ブラック企業大賞が流行しないワケ --- 宮寺 達也
保育園落ちた日本死ね」を流行語大賞に選んだユーキャンが絶賛炎上中である。ユーキャンのセンスの酷さや全く隠せていない政治的偏向性はアゴラで石井孝明さんが批評しておられるので、私からは特に言及しない。
ただ、「賞」の権威とは、歴史、知名度、賞金額、スポンサーでもなく、「審査の質」が決めることを改めて感じた。近年、ユーキャン新語・流行語大賞、日本レコード大賞、モンドセレクション等々、様々な賞でずさんな審査が明らかになり、その権威を落としている。
そして、私が思う「ずさんな審査」の代表格が「ブラック企業大賞」である。
実は、「2016ユーキャン新語・流行語大賞」が発表された12月1日は「ブラック企業大賞2016」のノミネート企業が発表された日でもあった。しかし、マスメディア・ネットメディア・SNSを見ても、盛り上がっている気配が全く無い。
私は大手事務機器メーカー勤めていたとき、自分の会社がブラック企業大賞にノミネートされたことがある。その経験を踏まえながらブラック企業大賞の問題点を指摘したい。
Googleトレンドで盛り上がりを比較してみた
まずブラック企業大賞が世間からどの程度の関心を持たれているか、Googleトレンドで調べてみた。なお、比較として「流行語大賞」と「アゴラ」を選んだ。
まず、分かるのは単純な盛り上がりの低さである。2016年の発表後は、流行語大賞が73に対して、ブラック企業大賞が5、アゴラが2と、流行語大賞から見たら誤差みたいな低さである。ピークの2013年と比較したら2015年は1/3強、2016年は1/4にまで落ち込んでいる。まだ第5回目の開催にも関わらず寂しい結果だ。ちなみに4年間の平均ではアゴラの半分程度である。
2016年の記者会見も盛り上がりに欠けたようで、「記者会見に出席したメディアは少なく、テレビ局は一社も来ていなかった」とメディアが電通に遠慮していることを示唆し、非難する記事もあるが、単純にニュースバリューが低いだけと思う。
よって、次はブラック企業大賞のニュースバリューを下げている「ずさんな審査」について指摘したい。
その1 選考基準が適当
まず、多くの識者が指摘するように「ブラック企業」そのものの定義が曖昧だ。長時間労働の問題一つとっても、「過労死基準越えの適法な長時間残業」と「過労死基準未満の違法なサービス残業」等々、問題の本質は様々だ。こういったものをまとめて「ブラック」と呼称しても、その企業の何が悪かったのか、どう直せば良いかわからない。
ブラック企業大賞のノミネート基準はさらに曖昧である。2016年のノミネートは電通、関西電力、佐川急便、仁和寺、等々、いずれも労働問題でニュースになった企業・法人である。しかし、問題の内容は過労自殺、パワハラ、合法的な長時間労働、違法なサービス残業とバラバラであり、どういう基準で選んだのかわからない。
また、退職した社員を損害賠償で訴えた大阪のヘッドスパや左翼セクトとの関係が取りざたされ、裁判沙汰に発展したNPO法人POSSE、PCデポ、低過ぎる賃金が問題になったアニメ制作会社といった、目立った報道は無いものの明らかに悪質な企業・法人がスルーされており、「ちゃんと取材はしていません、Yahoo!ニュースや2ちゃんまとめを見て適当に決めました」という印象を受ける。
しかも、大賞はウェブ投票で決定するという手抜きぶりだ。まるで「あなたたちが嫌っているあの会社をギロチン台に架けてあげましたよ。愚民はパンとサーカスが欲しいんでしょ」とでも言っているようだ。
その2 選考基準が恣意的
2016年、私が最も「ブラック」な印象を感じた企業は、あの「SMAP」に、公共放送を用いて会社の上司に謝罪させるという前代未聞のパワハラを実行したジャニーズ事務所である。私は当然、ジャニーズ事務所はブラック企業大賞にノミネートされると思っていた。実際、多くの要望が実行委員会に寄せられたようだ。しかし、ノミネートはされなかった。実行委員会の内田聖子氏は「ジャニーズ事務所は、『裁判や行政処分などで問題があると明らかになった企業』などの選定理由と照らし合わせて、ノミネートは見送った」と説明したが、釈然としない。
ブラック企業大賞のウェブサイトによると、ブラック企業大賞ノミネートの定義は、
①労働法やその他の法令に抵触し、またはその可能性があるグレーゾーンな条件での労働を、意図的・恣意的に従業員に強いている企業
②パワーハラスメントなどの暴力的強制を常套手段として従業員に強いる体質を持つ企業や法人(学校法人、社会福祉法人、官公庁や公営企業、医療機関なども含む)。
