中国の習近平国家主席が1月にダボスで開かれる毎年恒例の世界経済フォーラムに出席する(編集注、中国の国家主席の参加は初めて)。これは世界のエリートたちがスイスの小さなスキーリゾートに集まってシャンパンを飲み、カナッペをつまみながら自身の英知を披露する虚栄心の塊ともいえる場に、自分も参加したいという誘惑に習氏が負けただけということかもしれない。
■大衆迎合高まり物事予測不能に
だが、来月のダボス会議で習氏が脚光を浴びることは、今の世界についても物語る。トランプ次期米大統領は、米国が世界的責任を負うことをもはや望んでいない。中国はそれを好機として、世界の中心に躍り出るかもしれない。
今年、欧米諸国を動揺させたポピュリズム(大衆迎合主義)は、1848年に欧州を席巻した一連の革命とは比較すべくもない。革命を起こした人々にとっては苦い失望に終わったが、あの年の「諸国民の春」は旧体制の基盤を打ち砕いた。これに対し、今日の反乱者たちは、投票所を通じて権力を握った。
とはいえ冷戦以降、人々は物事が秩序正しくある程度予測通りに進むと考えていたかもしれないが、それが根本から揺らぎ始めている。権力はもはや我々が考えていた場所にはない。トランプ氏の米大統領選勝利と英国の欧州連合(EU)離脱決定をもたらしたポピュリズムによる混乱が落ち着く間もなく、世界には新たな風景が見えてきた。
トランプ氏が何を考えているかについては、今も誰もが臆測を巡らせている。同氏は国内問題でも国際問題についてでも節度ある発言をしたかと思えば、夜には「トランプタワー」の最上階から怒りに満ちたツイートを放つ。トランプ氏は美辞麗句を並べ立てて選挙に勝ったわけではない。だが、大統領に当選したからといって論理立てて物事を説明できるかといえば、そうでもなさそうだ。
言うことがころころ変わるし、ツイッターで次々と発信するが、その中で変わらないことが一、二ある。つまり、大富豪には減税し、外交政策は臆面もなく国家主義的なものに転換するということだ。トランプ氏は、国際的ルールは米国を縛り、様々な同盟関係は米国に負担になるだけで、米国の力を強めはしないとの見方をする米国人の一派だ。彼らに言わせると、多国間主義は弱虫のものだ。地政学もビジネスと一緒で、トランプ氏はとにかく交渉で何かを勝ち取りたいと考えている。
国際関係の在り方を決めるのは今後、ルールから力に代わるだろう。そうなっても、米国が自国の地位を十分守れるとトランプ氏が考えるのは正しい。米国はまだ唯一の超大国であり、他のいかなる国も外交政策を考える時は、まず米国の出方をみる。だが同盟国を捨て、ロシアのプーチン大統領のような人物と取引することは、米国の戦略的利益を高めはしないだろう。
■米国による平和、トランプ氏が幕
ここに、ダボスに行く習氏にチャンスがある。冷戦後の秩序に対する中国の不満は、今に始まったことではない。だが他ならぬ次期米大統領がパックス・アメリカーナ(米国による平和)に幕を下ろそうとしている。トランプ氏の貿易や安全保障政策における「米国第一主義」を前にすると「新たな国際関係」を求める中国はもはや欧米が築いてきた自由秩序を覆そうとしているようには見えない。
それどころか、中国は国際的統治体制の守護者であり、開かれた貿易体制の旗手になれるかもしれない。習氏は気候変動に関するパリ協定を支持し、国際社会とイランとの核合意を擁護し、アジアで貿易自由化を進めている。これまで悪役だったのに、これではすっかり「いい奴」だ。実際、南シナ海での中国の軍事行動に関していえば、米中間の合意で数十年間、維持されてきた台湾海峡の平和を覆そうとしているのは、今やトランプ氏の方だ。
世界秩序が今、崩れ去ろうとしているが、今後の地政学的な勢力図はきれいな直線では描かれないことをまず理解しておくべきだ。多国間主義は共通ルールにのっとり整然としたもので、覇権を巡り各国が衝突する中ではそうした秩序は消えていく。トランプ氏は米国、中国、ロシアで世界を統治すればいいと考えているかもしれないが、この3カ国の利益は合致するより衝突する方が多いだろう。環太平洋経済連携協定(TPP)から米国が離脱すれば、この地域の米国の同盟国を中国との経済的統合に向かわせることになる。
新秩序は各国の利害がむき出しになり、地域協定や矛盾も抱えた同盟関係だらけになる。インドは交渉テーブルに席を求めるだろうし、欧州も同様だ。
トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)の同盟国に注力していない。簡単に言うと、欧州は来年も域内の問題で手いっぱいだろう。経済はグローバル化に取り残された人が恩恵を感じるほど成長していない。移民問題はポピュリズムを一層勢いづかせる。政治エネルギーは、英国のEU離脱問題にほぼ費やされそうだ。フランスでは排外主義の極右政党・国民戦線(FN)のルペン党首が来春の大統領選で、トランプ氏とEU離脱派の余勢を駆りたがっている。
■景気回復早まれば、欧州復活の可能性
もし、ルペン氏が大統領になるようなら、もはや打つ手はないかもしれない。しかし、可能性が高くないにせよ考え得るシナリオがある。景気回復の足取りが早まり、移民流入の動きが安定し、欧州復活の芽が見えてくるという展開だ。重要なのは、フランス大統領選で共和党候補のフィヨン元首相が勝ち、ドイツのメルケル首相が4期目を確実にし、欧州協調の独仏エンジンを復活させることだ。
いずれにせよ、世界の新たな在り方に向けて秩序が存在する余地は全くない。だが、中国にはチャンスがある。古典的地政学の理論では、既存の大国に新興国が挑戦し、衝突が起きる場合、まず不安定さをもたらすのは新興国側だということになっている。ダボスに集まったエリートたちが自画自賛して互いをたたえ合う年1度のお祭りで、習氏が安定の代弁者のように見えたとしたら、ちょっとした皮肉だ。(9日付)
By Philip Stephens
(2016年12月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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