連結したショットガンのポンプをまとめて押し、排莢。床に弾が落ちた音がした。
弾に貫かれた壁から穴が開く。その背後に空白、道が続いて見えた。その穴にトトが指をねじ込み、無理やりに壁を破壊した。
今までとは違い、唐突な壁の再生は行われない。しかし、緩やかには行われていた。
草木が芽生えるように、壊れた断片から赤黒い肉が蠢き、少しずつ元の形に戻ると膨れ上がってきている。
トトとドロシーは素早く、隠し通路の中へと歩を進めた。
通路は比較的汚れが少なく、今しがた増えた弾痕以外には銃を撃った痕跡も見かけない。また、アンデッドの死体も見かけなかった。
「ドロシー、どうしてわかったのですか? 昔の記憶を取り戻したのですか?」
「いや、なんでって言われると困るけど……。なんとなくしか言えないかな。なにか、こう、昔こうやったかな、って感覚的に……」
「デジャブでありますな。となると、ここに来たことがあると」
「説明しづらいなぁ……。これまでと同じで、何かここにある感じがするかな、と思っただけだよ」
「一番困る回答でありますな。まぁ、ドロシーが感覚で生きてることがよくわかったでありますが」
「むー、わたしが気づかなかったら、トトはずっと迷ってるじゃない」
「そんなことはないであります」
「そんなことあるよ。絶対にそうだよ、今、さっきと同じ感覚でそういってるもん」
「むむ、悔しいことに今回はこちらが引きさがりましょう」
「棘があるよ。そんなこと言うなら、リボン結んであげないよ」
「……謝罪。これは友人から持った大事なものなので結んでもらわない困るであります」
「トトが謝るなんて。そんなに大事な友人だったんだ」
「ええ、自分の唯一の友人だったであります」
どこか懐かしむようにトトは言う。ドロシーを見つめて、まっすぐと瞳に視線を向けた。
ドロシーの銀色の瞳に、トトの顔が映っている。しばしの無言。
トトの瞳を模したカメラアイのレンズが絞られ、ドロシーを見つめている。
その感情が映らない機械を通して、ドロシーは件の友人に対するトトの親愛の情を感じた。
態度も言葉も素っ気ない彼女からは考えられないほど、温かな感情であった。
「うん」
「どうしたのでありますか」
「トトにそういう友達がいてよかった、と思ってね」
「むぅ、たまにドロシーはずるいでありますね」
「そうかな」
「そうであります」
「むー。ところで、ここって多分、アンデッド来ないよね」
「どうして、そう思うのでありますか?」
「だってここ、隠し通路でしょ。で、ほかのところと違って汚れが少ないから、あんまりアンデッドも来ないんじゃないかな」
「ふむ……」
しばし、トトが耳を動かす。短い付き合いだが、トトが音を探るときの癖だ、とドロシーは見ている。
駆動音は相変わらず聞こえるが、知覚にはいないようだ。
「ならば、交代で見張りをして夜を明かすであります」
「賛成。わたし、もうへとへとだよ」
「……お先にどうぞ、であります」
「ありがとう、トト」
トトに軽く抱き着くと、ドロシーは布団をショルダーバックから取り出し、冷たい地面の上にくるまった。まるでミノムシのようだ、とトトは思う。
トトの視線を流しながら、ドロシーは目を瞑り、そのまま安き眠りへと落ちていった。
†
トトは瞳を開いた。息を吸い込み、体を構成している粘菌に酸素を供給、粘菌が新たに作り出したエネルギーがトトの内部に組み込まれている粘菌性機関を駆動させ、彼女の頭は即座に冴えていった。
「おはよう、トト。今日も頑張って迷宮を抜けよう。できればお風呂を見つけて、入りたいし」
「自分たちアンデッドは代謝物はほとんど出ないので、外部を吹けば事足りるでありますけどね」
「それでもお風呂に入ったほうが気持ちいいじゃない」
周囲を警戒していたドロシーの声トトの巨大な鍵づめでは布団を畳むことはできないので、代わりにドロシーが布団を畳み、無理やり丸め込んでショルダーバックに詰めた。
そして、預かっていたトトのリボンをポケットから取り出すと、トトの犬耳に巻き付ける。