となっている。SMAPの謝罪はどう見ても②に該当するし、「裁判や行政処分などで問題があると明らかになった企業」という基準が見当たらない。
選考委員にはメディア関係者や問題になったPOSSEの事務局長もいるため、自分たちに都合の悪い企業はエントリーさせず、ブラック企業大賞に選んでも反撃してこないだろうという企業ばかりを選んでいるように見える。
大賞の理念には「誰もが安心して働ける環境をつくることをめざしてブラック企業大賞企画委員会を立ち上げました。」と書いてあるが、審査結果を見る限り、審査員の個人的な意思が大いに反映されている印象を受ける。
その3 情報が古い
2016年のエントリー企業は10社であるが、労働問題が発生した時期が2016年である企業は4社しかない。残りの6社は2010年~2015年に起きた労働問題について、2016年になって裁判で敗訴したり、労働局の是正勧告を受けたり、労働基準書が労災認定を行なってニュースになったものである。
私が勤務していたメーカーも2011~2012年にかけて発生した労働問題に対して、2013年に裁判で敗訴した結果、2014年にノミネートされた。しかし、すでに問題は過去のものとなっており、話題にもならなかった。
2016年は、ネットでの嫌われぶりから電通が大賞を受賞する可能性が高い(中間経過では2位であるが)。すでにメディアで散々に報道され、労働基準署の強制捜査が入り、労働環境の改善策を発表している企業に対して、さらに「あなたはブラック企業大賞に選ばれました、改善なさい」と言ってもほとんど効果は無いだろう。
ブラック企業大賞を価値あるものとするならば、芸能事務所、過酷な労働環境に苦しんでいるアニメーター、ブラックNPO法人といった、現在進行系で問題が起きており、まだメディアが大きく報道していない企業・法人に切り込み、公にする場とするべきだ。
さらに、ブラック企業大賞の企業には賞金を授与すれば良いと思う。その賞金で、大賞企業の労働者の賃金UPや職場環境の改善を実現すれば良い。そうすれば、ブラック企業大賞は本気で「誰もが安心して働ける環境を目指している」とみんなが認め、権威が出るだろう。
誰もが安心して働ける環境を作るために
池田信夫さんが文春のユニクロ記事に関して「日本には職業選択の自由がある」とツイートされていたが、私も同意する。ブラック企業を無くすためにはブラック企業大賞で企業が変わることを期待するよりも、「職業選択の自由」を意識して労働者が変わることが重要だと思う。
日本国憲法で国民全員に保障されている「職業選択の自由」の権利をみんなが気軽に使えば、「ブラック」な企業は社員がいなくなり、潰れる。そうなれば、誰もが安心して働けるようになる。
こう言うと必ず、「まず企業が法律を遵守し、労働者のために快適な職場を提供するべきだ」という意見が出る。私はこの意見は間違っていないが、論点がずれていると思う。
もちろん違法行為は取り締まり、処罰されるべきである。しかし、「ブラック」な企業は違法行為をしているとは限らない。私が勤務していたメーカーは、労働基準法を可能な限り遵守していた。そのおかげで、一日中ソリティアをして過ごしながら年収一千万円を貰うおじさんが溢れていた。私はそんな「ホワイト過ぎる」職場が嫌になって会社を辞めた。そんな企業でもブラック企業と呼ばれることもあるのだから、全員に「ブラック」な企業は存在しないし、全員に「ホワイト」な企業も存在しない。
個人が「ブラック」だと思えば躊躇なく辞めて、「ホワイト」だと思う企業が見つかるまで探せる社会を目指すことが、誰もが安心して働けることだと思う。そのために、解雇ルールの明確化や同一労働同一賃金の実現、失業保険の充実といった、本質的な働き方改革の実現を期待したい。
宮寺達也 パテントマスター/アゴラ出版道場一期生
プロフィール
2005年から2016年まで大手の事務機器メーカーに勤務。特許を得意とし、10年で100件超の特許を取得。現在は、特許活動を通じて得た人脈と知識を駆使しつつ、フリーランスエンジニアとして活動中。
アゴラ出版道場、第1期の講座が11月12日(土)に修了しました。出版社と面談が決まった一期生は企画をアレンジし、捲土重来を目指す受講者も日々ブラッシュアップ中です。二期目となる次回の出版道場は来春の予定です。
導入編となる初級講座は、毎月1度のペースで開催。12月6日の会は参加者のほぼ全員が懇親会に参加するなど、早くも気合がみなぎっていました。次回は1月31日の予定です(講座内容はこちら)。「来年こそ出版したい」という貴方の挑戦をお待ちしています(お申し込みは左のバナーをクリックください)。
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