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村上龍 『MISSING 失われているもの』第2章「東京物語」その1
「何か、わかったか」
 真理子と会ったあと、ホテルで一日だけ仕事をして、自宅に戻った。他の猫たちは、わたしを無視するように寝そべっているが、タラだけは、まるで待っていたかのように、デスクのすぐ脇に座り、じっとこちらを見た。偉そうに、またメスのくせに、「何か、わかったか」などと話しかけてくる。もちろん、タラが喋っているわけではない。わたし自身の意識や感情や記憶をリフレクトしているだけだ。だが、ついわたしは、届いてくる信号に応対してしまう。自問自答をしているのと同じだが、猫を仲介するほうが、うまく言えないが、自然で、健康的な気がする。
「健康的って、お前、何を考えているんだ」
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 どうしてこいつは、言葉に遠慮というものがないだろう。こいつといっても、単なる仲介役なので、わたし自身に遠慮がないということになるのだろうが、考えてみれば、猫を介して自分自身と会話をするという行為は、健康的とは言えないかも知れない。
「あの女に、会ったのか」
 真理子が、階段を下っていって、見えなくなってから、わたしは通りにしばらく立ちつくし、コートの袖のあたりの香りを確かめたりした。真理子がさっきまですぐそばにいたことを示すような匂いは何もなかった。広い通りに出てタクシーを拾い、ホテルに戻ったが、街並みはいつもと同じだった。人々が全員後ろ姿というわけでもなく、終戦後すぐのようなごわごわの外套を着ている人など一人もいなかった。ホテルの部屋に戻り、真理子に電話してみようかと思ったが、つながっても、つながらなくても、精神的にさらに不安定になりそうで、止めた。

 ホテル内に入り、現実感が、はっきりとした輪郭を伴って戻ってきた。いつもの部屋、いつもの家具や寝具、バスタブやシャンプーなどを目にし、ふと触れてみたりして、違和感がないことを確かめた。PCのメールボックスを開くと、いつもと同じ、大量のスパムと、仕事やプライベートのメールが並んでいた。いつもの光景だった。ただ、懐かしい感覚に包まれて、不思議な気持ちになった。どこか遠くに行っていて戻ってきたような、長い旅から帰ってきたような、そんな感覚があった。 ただこのすぐ近くの公園を歩き、電車に乗って、そのあと並木道を歩いただけなのに、長期の旅程を終え、長時間のフライトから戻ったような、疲労と安堵を感じた。
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「旅か。人生は旅だと言った愚か者がいたな」
 人生は旅だというのはすでに常套句と化していて、特定の誰かが流行らせているわけではない。しかも愚か者というわけでもないだろう。陳腐で情緒的ではあるが、あながち間違っているわけでもない。
「間違っている」
 わかった、わかった、とわたしはタラに向かって、口に出してそう言い、苦笑した。 「何が、わかった、わかっただ、人生は旅ではないだろう。お前がいちばんよく知っているはずだ。ごまかすな」
 わたしの意識の反映だから当然だが、人生は旅という比喩は確かに好きではなかった。だいいちわたしは旅そのものが好きではない。どこかに行くのが嫌いというよりは、ただひたすら面倒くさいのだ。面倒くさい、それこそがわたしの認識の核なのかも知れなかった。小さいころから、あらゆることを面倒くさいと感じた。朝起きるのも、顔を洗って歯を磨くのも、本を読むのも、勉強するのも、学校に行くのも、女の子を好きになり会ったり話したりキスしたりするのも、本当は死ぬほど面倒くさかった。単に必要だったり、それが心地よさをもたらすことがあるので、仕方なくやっていただけだ。旅行など、もっての他だった。パッキングとか空港でチェックインすることだけを考えるだけで、ひどく憂うつになった。しかし、三十代から五十代の終わりまで、よく海外に出かけた。一年の大半を海外で過ごしたこともある。だが、それは旅が好きだったわけではなく、その国や地域に行かないと経験できないことがあって、仕方なく出かけたのだ。人生は旅なんかではない。そもそも、人生とは、という上の句が浅薄で受け入れがたい。