トトの耳がくすぐったそうに動くが、歯がみして我慢した。ドロシーがそれを微笑ましいそうに見つめ、器用に赤いリボンを巻いていった。
「アンデッドといえど一応、発汗などはあるので入浴に意味がないわけではないですが」
「でしょ、でしょ。お風呂入りたいよ、お風呂」
「まぁ、入浴設備が残っている建物がどれほど残っているか、ということでありますね」
「むー………。アンデッドでも温まれば気持ちいいと思うんだけど。でも、菌類って温めても大丈夫なのかな」
「それは知識にないのでなんともいえないであります。自分で試してみはいかがでしょうか」
「手の込んだ自殺じゃない。やだよ」
「風呂はいらないっと。諒解であります」
「ぬるま湯なら大丈夫……だと思う」
「それよりも、手頃なアンデッドを捕まえてお湯に放り込んで実験してみたほうが確実であります」
「やだよ、そんな地獄絵図。可哀想だよ」
†
「それにしても、この迷路考えた人って絶対に性格悪いよね」
「同意でありますな。行き先の指示も何もなく、不意打ちしてくるアンデッド、極め付けには隠し通路。悪意しか感じないであります」
「そもそも、隠し通路とかどうやって発見させるつもりだったんだろう……」
「通常、不可能だと思われるであります。ドロシーの不可思議な勘がなければ無理でありますな」
「つまり、攻略させる気がないわけだね。本当、なんでこんなところに誘導したんだろうね」
「不明でありますな。嬲るつもりなのか、自分たちが迷ってるのを楽しんでいるのか……」
「ねー、絶対に意地が悪いよね」
「まさしく」
「けど、この迷宮の先に何があるのかな。素敵なところだといいんだけど」
「このようなところに誘い込む相手に期待するのは野暮でありましょうな」
「んー、なら、トトはいけるならどこにいきたい?」
「自分でありますか……。強いて言うなら青い空を見てみたいでありますな」
「気持ちはわかるよ。ずっと曇天だと気持ちが滅入るからね。わたしはどこかのホテルに泊まりたいかなー。ふかふかのベッドでゆっくり眠りたいかな。昨日、硬い地面の上で眠ったせいか体の節々が痛くて」
「ホテルが残ってるか怪しいところであります」
「夢がないなぁ。じゃあ、この旅が終わったら、どこかで一緒に暮らせるところ探そうよ」
「一緒に、でありますか」
「あ、暮らすことは否定しないんだ」
「どこかに拠点を作ることは合理的かと」
「硬いなぁ。うん、一緒の暮らそ」
「夢想でありますな。どちらかが書けない保証はないであります」
「保証はないかな。けど、約束はできるでしょ?
「そう……でありますな」
ドロシーがトトの手を取る。トトの大きすぎる鍵爪と比較するとドロシーの手はまるで小枝のようだ。
トトの指一つがすでにドロシーの手より大きく、銀色の爪は太く、鋭く尖っていた。
日常生活を送ることを一切考慮されていない武装である。
その指にドロシーは手を重ねる。白い肌が切れ、血が滲む。銀色の鍵爪に血が伝った。
三叉路の真ん中で二人の指が重なった。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
「………まったく」
トトの耳がピクリと動く。急いで周囲を見渡す。
ドロシーは嫌な予感に口をゆがませる。ああ、これは囲まれたかな、と根拠なく思った。
「これは―――、不味いでありますな」
「何体来るの?」
「丁度、三体。問題は三方向から来てるから逃げ場がないことでありますな」
「どうしよう……」
「提案としては、一体を素早く倒して、その道を全速で逃げることでありますか」
「じゃあ、急いで行こう!」
二人が走り出した。ドロシーを庇うように先に行くトト。
隘路を右へ進もうとした瞬間、瞬間、壁が開き、中からゾンビが現れる。
が、トトはそのゾンビを掴むと前方へ投げつける。それは右側から現れた鍵爪に宙で突き刺された。ゾンビは腹を突き刺されたまま、体を蠢かしている。
そしてそのまま、機械の口のような部分に放り込まれた。
破砕音。肉が潰され、骨が子気味いい音を立て折れる。
それは巨大な挽き肉機であった。多脚戦車で自ら動き、アンデッドを発見すると上部に取り付けられた鍵爪で突き刺し、口のような部分に放り込み、挽き肉に変える機械だ。
哀れなゾンビの次は、トトだ。長い鍵爪がトトに伸ばされる。
それをトトは手で払い、掴む。鋭い刃と化している指が、機械腕を握り折る。
しかし、挽き肉機は止まらない。機械であるソレは自身の損傷など気にせずに、自らに刻まれた命令をこなすだけである。
挽き肉機が速度を上げて突進してくる。口のような部位から見える挽き肉機構。即ち、二つの並行した螺旋状の刃の回転が轟音を上げて、回転数をあげた。
先ほど投げ込まれたゾンビは既に原型をとどめておらず、紫色の肉片となっていた。
口のような部分から、赤い液体が漏れ、地面を濡らしている。
トトが挽き肉機の車底を掴み、受け止める。甲高い音が車輪から響き、焦げた匂いがただよう。
質量差のせいかトトが押される。はねとばされなかったのは、鍵爪の質量のおかげだろうか。
それでもじりじりと押されるためか、トトから苦悶の声が零れた。
時間がない。ドロシーが危険を推して、トトと挽き肉機の間に割り込んだ。
そして、アンデッドガンを射出。ポンプを押して排莢。射出。それを繰り返して連射した。多脚戦車の上で反動の耐えるべく踏ん張りながら、アンデッドガンを連射する。
弾が螺旋刃に当たり、刃が砕ける。螺子が零れ落ち、発条がはじけ飛んだ。ゾンビだった肉片もはじけ飛び、欠片がドロシーの頬に飛び散った。
多脚戦車の車輪から力が失われ、動きが止まる。
「急ごう!」
排莢。複数の弾丸が地面に落ちた。
ドロシーが振り返った瞬間、同じく挽き肉機が二体見えた。
目の前の道は壊した機械が塞いでいてすぐに通れそうにない。
しかし、三叉路の他の道から挽き肉機が迫ってきている。
勘は告げている。ここに隠し通路はない、と。
壁は壊しても、すぐに再生してしまう。一時的に身を隠そうとしても、下手すると再生に巻き込まれ壁の一部になってしまうかもしれない。
上空はくだんの蜻蛉が見えた。上へ逃げても、啄まれて死ぬだろう。
「ドロシー」
「トト! しゃべってる暇はないよ!」
「いえ、自分がドロシーを投げるので、ドロシーはそのまま逃げてくださいであります」
「ッ! そんなの駄目! 二人で暮らすんでしょ!」
「しかし、いまは他に手はございません。口論してる時間も惜しい状況であります」
トトが強制的にドロシーを掴む。ドロシーの体はすっぽりと鍵爪の手中に入ってしまった。
そのすぐ後ろには挽き肉機が見える。このままだと、トトがドロシーを投げた次の瞬間、ドロシーは挽き肉となってしまうだろう。
しかし、2体の引き肉機を倒すには火力が足りない。
せめて、あと一人いれば事足りたかもしれない。だが、現実は二人しかいない。
「来ないで、っ……来ないでぇ!」
ドロシーが挽き肉機たちをにらんだ。銀色の瞳には涙がにじんでいる。
瞬間。
重い音と共に突如発生した風が挽き肉機の移動方向を変え、隘路に入ろうとした挽き肉機と正面衝突を起こした。
唐突な光景に二人は目をぱちくりと動かし、しばし呆けた。
トトは本当に何もが起ったかわからないようで、挽き肉機のそばに地下より、その残骸をじっくりと見分していた。
彼女は周囲を見渡し、壁に手を触れてみるが、そこにあるのはただの赤黒い壁に過ぎない。
周りにも何もなく、本当に奇跡が起きたとしかトトには思えなかった。
それをドロシーは見ながら、しばし、詮索にふける。
何が起こったのかはわからない。が、誰が起こしたのかはわかった。
自分だ。
あの時、挽き肉機に対してこっちに来るなと思った瞬間、謎の突風のようなものがおこり、あの機械の軌道を変えたのである。
しかし、自らが起こしたということはわかるものの、どうやってか、はわからない。
試しに、足元にある先ほど壊した挽き肉機の残骸に念じてみたものの、ぴくりとも動かなかった。
なにがなんだかわからないけれど、胸にすとんと、落ち着くような納得感があった。