「あの日、あの女と会って、ホテルの部屋に戻ったときだが、ちゃんとメールをチェックしたか」
 こいつは、いやわたしは、なぜふいにメールのことを質したのだろうか。
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「妙なメールがあっただろう」
 そう聞こえて、わたし自身の、意識と無意識の境界から、不吉な信号が届き、何か見たくないものを目の前に突きつけられるような、また、絶対に思い出したくないことが鮮明によみがえるような気がして、胸騒ぎを覚えた。
「お前は、あの女と会っていたときのことを、曖昧にしてしまおうとした。奇妙なことがいろいろと起こったはずだが、それが何だったのか、何を意味していたのか、神経がどうなっていたのか、あの女が言ったことは本当だったのか、そもそもあの女は実在する女なのか、そういったことを、もっともらしい理由を挙げて、曖昧にした。ときおり現実感が希薄になり、想像と現実、それに過去に見た映画と今の風景が折り重なったり混じり合って、不思議な形で編集されることがあるなどと、もっともらしい理由を挙げて、曖昧にしようとした。忘れようとしたわけではないと思う。やっかいなことを意識的に忘れようとする人間に表現ができるわけがないからな。だが、妙なメールがあったはずだ。件名が異様だったので、お前は、文面を読むことなく、ゴミ箱に入れた。だが、まだ今もゴミ箱に残っている。それを読むべきだ。奇妙で、かつ不穏な内容だが、読むべきだし、読むべきということを、お前は本当はいやというほどよく知っている」
 何かいやなものが喉に詰まり、それが全身に広がっていくような感覚にとらわれた。確かに、妙なメールがあった。覚えている。覚えているということは、意識に残ったということだ。
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 いやな件名で、すぐに削除し、ゴミ箱に捨てた。
 「死者からのメールサービス」
 安っぽいホラーのようで気持ちが悪かったし、送信アドレスも他の無数のスパムと同じくいい加減なもので、文面を見たくもなかったので捨てた。
「読むのが怖かったんだろう」
 怖かったというか、嫌悪感があった。
「同じことだ。どうして怖かったのかわかるか」
 わたしは、死後の世界とかそういった類いの非科学的な書物や映画などはまったく受けつけない。幼いころ、祖母が「この世」と「あの世」について話したことをはっきりと覚えているのも、実はそういった話題が苦手だったからだと思う。忌み嫌っているから、逆に強く刷り込まれたのだ。自然科学の徒というわけではないが、以前、パンデミックを主要なモチーフとする作品を制作したとき、分子細胞生物学や免疫学の本を大量に読み、多くの専門家に取材した。表現でも、人間関係でも、ロジカルに納得できること以外はなるべく避けるようにしている。
「嫌悪したのに、なぜ印象に残ってるんだ」
 父のせいだ。父は、三年前に亡くなったが、関係はいいとは言えなかった。公務員なのに反骨精神旺盛で個性的な人物だった。趣味はカメラで、年代物のライカを持ち、モノクロの写真をおもに撮っていた。郷里である九州の小さな街で、たまに写真の個展を開いたりしていた。父が嫌いというわけではなかったが、性格が合わなかった。わたしはどちらかといえば内向的で、非社交的だが、父はそうではなく、小さいころから、その孤独癖を何とかしろとか、他人と関係するのを恐れるなとか、そんなことを言われ続けた。もっとも記憶に残っているのは、人間という漢字に関することで、「人間という字を見ろ」としつこく言われた。
「人の間、と書くだろう。人は、他人との間で、つまり他人との関係の中で生きていくから人間なんだ。一人では生きていけないんだ」
 間違っているわけではないが、父が何度も繰り返すことに違和感があり、わたしの孤独癖は治るどころか、ますます強くなっていき、家を出て独立してからは、あまり連絡をしなくなった。数年前から心臓を悪くして、入退院を繰り返すようになり、その都度見舞いに帰ったが、それでもほとんど会話がなかった。三年前の秋、危篤という知らせを受け、病院に駆けつけた。赤い煉瓦の塀がある病院で、紅葉が美しかった。父は、もう話すことができなくなっていた。だが、じっとわたしの顔を見て、口を動かし、何かを伝えようとしたようだった。結局、言葉は聞くことができなかったが、「お前に、最後に、言いたいことがある」という意思が伝わってきた。

 ゴミ箱から、「死者からのメールサービス」を拾い上げ、開いた。
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(続く)
写真&CG:村上龍
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