「残骸に対し唸り声を上げて何をしているのでありますか」
「さっきの突風を起こしたの、わたしみたいだからまた出せないかなって……」
「………、なにをいってるのでありますか。さきほどの突風のようなものをドロシーが発生させたと? 根拠は?」
「えっと、そういわれると困る……かな」
ばつが悪く目をそらすドロシー。確信はあるものの、どうやって起こしたのかはわからないままである。
トトが溜息を吐いた。
「とりあえず、この場を離れるであります。何が起こったのか把握できない以上、此処に留まるのは危険でありますから」
「うん……行こう」
†
「なんだったんだろうね。アレ」
「自分にもわからないであります」
三体の挽き肉機に挟まれた後、しばらく歩いた二人は、遂に出口らしきところへと到達した。
迷宮の壁が途切れてるところから光が漏れていた。何か光源があるのだろうか。空は相変わらず曇天である。
あの時、起きた謎の突風の正体についてはわからない。
しかし、助かったのは事実である。その幸運を二人は噛みしめていた。
「それにしてもさっきは本当に危なかったね。なんだったんだろう、あの機械」
「おそらくですが迷宮の掃除用兼侵入者を排除する機械だったのでありましょうな」
「それがたまたまこっちに三体来ちゃったのかな」
「かもしれないでありますし。なんらかの方法で自分たちを補足してやってきたのかもしれないであります」
「わたしたちを追っかけてきたの? それなら迷宮に入ってから何回も機会があったと思うけど」
「ある種の罠と言いましょうか。一定の位置に来た瞬間、三方向から囲むようにあの機械たちが囲んでくる……かもしれないと思っただけであります」
「昔からトトは好きだね、理論的に考えるの」
「………昔?」
「あれ、わたしなんで昔なんて言ってるんだろう。変だよね、ごめん」
トトがドロシーの目を見つめる。カメラアイには感情なんて映るはずはない。
しかし、その中に寂しさをドロシーは感じ取った。
「ねぇ、トト。トトは何処まで知ってるの? もしかして、わたしたち昔あったことあるの?」
「それは……」
「知ってるなら、教えて。お願い」
「それはできません。いきなり多数の記憶を取り戻すと、それが負荷の原因となり暴走を招くかもしれないので、与えられる情報には制限がかかっているのであります」
「そっか」
トトは無表情で告げた。
ドロシーは寂しそうに微笑んだ。
暫し、無言の間が続く。
ドロシーが頷いて、トトに手を差し出す。トトはその手をみつめ、その後、ドロシーの顔を見つめ、固まった。どうしていいのかわからないように。
「この手は何のつもりでありますか?」
「進もうってことだよ。先に進んで、わたしが思い出したらトトも言えないこと言えるようになるんでしょ。だから」
ね。とドロシーがトトの手を掴む。ドロシーの白い肌が刃で破れ、赤い液体が鍵爪を伝う。
怪我を懸念して手を払おうとするトトを制し、ドロシーが強く握る。
褐色と白色がつぎはぎされた美貌に変化はない。トトは相変わらず機械的な視線をドロシーに送っている。
しかし、その奥にある気持ちを、ドロシーは自分のことのように感じた。
「ドロシー、怪我をしますから離すであります」
「大丈夫だよ、トト。そんなに心配しなくても。私は平気だから」
カメラアイがドロシーをドロシーを捉える。機械的な瞳に感情は浮かんでこない。
しかし、まるでトトの心に触れたかのように彼女の抱いている不安をドロシーは感じ取った。
だから、それを吹き飛ばすかのようにドロシーは微笑んだ。
「自分はドロシーほど楽観的ではありませんので」
「ふふ、そうかもね。けど、一緒にいってくれるとうれしいかな」
「仕方ありませんね。自分がいないとドロシーは駄目なようでありますから」
軽い溜息をつくトトの手を引いて、ドロシーは光の方へと歩いていった。
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